28.旦那様に仕掛けられた罠 1
レリア・アルトワとウィリアム・エルランジェの再婚の話は、わずか数日で社交界に知れ渡った。
来たる王太子選候補者の身辺調査に合わせてわざと噂を流したことを考えると、完全に狙い通りだし、今後もウィリアムの選挙戦略は当たっていきそうだ。
キャサリン・ガルシアが乗り込んできた日から一週間ほど。今日は、王太子選を管轄する王国庁の専門部隊が、身辺調査のためにエルランジェ公爵家を訪れることになっている。
書斎では彼らを受け入れるための準備が急ピッチで進んでいた。どんな準備が必要かというと、公爵家に関係する帳簿や保管を義務付けられている書類を物理的にまとめるのだ。
前回――二十年前の王太子選から現在に至るまでの全てが必要になるのだから、大事だった。大変に骨の折れる作業である。
「……書斎にいて大丈夫か」
奇妙なものを見るような視線を送ってくる元夫に、自分が奇妙であることに特に異論がないレリアはにっこり微笑んだ。
「まだおっしゃるんですか? 何か燃やすものはあります……?」
「断る」
「残念です」
そんな会話をしながら、書類を並べていく。少し離れた場所からこちらの様子伺うマリアンヌとイヴがくすくすと笑っているのが聞こえた。
正直、自分を奇妙なものを見る目で見てくるウィリアムの気持ちはわからなくもない。あれだけのとんでもない馬鹿だった元妻を知っているのだから、今はまともになっていると信じられるはずもないと思う。
なお、ジスランだけは無言で書類整理に集中している。一歩引いた振る舞いが、さすが大人すぎる。とりあえず話を戻したい。
「身辺調査にあたる部隊が到着するまでに、この書類の整理は完了するのでしょうか」
目の前に堆く積まれた書類の山々を見てため息をついたレリアに、ウィリアムは苦笑する。
「念のため言っておくが、これは別に隠蔽とかじゃないからな。必要な整理だ」
「もちろんわかっています。見れば見るほど、最近のエルランジェ公爵家は健全で潔白ですから」
「……最近の?」
「い、いえ、何でも」
三年前に書類を燃やしたことを思い出したレリアはうっかり口を滑らせた。こほん、と咳払いをしつつ書類に集中するふりをする。
(私があの時書斎で見つけたのは、禁呪魔法と呼ばれる類のものを発動させる呪文の構成リストです。普通の紙とすり替え、ダミーを燃やし、原本は組織に提出しましたが、多くは発動条件に危うさがあり、放置していたらどうなっていたかわかりません。あれは早期に気がついてよかった)
しかも、あの呪文はなかなか精巧に作られていた。
おそらく、魔法を構成するものを読み解くのが得意なレリアでなければ、リストの中身が禁呪魔法だと気がつけなかったことだろう。優秀なウィリアムでも、絶対に無理だ。
そして、呪文の構成にはウィリアムの父の名前が使われていた。つまり、禁呪魔法にはウィリアムは関わっていない。
これは、レリアが『馬鹿のふりをして家をめちゃくちゃにしろ』と言われたものの、その当主本人は悪人ではないのでは、と気づいたきっかけにもなった。
あからさまに挙動不審になったレリアを見て、ウィリアムは少し間を置いて納得する。
「そうか。君は以前にこの家の惨状を見ていたんだったな」
「ええ。なかなか酷かったです。全部燃やしましたけどね」
「俺も、父が残したものについては把握しきれていないことが多いんだ。わかっているのは、どれも碌でもないということだけ」
「あー……」
否定も肯定もせず、レリアは愛想笑いを浮かべる。そうして、元夫を観察するのだった。
(意外と、ウィリアム様は普通に接してくださるのですよね)
二度目の結婚をするフリを持ちかけてきたウィリアムだが、意外なことに二人の関係は三年前と変わらない。レリアがとんでもない馬鹿ではないと信じきれていないらしいが、そこにさえ目を瞑れば、ウィリアムの表情は驚くほど穏やかである。
(結婚してほしい、なんてびっくりするような言葉を告げられたので、何か特別な対応が必要なのかと身構えてしまいましたが……。特に変化するところはありませんね)
そんなことを考えていると、書斎の扉がノックされ、家令のパトリックが顔を出す。
「旦那様。王国庁の皆様がいらっしゃっています」
「来たか。ここへ案内を」
ウィリアムだけでなくレリアたち組織の面々も表情が引き締まった。けれど、パトリックは戸惑いが滲む表情で首を振る。
「それが……王国庁の皆様は先に納屋へと向かっておいでです」
「……納屋?」
ウィリアムが首を傾げ、レリアたちも顔を見合わせた。三年前の置き土産にかかわる記憶が浮かぶ。嫌な予感がした。
レリアはたくさん置き土産をしています。
【お知らせ】
今日から毎日20時更新になります。
楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや☆☆☆☆☆から応援していただけると励みになります!
長期連載の予定なので、毎日更新していけるように頑張ります!




