旦那様からの心配と 4
今は決して馬鹿のふりをしていないというのに、自分を馬鹿だというウィリアムの声。
「え」
困惑してぱちぱちと目を瞬くレリアに向かい、彼は怒りを隠さない。
「自分をそんなふうに扱うな。君は君が思うよりもずっと価値がある人間で、皆にも大切に思われている。君が傷つくことで悲しむ人間もいる。いくら任務とはいえ、無謀な振る舞いはやめてほしい」
「ウ、ウィリアム様……?」
「ほら、その表情だ。心底意味がわからないという顔をしているが、少なくとも、俺は心配した」
そう言いながら、ウィリアムはレリアの頭にぐいと触れ、自分の顔に近づけた。まるで子供に言い聞かせるような体勢。
頭に触られるのも、子供扱いされるのも、どちらにもあまり慣れていないレリアは目を瞠るばかりだ。ドキドキと拍動する自分の心臓に戸惑いながら、聞き返す。
「あの、心配?」
「そうだ。君が高熱で寝込んでいると聞いて、無理をさせすぎたと心配したし、つい数秒前には毒を盛られたと聞いて狼狽しかけた。だが全部わざとだと知って、その有能さを賞賛する気持ちと、自分を大事にしない君への正体不明な怒りが」
「お、落ち着きましょうか?」
本人が喋り続けるほどに怒りが増していくことに気がついたレリアは、今度は自分が言葉を重ねる。
「なんだか怒らせてしまったことは謝罪します。ですが、これだけはわかってください。私がウィリアム様の盾になろうと思うのは、組織に命じられたからではなく、個人としてそれだけの価値があると思っているからです」
「は?」
「唐突に感じられたかもしれませんが、これは三年前からずっと思っていたことです。ただの任務で死ぬのは正直遠慮したいですが、ウィリアム様に関しては別です。命を賭してお守りする価値がある方です」
さすがに、家をめちゃくちゃにしておいて信じてもらえるとは思っていない。
けれど、この感情は嘘偽りのない本当のものだ。この人は、国を背負うのに相応しい器を持っている。だから命をかけて守る価値があると思っているのだ。
しかしこれでわかってもらえると思ったのに、元夫は片手でこめかみを押さえてしまった。レリアの発言でますます頭が痛くなったらしい。
「三年前から思っていたが、君は少しおかしいな」
「今は馬鹿を演じているわけではないのですが。心外なような」
「そうじゃない。もっと自分を大事にしろ」
ウィリアムが繰り返し言っているところから察するに、彼は本気らしい。まさか元夫であり護衛対象の彼にそんなことを言われると思っていなかったレリアは、ぱちぱちと瞬く。
それから少し考えた後で、納得した。
「あ。もしかして、私の出自に同情していらっしゃいます……?」
レリアの言葉に、ウィリアムは心当たりがあるようだった。目を逸らすと、気遣うように口を開く。
「……やはり知っていたのか」
彼は同情を肯定しなかった。けれど、組織に拾われた経緯とは違うレリアの出自に関して、特別な感情を持っていることが伝わってくる。
(私のお母様がアルトワ侯爵夫人に意図的に殺されたことですよね)
何も言葉を発しないレリアを見て、自分の懸念が当たっていると確信したのだろう。ウィリアムは沈んだ表情で謝罪するのだった。
「三年前、君が嫁いでくることになって、身辺調査をさせてもらった。その時に判明した事実は、おそらく君がこれまでの人生で知り得なかったものだろう。書斎に放置していた書類により、望まない形で真実を知ることになって申し訳なかった」
「いいえ、謝らないでください⁉︎ そもそも、私が書斎を漁ったのがおかしいですから⁉︎」
「……君は、どこまでも任務として俺に接するんだな」
呆れたような、どこか寂しげな声。どうしてそんな感情が自分に向けられるのかわからず、レリアは目を瞬くばかりだ。
(ウィリアム様はどうしてこんなことを仰るの? そもそも、なぜこんな会話になったのでしたっけ……?)
初め、ウィリアムは毒を盛られたレリアを心配し、もっと自分を大事にしろ的なことを言っていた気がする。その後、レリアの出自の話になり、勝手に身辺調査をしてその結果をレリアの目につくところに置いたことを謝られた。
いややはり意味がわからない。話の向きが全く読めず困惑するしかないレリアに、ウィリアムは言葉を選びながら慎重に明かす。
「三年前、俺は別に君のことが嫌いじゃなかった」
「えっ?」
信じられない言葉に、レリアはぽかんとした。




