5、真実の調査 ―諤ェ逡ー萓オ鬟―
『――……ですので、急ではありますが明日、昼休みに全校集会を行い、そこでお祓いをしてもらいます。皆さんにはもっと早く心のケアをすべきところを……』
マイク越しに聞こえる校長先生の声をほとんどの生徒が白けた想いで聞いていたと思う。
少し前に一つ下の学年の子が死んだ。車に轢かれての事故死だという。
実際にトラックに撥ねられたのだから事故死というのは合ってるだろう。だけど、じゃあ何故道に飛び出したのか。きっと飛び出してしまう『何か』があったんだと思う。その何かが何かなのかまでは、他人である私にはわからない。
(『電子くだん』が原因だって思ってる人は、今、どれくらいいるんだろう)
この学校ではもはや当たり前の知識として知られている怪談の『電子くだん』。その怪談の内容を思えば、電話が鳴ってパニック状態になって飛び出した、という話もまぁ納得できるのだ。
『……以上で、今日の緊急全校集会を終わりにします』
今日の緊急の全校集会で、先生達大人は私達生徒が多大なストレスを受けている状態だと言った。それは合っていると思う。そのストレスから怪談ブームが起こったり何気ない事を怪奇現象だと捉えていると言った。多分それもあっていると思う。
それがあっていると思いたいのに、よりにもよってたった今、先生達は私達を裏切った。
「怪奇現象なんて無い、かぁ」
「お祓いってどんなの? 寝てもいいやつ?」
「寝るなよ」
教室に戻りながら話している生徒達。その誰もが、今日の集会に対して冷めた思いしか得られなかった。いや、それどころか、先生達大人は役に立たないのだと確信してしまった。
「……中途半端な事言ってさぁ、マジでわかってないよね」
だから集会が終わった今、私達は大人への嫌悪と諦めで嗤いながら愚痴を吐き出していた。
「やっぱりこういうのはさ、自分達の手で解決するしかないんじゃないかな」
教室に着くのとほぼ同時にそう言いだしたのは友人の神崎澪で、同意したのが他の友人達とたまたま聞いていたクラスメイト達で、流されるままに協力することになったのが私、井上菜月だ。
こうして私のクラスの大半が、澪を中心とした怪奇現象調査隊となり、徹底的に学校中の怪奇現象を調べる事となった。
「絶対におかしいんだって……ッ」
まずは大人が調べたという調査資料を見せてもらおうと職員室へ向かっている時、澪が耐えきれない様に隣を歩く私にだけ聞こえる位の声で吐き出した。
「お母さんもお父さんも、私の学校はおかしいって言ってたのに。近藤ちゃんと市原君と滝嶋君の登校拒否……『からだ一匁』に巻き込まれたって話も、怪談話とか怪奇現象とかじゃなくて、ちゃんと暴行事件が起きてるんだって考えてくれてたのに、なんか、いきなり二人そろって『それは仕方ないよね』とか言いだして……意味わかんないんだけど……! 仕方なくないから相談したのに!」
澪の目がうっすらと濡れていた。友人の立場から見ても確かに澪の両親はすごく素敵で賢そうな人達だったのに。
何でこんな事になったんだろう。そう思うのと同時に、何でこんな事になっても学校に通っているんだろう、とも思う。
登校拒否をしている生徒だっているのだ。いっそ示し合わせて多くの生徒が登校拒否を起こせばいい。そうすればきっとニュースにもなってもっと専門的な誰かが来て色々な事を解決してくれるはずだ。
けれど、ほとんどの生徒達は踏み切ることが出来ない。
だって怪奇現象なんて実際にあるわけないし、自分達は何も被害を受けていないのだ。
怪奇現象があると信じている生徒は半々だろう。私も澪も全然信じてない。クラスの中でも半分ぐらいは学校の雰囲気を馬鹿にしてるし、残りの半分も信じているというより疑ってるという感じだ。
誰かは被害を受けている、と聞いても、そもそもそれが本当なのか証明どころか説明もされていなければわからない。恐ろしい目にあったのだと訴えられても、あまりにも怯えていても、噂が駆け巡っていても、空気がおかしくなっていても。疑っているわけではないけれど、それでも。
怪奇現象なんて実際にあるわけがないのに、という意識の方が大きい。
それならば、怪奇現象なんてものが無くて一部の生徒の心が病んでいるだけならば、何も問題の無い学校を拒否するというのは自分の今後の人生を棒に振るかもしれない行為だ。そう思えば、ほとんどの生徒は自分の違和感を抑え込んで日常をおくる事を選択してしまう。
それなのに、その選んだ日常がおかしい。違和感が消えない。
生徒だって馬鹿じゃない。現代社会で説明できない現象なんてほとんどない。集会で発表される前から「思い込みじゃない?」「説明出来そうだけど」と考えてる子達もいた。
だから本当のところ、集会での説明にはじめは皆ほっとしたのだ。やっぱり怪奇現象なんて無くて説明のつく現象ばかりだったんだ、と。
「私の予想としては、権力者が犯人で表に出せなくなった、かな」
職員室で借りた資料、それを教室へ戻って皆で回し読みしながら言った澪の予想に、男子が首を傾げる。
「いや、権力者って誰だよ」
「瀬戸の家は? お前んち代々医者で親戚中エリートだらけって言ってたじゃん」
「そりゃ貧乏じゃないし知り合いも多いけど、町医者なんてそこまで金持ちじゃねぇよ。爺さんも父さんも母さんもブラック勤務真っ最中で仕事以外の事する暇ねぇし。そもそも俺が犯人だったらここにいねぇよ」
「そりゃそうだ」
笑い交じりの受け答えの後、ふぅ、と澪が息を吐きだした。
「まぁ正直瀬戸君じゃ弱いよ。教師も保護者も黙らせるって、ただの金持ちじゃなくてもっとこう……大地主とか政治家とかヤクザとか、誰もが知る大企業とか、そんなのじゃないの?」
「神崎はちょっと漫画の読みすぎだろ」
「漫画みたいなことが起きてるんだからそう考えるのもありでしょ」
そんなやり取りをしながらも皆で学校内にそれらしい生徒や先生がいないかを言いあう。だが、それこそ漫画やドラマのように都合よく権力者の家なんて見つからない。町中が知ってるような大金持ちもや顔役も存在しない。
「おい、やっぱり無ぇよ」
資料に目を通し終わった誰かが暗い声で言った。言われなくても、同じように読み終わった生徒達は気づいていた。
資料には集会で校長先生が話した通りの事が書いてあった。学校中に広まっていたいくつもの怪談話についての科学的な分析と調査結果と詳細説明。聞き始めた時は誰もがほっと安心したのに。やっぱり怪奇現象なんて無かったんだ、と思えたのに。
だけど足りなかった。致命的なまでに足りなかった。だから信じられなかった。
「『電子くだん』と『笑顔クローン』と『からだ一匁』、この三つが抜けてる」
ため息交じりのざわめきが広がる。集会の時から先生達を信じられなくなった原因。致命的な欠落。
自分達の頭ではどうしても説明できない怪談が三つ。その三つこそ大人に説明してもらいたかったのに。その三つこそが実生活に影響が出てきているのに。それなのにその三つだけが無視されたという事実。
――何か隠している事が、隠さなければいけない事があるのだ。
私達がそう思うのは自然だった。




