第二話 『射撃場の狼さん』
訓練用のゴーグルを片手に、射撃場の扉の前に立つ。首から下げていたネームプレートを扉の横に設置されている機械にかざせば、重々しい鉄の扉はいとも簡単に開いた。扉が開かれていくと、射撃音が聞こえてくる。
後ろに立っていたキョースケが、射撃音が響き渡るその内部を見るべく、ゴーグルを装着しながら顔を覗かせた。
本来、今の時間帯はほとんどの兵士が朝の訓練で外にいるが、コウ達のように例外はいる。射撃場内にいる、外の兵士達とよく似た服を身にまとったこの男もそうであった。
手には銃が握られている。視線は的に注がれ、指先は引き金にかかっている。その表情はまるで、獲物を狙う狼のようで。
―――引き金が引かれる。放たれた銃弾は的の中心部を見事に撃ち抜いた。
「相変わらず射撃の腕は良いねぇユッキー」
口笛を吹き拍手をしながら、先程まで正確な射撃を行っていた男、ユキに近寄るキョースケ。その声でやっとコウ達の存在に気付いたのか、男がゴーグルをずらして振り返る。
途端、先ほどまで集中して細められていた紺色の目が大きく見開かれ、ランランと輝きだした。
「キョースケさん、コウさん! おはようございます!」
「お、おう。おはよう」
「おはよーさん」
コウは若干引き気味だが、彼に対して別段苦手意識を持っているわけではなく、ただ単純に早朝から元気なユキが眩しいだけである。
―――さほど年齢は変わらないはずなんだがなぁ。
なんて、コウは心の中で言葉をこぼす。
「コウさんが射撃場に来るって珍しいっすね……ハッ、まさか現役復帰とか!」
「えっ、マジで?」
「んなわけねーわな」
ユキの言葉に反応したキョースケが勢いよくこちらを振り向く。コウにその気がないことはキョースケもよく知っているはずだから、おそらく悪ノリしているのだろう。
―――例え力が完全に戻ったとしても、戦線に復帰する気は毛頭ない。可能性があるとすれば、仲間の命が危険に晒された時だろう。
―――そんな日が来ないことを、祈っているが。
コウがゴーグルを装着して射撃台の前に立つ。全盛期と比べればかなり衰えているが、まだその辺りにいる兵士に勝る自信はある。
台に置かれた銃を手に取り、引き金に指をかけ、引く。
撃ち放たれた銃弾は、寸分の狂いもなくユキが撃ち抜いた穴を通り抜けた。
「おおおお……!」
ユキが興奮した様子で拍手をしている。コウは視線を寄越すことなく、撃ち続けながらキョースケに声をかけた。
「今日の任務は?」
「下町の住人の救助。クソ上司が向こうのクソ部隊の書類偽造にようやく気付いてさー。それを隠すために大部隊率いて街の防衛とか言って出撃させて、その間に俺達が救助すんの」
キョースケはいつもと同じようなふざけた口調で話しているが、その目は笑ってはいない。怒りの感情が丸見えだ。
その表情のまま隣の射撃台の前に立ち、銃を手にしている。
それはつまり―――、
「尻拭いってわけか」
「そゆこと〜……あー、早くあのクソ上司ども、運悪く戦車に巻き込まれたり戦線に立たされたり銃撃戦の中に放り込まれたりしないかなぁ。ははっ」
キョースケの持つ銃から放たれた銃弾は、的の中心からかけ離れた場所に当たる。
この場にいる中でもキョースケは一、二を争う腕前のはずだが、ここまで外すとなると相当珍しい、と考えながらユキは見つめた。
また、銃弾は的から離れた金具に当たる。
「キョースケさん、相変わらずあいつらのこと嫌いっすね」
「そりゃあもう。親を殺されたのと同じくらいひどい目に合わされたからなぁ。え、もしかしてユッキー好きなの?」
「まさか。そんなわけないっすわ」
呆れたような表情でユキが答える。
ここにいる三人と、この場にはいないが他数人は、この軍の上司を殺したいほどに恨んでいる。
それを上の者は知っており、知っているからこそ『特殊部隊』として他の者達から隔離しているのだ。
ただ、一部の兵士や関係者達とは普通に交流くらいはしているが。
「コウ、今何時?」
「あ?」
唐突にキョースケがコウに時間を尋ねる。壁に掛けられた時計を見れば、短針が七を指そうとしていた。
七時前と答えれば、キョースケが突然慌てた様子で銃を置いて扉に向かって走り出す。
「やっば、七時に起こしに来いって頼まれてたんだった。ごめん、片付け頼んだ!」
装着していたゴーグルを外してユキに投げ渡すと、首から下げっぱなしだったネームプレートを機械にかざし、開かれた扉から一目散に出て行った。
「相変わらず賑やかな人っすね……」
「そうだな」
キョースケが使っていた銃の残弾を確認すると、あと一発残っていた。コウが銃を構えると、ユキが不思議そうな顔をして呟く。
「そういえばキョースケさん、今日は相当調子悪かったみたいっすね」
「どうしてそう思ったんだ?」
「ほら、いつもだったら機嫌が悪くても的には当たってたじゃないっすか。今日は全部外して――」
―――残りの一発を撃った。銃弾は金具に当たる。
すると、的を支えていた金具が綺麗に折れ、的ごと倒れていった。
「わざと、だろ」
残弾がないことをもう一度確認して、銃を台の上に置く。ゴーグルを外して振り返れば、今日最初に会ったときよりも目を輝かせたユキがいた。
「キョースケさんもコウさんもやっぱかっこいいっす!」
「はいはい。ほら、早く片付けねえと任務置いてくぞ」
「それは嫌だ!」
いつもと同じような会話なのに、なんだか楽しく思えた。だから、あの奇妙で気味の悪い夢のことは、すっかり忘れていた。




