旦那様に仕掛けられた罠 8
男がいなくなった隠し部屋で、レリアは安堵する。
「良かった。これで、ウィリアム・エルランジェが偽造紙幣所持の罪で捕まることはなくなりますね。関係がないのに、こんなことで気の毒だもの」
言葉にしつつ、複雑な気持ちにもなる。
「私はなんでこんなお節介をしてしまったのでしょう。しかも、これって上からの命令に背いていますよね? バレたらお仕置きが待っているのでは?」
そうして、今度は積み上げられた偽造紙幣の山を前に、途方に暮れるのだった。
「これ、どうしましょうか……」
少し困ったものの、レリアの判断は早かった。
馬鹿な公爵夫人を演じつつ、この偽造紙幣を自然に処理し、エルランジェ公爵家を困らせる手段を思いついたのだ。それは。
「あの女、な、何をしている……⁉︎ 今度は何を燃やしているんだ⁉︎」
轟々と燃え盛る炎の山を前にするレリアの背後から、ウィリアムの絶望の声が聞こえた。レリアは木の棒で炎の山の端っこをカサカサと触り、その先に見つけた獲物を刺して取り出した。
「旦那様! お芋を焼いているのです! ほら見てください、ホクホクでおいしそうに焼けています!」
「芋?」
「旦那様のお世話係のおじいちゃんに頂いたお芋だそうですわ! 特別な味付けをしているので、きっとおいしいですよ」
「何度も言うが、ピエリックを爺扱いするな」
「今日は燃料に隠し味を使っているんですよ! とっておきの焼き芋、皆さんに食べていただきましょうよ!」
楽しそうにはしゃぐレリアに呆れた様子だったウィリアムは、飛んできた一枚の葉っぱ――いや、葉っぱの代わりにした燃料を見て、顔色を変えた。それは、十万ルギル、と書かれた焦げた紙だったからである。
「……。これは何だ?」
すでに答えはわかっているだろうに、ウィリアムは震える声で聞いてくる。
信じたくないのかもしれない。レリアも、逆の立場だったら本当にそうだ。けれど、今は任務のために無邪気な笑みを浮かべるだけだ。
「ああ、それが特別な隠し味ですわ。エルランジェ公爵家秘蔵の十万ルギル紙幣です」
「はぁ……っ⁉︎」
さっきまで呆れ顔だったウィリアムの表情が、怒りと焦りと驚愕を絶妙な割合で混ぜたものに変わった。レリアはふふっと笑う。
「庭の枯葉だけで焼いては、何にも面白くありません。そんなところに、前の旦那様のへそくりらしきものを見つけまして! せっかくですから焼きました!」
いつもなら「何がせっかくなんだ⁉︎」という怒号が聞こえてきそうなところだったが、今日のウィリアムは違った。ホクホクいい感じに焼けた芋と、勢いよく燃える紙幣の山を前に頭を抱える。
「消せ! この焚き火をすぐに消すんだ!」
「あら。それですとお芋がおいしくなくなってしまいますわ?」
「いいから消せ!」
焦りながら指示を出すウィリアムを横目に見ながら、レリアは心の中で安堵する。
(本当に燃やしてしまいたい偽札は最初に焼いてしまいましたので、今火を消されてしまっても問題ありませんね)
今日、大事だったのは『前の旦那様のへそくりを焼いた』という記録だけだ。この記録さえあれば、後日この件が明らかになっても、犯罪の証拠である紙幣が全て焼き払われている以上、ウィリアムの汚点にはならないだろう。
(ですが、あの納屋は後日調査をし直すべきでしょうね。大量の偽造紙幣が発見されましたが、どうやって作られたものなのかわかりませんでしたから。納屋にはウィリアム様が立ち入ることがないよう、人目につきにくくする結界を張っておきました)
この家は不気味だ。まるで、ウィリアムを嵌めるためにあらゆる手が尽くされているようにも思える。
しかし、レリアが納屋を再調査することはなかった。
なぜなら、その数日後に、キャサリンとともに階段から落ち、離縁を言い渡されたからである。




