第三話 『任務前の悪態』
―――この時間は、嫌いだ。
「おいおい、『お邪魔虫チーム』がいるぞ」
「うわ、鬼が来るのかよ。鬼の治療とか逆に怪我しそうだな」
「狼もいるぞ。後ろから撃たれたりしてな」
ユキの顔に影が差す。
ユキは所謂途中加入というもので、元々は一般側の人間だった。そのため、特殊部隊に入ってまだ日も浅い。一般兵には同期の友人だった者も多いだろう。
隣を歩いていたコウが、好き勝手に言い続ける兵士たちを一瞥すれば、皆一様に口を噤んで薄気味悪い視線を二人から逸らす。
―――こういうことがあるから一般兵との合同任務は嫌いなんだ。
コウはそんなことを考えながら顔を顰め、大きく舌打ちをする。誰が見ても嫌悪感がにじみ出ているのは明白で、その感情を隠す気などさらさらない。
今回の任務で特殊部隊は隠れて行動するのだから、集合場所だって離れた場所にすれば良いものを。
けれど、例えそれを言ったとしても無駄なのだろう。一般の兵士は、特殊部隊の人間を下に見ているのだから。
「そこらの一等兵や二等兵の戯言なんか気にするな。立場はお前の方が上なんだから」
突然、すぐ近くで聞き慣れた声がした。声の方を向けばユキの隣、コウとは反対側に男が立っている。少し離れたところには、正装のキョースケもいた。
「スイさん……じゃなくて、軍曹! お疲れ様です」
ユキがスイと呼んだ男に対して敬礼をすると、周りにいた一般兵たちも続けてスイに敬礼し始める。どうやら、いつものようにキョースケは目に入っていないらしい。
そんな兵士達の様子を横目に、コウはひらひらと楽しそうに手を振っているキョースケの元へと足を進めた。
「またその術か」
「見つかると厄介だもん」
「あっそ。……あいつ起こしに行ってたのか」
「そゆこと。寝起きの一本背負い食らっちゃってさー、体が痛いのなんの」
キョースケがそう言いながら肩を回したり腰をさすったりしているのを見て、寝起きのスイがキョースケに一本背負いをするところを想像したコウは、容易に情景が思い浮かぶことに少し笑いがこぼれた。
そんな反応を見てキョースケはコウの足を軽く蹴ろうとするも、簡単に躱されてしまった。
スイの号令で兵士たちが整列し出す。その様子を眺めていると、キョースケがそのままの状態でコウに問いかける。
「行かなくて良いの」
「答えがわかってることを聞くな」
そう言って視線だけを向けると、キョースケは小さく溜息を吐いた。腕を組んで壁にもたれかかった状態で、視線は綺麗に並んでいる兵士たちに向けられている。
「戻る気、本当にないのか」
「……今の俺は軍医だ。戦う理由がない。それに、」
そこまで言って、己の手を見る。
数年前までこの手は血に塗れていた。己の血ではなく、誰かの血で。今もよく血で濡れることはあるが、それとは違う理由で。
「もう、戦える力もないからな」
拳を握りしめてキョースケを見れば、何とも言えない複雑そうな表情をしてコウを見ていた。
自分のことではないのに、自分のことのように感じてしまうこの男は、いつか壊れてしまうのではないだろうかと常々思う。
上に立つ者と言うのは、きっと大変なのだろう。
気にすんなよ、と言えば、へーい、と軽い返事をしたので、今日はそこまで深刻な問題ではないようだ。
「――コウさん、キョースケさん」
二人の名を呼びながら、ユキが列から小走りで駆け寄ってくる。その後ろからスイがこちらに歩いてきているのを見て、そこでようやく部隊の移動が始まったのだと気付く。
「もう移動だったか。悪い、キョースケと話してて何も聞いてなかった」
「えっ」
「えっ、悪いの俺なの」
「そうだろうと思った」
スイが薄い紙の束をコウに手渡す。紙をめくれば、今日の任務の内容が書かれていた。
「全部隊が出て十分後に俺たちが出る予定っす。えっと、俺たちは別任務なので同じルートじゃなくてこっちのルートで……あの、スイさん、合ってますよね?」
恐る恐る、と言った様子でスイに尋ねるユキ。スイが首を縦に振れば、良かったと一息ついた。




