兄との再会 1
それから二週間が経ち、ついに、王太子選第一回目の投票日になった。
公的な場所専用の護衛服に着替えたレリアたちは、それぞれに緊張の面持ちで馬車に乗り、王宮へと向かっているところである。
「護衛服が白って決まってるの、なんでなんだろうな」
「イヴってそういうことに詳しそうなのに」
「おれは雑学には明るくないんだよ」
マリアンヌとイヴの会話を聞きながら、レリアは研ぎ澄ませた神経をさらに集中させようとしていた。
レリアたちの任務は、今日一日が終わるまで最大限の緊張感を持つことになる。気安い会話をしているのは、何も気が緩んでいるわけではなく、平常心を保つために他ならないのだった。
(今日の王宮には大勢の候補者や関係者が集まっています。利害関係者が一堂に会しているため、何かことを起こすのには好都合です。自分で誰かを暗殺しておいて、誰か他の候補者を犯人に仕立て上げることだってできるのですから)
演説中はもちろんのこと、移動中も気が抜けない。げんに、今は防御に特化した祝福を持つジスランがウィリアムと同じ馬車に乗り、警戒していた。
レリアは窓から顔を出して後続の馬車の様子を確認する。
(よかった、今のところ問題はなさそうです。同乗しているジスランの魔力の気配も安定しています)
最大限の緊張に息を吐くレリアだったが、マリアンヌからは緊張とは程遠い言葉が聞こえる。
「今日、少し楽しみよね」
「え。気安い会話をしていたのって、本気だったんですか?」
「違うわよ」
口を尖らせたマリアンヌは続ける。
「ガルシア侯爵にアルトワ侯爵家。みーんな、レリアの正体を知らないんだもの? あいつらが驚く顔を見れると思ったら、重圧がすごい任務だけど、そんなのも楽しみに変わっちゃうわ」
「あー……」
そういえば、今日はガルシア侯のほかに生家アルトワ家の面々にも再会するのだった。考えただけで、研ぎ澄ましたはずの神経が霧散する気がした。特に、実家アルトワの罪が重すぎる。
「面倒ですね。全部燃やしてしまいましょうか」
「レリア、それは王太子選が全部終わってからにしてくれる? 逮捕されたくないもの」
「なぁ、三年前の馬鹿のふりはちょっと素だったんじゃないのか……?」
ぐったりするレリアと顔を引き攣らせるマリアンヌを、イヴが呆れた面持ちで見ている。
とにかく、一行は無事王宮に到着したのだった。
想定通り、王宮内は物々しい雰囲気に包まれていた。
この国の貴族の代表が全員集まっているというのに、煌びやかなムードはない。普段は舞踏会で遊び呆けていそうな面々も今日ばかりは正装に身を包み、緊張の面持ちでこちらを見つめていた。
馬車から降り、大階段を上る。天井画が美しい回廊を抜けると、殺風景な大広間に出た。ここまでは王宮の名にふさわしい煌びやかな空間だったが、この大広間だけは全く空気が違う。
余計な装飾のない、古びた部屋。けれど、ここはゼプテニア王国が生まれたその日からずっと変わらずにあったような、歴史的な重みそのものだった。
石でできた高い天井と壁に囲まれ、部屋の中央には円卓があり、それを囲むようにしてシンプルな椅子が円形状に配置されている。あまりにも異質な雰囲気に、ウィリアムでさえ言葉少なな中、ジスランが説明を始めた。
「ここはかの有名な”候補者の間”だ。王太子選が行われている時だけ外に開かれ、そうでない時は、国王ですら立ち入りを許されない。二十年前もここで王太子選が行われた。」
「ジスランは前回の王太子選も護衛任務についてここにいたんですものね」
レリアが応じれば、ウィリアムも感慨深げだ。
「俺も前回は外から見ているだけだった。さすがにすごいな」
(王太子選が開かれるときにだけ、解放される部屋。歴史の中にいるようですごいですね……!)
感動しているレリアだったが、慌てて意識を任務に引き戻す。いつまでも観光気分で呆けているわけにはいかない。今日はこれから、大勢の有権者がこの部屋にやってくるのだから。
中央に円形状に並ぶ椅子は、古びた鉄製の柵で囲まれている。柵の先は、中央の椅子を眺めるように、階段形式の椅子がぐるりと取り囲むような形になっていた。
投票権を持つ貴族や王国庁の人間全員が座れるそのスペースは、少なく見積もっても千人以上が座れるように思えた。天井がアーチ状に丸くカーブしていることもあり、この大広間は声が響く。
(刺客が隠れられるような場所はなさそうですね。おかしな魔道具や兵器の類が隠されている気配もないです)
そんなことを考え、慎重に周囲を観察している間に、続々と候補者や有権者が到着していく。そろそろ頃合いだと思ったレリアは、ウィリアムに囁くのだった。
「これから私たちはウィリアム様の席の後ろにつき、護衛任務を継続します。何か違和感を持ったらすぐにお知らせください。全力でお守りしますので」
「わかった、頼む」
現時点では何も問題が起きていないことを慎重に確認し、レリアたちは下がって柵の外に出た。
ウィリアムまでは三メートルほど。この距離が、護衛に許される最も短い距離だ。円卓についたのはウィリアムが一番だったが、他の候補者たちも続々にやってくる。
(前国王の出身であるルモワーヌ公爵家は現在の当主が候補者となり、私の生家アルトワ侯爵家に護衛を任せています。また、現国王の出身バロー公爵家は前回の選挙で標的になった長男セス・バローが立ち、王国庁の専門組織に護衛を依頼。リュミエール侯爵家は当主の甥が候補者になっています。有力どころはこんな感じでしょうか)
イヴの分析によると、順当にいけば、エルランジェ公爵家を含めたこの四家が第一次投票を通過するに違いないという。
(当主を立てないところは、次期王位継承者を傀儡として国政に絡んでくるという意図が感じ取れますね。ウィリアム様のように良心が残る家の当主は、それを阻止するための選挙でもあるのでしょうか)
そんなことを考えていると、ウィリアムの左隣の席に、銀色の髪を持つ長身の青年が座った。
(彼がセス・バロー。現国王陛下の長男であり、現バロー公爵その人です。立ち位置や力関係から、もっとも有力と言われている一人。国王陛下は公正公平な人物であり、セス・バローもその流れを汲んでいるとされていますが……)
そんなことを考えつつ、並んだ二人の候補者の後頭部をじっと見つめていると、覚えのある声がした。
「――レリア?」




