26.元旦那様と再婚ですか……? 4
「は?」
いち早く間の抜けた声を出したのは、告げられた当のレリアでなくイヴである。結婚を申し込まれた本人であるレリアはぽかんと口を開け、目を瞬くばかり。
今、自分に向かって告げられた言葉がスムーズに認識できなかったのだ。けれど、すぐに我に返るとあわてて抗議する。
「一体どういうことですか。何の目的で? だって、私と結婚し直したところで何のメリットもありま――」
「俺は本気だ。レリア・アルトワと結婚する」
あまりにも確固たる言い方に蒼くなるしかない。
(なぜ⁉︎ でもこの方が考えなしにこんなことを言い出すはずがないです!)
氷のように冷たい瞳からは、彼の言葉が冗談などではないと伝わってくる。となれば、理由は一つだけだった。
「も、もしかして、私をガルシア侯爵家への隠れ蓑にしようとか考えてます……⁉︎」
「その通りだ。この屋敷の人間に三年前の真実を明かさないことと合わせて考えても、都合がいい。よし、この作戦で行こう」
「えっと、い、嫌です⁉︎」
レリアは、訳ありながらも実際は優秀だと評価していた元夫が、噂通りのとんでもない男なのではないかと初めて思った。けれど、ウィリアムは続ける。
「近いうちに、王太子選に出馬する候補者の身辺調査が行われる。さっき、キャサリン・ガルシアが俺の子供を身ごもっているなどとおかしなことを言い出しただろう? 身辺調査の結果は、投票権を持つ貴族全員に通知される。このまま身辺調査を受けることになっては良くない」
「確かにそれはそうですけれど!?」
反論しようとするレリアの前に、イヴがすかさず割り込む。
「なるほど。現状のままでいくと、ウィリアム様に認知しない子供がいることになる。だけど、レリアと再婚すれば、それっぽい理由を想像させられるということか。エルランジェ公爵家とガルシア侯爵家の関係、そしてキャサリン嬢のあなたへの執心を知る人間は、すぐに察する」
「そうだ。彼女の言葉が妄言であることを証明するよりもずっと簡単だ」
ウィリアムの言葉に、顔を引き攣らせて慌てていたイヴに冷静さが戻った。レリアもそれを聞いてなるほどとは思う。
(貴族の場合、愛人や愛人に子供がいることは別に珍しくないです。一方で、独身にも関わらず、婚外子がいるとなると外聞が悪くなります。その子供の母親が、エルランジェ公爵家を厚く支援してきた家の方となると、尚更です)
ならば、余計な醜聞になる前に、レリアとの再婚で話を上書きしてしまおうという力業なのだろう。自分が受け入れるかは別として、理屈はわからなくはない。そこでマリアンヌが不思議そうに挙手をした。
「待って。キャサリン嬢のお腹の中の子がウィリアム様の子供だっていうこと自体、嘘なのよね? それなら、身辺調査のときにそれを言えばいいんじゃないですか?」
「王太子選の身辺調査は、候補者の粗を探すためのものだ。生まれてもいない子供の父親を調べる方法や、そもそも今の段階でお腹の中に子供がいるかどうか判別する医学はこの世界にない。王太子選では、経歴の偽装が常態化している。嘘だと言っても誰も信じない。」
冷静なジスランの言葉に、レリアは現在の状況を把握する。そして、なぜウィリアムがこんなに突拍子もない案を出したのかもわかってしまった。
第一回の投票日までもう時間がない。根本的な解決を目指して手を尽くし時間切れになるよりは、手っ取り早く対処して他のことに時間を使いたいのだろう。
「もちろん、実際に婚姻誓約書を提出する必要はない。婚約して結婚準備のふりだけをして、王太子選が終わった後速やかに解散すればいい。いろいろ言われるだろうが、選挙を越えてしまえばこちらのものだ。文句は言わせない」
「その役目を務めるのは、レリアではなく私でもいいのでは?」
マリアンヌの言葉に、ウィリアムは不敵な笑みを見せる。
「レリア・アルトワの評判は、この界隈では知れ渡っている。再婚後すぐに離縁したとしても、察してもらえるだろう。それに、レリアがなぜここにいるのかという説明にもなる。君の三年前の頑張りには敬意を表したいな」
「スピード再婚する理由と、スピード離縁する理由の両方とも、私は持ち合わせているということですね……」
まさか、三年前に完璧な馬鹿を演じたことがここで生きて来るとは。レリアは目を瞬くばかりだ。けれど、感心していることと、引き受けるかどうかは別の話だ。
せめて、組織に相談したい。
と思いかけたものの、すぐにどんな返事が返ってくるのかは想像がついた。
(あの組織の方々が突っぱねてくれるとは思えませんね)
三年前に邪神と対峙したレリアに『任務と関係ないことは放っておけ』と指示した人たちである。絶大な力を持っているばかりに、良くも悪くも任務以外のことに興味はないのだ。
今回も、『クライアントの要望にはさっさと応じろ』と血も涙もない回答をしてくることだろう。レリアはしぶしぶ覚悟を決めると、元夫の顔を見つめた。とんでもない案を言い出したはずの彼は、飄々としていてどこかこの状況を楽しんでいるようにすら思える。
「どうする? 王太子選護衛プロジェクトのチーフ」
レリアを元妻と同一人物だと知った後の、戸惑いの表情はどこにもない。全てを把握した上で、この案を持ちかけてきているのだとわかってしまえば、レリアには逃げ道はないのだった。
「……かしこまりました。ウィリアム様と再婚しましょう……」
「助かるな」
「うっ。表向きは、ですからね?」
念を押しつつ差し出された手を握ると、余裕たっぷりのウィリアムの表情がどこか綻んだ気がした。
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