追い風 1
「これから、第一回投票の作戦会議を行う」
翌朝。体調が悪い演技を終えたレリアを待っていたのは、書斎の執務机で真剣な表情をするウィリアムだった。あまりにもいつも通りなので、昨日のことが夢だったのではないかと思ってしまう。
(これは大事な任務ですから。公私混同は厳禁ですね……!)
自分に言い聞かせて、レリアは席につく。明らかにウィリアムからの視線を感じるが、これも任務絡みだと思うことにした。
今日は、王太子選に向けた本格的な作戦会議をすることになっている。全員、レリアが寝込んでいたことは知っているが、同時に仮病だということもわかっているのでいつも通りだ。
視線を気にしつつ、レリアは仕事を始める。
「王国庁の調査官による身辺調査も終わり、二週間後には第一回投票が行われます。血生臭い選挙の始まりです。とにかく、気を引き締めていきましょう」
本題に入ろうとしたところで、イヴが挙手した。
「まずその前に、レリアに毒を盛ったと思われる人間がわかったよ。犯人は家政婦長だ。彼女の部屋の引き出しからロストリアノンが出た。間違いない」
「まぁ、予想通りですね」
特に意外な答えでもないので、レリアは落ち着いて応じる。だが、ウィリアムはそうでもないようだった。犯人については意外ではないようだったが、とにかく落ち着いてはいない。
「あれは王太子選が終わったらクビだな」
「判断が早くないでしょうか? 長年勤めた功労者ですよ?」
「俺の妻に毒を盛った。彼女の主人を追い詰めるため王太子選の間は泳がせておいてやるが、本当なら今の時点でクビだ」
「ウィリアム様、少し落ち着きましょうか」
俺の妻って何ですか、と突っ込みを入れるか一瞬迷ったものの、今その方向へ行ってはこの会議が永遠に終わらないし王太子選の護衛任務にも支障が出てくる。
現に、レリアとウィリアムの会話がどこかおかしいといち早く気がついたらしいマリアンヌは、興味津々という様子でこちらを凝視していた。あまりにも気まずくて、レリアはウィリアムとマリアンヌを視界から遠ざけ、イヴに向き直る。
「それで――イヴ、家政婦長はキャサリン様の命令で動いているということで間違いないでしょうか?」
「うん、間違いないね。その後ろにはガルシア侯がいる。レリアのことを王国庁の特殊部隊の人間だとは思っていないみたいだから、単純に『レリア・アルトワ』が邪魔なんだろうね。娘の恋敵を始末してやるって程度じゃないのかなぁ」
(うーん……)
レリアは首を傾げるばかりだ。キャサリンの父、ガルシア侯が後ろにいるとしたら、あまりにも向こうに情報が不足しすぎてはいないだろうか。
「そもそもそれが気になるんです。エルランジェ公爵家に王国庁もしくは近い機関絡みの護衛が入るのはわかりきっていたことですよね? なぜ私がそうだと疑わないのでしょう」
「三年前のレリアが完璧な馬鹿すぎたせいだよ。あと、再婚話もなかなか効果高かった」
「なるほど……赴任初日の私は本名が呪いの言葉になっていたせいで『レア』と名乗っていましたし、翌日出かけて帰ってきたら姿を消したことになっていますしね」
「そう、そういうこと」
「では、遅効性の毒であるロストリアノンを選んだのには、そこまで深い意味はなさそうですね。即死毒のようなものは滅多に手に入らないですし、入手できたとしても足がつきやすいです。それを避けるためでしょう」
テキパキと分析するレリアとイヴを、ウィリアムは無言のまま顔を引き攣らせて見つめている。裏社会とは無縁で生きてきたであろう彼にとって、この切り替えの速さと割り切りの良さは理解し難いのだろう。
夫が大人しくしている隙に、レリアは続ける。
「当日は午前九時ぴったりに王宮の講堂に人を集め、七大公爵家の候補者全員の演説があります。それが終わり、休憩を挟んで午前十一時には投票開始。第一回の投票に限り、持ち票は一人二票。選挙権を持つ貴族三二〇家、総数六四〇の投票により上位四人が第二回の投票へと進みます。……前回、組織側に死人が出たのはここですね」
静かに話を聞いていたウィリアムが眉間に皺を寄せた。
「現国王を輩出したバロー公爵家を狙ったテロがあったと聞いている。そうだな、ジスラン?」
「はい。演説直前にバロー公爵家が奇襲にあったという報告が入りました。候補者の動揺を誘発し演説をボロボロにしようという目論見だったのでしょう。バロー公爵――現国王の七歳の長男が狙われ、影武者が代わりに命を落としました。当時七歳だった私はスペアとして緊急招集され、そこから選挙に参加しています。」
「……なるほど」
ウィリアムの視線がジスランの髪に留まる。
ジスランの銀色の髪はバロー公爵家の代々の当主と同じ色だ。遠目には当時七歳だった長男とも見分けがつかなかったことは容易に想像できる。偶然だろうが、そのような経緯もあって抜擢されたのだろう。
流れから、話が見えてきたらしいマリアンヌが問いかける。
「もしかしてその時狙われた長男って」
「セス・バロー。次期バロー公爵であり、今回の王太子選の候補者の一人だ。」
「うわぁ。命を狙われて生き残った子が、二十年後に候補者として立つことになったのね。王太子選ならではのドロドロって感じ」
ジスランの答えに、マリアンヌは顔を引き攣らせた。そのまま続ける。
「ウィリアム様は投票権を持つ貴族への根回しは済ませておいでですか?」
「万全だと言いたいところだが、ガルシア侯とはほぼ決裂していて、状況は芳しくない」
「ですね。……というか、キャサリン様がお腹に子供がいると言い出した時点で、両家の関係は破綻していた気がします。あれを信じ好機ととらえて家を乗っ取ろうとするガルシア侯に、ウィリアム様が跪くはずはないですから」
レリアが考えをまとめると、ウィリアムは意味深にニヤリと笑った。
「だが、悪い知らせばかりではないんだ」
そう言って、ウィリアムは執務机の引き出しから青い封蝋が押された一通の手紙を取り出す。




