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第35話 経済制裁2.0。帝都の物流を「紙一枚」で停止せよ

「……エルゼ。貴様は今、何を考えている」


 地下プラントの冷たい青光を背に、ゲルハルト閣下が私の肩を砕かんばかりの強さで掴んでいた。

 ホログラムの少女が告げた『初期化』という言葉。それが意味する絶望を、この世界の住人である彼は本能的に察している。

 だが、私の思考はすでにその先……「コスト計算」へと移行していた。


「考えているのは、このシステムの『維持費』ですわ。閣下」


「……何だと?」


 私は首筋に浮かんだバーコード――今や熱を帯びて明滅しているそれを指先でなぞり、冷徹に微笑んだ。

 

「世界を初期化する。それはつまり、膨大なエネルギーを消費して現状のデータを消去するということですわね。……ならば、そのエネルギーの供給源を絶つか、あるいは私が『運営者』として黒字を出して見せれば、システムも再考せざるを得ないはずです」


 私はゲルハルトの胸板を軽く叩き、自分を繋ぎ止めるその腕に力を込めさせた。


「閣下、私が『管理者』だというのなら、この世界すべてが私の『帳簿』です。……まずは、帝都の寄生虫どもをお掃除して、リソースを確保しましょうか」


「……。フン、やはり貴様は貴様だな。……よし、その『掃除』、俺が剣で手伝う必要はあるか?」


「いいえ。……今回は、ペン一本で十分ですわ」


 ◇


 翌朝、帝都ヴィクトリアの「中央物流ギルド」は、未曾有の混乱に包まれていた。

 

 このギルドは、マギウス教国の残党と結託した「黒鷲派」の貴族たちが裏で操り、ザイフリート領からの物資に法外な入市税を課すことで、エルゼの経済圏を締め出そうとしていた。


「どういうことだ! なぜ今日届くはずの小麦の『約束手形』が、どこの銀行でも換金できんのだ!」


 ギルド長、バルトロメウスが血走った目で叫ぶ。

 彼の前には、帝都の全銀行が連名で発行した「信用取引停止」の通告書が置かれていた。


「……それは、貴方たちの『信用』が、昨夜のうちに暴落したからですわよ。バルトロメウス様」


 扉が開き、私とゲルハルト閣下が、そして後ろで大量の書類を抱えたジュリアン(元王太子、現・無給事務員)が入室した。


「エ、エルゼ・フォン・ザイフリート……! 貴様の仕業か!」


「人聞きの悪い。私はただ、市場に『真実』を流通させただけですわ。……ジュリアン、例の報告書を」


「は、はい! ……ええと、中央物流ギルドによる過去三年の不正蓄財、およびマギウス教国への軍資金横流しの証拠一覧です……」


 ジュリアンが、かつての傲慢さを微塵も感じさせない手際の良さで、計算書をデスクに叩きつけた。彼は今や、エルゼの「数字の暴力」を誰よりも理解している忠実な歯車である。


「この報告書を帝都の全主要銀行、および皇帝陛下へ提出いたしました。……貴方たちの資産は、現在すべて『凍結』されています。……つまり、今この瞬間、貴方たちの持っている手形はただの『汚れた紙屑』ですわ」


「な……っ!? だが、現物の小麦はまだ我々の倉庫に――」


「それも、すでに買い叩かせていただきました。……昨夜のうちに、アンハルト商会を通じて、貴方たちの仕入れ先である全農家に『前払い』で五年分の独占契約を結びましたの。……今日から、帝都に小麦を運び込めるのは、私の許可を得た者だけです」


 バルトロメウスは、膝から崩れ落ちた。

 武力でも魔法でもない。

 ただ、情報の伝達速度と、未来の価値を先取りする「先物取引」のロジック。

 現代の経済理論という名の『魔法』が、帝都の巨利を一晩で無に帰したのだ。


「……さて。バルトロメウス様。……貴方には二つの道がありますわ。……一つは、このまま破産して首を括ること。……もう一つは、貴方の持っているギルドの全権利を金貨一枚で私に譲渡し、私の『下請け』として、その肥えた身体を一生働かせること。……どちらが効率的かしら?」


 私の問いに、ギルド長は声も出せずに絶望に染まった。


 ◇


 夕暮れの帝宮。

 手に入れたギルドの印章を弄びながら、私はバルコニーで風に吹かれていた。

 首筋のバーコードが、心臓の鼓動に合わせて静かに明滅している。


「……初期化まで、あと何日かしらね」


「エルゼ。……一人で勝手にカウントダウンを始めるな」


 ゲルハルトが、背後から私を包み込むように抱きしめた。

 彼の鉄のような腕が、私の「管理者」としての冷徹な思考を、無理やり「エルゼ」という個人の体温へと引き戻す。


「……たとえ、この世界が作り物だったとしても。……貴様のこの肌の温かさだけは、俺が絶対に手放さん。……神が貴様を回収しに来るというのなら、その前に神の座を俺が斬り落とすだけだ」


「……。閣下は、本当に計算外なことばかり仰いますわね」


 私は彼に身を預け、目を閉じた。

 

 物流を握り、帝都の「胃袋」を支配した。

 だが、追い詰められた鼠は、時として予想だにしない暴挙に出る。


 クララから届いた密信によれば、「黒鷲派」は明日開催される『仮面の舞踏会』で、捨て身の暗殺を計画しているという。

 

「……。掃除の仕上げは、華やかな舞台が似合いますわ」


 私は閣下の腕の中で、次の獲物を捕らえるための「罠」の計算を、静かに完了させた。

第35話、お読みいただきありがとうございました!

SF的な世界の謎を突きつけられつつも、「それなら世界ごと買い叩いてやる」というエルゼ様のブレない強欲……もとい、合理主義!

帝都の物流ギルドを「紙一枚」で破滅させる経済戦、内政モノとしての快感を楽しんでいただけましたでしょうか?


そして、妻が「システム」に呑み込まれるのを全身で拒絶するゲルハルト閣下。

彼の溺愛は、今や一人の女への愛を超え、運命への反逆へと進化していますわね。


「エルゼ様の経済無双、やっぱり最高!」「ジュリアンが有能な事務員になってて笑う」

と思ってくださった皆様、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】をお願いいたします!

皆様の評価が、エルゼ様の「運営予算」となり、世界の初期化を阻止する力となります。


次回、仮面の舞踏会。暗殺者の毒を「自作の解毒香」で笑い飛ばす。

華やかな舞踏会の裏で、エルゼ様を狙う毒刃。しかし、彼女が用意したのは……?

お楽しみに!

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