元旦那様の護衛を務めることになりました 1
三年後。十八歳になったレリアは、なぜかまたエルランジェ公爵家の屋敷へとやってきていた。
馬車に乗ったまま、かつて『馬鹿な女は愛せない』と追い出された懐かしい家の門を潜り、遠い目をして声を震わせる。
「まさか、出戻ることになるとは思いませんでしたね……」
正直なところ信じられない。しかしこれは現実である。
レリアがここへ戻ることになったのは、エルランジェ公爵家にかかわる別の任務に命じられたからだ。そして、今回の任務は一人ではなくチームで行うことになっていた。
馬車の中にはレリアの他に三人がいる。
その中の、黒髪に眼鏡をかけ、琥珀色の瞳を覗かせる男の名前はイヴ。顔立ちに少年ぽさを残している彼はレリアと同い年で、佇まいはどこからどう見ても知性派だ。
その裏付けとして、イヴは普段は情報収集を得意としている。彼は頭を抱えるしかないレリアを見て、にやりと意味深な笑みを浮かべた。
「レリアの元夫のエルランジェ公、まさかの未だに独身だってさ? あの美しい外見にこの家柄。離婚歴ありでも嫁ぎたい貴族令嬢は多いことだろうに、過去に余程のことがあったんだろうね?」
「うっ……間違いなく私のせいですね……」
「でも、組織の差し金だと疑われるのを防ぐために『知性を感じさせない、ぶっとんだとんでもない馬鹿』を演じるのが命令だったんだよね? レリアは言われた通り任務を遂行しただけだよ」
「確かにそうだけれど」
元夫が独り身でいる理由に、心当たりしかない。
(だって、あんなに馬鹿な妻と結婚した経験があれば、再婚に慎重になるのは当たり前のことです……!)
三年前、任務でこの家にやってきたレリアは、『知性を感じさせない、ぶっとんだとんでもない馬鹿』を完璧に演じてエルランジェ公爵家の内部をめちゃくちゃにし、『馬鹿な女は愛せない』という完璧かつ至極当然の理由で離縁された。
むしろ、あれだけのことをしてよく殺されずにすんだと思う。けれどそれでも、一緒に階段からダイブしたキャサリンのことを思い出したレリアは首を傾げる。
「ですが、キャサリン様はどうしたのでしょう? 愛人という噂が嘘としても、彼女の生家ガルシア侯爵家なら、強引にキャサリン様を嫁がせることは可能だったでしょうに。ご本人もやる気満々でしたし」
「それはエルランジェ公側が縁談を断ったらしいけど? 頑なにね」
「どうして?」
「元夫に会えばわかるんじゃない?」
そんなことを言われても、絶対に会いたくない。いや、間もなく会わないといけないのだが、正直逃げたい。レリアはもう一度頭を抱えた。
「ああっ! せっかくエルランジェ公にお会いするのを今少しだけ忘れていたのに……! どんな顔をして会えばいいのでしょうか⁉︎」
「とりあえず、三年前の謝罪から始めるのがいいんじゃない?」
「イヴは簡単に言いますけど、落ち着いてご本人の身になってみてください。やったことが酷すぎるんですよ。人の善意や大切なものを踏み躙った私には、きっといつか天誅が下ります」
それを聞いたイヴは「大袈裟だな」と笑いながら記憶を探りはじめた。
「何だっけ。紙幣を葉っぱ代わりにして焼き芋をしたり、資金源になっている鉱山を勝手に売り飛ばしたり、やっと居着いてくれた聖女様に暇を言い渡して領民を困らせたり? 割と本気でどうしようもないアクティブ系馬鹿だったよな、最高」
「その辺までにしていただけますか……どうかお願い」
自分の悪行を言葉にされると、あまりにも申し訳なくて遠い目になる。すると、レリアとイヴの話をくすくす笑いながら聞いていた、鳶色の長い髪に朱色の瞳をした少女がそっと肩を抱いてくる。
「大丈夫よ、レリア。あなたの変装魔法は完璧だわ。組織の人間だって、なかなか見破れる人はいないもの」
彼女の名前はマリアンヌ。可憐な見た目とは反対に、かなり異色の魔法と苛烈な気性を持っているチーム員だ。レリアとは同性かつ、年齢もマリアンヌの方が一歳年上ということもあり、仲がいい。レリアはおずおずと問いかけた。
「マリアンヌ……。でも、お話ししたらバレたりしないでしょうか?」
「そんなに喋らなければいいの。エルランジェ公との調整は私たちに任せて?」
