兄との再会 2
声の主はレリアの右隣にいた。
中央を見つめる護衛たちは、主人たちと同じ並びで座ることを義務付けられている。つまり、ウィリアムの左隣がセス・バローなら、レリアの左隣はバロー公爵家の護衛が座っている。
(ウィリアム様の右隣はルモワーヌ公爵家の候補者が座っています。ということは、私の右隣は)
ため息をつき、レリアは右隣へと視線を移す。そこには、アルトワ侯爵家のヘクター・アルトワがいた。
「……お久しぶりです」
面倒ごとはさっさと終わらせたい。あれこれ突っ込んでくる隙を与えないよう、レリアは温度のない拒絶の笑みで形式通りの挨拶をする。
けれど、あまりにも唐突に現れたレリアを見て、義兄の頭からは今がどんな状況なのかすっかり抜け落ちてしまったようだ。呆然とした様子で話しかけてくる。
「なぜ……なぜお前がこんなところに?」
「仕事です」
「ああ、投票に付き添いで来て迷ってしまったんだな? とにかく裏で話したい。私の部下について控室で待っていてほしい。午後になれば時間ができるから」
どうやらヘクターは気が動転し、レリアがここに迷い込んだと思い込んでいるようだ。ということは、ウィリアムとの再婚の噂程度は耳にしているのだろう。
とにかく彼はレリアの腕を引き、会場の外へと引き摺り出そうとしていた。第一回投票が始まる直前の、最後のざわざわとした時間だ。何が起きてもおかしくない状況なのに、彼に時間を割く時間はない。
レリアは、自分の腕を強い力で掴んでいるヘクターの手に、軽く魔力をぶつけた。瞬間、静電気のような小さな衝撃が走る。
「……い、いてっ⁉︎ な、何だ⁉︎ 誰だ、俺に何をしたんだ⁉︎」
反射的に手を離し、キョロキョロと周囲を見回しているヘクターに向け、レリアは白い護衛服の胸につけたエルランジェ公爵家の紋章を指し示す。
「ヘクター・アルトワ様。お久しぶりです。ですが、今日の私はエルランジェ公爵家の王太子候補、ウィリアム・エルランジェ様の護衛としてここにいるのです。」
「……は? お前が彼と再婚するという噂は聞いたが……護衛。護衛? え? お前が。何で? え?」
唐突な話題にヘクターは狼狽している。レリアの白い服と紋章を交互に見ながら事態を全く読み込めない様子だ。様子を見ていたイヴが痺れを切らしたように割り込んでくる。
「レリア、こいつ追い払おうか?」
「手伝うわよ?」
イヴの後ろから覗き込むマリアンヌの後ろでは、予備用の椅子が浮いていた。椅子の素材は石だ。危ない。
(王太子選とは全く関係ないところで火種と怪我人を作るわけにいきません!)
一人だけ冷静に空気を読んだジスランが、柵の前に出てウィリアムを守るように立ちはだかった。
「こっちは大丈夫だ。」
ヘクターからレリアを守る包囲網の完成に、思わず笑ってしまう。
「……ふふ。皆、ありがとうございます」
組織に勤める者たちは、ほとんどが訳ありでそれぞれに深刻な事情を持っている。レリアも、子供の頃にヘクターに襲われかけて半殺しにして逃げ出したのを話したことこそない。
しかし、レリアが家を追い出された後で組織に拾われているという経緯を踏まえ、事情があると察した上で、何も聞かないでいてくれるのだろう。
(ウィリアム様もおっしゃっていましたね。私は皆に大切に思われている、と)
王太子選の護衛という、もっとも緊張を強いられる場面。そこでなぜウィリアムの言葉が思い浮かんだのかはわからない。けれど、レリアの中で、マリアンヌたちと同じぐらいに彼への信頼が育ちつつあることに気がついて、内心驚かずにいられなかった。
一方の兄は半ばパニックのような状態でレリアへの質問を続けるばかりだ。
「お前、これはどういうことだよ。なぜその白い服を着ている? そして、どうして家に戻ってこないんだ?」
「お兄様も王太子選の護衛任務についているのですよね。でしたら、エルランジェ公爵家が誰に護衛を依頼しているのかご存じなのでは? 私が身につけている任務服は正規のものですし、紋章もエルランジェ公爵家からお借りしているものです」
真っ直ぐに答えると、ヘクターの顔から表情が抜け落ちた。すべてが空になった数秒後、今度は真っ青になって震え出す。
「……は? は? 冗談も大概に……」
「おい、ヘクター? 大丈夫か」
兄と一緒に護衛任務についている青年が間に入って聞いてくれるが、ヘクターの震えは止まらなかった。
(?)
この場をどう収めようか迷っていたところで、わずかな違和感を察知した。
瞬間、視界が真っ白に染まった。




