16.三年前の真実 2
ウィリアム視点です。
――ウィリアムがエルランジェ公爵家の当主になったのは、わずか数ヶ月前のこと。
公爵家の主でありながら領民を無視し私利私欲に走り悪名高かった両親が落石事故で亡くなったせいだった。
元々、ウィリアムは公爵の悪政には嫌悪を感じていた。七大公爵家という名門に身を置きながら私腹を肥やし、贅沢に走り、領民に苦しい生活を強いる両親を心底軽蔑していた。
いつかは自分がエルランジェ公爵家をあるべき姿に戻さねば。
そう固く決意していたものの、その日はまだ先のはずだったのだが、両親は何の前触れもなくいなくなってしまった。
残されたのは、土台からボロボロになった家名と、手の施しようがないほど荒れた公爵家、疲弊し切った領民。それ以来、ウィリアムはほとんど休むことなくエルランジェ公爵家の立て直しに奔走している。
「坊ちゃんは間違いなく優秀なお方です。お父上の悪政を軌道修正し、あらゆるものを立て直しておいでです。代替わりしてわずか数ヶ月。これだけの功績を上げるのはとんでもないことですぞ」
ピエリックはそう言いながら、燃やされずに済んだ帳簿や記録を綴じた冊子を手に取り、誇らしげな眼差しを向けてくる。
「……確かに、表向きはそうかもしれない。だが、何か重要な見落としをやらかす気がしてならないんだ。正直手一杯で、どうしても不安は拭えない。その見落としが、エルランジェ公爵家と領民にとって致命的なものでないことを祈るだけだ」
事情を何もかも知っているピエリックは、穏やかな表情を変えなかった。まるで孫にするように、無言のまましばらくウィリアムの頭を優しく撫でる。
「それにしても、国王陛下は随分と急な縁談を持ち込まれましたねえ」
「代替わりしたばかりで、まだ婚約者もいないとなればこうなるのも予想できたことだ。今のエルランジェ公爵家が国王からの縁談を断ることなどできない」
「坊ちゃん、キャサリン・ガルシア様をお選びになるという選択肢もあったのではないですかねえ」
暢気に幼馴染の名前を口にするピエリックを、ウィリアムは厳しい視線で制す。
「あれはダメだ。自分勝手すぎる彼女に公爵夫人は務まらないし、何よりもあれの父親はこの家を乗っ取ろうとしている。思い通りになってたまるか」
「ほほう、よくわかっていらっしゃる。いいですぞ、坊ちゃん」
孫を見るような瞳を向けられて、少し脱力した。王命ともいえる縁談を断ることができなかったウィリアムは、せめてもの抵抗で、嫁いでくる新妻のことを調べた。すると、意外なことがわかったのだった。
「――レリア・アルトワ。アルトワ侯爵家で第二夫人の子として生まれ、早くに母親が死に、正妻に育てられた。貴族令嬢ではたまにある境遇だ。この突拍子のなさは育ちのせいだろうか」
「同情する背景ではありますが、この爺としては、奥様は悪いお方には見えないのですよねえ」
ピエリックの相槌を聞きつつ、自分の声が低く暗くなるのを感じた。ウィリアムはそのまま本題を続ける。
「調査結果によると、彼女の本当の母親は継母――アルトワ侯爵夫人に殺された可能性が高いということだった。おそらく、この件について本人は知らないだろうな」
「はい。当時は事件になっていませんし、侯爵家ではあくまで『急病』で押し通しました。うちの調査結果で『可能性が高い』程度の濃度で判明するということは、ほぼ間違いなくご本人は知らなかったでしょうなあ。……本当に痛ましいことです」
「ああ」
見つからない書類を諦め、ウィリアムは引き出しを閉じてため息をついた。
「彼女がこの書斎に入ったのは、偶然鍵が空いていたかららしいな。確かに施錠したはずなんだが」
「坊ちゃんの不在中、掃除のために爺がここへ伺った時は、確かに施錠されておりましたよ。ああ、爺がそのまま鍵をかけ忘れたということですねえ。ははは、申し訳ない」
朗らかに笑っているピエリックは、確かにたまにそういうミスをやらかす。ウィリアムは呆れつつも息を吐くのだった。
「もしかして彼女、迷い込んだこの部屋でうっかりあの報告書を読んでしまい、パニックになって燃やしたのだろうか? それぐらいでないと、行動に説明がつかないだろう」
「その可能性が高いですね。不幸な事故です」
どことなく沈んだ表情の二人は、焦げた書斎を二人で見つめる。
「……たとえ真実でも、知らないでいたほうが幸せなこともある。俺が無理にした調査の結果で、彼女が傷ついていないといいが」
ピエリックと共に書斎を片付け、使用人たちに煤の処理を任せた後で外を見ると、すでに夕暮れだった。後を継いでからというもの、毎日刺激的なことが多い。しかし、今日はその中でも特にとんでもない一日だったような気がする。
どっと疲れを感じ、階段の踊り場で壁に寄りかかる。踊り場の窓は大きく、自然が豊かな裏庭に面していた。あまりの疲労に、夕暮れの庭の風景に瞳を奪われる。
ちょうどそこで、淡いラベンダーがかったブロンドが揺れるのが見えた。
(あれは――)
それはまさに、ウィリアムが先ほどまでいた書斎がああなった原因を作った妻だった。
彼女は無邪気に書斎の片付けを手伝うと言ったのだが、ウィリアムが少し目を離している間に、あまりの事態に憤慨した使用人たちが彼女を追い出してしまった。その後、姿が見えず心配していたのだった。
「姿が見えないと思っていたら、あんなところにいたのか」
裏庭に佇むレリアだが、一体いつからあそこにいるのだろう。
(さすがにまもなく日が暮れる。迎えにいくか)
一人っ子で、後継としての期待を一心に背負ってきたウィリアムは、年少の人間と接した経験が乏しい。その一方で、定期的に参加する茶会などでは仲睦まじいきょうだいの姿を見ることもあり、心のどこかで羨ましく思っていた。
(彼女は幼くて、妻というよりはまるでまだ子供のようだ。守ってやらないと)
だからだろうか。
昨夜、夫婦の寝室を訪れたものの、薄い肩ときょとんとした眼差しを見て、ウィリアムは何もする気が起きなかった。もちろん、彼女に女性としての魅力がないわけではない。
オレンジ色の室内灯に照らされたベッドの上で見た彼女は、中身がまだ外見に追いついていないように思えて、指一本触れられなかったのだ。
妻を迎えにいくため踊り場から離れようとしたウィリアムの視界で、こちらに後ろ姿を見せているレリアの肩が揺れる。
「⁉︎」
窓に手のひらをあて、食い入るようにして見ると、レリアは左手で目の当たりを拭った。後ろ姿しか見えないが、泣いていることに間違いはない。
今日の午後、『こんなにたくさんの書類に火をつけたらどうなるのか知りたかった』というぶっ飛んだ理由で書斎に放火した彼女とはまるで別人だった。
(やはり、彼女は母親は他殺だというあの書類を――)
いくら施錠をしているとはいえ、調査結果を置いておくべきではなかった。確認してすぐに処分するべきだったのだ。
ウィリアムは急ぎ、駆け足で裏庭に出たものの、レリアはもういなかった。
レリア・アルトワ(18歳)
ラベンダー色の髪、翡翠の瞳。
任務用の服は軍服っぽくってかっこいい設定。
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