22.元旦那様との作戦会議 3
じっと考え込んでしまったレリアだったが、それを見ていたジスランが口を開いた。
「気になるな。」
「アルトワ侯爵家とルモワーヌ公爵家が組むことがか?」
「はい。」
ウィリアムに問いかけられたジスランは頷き応じる。
「三年前、レリアに課せられた任務は、元を辿ればルモワーヌ公爵家からの要請に近いところがありました。つまりルモワーヌ公爵家はレリアに関する情報を持っています。従ってルモワーヌ公爵家が本当に組みたかったのはレリアだったのではないかと。」
「そうか。アルトワ侯爵家と組めば自動的にレリアがついてくると思っていたのに、実際はそうではなかった、ってことだね」
イヴの言葉にジスランは頷いた。
「そう。それで慌てて手紙を書かせたんじゃないか。可哀想に。アルトワ侯爵家の人間はどこまで知っているのか。」
話を聞いていて、ため息が出そうだ。
特別な祝福どころか抜きん出た魔力も何もなしに王太子選の護衛を担当する生家も、そこに大事な護衛の依頼をするルモワーヌ公爵家も信じられない。
しかし、目的が自分だったと仮定すれば、矛盾なく筋が通るのだ。
(心底、面倒なことになっています……)
護衛とは関係なく、個人的な遺恨のところで虚ろな目をするレリアだったが、ウィリアムはイヴの申し出をあっさり承諾することに決めたようだった。
「わかった。とりあえず、二家の関わりとレリアへの懸念については置いておくとして、まずは組織を統括する王国庁を信用する」
「ありがとうございます」
頭を下げるイヴを横目に見ながら、レリアは思うのだ。
(今回、状況によってはアルトワ侯爵家を潰すことになるかもしれませんね)
実家に未練はないどころか、憎んでいる。もちろん、三年前の任務で母の死の真相を知ってしまったからだ。急病に見せかけてレリアの母を殺し、その後はレリアに対して散々な扱いをして、最後には濡れ衣を着せて追い出した家だ。
結婚に失敗して出戻った後も、用済みとばかりにしっかり家を追い出された。母の無念を晴らしたいと思ったことはこれまでに何度もある。しかしその度に、組織のことが頭に思い浮かんできた。
(確かに、継母であるアルトワ侯爵夫人は許せません。ですが、私が専門組織で特別な訓練を受けたのは、個人的な復讐をするためではないですからね。そこをはき違えてはいけません)
危うい方向に向かいそうな思考を何とか抑え、レリアはウィリアムへと向き直る。
「確認しておきたいのですが、ウィリアム様は何のために王太子選に臨まれるのでしょうか」
「この家に生まれた俺に、理由が必要か?」
「ただ単にエルランジェ公爵家の当主だから立つ、というわけではないのでは? 他の家では、当主以外が候補者になっている例もあります。話したくなければ結構ですが、ウィリアム様の動機がわかっていれば、私たちも動きやすくなりますし」
イヴもレリアに続く。
「王太子選は、我が国の貴族すべてに投票権があります。つまり、貴族の数だけ――320票を七大公爵家で争うことになります。そして、最終決戦はどちらかが3分の2の得票数を得るまで続く。敵陣営からはあらゆる妨害が入るでしょう。僕たちの仕事はその妨害から候補者を守ることだ」
「その上、王太子選は長丁場になりますものね。票集めの仕方は陣営の戦略次第です。状況やその戦略によっては死人も出ます」
レリアはさらりと言ったつもりだったのだが、ウィリアムの瞳が陰ったのがわかった。少しの間、思考した彼は慎重に口にする。
「……俺は、王太子選の仕組み自体を変えたい。内乱を避けるための選挙だが、それをさらに時代にふさわしいものにしたいと思っている。二十年前の王太子選で子供が死んだのを見た。当時の候補者の息子の替え玉になった、組織の人間だったと聞いた」
(二十年前というと、ウィリアム様は五歳ですね)
幼くしてその王太子選に関わったジスランに視線を送る。どこか仄暗い瞳をしているように見えるのは、当時のことが相当な心の傷になっているのだろう。彼の動機はそれだけで十分に思えた。
しかしウィリアムはさらに続ける。
「王位につくために長期に渡り策略を巡らせあい、貴族だけで選挙を繰り返すのは時代に合っていない。国の成り立ちから仕組みを変えることが難しければ、せめてもっと負担のない形にするべきだ。最終的な目標はその先にある」
(つまり、ウィリアム様は最終的に王政を変えたいとおっしゃっている?)
