第39話 聖遺物起動。この世界の「真実」へのカウントダウン
「――捕まえたぞ、エルゼ。……二度と、離さん」
視界を埋め尽くした白銀の閃光が消え、網膜に焼き付いた残像がゆっくりと剥がれ落ちていく。
私の指先から放たれた死の光は、確かにゲルハルト閣下の胸を貫いた……はずだった。
だが、私の頬に触れたのは、冷たい光の粒子ではない。
鉄の匂いと、焼け付くような熱。そして、ドクドクと荒々しく脈打つ、生きている男の鼓動だった。
「閣、下……? なぜ、生きて……」
「……。貴様の放った光など、俺の執念に比べれば『計算誤差』に過ぎん。……。それよりも見ろ。……。貴様の呪い(バーコード)が、砕けているぞ」
ゲルハルトの腕の中で、私は自分の首筋に手を当てた。
指先に触れるのは、鋭利なガラスの破片のような感触……それが光の粉となって、地下の闇に溶けていく。
『――クリティカル・エラー。……管理者個体の「情動(Emotion)」による、論理回路の不可逆的破壊を確認。……。プロジェクト:ガーデン、制御不能。』
脳裏に響く少女の声が、初めて焦燥に揺れた。
その瞬間、私の脳内に濁流のような「記憶」が流れ込んできた。
かつて、この星の文明が自らの知恵で自らを滅ぼそうとした時。
生き残った科学者たちは、環境を再構築し、人類を「正しい歴史」へと導くための巨大な箱庭を作った。
それが、この世界。
私の「現代知識」は転生特典などではない。失われた文明のバックアップデータそのもの。
そして「エルゼ」という存在は、箱庭が予定通りに動かない時に現れ、強制的に帳尻を合わせるための『計算機(Admin)』だった。
「……。そう、でしたのね」
私は、ゲルハルトの血で汚れた手を握りしめ、立ち上がった。
「お姉様、何を……!? 早く、初期化を実行して! この汚れた、不確定な世界を消し去って!」
背後でソフィアが叫ぶ。彼女の手の中にある錫杖――ただの「入力デバイス」に過ぎないそれが、空しく赤く点滅している。
「ソフィア。……貴女は、算盤の使い方も知らないのに、無理に数字を弄ろうとするから失敗するのですわ」
私は、虚空に向けて指を滑らせた。
もはや魔力ではない。
そこに存在するナノマシンの群れに、直接的な「命令」を下す。
$$sudo\ override\ --force\ stop-initialization$$
「……。初期化など、最もコストパフォーマンスの悪い解決策ですわ。……。私が算盤を弾き直してあげます。……。不足しているのは、破壊ではなく『秩序ある黒字』ですもの」
『――警告。権限外のコマンドです。……。貴女は管理者であり、所有者(Owner)では……』
「いいえ。……。私は、エルゼ・フォン・ザイフリート。……。この世界を『買い取った』女ですわよ。……。文句があるなら、監査請求でも出してみなさい!」
刹那。
地下プラントの全システムが、私の意志に呼応して青から黄金色へと変色した。
「神」と呼ばれたプログラムが、私の圧倒的な数学的意志によって上書きされ、沈黙する。
ゴォォォォォン……!
帝都ヴィクトリアの全域に、重厚な鐘の音が響き渡った。
地下から噴き出した黄金の光柱が、帝都の夜空に巨大な「文字」を映し出す。
『SYSTEM STATUS:STANDBY. ADMINISTRATOR:ELIZE.』
「な……なんだ、あの空の文字は……!? 聖なるお告げか!?」
「エルゼ様の名が、天に刻まれているぞ……!」
帝都の民たちが広場に跪き、天を仰ぐ。
皇帝オーギュストも、皇太后エリザベートも、今や自分たちの権力が、物理的な「世界の意思」によって否定されたことを悟っただろう。
◇
「……。終わったな」
ゲルハルトが、力尽きたように私の肩に頭を預けた。
彼の傷口は、私がシステムから抽出した再生ナノマシン(癒しの光)によって、みるみるうちに塞がっていく。
「……。ああ、もう離さんぞ。……。天に名を刻もうが、神になろうが。……。貴様は俺の、不器用で、計算高い……唯一の妻だ」
「……。ええ。……。それに、閣下。……。帝都の修復費用、かなりの額になりますわよ? ……。これからの私の働きで、たっぷり『利息』を付けて返していただきますわ」
「……。フン、やはり貴様は、最後までこれか」
ゲルハルトが、呆れたように、けれど愛おしげに私の首筋を噛んだ。
そこにはもう、バーコードはない。
ただの、一人の幸せな女性の、白い肌があるだけだった。
「……。さあ、行きましょうか、閣下。……。帝都の皆様が、新しい『支配者』の挨拶を待っていらっしゃいますわ」
私は、愛する怪物の手をとり、光り輝く地下から、再び人間の世界へと歩み出した。
鉄の荒野に咲いた薔薇は、ついにこの世界の「運営権」さえも手に入れた。
氷の令嬢の、真の意味での「逆襲」が、ここから完遂される。
第39話、お読みいただきありがとうございました!
ついに明かされた世界の真実。この世界は再構築シミュレーターであり、エルゼ様はその「管理者」だった……。
しかし、神の命令を「監査請求でも出してみなさい」と一蹴するエルゼ様の強気な姿勢、これこそが白鷺ユウの描きたかったエルゼ様ですわ!
そして、致命傷を執念で無効化したゲルハルト閣下。
彼の愛は、もはや科学も神のロジックも通用しない領域に達しています。
バーコードが砕け、ようやく「一人の女」に戻ったエルゼ様を、彼はもう二度と離さないでしょう。
「世界を買い取るエルゼ様、カッコよすぎる!」「ゲルの愛が重すぎて最高……」
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皆様の評価が、エルゼ様の「新世界運営予算」となります。
次回、帝都奪還。エルゼ、新たな帝国の「影の支配者」へ。
第3部、堂々の完結編です!
お楽しみに!




