追い風 2
突然現れた一通の手紙を見て、レリアは首を傾げた。
「それは何でしょうか……?」
「グレゴリオ家からの書簡だ。うちを支援すると書いている」
ウィリアムの答えに、相当驚いたらしいイヴが立ち上がる。
「グレゴリオ家⁉︎ 本当ですか⁉︎」
「イヴ、そのナントカ家って知っているの?」
マリアンヌが問いかければ、イヴは頬を紅潮させて興奮気味に応じた。
「当たり前だろ⁉︎ グレゴリオ家といえば、宮廷内に精通し、宮廷魔術師を頂として教会を牛耳る家だよ。ガルシア家を王国の雄とするなら、グレゴリオ家は王国の聖域と言っていい」
ウィリアムが補足する。
「彼のいう通り、グレゴリオ家は特別な家だ。この国では魔物に領地が襲われないように領地内に結界を張るだろう? 領主家に十分な結界を維持するだけの力がない場合、宮廷魔術師へ依頼することになる。その時、取次をするのがグレゴリオ家だ」
「えっ……それ、かなり重要な立ち位置の家じゃないの?」
「でもどうして急に支援を?」
マリアンヌとイヴが目を丸くすると、ウィリアムは不敵に笑うのだった。
「ユノ荒野の一件が効いているようだな」
レリアも腑に落ちた。この支援申し出に関して心当たりがあるし、何よりグレゴリオ家が味方になってくれるのは本当にありがたいことなのだ。ほっと息を吐く。
「よかったです」
「やはりというか何というか、君はあの家を知っているのか」
「ええ、馬鹿ではありませんので」
「それだよな……」
定期的に混乱を極めるウィリアムは何度目かの遠い目をしているが、グレゴリオ家は王国の聖域と呼ばれるのに相応しい、力も歴史もある家だ。
(イメージ通り、賢明な判断をしてくださったようですね)
正直なところレリアは自分が関係していることを言うつもりもなかったのだが、ウィリアムは気がついているようだった。探るように問いかけてくる。
「あの日は君が邪神を倒したはずなんだが、なぜかエルランジェ公爵家の手柄として広まっているようなんだ。うちには容易に邪神を消し去れるほどの力があると信じたグレゴリオ家が、教会派全てをもって支援すると申し出てきた。……これはなぜだろうな?」
「邪神を討伐し、宮廷魔術師や教会の負担を減らしたことへのお礼なのでは? 何より、それだけの魔法が使える人間を擁する家を味方につけておきたいと思うのは、教会派の筆頭として当然のことなのではないでしょうか」
にっこりと微笑んだレリアに対し、ウィリアムは呆れたような表情を浮かべる。
「……端的に聞く。君は、グレゴリオ家に何をしたんだ?」
「何って、ただ匿名でお手紙を書いただけですわ。ユノ荒野で魔力を用いた大きな衝突があったことは、魔法に長けた家なら気配で察知できるはずです。それを『エルランジェ公爵家が討伐した』と認識できるよう、少しだけ誘導させて頂きました」
「……は?」
信じられないという眼差しを向けてくるウィリアムに、レリアは念を押す。
「ですが、差出人は明かしていませんし、お届けは足がつかない手段を選んでいます。仕組まれたものだと気づかないようにしていますからご安心を! あ、ついでに、エルランジェ公爵家についておけば立太子後に優遇されるに違いないという先入観も刷り込んでおきました」
「待ってくれ」
二度目の『信じられない』の視線にもレリアは動じず続けた。
「本当に大丈夫ですから! 魔物に対する最新の魔法構成を広く明らかにしてほしいというのと、近隣の街――ユノ荒野の帰りに立ち寄った街にエルランジェ公爵家の魔力をまとった紙幣が流通しているが、教会の関与はあるのかという一般人からのお問い合わせのような感じのお手紙で」
「随分的確な一般人からの問い合わせだな。なのに、荒野での衝突には全く触れていないから、自作自演とは到底気づかない」
「あ、大丈夫です、文字は書けますし」
ほっと胸を撫で下ろしているレリアを見て、ウィリアムは瞠目したまま片手でこめかみを押さえている。出戻ってから何度この姿を見たことだろう。その中でも、今日の困惑は特別だ。
レリアがつい興味津々にウィリアムを観察してしまう一方で、ウィリアムは本気で混乱しているようだった。
「いや待ってくれ。どうしてそうなった? 君が魔法を使った戦闘に秀でていることは理解していたが、そんな根回しまでするタイプだなんて聞いていないぞ⁉︎」
「自在に魔法を使うよりずっと簡単なことですよ。こういうせせこましい手段には祝福なんて要りませんしね」
「……本当に待ってくれ。頭が理解を拒絶している。何をしたのかはわかるのに、全く受け入れられない……」
顔を引き攣らせているウィリアムの顔色は、心なしか蒼い。そして、美しい唇から発せられる言葉には、いつもの有能な当主の面影がないのだった。
よほどレリアがしたことが予想外だったのだろう。その姿を見ていると、レリアの心の中にはわずかな温もりが生まれてしまう。
(意外な表情です。少しかわいい……と思ってしまったら失礼でしょうか)
レリアがほのぼのと元夫を見つめ、マリアンヌが二人から目を離せない一方で、イヴだけは任務のことを頭に残しているようだ。興奮気味に問いかけてくる。
「しかしウィリアム様。正直、軍部を握るガルシア侯を敵に回したうえでの立ち回りは参謀担当として最重要課題であり頭痛の種でした。ですが、グレゴリオ家が味方になってくれるのなら別。第一回の投票を乗り切ってしまえば、割と本気で勝利が見えてくるのでは」
「ああ。キャサリン嬢を受け入れなかったことでガルシア侯爵を敵に回したが、グレゴリオ家がうちへの支持を明示してくれるのなら話は別だ。教会派はもちろんうちに票を入れるし、ガルシア侯が票を握っている軍部ですら揺るがすことができる」
何とか冷静に戻りつつあるウィリアムの話を聞いているうちに、皆の間には『行けそうだ』という空気が満ちてくるのだった。
チーフとして、レリアは微笑んでみせる。
「軍部に務める貴族の中には、領地に張る結界を宮廷魔術師に頼っている家も多いです。これからはもっと、武力に特化した家に対する大きな揺さぶりを――」
「ありがたいが、どうしても頭が君の行動を拒絶し心配する」
レリアの話にまたウィリアムが頭を抱えかけたところで。書斎の扉が叩かれ、その後すぐにパトリックの声が聞こえた。
「旦那様。ガルシア侯爵閣下がいらっしゃっています。お通ししてもよろしいでしょうか」
(噂をすれば、ですね。どんなご用なのでしょうか)
その言葉に、部屋にいた全員が顔を見合わせたのだった。




