29.旦那様に仕掛けられた罠 2
王国庁の調査官が納屋へと向かっていると報告を受けたレリアたちは、すぐに外へと出た。
エルランジェ公爵家の敷地は広く、納屋は少し離れた場所にあるため歩いては行けない。馬車を待ちながら、レリアは周囲を見回す。そこには、ゼプテニア王国の紋章を付けた馬車が複数停めてあった。
「王国庁の皆様、大所帯で来ていらっしゃいますね。馬車が十台も。こんなに本格的な身辺調査に立ち会うことなんて、もう一生ないでしょうね」
「……空の荷馬車も二台。手ぶらで帰る気はさらさらなさそうだ。」
冷静なジスランの声に、レリアは問いを返す。
「ジスランが過去に立ち会った時はどうだったんですか?」
「私は途中から合流したから初期のことは詳細にはわからないが、話に聞くと、驚くような場所まで調査されたらしい。隠し倉庫の類も全部見破られて、候補者秘蔵の愛人との逢瀬を写した写真まで白日のもとにさらされたとか。」
「うわぁ。それは御愁傷様です」
レリアが表情のこもらない瞳で微笑むと、ジスランは落ち着いて付け加えた。
「だが、ウィリアム様の場合、そういう隠し倉庫の類はお持ちではないだろう。その点では、大丈夫じゃないか。」
「……ええ。ウィリアム様は、大丈夫ですけれどね……」
ちょうどそこで馬車の準備ができたらしく、ウィリアムが声をかけてくる。
「三人は馬で納屋へ。レリアは俺と馬車に同乗してくれ」
「あら? どうして私だけが馬車に乗らないといけないのでしょうか?」
レリアが暢気に問いかけると、ウィリアムは意味深に笑った。
「仕事だ。再婚するほど魅力的な妻、をしっかり演じてくれるか」
「なるほど。エルランジェ公爵家が擁立する候補者は馬鹿がお好き、というアピールは必要ですか」
「相手を油断させる程度に、ほどほどに頼む」
「承知いたしました。調査官の方々が羨むほどのバカップルですね……! お任せくださいませ」
「君、やっぱり三年前も少し素だったんじゃないか?」
しっかり夫婦を演じてみせましょう、と微笑むと、ついさっきまで意味深だったウィリアムの視線は不安に満ちたものに変わる。
納屋へは十分ほどで到着した。
「……これが納屋?」
エルランジェ公爵家の敷地内。本邸から離れた場所に建つ瀟洒な屋敷を見て、マリアンヌが呆けた声を上げる。その姿に、レリアも心の中で頷いた。
(気持ちはわかります。私だって、三年前に一度来たことがなければ全く同じ反応をしていましたから……!)
家族の一員として扱ってもらえなかったとはいえ、レリアは貴族の中でも家格の高いアルトワ侯爵家の生まれだ。
その自分が三年前にこの屋敷へ来て、そして納屋と呼ばれるこの館を見て、あまりの豪華さに呆然としかけた。納屋が納屋じゃない、と。けれど、驚いている皆に対し、ウィリアムは自嘲気味に笑うのだった。
「これは数代前の当主が築き上げた遺産だ。今は、この家を維持するだけで精一杯だ」
「……本当に、すみません」
三年前、この家で大量の紙幣を燃やした記憶のあるレリアは小さくなったが、ウィリアムは意に介さない。
「言っておくが君のせいじゃない。父のせいだ」
(優しくフォローしていただくと、さらに良心の呵責が……)
あれは、離縁を言い渡される少し前の秋のことだった。大量の紙幣は燃えたものの、一応、それはユノ荒野に次ぐ置き土産でもあった。もちろん、致し方ない理由があったからなのだが、残念なことにウィリアムはそれを知らない。
置き土産の存在を思い出して懐かしいやら申し訳ないやらの思いに浸っていると、先に到着して納を調査していた王国庁の調査官が中から姿を見せる。
「王太子選の候補者、ウィリアム・エルランジェ殿。この度は調査にご協力いただき感謝いたします」
慇懃に告げられる彼の声音には、言葉とは真逆に敬意を感じない。
『王国庁』とは、レリアたちが所属する組織を管轄し、王太子選の全てを司る機関にあたる。貴族社会とは明らかに違う価値観で動く彼らは、王太子候補であるウィリアムすら小石のように見えているらしかった。
調査官はレリアたちのような諜報員とは能力も求められるものも違う。けれど、彼らのことを自分たちと同業のようなものだと思っている。
一方、彼らの無礼を最初からわかっているウィリアムは、上辺だけの言葉には応じず本題へと入った。
「それで、どうして本邸に寄らずいきなり納屋に行ったんだ?」
「前回の王太子選の調査時、エルランジェ公爵家では本邸の書斎から不正書類がたくさん出たという記録がありましてね。おそらくその記録が残っているでしょうから、本邸の書斎は対策済みで、調査しても大したものは出てこないだろうと思いまして」
まるで、何かがあることを前提としているかのような言葉選びだ。なぜこんなに自信満々なのか気になりつつ、緊張が高まっていく。
(ジスランが言っていた通り、手ぶらでお帰りになる気は全然ないようですね……!)
実は、レリアはこの納屋に『隠し部屋』があることを知っている。三年前に結婚していた頃、敷地内をくまなく調査した時に気がついたのだ。
当時のことを思い出しレリアはしばし思案した。
(ここにあったもののことは、本部に報告しなかったはずなのですが。おかしいですね)
焼き芋回です。