公爵家の主人であり、王太子選の候補者でもある彼は、この国の仕組みの恩恵を最も受けている部類の人間のはずだ。その彼から意外すぎる目標が出てきたことに、レリアは正直驚いた。
一方、話を頷きながら聞いていたイヴは、ウィリアムの言葉から今後の展望を予測したようだった。
「なるほど。では、現行の体制を支持する保守派が目下の敵になりそうですね。過激な中で今パッと思いついたのは、ドラード家、オテロ家あたりかな。どちらも表向きはシュヴァリエ公爵家の候補者を支持してる」
「ドラード家は明確な敵と考えて良さそうです。ユノ荒野の邪神覚醒について調べさせていますが、ここ数日、ユノ荒野に怪しげな人間が出入りしていたとか。馬車に家紋こそありませんでしたが、外見的な特徴からドラード家の人間と見て間違いなさそうです」
レリアの言葉に、イヴは「ただし」と付け加える。
「ただ、王太子選はまだ序盤中の序盤だよ。危険を承知で邪神を呼び覚ましてまでこちらを嵌めようとしたのに、ドラード家も現時点で捕まるのは嫌だろうし、しばらく動きはないはずだ。それよりも、王太子選を勝ち抜くにあたっては有力な家との関係を強固にしていかないと。例えば、ガルシア侯爵家とかね」
「あー……ガルシアか」
イヴの言葉に、ウィリアムが面倒そうに顔を引き攣らせる。
『護衛にやってきた組織の人間が、実は馬鹿すぎた元妻だった』話題のとき並みの嫌そうな顔に、レリアは意外さを感じた。
(どうしてこんなに拒否反応を示すのでしょうか。だって)
ガルシア侯爵家とは、三年前にレリアを階段から突き落とした……ではなく、レリアに引きずられて階段を落ちることになった、ウィリアムの愛人キャサリン・ガルシアの実家だからである。
話を聞いていたマリアンヌはレリアと同じ疑問を持ったらしかった。
「待ってください。エルランジェ公爵家とガルシア侯爵家は友好関係にありますよね? ご令嬢のキャサリン嬢とは特に親密というお話です。どうして警戒するの?」
レリアの任務に関わるロマンスの話題として、愛人のキャサリンをスパイスと考えていたふしのある彼女なら当然のことだった。
その問いに、ウィリアムはこの上なく複雑な顔をする。ひどく面倒そうで、嫌そうで、さらに言うと吐きそうでもある。そうして、忌々しげに応じた。
「確かに、ガルシア侯爵家の当主には俺が幼い頃から世話になっている。家格はうちより低いが、当主は国軍のトップだ。我が家になくてはならない、重要な立ち位置の家と言わざるを得ないだろうな。だが、昔馴染みのキャサリン・ガルシア侯爵令嬢と特別な関係にあったことはない。周囲は期待していたようだが、あんなの、俺が次期王太子になる可能性があるうちは婚約者候補にもならなかった」
「あんなの」
美しい顔から発せられたキツすぎる言葉に、マリアンヌが呆気にとられた気配がする。けれど、ウィリアムのキャサリンへの感情は本当のことのようで、表情は不機嫌そうなまま元に戻らない。
「……とにかく、二週間後には第一回の投票が行われる。悲願を叶えるためにも、君たちには尽力してほしい」
「御意」
レリアたち四人はかしこまって跪き、ウィリアムに忠誠を示した。すると彼はなぜかレリアに意味深な視線を送る。
「……どちらにしろ、ガルシア侯爵家については近々動きがあるはずだ。向こうの出方を見て今後の方針を決めるつもりだ」
(ウィリアム様……?)
あまりにも確信的な言葉に、その意味がまだわからないレリアは首を傾げるばかりなのだった。
いろんな家の名前が出ていますが、今は愛人キャサリンさんのお家「ガルシア侯爵家」とのお話だと思ってください……!




