アルトワ家の憂鬱 1
その後で、やっと当初の予定通り書斎の調査が始まった。
彼らが母屋の書斎に入り、躍起になって失態を探しているのを離れた場所から見つめながら、ウィリアムはレリアだけに聞こえるほどの小声で囁く。
「……三年前の焚き火」
「ああ、よく燃えていましたよね」
「あれは本当に、芋を焼くのが目的だったのか?」
核心をついた質問に、レリアはすっとぼけるだけだ。
「過ぎたことはもういいのではないでしょうか。そもそも、あれで前の旦那様が違法な印刷物を作っていたということ自体、調査官の方々の憶測に過ぎないのですし」
三年前のあの日、自分がした行動にいまいち正当な理由をつけられないレリアは話題をはぐらかすしかない。けれど、ウィリアムは複雑そうに息を吐くのだった。
「いや、父はやる。俺は、父が急死した後に発覚した不正や犯罪ギリギリの案件の全てを処理してきたんだ。その意味で、確信を持って宣言できるな。あれは偽札を製造するためのものだ」
「……とんでもない方向で信頼が厚いのですね……」
「ああ」
淡々と応じるウィリアムの横顔には、これまでの苦労が滲んでいる。それを見ていると、彼と自分が生きてきた世界は全く違うものだが、家族のことで苦労したという視点では似たようなものかもしれないと思えた。
(三年前、私が偽造紙幣の隠蔽に協力してしまったのは、同士への同情……のようなものかもしれないですね)
何となく、自分の行動に説明がついてほっとする。すると、元夫であり依頼人であり現在は形式上の婚約者でもある男は意味深に微笑むのだ。
「レリア」
「はい?」
珍しくかしこまって話しかけられ、目を丸くするレリアに、ウィリアムは「馬鹿は素ではないのか?」と問いかけてくるときと同じ声音で礼を言うのだった。
「君には心から感謝する」
「な、何のことでしょうか。焼いたのはお芋ですってば、お芋」
◇
レリアが生まれたアルトワ侯爵家は祝福を持つ人間を多く輩出してきた。これまでの歴史を振り返っても、社交界や王家から一目置かれることが多かったのはそのおかげだ。
しかし、現在はその特権を維持し、アルトワ侯爵家たらしめてきた祝福を持つものがいない。
加えて、祝福は子供時代に目覚めさせるものがほとんどなのだ。現在は大人しかいないアルトワ家にとって、後継をつくりその子が祝福を覚醒させることは急務だった。
レリアの父、アルトワ侯は届けられた書簡を手に、苦々しさを噛み潰す。
「ヘクター、お前の縁談はまだまとまらないのか。先方から断られるのはこれで五件目だぞ。アルトワ侯爵家の跡取りともあろうものが、情けない」
「父上、申し訳ありません」
当主から叱責を受ける形になったヘクター・アルトワ――レリアの長兄、は頭を下げた。その額には汗が滲んでいる。当然である。早く祝福を持つ後継者を作らないといけないのに、一向に縁談がまとまらないのだ。
しかし、なおも父の怒りは収まらない。
「お前が若い頃は、縁談相手を選り好みしていたせいで結婚が決まらないのはわかっていた。だから、相手の家格には目を瞑ることにし、貴族令嬢であれば誰でも認める方向に変更した。なのに、現状はどうだ? やっと顔合わせに辿り着いても、最近は逃げるように断られてしまうではないか」
「……」
叱責され、ヘクターは顔を上げられなかった。縁談がまとまらない理由はわかっている。間違いなく母親違いの妹、レリアのせいだ。三年前に彼女が『馬鹿すぎる女は愛せない』というとんでもない理由で離縁されたことは、社交界でも噂になっている。
しかし、不運はそれだけでは終わらなかった。レリアが離縁されるのと同時に、彼女が社交界デビューをせず嫁がされたことも広く知れ渡ってしまったのだ。
この国では家の主人に妾がいることは一般的で、その子供の面倒を見ることは、妾をつくる者にとって最低限の義務とされている。
だから、どちらかといえば、『馬鹿すぎて離縁された妹がいる家』よりは『第二夫人の娘を外に出さず日陰で育ててきた家』という噂が広まってしまったことのほうが、アルトワ侯爵家にとっては痛かった。
そんな扱いを受ける可能性がある家に、大事な娘を嫁がせようという親はいないからである。
何とか顔合わせまでたどり着いたとしても、ヘクターや両親である侯爵夫妻を見て何かを感じるらしく、先方から断られることが五回も続いていた。
(せめて、離縁された後でレリアがこの家に戻ってくれていたら。そうすれば、一から家族としてやり直し、アルトワ侯爵家は問題ないという姿を社交界にアピールできたに違いないのに。レリアが戻らなかったせいで憶測が憶測を呼び、縁談がまとまらない。一体、今どこにいるのか)




