旦那様からの心配と 1
ウィリアムとの再婚を発表した後、エルランジェ公爵家でのレリアへの嫌がらせは止んだ。
ピカピカに磨かれた床と、替えたてのまっさらなシーツ。変わり身の早さがこれ以上なく完璧で清々しい。快適に整えられた部屋を見て、レリアは暢気に首を傾げる。
「……意外とあっさりでしたね?」
「何を言っているのよ! レリアへの嫌がらせは組織への嫌がらせ! この部屋を荒らした人間全員の口に石と砂を突っ込んで窒息させてもまだ足りないぐらいだわ⁉︎」
「落ち着きましょうか、マリアンヌ? 何より使用人の方々は私が組織の人間だと知りませんし」
「無理よ無理」
その言葉の通り、窓の外では小石が浮いているのが見える。怒りを抑えきれないマリアンヌによるものであることは明らかで、レリアは相棒を抱きしめた。
「大丈夫ですって。どうやら、このお屋敷の方々も少しずつわかって来ているみたいです。ウィリアム様はガルシア侯爵家のキャサリン様とは特別な関係にない――つまり、キャサリン様のお腹の子は誰の子だ? って」
「レリア……あなた、つくづく本当に甘いわよね。びっくりしちゃうわ」
マリアンヌは呆れたようにしてレリアの腕を解く。同時に、窓の外では宙に浮いていたたくさんの小石が視界から消えた。外から『うおっ』という悲鳴が聞こえたことから察するに、地面にそのまま落下したようだった。
「怪我人はいないでしょうか」
「大丈夫よ。それぐらい調整できるもの」
そんな会話をしていると、一人のメイドが紅茶を運んできてくれた。蒼い顔をした彼女は、どことなくぎこちなさを感じさせる仕草でレリアとマリアンヌの前にカップを置く。
王国庁から派遣された護衛のマリアンヌと馬鹿だった元妻が二人でお茶をしていることが解せないのか、終始挙動不審に見える。
それでも自身の勤めを果たすべく、彼女は紅茶を注いだ。なぜか手が震えている。そのせいで、ティーポットから注がれる紅茶が揺れている。
「お、お茶でございます」
「ありがとう」
お礼を伝えて微笑むと、メイドは目を泳がせたまま深くお辞儀をし、部屋を出て行こうとする。
扉のところで、押していたワゴンがどこかにぶつかったらしく、ガシャンと派手に音を立てていた。メイドはあわててワゴンの方向を調節し、部屋を後にする。
彼女を見送った後、レリアは紅茶のカップを手に取った。それをマリアンヌが制止する。
「レリア、私が」
「大丈夫。これは私用だし、何より、私も慣らされているもの。まず、自分でどれくらいのものなのか確認したい」
ほんの少し紅茶を口に流し入れると、濃い花の香りがした。いつもこの屋敷で出されるのとは違う風味の強さに、この紅茶には何か隠したいものが細工されていると確信する。
(――甘い)
砂糖も入れていないのに、不自然な甘ったるさを感じた。レリアはカップから口を外すと、落ち着いた優雅な仕草でソーサーの上に置き、ハンカチで口元を拭う。
「毒が入っているわね、間違いないわ」
「すぐにイヴを呼ぶ。組織の医務官に連絡を取って対処を」
しかし、レリアは立ち上がったマリアンヌの手を掴む。
「大丈夫。私の手は震えていないし、呼吸も苦しくないし、身体のどこも痛くない。おそらく、分量で効果を調節しやすい遅効性の毒とみて間違いないでしょう。比較的手に入りやすい『ロストリアノン』あたりでしょうか? 念のため、イヴにお願いして鑑定してもらったほうがよさそうですけど。マリアンヌ、お願いできますか?」
「……イヴを呼んでくる」
「落ち着いてお願いします」
にっこりと微笑めば、マリアンヌは真剣な表情をしてゆっくりと頷いた。そうしてひとつ大きな深呼吸をすると、静かな足取りで部屋の外へと出ていく。
ついさっきまでパニックになりかけていたとは思えない振る舞いに、レリアは感謝した。
(よかったです。毒を盛られたことに気がついた、と犯人に知られたくありませんから)




