ガルシア侯
ウィリアムは一人でサロンへ降りることはせず、レリアたち全員を連れていくことを選んだ。王太子選の期間に入り、護衛全員を連れた上で面会するというのは、明確に敵であり警戒していると示すことでもある。
一同を出迎えたのは、厳しい表情をしたガルシア侯だった。ウィリアムの側に控えているレリアを見て、一瞬目を泳がせた後で問いかけてくる。
「……なぜここにいる」
自分が呼んだのはウィリアムだけだ、という意味で言っているのだろうが、言葉以外の要素も含めると驚きが伝わってくる。まるで、レリアがここに来られないと事前にわかっていたかのようだ。
(これは、私に毒を盛るように命じたのはガルシア侯で間違いがなさそうですね)
レリアを護衛だと認識していない彼に対し、何も悟られないように微笑む。
「私はウィリアム様と再婚することになったのですわ。ここにいるのは当然ではないでしょうか」
「どうやって元夫へ取り入った? 結構なことだ。我が娘にも教えてやってほしいぐらいだな」
「ふふふ。ウィリアム様は意外と馬鹿がお好きだったみたいですね」
レリアがおっとりと応じれば、彼は声を荒げる。
「馬鹿にするんじゃない!」
「申し訳ございません」
けれどレリアは気にせず、ウィリアムの隣――ガルシア侯の斜め向かいに座った。威圧に対して全く動揺していないレリアを見て、ガルシア侯の怒りの表情の先には困惑が浮かんだ。刺々しい視線には戸惑いが混じる。
(オーバン・ガルシア。家格は格下ながらも、エルランジェ公爵家に絶大な影響力を持ってきた方です。その背景は王国軍を掌握する立場に起因することは明白。ウィリアム様はガルシア侯爵家にエルランジェ公爵家が飲み込まれることを心配なさっています)
三年前にも何度か顔を合わせたことはあり、その度にレリアは邪魔者扱いされてきた。そもそも、当時はいつも序盤で部屋を追い出されてしまっていたので、まともに接するのはこれが初めてかもしれない。
(どんな用件でいらっしゃったのかは存じませんが、この方は軍人です。油断はできません)
のらりくらりとした対応とは対極に、ピリピリした空気を漂わせるレリアだったが、彼は意外な話題を口にするのだった。
「昨夜、キャサリンが倒れた」
「……昨夜、知らせがあったのはその件か? 夜遅かったので応じなかったが」
完全に他人事とするウィリアムの言動に、ガルシア侯は激昂して立ち上がる。
「その後だ! キャサリンは身重の体で君との関係にずっと悩んでいた。妊娠を伝えても責任をとってくれないと! 王太子選の最中に生まれた子が婚外子になることは仕方がない。だが、娘や孫の幸せと王太子選の話は別問題だろう⁉︎」
顔を真っ赤にして詰め寄る様子からは、彼がキャサリンの妄言を信じているのだと伝わってくる。けれど、それをわかっているはずのウィリアムは容赦がなかった。
「何度も言いましたが、身に覚えはない」
「何だと⁉︎ 娘が嘘をついていると言いたいのか? キャサリンは、君が呼び出しに応じなかったばかりか、その馬鹿な女と部屋に篭っていると聞いて卒倒したんだぞ!」
なるほど、今日の彼はそういう経緯でここへ来たらしい。けれど、彼らが邪推しているようなことは何もないし、そもそも自分は表向きは高熱を出して寝込んでいたことになっている。
(私に毒を盛ったのはガルシア侯に違いないとして。おそらく、私が体調不良で面会できない間にキャサリン様をエルランジェ公爵家に入り込ませようと画策されていたようですね。なるほど、私を殺したくて遅効性の毒を盛ったわけではなく、隙を作りたかったと)
しかし、彼が怒鳴り込んできたことで、『ウィリアムはキャサリンを拒絶している』が誰の目にも明らかになった。これまでガルシア侯に配慮してきた一部の使用人たちも、今後この家に残りたいのなら、考えを改めなければ解雇されると理解したことだろう。
(なるほど、昨夜の『十分に協力してもらったからな』はここに繋がるのですね。ウィリアム様はやはり有能な人のようです)
おそらく今後、悪気なく内通者のような働きをしてきた使用人たちはいなくなるに違いない。そんなことを考えていると。
「ウィリアム君」
それは、王太子候補を子供扱いするような呼びかけだった。けれど、呼ばれた当の本人は不敵な笑みを見せる。
「懐かしい呼び方をされるな、ガルシア侯」
「第一回の投票、楽しみにしているぞ。君の王太子への第一歩だ。きっと驚くような結果が待っていることだろう」
ガルシア侯は忌々しげに低い声で告げる。それは、明確な怒りと決別と、敵意そのものだった。
彼はウィリアムを厳しい目で睨みつけ、そのままサロンから出て行った。




