旦那様からの心配と 6
レリアが唇を動かして息を吸ったその瞬間、ドンドンドンと扉を叩く音がした。
「……何でしょうか」
意識が明確に任務モードへと切り替わる。
今日のレリアは体調不良で寝込んでいると皆が知っているはずだ。加えて、ここにウィリアムまでいるとなれば、不用意にこの部屋を訪ねてくる人間などいない。もしいるとしたら、相当な緊急事態が起きている場合だけだ。
同じことを思ったらしいウィリアムは、扉に向けて不機嫌そうな声を上げる。
「……レリアは療養中だ。何の用だ?」
「だ、旦那様……申し訳ございません。ですが火急の用がございまして、書斎に来ていただけませんか」
意外にも、扉を激しく叩いていたのはキャサリンと懇意にしている家政婦長だった。その声を聞いたウィリアムは顔を顰める。
「君に急ぎの要件を知らせる権限は与えていない。ピエリックを介せ」
「ですが、旦那様」
「ピエリックに伝えた上でまだ取次が必要なら、ピエリック本人を寄越せ」
「……! か、かしこまりました! 申し訳ございませんでした!」
何とか部屋の扉を開けてもらおうとした家政婦長だったが、ウィリアムの厳しい声音を聞いて諦めたらしい。慌てて謝罪すると、部屋から遠ざかって行ったのだった。
足音が聞こえなくなったのを確認したレリアは、念のために小声で話しかける。
「ウィリアム様、私は別にお通ししてもよかったのですが」
「いやだめだ。どうせキャサリン絡みの用件だろう。下手したら、下に来ているんじゃないか? こんな夜更けに彼女と会うのはごめんだ。あらぬ誤解を受けるからな」
「なるほど……」
そういえば、キャサリンはウィリアムの子供がお腹にいると言い張っているのだった。ウィリアムが全力で否定しているのなら、自分は彼に協力するべきだろう、とレリアは進言する。
「もしよろしければ、再婚相手として少し協力をしましょうか? 私の立場なら、妄言を暴く手段がいくらでもあります」
「いや、大丈夫だ。期せずして、今ので十分に協力してもらったからな」
「……?」
意味深な笑み。首を傾げると、ウィリアムはレリアをベッドに押し込むのだった。
「とにかく今日は寝ていてくれ」
「あの、でも実際には私は体調を崩していません。こんなのは誤差ですから」
抵抗しようとすると、ウィリアムはまた真剣な表情でレリアを見つめてくる。
「……自分を大事にしろと。俺はそう言った。なぜそうして欲しいのかも伝えた。ここで、それをもう一度聞きたいか?」
これまでに意識をしたことはなかったが、ウィリアムがつけている香水の香りがする。それほどまでに近づいたのは初めてなのだ。爽やかだが、どこか甘く酩酊しそうな匂いに包まれて、身動きが取れない。
しかも、ここがベッドの上だということに気がついて、なんだか気まずくなった。仕方がないので、そのままふるふると首を振る。
レリアが大人しくベッドに入ったことに満足したウィリアムは、ふっと笑った。
「ゆっくり休むといい。部屋は施錠し、扉の前には番をつける」
そうして、夫は部屋を出て行ったのだった。
ベッドの中から視線だけで大人しく見送ったレリアは、呼吸を整えるだけでやっとだ。
(キスでもされるのかと思いましたね……)
心なしか、頬が赤い気がする。三年前には完全に覚悟ができていたはずなのに、その当時とは気持ちが全く違う。
これまで触れたことのなかったくすぐったさが胸に宿って、離れない。
(これは……どんな感情なのか、全然わかりませんね)
一方でウィリアムの『十分に協力してもらったからな』の意味は、翌朝にわかることになる。
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