18.アルトワ侯爵家とレリア
レリアは夢を見ていた。
そこは、エルランジェ公爵家の屋敷で、自分は任務服ではなくドレスを着ている。ということは、つまりこれは三年前の夢なのだろう。そんなことを思いながらぼうっとしていると、夢の中のレリアは転移魔法を使い、書斎へと飛んだ。
転移魔法は一度行った場所なら大体は飛べる、高度な魔法だ。初対面の挨拶で書斎へ行ったため、レリアは難なく飛ぶことができたのだろう。
もちろん、特殊な魔法構成で妨害されている場所へは飛べないが、ここは王宮などではない。入られたくない場所は大体が物理的な鍵で守られているだけだ。
書斎に入り込んだ十五歳のレリアは、組織からの指示で探すように依頼されていた書類をあっさり見つけた。それから、他にも何か追加資料がないかウィリアムの机を観察する。
魔力の気配を探り、書斎の周囲には誰もいないことを確認し、そしてしばらくは誰も来ないことを確信してから、一番上の引き出しの鍵穴に針金を突っ込む。
(魔法鍵なら他の方法で壊しますが、物理の鍵は原始的な方法で壊すのが一番ですから)
程なくして手応えがあり、鍵が開いた。レリアは素早い仕草で針金をしまうと、引き出しを開ける。
そこには『個別案件』と書かれた書類の束が入っていた。怪しいと判断し早速中身を検めるが、何の変哲もない、領地内の調整事項についてまとめられた資料に過ぎなかった。期待はずれと判断しつつ、念のために回収する。
そして、机上に置かれた書類に目を留め、首を傾げた。整理整頓された書類の中に、一つだけ紙質が違う報告書があった。出所がいつもと違うのだろう。
手に取ってみて、目を丸くする。
(――これは私に関する調査結果?)
しかし、嫁ぐにあたってこういった調査がなされていることは想定の範囲内であり、むしろ当然のことだ。レリアの出自に関しては、組織が徹底的に情報管理をしており『アルトワ侯爵家の第二夫人の子であるレリア』以上の情報はないはずだった。特に焦ることもない。
何気なく『アルトワ侯爵家の第二夫人の子であるレリア』しか書いていないはずの調査結果に目を通す。緊張感は全くなかった。しかし、状況は数秒で変わった。
(……何これ……)
書類が指先から滑り落ちそうになるのを、すんでのところで耐える。なぜなら。
レリアに関する極秘調査結果には『アルトワ侯爵家の第二夫人の子』『特に目立った才能なし』『正妻に育てられ、十五歳で縁談の話を受ける』といった予想通りの文言に続いて、信じられない言葉が書いてあったからである。
――彼女の母親は、彼女が三歳のときに急病で病死したことになっているが、実際は現アルトワ侯爵夫人によって毒殺された可能性が高い。
と。
˖ ࣪⊹
(あの後……私は魔力の調整をミスして、書斎を盛大に燃やしてしまったんでしたっけ……魔法を使った痕跡を消すことだけはできましたが、代わりにお部屋がまる焦げに……)
「うーん……」
朝日が差し込むベッドに横たわったまま、レリアは眠さが残る頭を抱えつつ、夢の世界から現実へ戻ろうと唸る。
「魔法をたくさん使うと、精神面が不安定になるのでしょうか……。嫌な夢を見てしまいましたね」
邪神の討伐から帰還した翌日。思いがけないハードな任務を終えたレリアは、遅い朝を迎えていた。昨日の戦闘のせいで、どこもかしこも体が痛い。
普段から訓練を積んでいても、訓練では本当の本気を出すことはない。限界に近い力を使うと、体が悲鳴をあげるため、強敵と戦った翌日は体の調子を整えるだけで一日を終えることも多いのだ。
おまけに昨夜は夢見まで悪いときた。今日はもうごろごろして過ごすしかない。おでこに汗が滲んでいるのを感じながら、レリアはため息をついた。
昨夜、レリアが見てしまった夢は、三年前にエルランジェ公爵家にやってきて、自分の母親の死に関して真実を知ってしまったときのものだ。母親は急な病で亡くなったと聞かされていた。けれど、そうではなかった。それを知った日の記憶に、胸の奥がずきずきと痛む。
幼い頃、レリアは確かにアルトワ侯爵家で冷遇されていたが、十二歳で家を追い出されるまではそれなりにきちんとした暮らしをさせてもらっていたとは思っている。
だから、それ以前のことで恨む気持ちはなかったはずだし、自分の運命を受け入れてそれなりに精神は安定しているつもりでいた。しかしこの真実はあまりにも衝撃的だった。その場では何とか取り繕えたものの、思わず一人で裏庭に出て涙を流した。
誰に見られているかわからない、とどんなに堪えようとしても無理だった。裏庭から屋敷に戻った後は感情を抑えて『馬鹿なレリア』に戻れはしたが、心には大きな穴が空いたようで。
そして、このことを知った日を境に、両親へのレリアの気持ちは大きく変わった。
(私は、お母様を殺したアルトワ侯爵夫人がどうしても許せないのです……)
もう少し1日2回更新が続きます。