マリアンヌの申し出は正直ありがたい。今回の任務にあたって、レリアは念のために変装魔法を用いることになっている。現に、今のレリアはショートヘアが特徴的な少女の姿をしていた。
だから一応は問題がないはずなのだが、実は変装魔法には多くの魔力を消費し続けるため、長期任務には向かないという欠点がある。
(間諜としての任務で結婚していたころの私が変装魔法を使っていなかったのは、そういう理由なのですよね。今となれば、少し無理しても使っておけばよかったです)
後悔をため息で表したレリアは、頭を下げるのだった。
「とにかく、今回はチームでの任務になります。前回と違い、変装魔法を使ったままでもあらゆることに対処できると踏んでいるのですが……ご迷惑をおかけしたら本当にすみません」
するとイヴは鼻で笑い、マリアンヌは気遣いの表情を見せてくる。
「何言ってんの。組織でも極めて優秀だという評価を受けるレリアが、俺たちに迷惑をかけるはずないだろ?」
「そうよ。大丈夫! あなたにはこの状況を踏まえてもなお、頭抜けた優秀さがあるもの!」
仲間たちが一生懸命励ましてくれるのはありがたい。けれど、どうしても不安になってしまうのだ。
「もし正体がバレたとして、今回の依頼をこなせるでしょうか……?」
「だいっ……じょうぶじゃない……? ねえ、イヴ?」
「あっ、ああ」
二人とも、明らかに目を逸らすのはやめてほしい。説明はなくても十分すぎる答えに、レリアはまた頭を抱えた。
「どうして数十年に一度の『王太子選』の護衛という超重要任務なんかが回って来て、しかもその相手が元夫なの? 大体、三年前はボロボロにして潰したかった家なのに、今は守りたいってそんなことあっていいのでしょうか!?」
「――仕方がない。国王が変われば、方針も変わる。」
低い声で端的な答えをしたのは、三人目のチーム員ジスランだった。二十七歳というメンバー最年長の彼はレリアたちが騒いでいるのを静かに見守っていた。
整った美しい顔立ちと肩につきそうな長さの銀髪のせいで、彼はよく女性に間違われているが、皆が心の中で頼りにしている存在だし、何よりも周囲を見下したり奢ることがなく、尊敬されていた。
大先輩に対し、レリアはおずおずと問いかける。
「ジスランは子供の頃に王太子選のサポート任務についたことがあるんですよね……?」
「ある。前任者が死んで、私が子役として呼ばれた。」
「そうですか……」
今回、レリアがエルランジェ公爵家へと出戻ることになったのは、先ほどから何度も話題に出ている『王太子選』の候補者の護衛のためだ。
この王国には、七大公爵家と呼ばれる七つの名門が存在する。
元夫のエルランジェ公爵家をはじめとした、国の中枢に君臨するこれらの名門の中から、国王が崩御した際には新しい王太子が選挙で選ばれることになる。これが『王太子選』だ。
二週間前のこと。二十年近く在位していた国王が崩御し、王太子が新国王となり、王太子の位が空席となった。つまりそれは、選挙の幕開けを意味する。
選挙期間中には候補者への襲撃などの危険が高まるため、それぞれが護衛をつけるのが慣例になっている。レリアたちのように王国庁傘下の組織から選出されることもあれば、私的に自分が信頼できる人間を雇うケースまでさまざまだ。
「元旦那様が王太子候補に選出されたせいで、このような任務が回って来たわけですが……。けれど、エルランジェ公爵家が組織の力を借りたのは意外でしたね」
不思議そうにするレリアに、イヴが身も蓋もないことをいう。
「単純に自分で優秀な護衛チームを育てる時間もお金もなかったんじゃない? レリアがここの夫人だった三年前に、かなり浪費しちゃったから」
「うっ……申し訳ありません……」
どうしたって、この会話は三年前のレリアの馬鹿すぎる振る舞いへと辿り着いてしまう。この四人でいる間でさえそうなのだ。当事者である元夫がここに加わったらどうなるか。考えるだけで申し訳なくて埋まりたい。
加えて、レリアの不安は他にもあった。
「実は、私の実家のことも気になっているんです。おそらく、この王太子選に一枚噛んでくると思いますから」
「レリアを追い出したアルトワ侯爵家? どんなに血筋が優秀でも、今の家には祝福持ちがいないんだろう? 怖くないって」




