第41話 最後の航路。霧の島の「創造主」
「……エルゼ。本当に行くのか。……。その場所へ行けば、貴様は本当に……」
帝都の遥か上空、黄金の光が渦巻く「門」の前。
ゲルハルト閣下の声は、かつてないほどに沈んでいた。
彼の大きな掌が、私の指を折れんばかりの力で握り締めている。
「……。ええ。……。あの日、海の向こうから届いた信号。……。あれを無視することは、経営者としてできませんわ。……。帳簿に『不明な入金』を残しておくのは、私の美学に反しますもの」
私は、首筋から消えたはずの熱を、心の奥底で感じていた。
管理者権限を使い、私たちは一瞬にして空間を跳躍した。
辿り着いたのは、バルガスが「死の海」と呼んだ場所の中心。
そこには、緑豊かな島でも、恐ろしい怪物の巣窟でもなく――。
どこまでも続く、真っ白な大理石の床と、空を埋め尽くす巨大なホログラム・サーバーが立ち並ぶ「静寂の聖域」があった。
「――ようこそ、第4世代の管理者エルゼ。……。そして、計算外の随伴者ゲルハルト」
無機質な声とともに、空中に一人の老人の姿をしたホログラムが現れた。
「私はこの世界の『観測者』。……。人類が再び争い、欲望に溺れるのを監視し続けてきた。……。今の帝都の混乱、そして貴女がもたらした急激な技術革新……。これは、世界が再び『崩壊』に向かっている予兆だ」
老人が手を振ると、私たちの前に巨大な計算式が浮かび上がった。
「現在の世界の幸福指数は限界だ。……。これ以上の発展は破滅を招く。……。さあ、エルゼ。……。貴女の権限で、全プログラムの消去を実行しなさい。……。それが、貴女がこの世界に遣わされた唯一の目的だ」
ゲルハルトが、即座に大剣を引き抜いた。
「……。抜かせ。……。俺たちの歩んできた日々が、ただのプログラムだと? ……。この女が、貴様らの都合で動く道具だと思っているのか!」
ゲルハルトの殺気が、聖域の空間を物理的に軋ませる。
だが、私は静かに彼を制し、老人の前に歩み出た。
「観測者様。……。貴方の提示したその数式、あまりにも『減価償却』の期間が短すぎますわ」
「何だと……?」
「未来の破滅を恐れて、今ある幸福をすべてドブに捨てる。……。それは『経営』ではなく、ただの『放棄』ですわ。……。貴方が世界をリセットしたいのは、単に『管理が面倒になったから』ではありませんか?」
私は、虚空をなぞり、管理画面を上書きした。
前世の知識、そして管理者としての演算能力をフル回転させ、老人が提示した絶望の数式を、一行ずつ書き換えていく。
「……。人間は確かに愚かです。……。ですが、不器用ながらも誰かを愛し、明日のために汗を流す……。その『不確定要素』こそが、この世界の最大の利益ですわ」
私はゲルハルトを振り返り、誇らしげに微笑んだ。
「……。私は、このリセットボタンは押しません。……。代わりに、この世界をシステムから『切り離し』ます。……。これからは、神の管理も、管理者の調整もいらない。……。自分たちの足で歩き、自分たちの帳簿を自分たちでつける……。そんな『普通の現実』を、私が買い取らせていただきます!」
「……。エルゼ、貴様……。それをすれば、貴様の管理者としての特権も、その知恵も……」
「ええ、構いませんわ、閣下。……。貴方の隣で生きるのに、神の権能なんて、重荷なだけですもの」
『――警告。管理者による、世界の独立化要求を感知。……。承認には、現在の全データの『決済』が必要です。』
聖域が揺れる。
世界が、一つの巨大な「選択」を迫られていた。
私は、震える手を差し出した。
その手を、ゲルハルトが迷わず、力強く握り締める。
「……。やってみろ、エルゼ。……。不足する分は、俺が剣一本で稼ぎ出してやる。……。地獄の果てまで、貴様の赤字に付き合ってやるさ」
「……。ふふ。……。赤字にはさせませんわよ、絶対に」
私たちは、まばゆい光に包まれた。
物語は、ついに「神の庭」を飛び出し、たった二人の、不器用で幸せな「現実」へと向かっていく。
第41話、お読みいただきありがとうございました。
物語はついに、世界の核心である「霧の島」へと到達しました。
創造主の理屈を「管理が面倒なだけでしょう」と一蹴するエルゼ様……。
どんなに壮大な運命を突きつけられても、彼女の基準は常に「算盤の勘定」にある。
これこそが、彼女の本当の強さですわね。
そして、神を辞めようとする妻に「俺が稼ぎ出してやる」と言い切るゲルハルト閣下。
彼の溺愛は、ついに世界の理さえも置き去りにしました。
いよいよ次回、物語は最終局面へ。
エルゼ様が下す「最終決済」と、二人が手に入れる本当の幸福とは――?
最後までエルゼ様たちの旅路を見守ってくださる皆様、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】や【ブックマーク】での応援をお願いいたします。
皆様の応援が、最終回への最高のエネルギーになりますわ!
次回、帳簿の終わり。神のロジックを買い叩く。
完結まであと少し。お楽しみに!




