旦那様に仕掛けられた罠 7
「な、なんのことだ。これはれっきとした十万ルギル紙幣だぞ。今お前がないと言った魔力の刻印もしてある、ここに」
「確かに、魔力の刻印はしてあるのですが……用いられている魔法定義も魔法の使用者も異なるのです。まるで人を騙すために作られた紙幣のよう」
「……は?」
レリアの言葉に、男は心底意味がわからないという顔をしている。この偽造紙幣の品質に自信があるのだろう。偽造紙幣なのに品質も何もあったものではないと思うが、彼の思考も理解できなくはない。
(仕方がないと言えば仕方がないですね。馬鹿すぎる公爵夫人に魔力の違いが見分けられるはずがないですし、私が持つ祝福以外で、魔法定義を読み解く手段はありませんから)
けれど、レリアはおっとりと笑って容赦なく問いかけた。
「もしかしなくても、このトランクケースいっぱいの紙幣は全部偽札ですよね? この不正は誰の命令で行っていますか? それともあなたが単独犯? 少なくとも、ウィリアム・エルランジェは知らないことですよね」
「……」
矢継ぎ早に問いかけてみたものの、男から返答がない。彼は目の前で起きたことをようやく理解したらしく、表情からさっきまでの余裕は消え去り、呆然としていた。
レリアは施錠されているはずの納屋の鍵を開けて入り、この隠し部屋を見つけ、魔法錠ごと扉を壊し、さらにはトランクケースの鍵まで開けた。一連の鍵破りを全部自分一人でやったのなら、レリアのことが恐ろしくならない方がおかしいのだ。
これだけの能力を持つ女が屋敷の事情を嗅ぎ回る背景には誰がいるのか。言うまでもなく、王国庁しかありえない。普通ならすぐ察しがつくことだ。
いつの間にか男はおろおろとし、目を泳がせていた。その瞳には、恐怖すら滲んで見える。
「お、お前……何者だ……?」
そうして、冷静さを失った男の手には赤い光が集まり始める。続く呪文の詠唱に、また攻撃魔法を放とうとしているのだと理解した。けれど、レリアは怯えることはなかった。
「状況から察すると、前の公爵様が偽札を大量に作って保管していた。もしかして、実際に使用されたこともあるかもしれませんね? けれど突然の事故で死んでしまったので、当時重用されていて魔法鍵を預けられていた使用人のあなたは偽札を盗むことにし、今は少しずつ時間をかけてここから持ち出し使用している……そんなところでしょうか?」
「違う、俺は違う。旦那様に背くような、そんな」
愛想笑いをする男の手元で完成しかけた魔法の構成が、みるみるうちに解けていく。形を成そうとしても、ばらばらになって収拾がつかない。次第に、男の表情から取り繕う笑みすら消えた。恐怖によって呪文の詠唱すら出来なくなった男に、レリアは微笑んでみせた。
「あなたは、現在はエルランジェ公爵家の使用人ではないですね。もしかして、先代からの信頼が厚すぎて、ウィリアム・エルランジェに疎まれたとか? そういうの大嫌いでしょうしね、あの方は。でも、偽札を盗むのには都合が良かったですよね」
「……っ。噂と違う。誰なんだ、お前は」
腰を抜かして座り込んでしまった男に、レリアは続けた。
「私? 王国庁が送り込んだ間諜です。ですが、レリア・アルトワは本名なんですよ」
「……っ!」
それは、男にとって死刑宣告も同然だ。王国庁の任を得られるのは、エリート中のエリートばかり。今レリアがしたことと肩書き、レリアの「馬鹿すぎる評判」の噛み合わなさが飲み込めないらしい男は、驚愕に目を見開いて固まっている。
けれどレリアも容赦はしない。
「後であなたのことをしっかり調べたいと思います。ですが、証拠隠滅が先ですよね」
「は……? 証拠隠滅、って何のだ? いや、ま、待ってくれ」
「だって、私の姿を見られてしまいましたし、何よりも偽造紙幣を作ることは犯罪です。限りなくグレーに近いように思えますが」
レリアが本気だと悟った男は蒼い顔をして地面を這い、後ずさる。
「待ってくれ。まず話を」
「大丈夫です、殺したりはしません。今後、この家に関われないよう、エルランジェ公爵家に関わる記憶をいじるだけですから。完璧に線を引くのが難しい魔法なので普段は使わないのですが、今回は私の姿を見られてしまいましたし、仕方がないです」
「はっ……⁉︎ そんなことが……」
できるのか、と続けようとしたであろう男の言葉はそこで途切れた。レリアが素早く呪文の詠唱を終え、魔法を発動させたからだ。突然、男は虚ろな瞳になったかと思うと、頭を抱えて唸り声を上げ始める。
「ぐっ……あああ……っ」
「転移魔法で、私たちと関わりのない場所まで飛ばしましょう。もう二度とここに戻ってこないでくださいね。お願いします」
そうして、レリアは男から記憶を奪い、強制転移させたのだった。




