レリアと祝福 2
レリアは扉近くまで飛ぶと、端にわずかに空いていたスペースへ着地した。古い木でできた重厚な扉は、大勢の人に押されてもびくともしない。
(攻撃魔法で吹き飛ばすのは容易だけれど)
建国時から長く守られてきたというこの部屋の特別さを思えば、そんなことをしたら大目玉だろう。さすがに扉を壊してはいけないと判断したレリアは、扉に手をかざした。
「――レリアの名のもとに【祝福】を顕現させる」
歴史あるこの部屋に用いられるのは、間違いなく魔法鍵だ。
攻撃魔法と砂煙で白かった視界が、闇に包まれた。光の粒がレリアの目の前に無数に浮かび、魔法定義を可視化する。レリアはそこへ手を伸ばし、指を使って魔法定義を書き換えていく。
「……ゼド・ゼプテニア? 始まりの鼓動、巡る星輪、不動の法理、根源の門……わぁ、めったにお目にかかることのない古の呪文ですね。ゼプテニアの始祖本人が作った魔法定義です。専門の研究者の方々が見たら、あまりにもお宝すぎて卒倒するのでは」
驚きつつ、その中の封印に関する呪文を見つけて書き換え解くと、最後に人差し指と親指を軽く擦り合わせた。途端にレリアの視界から星の粒を抱えた闇が消え、さっきからこの部屋を包み続けている攻撃魔法の白さが戻った。
瞬間、勢いよく扉が開く。
「うわぁああああ!」
扉に殺到していた貴族たちが勢いづいて外へと雪崩のように出ていく。
この勢いでは怪我人が出ないか心配なところだが、扉の外には異変を察知した王国庁の職員が待ち受けていた。おそらく鍵を開けようとしてうまくいかず戸惑っていたところだ。彼らがうまく誘導してくれれば何とかなるだろう。
けれど、彼らも違う方向で困惑しているのだった。
「おい、まだ解錠の呪文を詠唱し終えていないのに扉が開いたぞ⁉︎」
「……いや見ろ。そこにレリア・アルトワがいる」
「? それがどうしたんだ? 馬鹿な女で離縁されたという王国庁の職員だろう?」
「お前、知らないのか……」
呆れたような表情の王国庁職員を、レリアはおそらくどこかで見たことがある。自分の顔を知っていることからも間違いがないだろう。状況を伝えるのに適任と判断し、端的に告げた。
「三分ほど前に、この部屋の内部で大規模な攻撃魔法が爆発しました。最大規模のものが一発、中規模のものが二発です。候補者は全員が護衛に守られていて無事です」
「あ……ああ」
「私は中へ戻ります」
職員の返事を皆まで聞かず、ふわりと浮遊しかけたレリアだったが、ギリギリのところで肩を掴まれた。
「レリア?」
眉間に深く刻まれた皺と、歪んだ表情、舐めるような目つき。久しぶりに会うその人の名前を、レリアは呼ばなかった。
「……アルトワ侯爵」
それは、レリアの父だった。継母や義兄たちの味方をしてレリアを家から追い出したその人である。
任務の途中のはずなのに、心がざわざわとする。「今は任務中なので」と型通りの対応をするべきだとわかっているのに、一度石の床に降り立ったレリアはすぐに飛ぶことができないでいた。
(ヘクターお兄様にお会いしても平気だったので、もう大丈夫かと思っていましたが……私はお兄様よりお父様の方を恨んでいるようです)
無表情のまま佇むレリアを見て、父は眉根を寄せた。
「何とか言ったらどうなんだ。お前がいなくなったせいでアルトワ侯爵家は」
「……重要な任務の最中ですので」
「任務? それより今のは何だ? 不思議な魔法を使っていたようだったが」
「父上!」
二人のやりとりに気がついたヘクターが駆け寄ってくる。
候補者をチーム員に預け、余裕ができたところなのだろう。よりによって、さっき祝福を使ったのを見ていたようで、レリアに問いかける。
「レリア、さっきの魔法は? どうやってあの扉を開けたんだ」
「魔法定義を書き換えました」
端的に答えると、二人はやっと現実に目を向けたようだった。
「は?」
「そんなことが……できるはずないだろ」
父親は怪訝そうにして固まっただけだったが、元々騎士団にいて、魔法定義の書き換えがいかにありえないことなのかわかっているヘクターは震え出した。
「何を言っているんだ? だって魔法というのは発動している時点でもう完成形なんだよ。どんな定義で構成したのかは本人しかわからなくて、魔法書に載って初めて誰もが使える呪文になる。そんなの、魔法を学びたての子供だって知っている常識だ。発動中の魔法の定義をそらで読み解いて書き換えるなんて、そんな芸当、どう考えてもありえな……」
そこまで口にしたヘクターの顔色が変わった。
レリアを驚愕の表情で凝視する。
「お、お前、まさか」




