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これは侵食されていく話。  作者: 柳瀬あさと


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4、怪異解体 ―ある祓い屋の話―

 学校全体が呪われている、そうとしか思えない。住職を務める父に相談してきた人はそう言ってきたらしい。


「呪い、ねぇ……」


 高校の正門前に立って、望月隆明は面倒くさそうにつぶやいた。

 巡り巡って自分のところまで辿り着いた案件は、辿り着くまでの経緯を見ても厄介さを物語っている。


『もう他に思いつくところが無くて……』


 紹介者である地元の中学の校長が促すと、疲れ切ったような神崎夫妻がぼそりと経緯を語りだした。

 PTA会長の須山に現状の解決の手伝いを頼まれた神崎紗英は、夫である武史と相談した上で須山にアドバイスをした。


『まずは、怪我をしている子たちの親に、診断書を取って警察へ行くように勧めて。それから、錯乱している子と親については学校を通さず、精神保健福祉センターへ繋ぎます。学校が動かないなら、PTAとして連名で教育委員会に改善要望書を出しましょう』


 連絡を受けた須山はその通りに行動した。

 同時に、神崎紗英自身は後任の学校カウンセラーと接触して現状の報告と相談を行い、神崎武史は勤務先の中学校の教頭や校長に娘の高校がこんな事になっていると報告と相談をした。

 しかし、どれもこれといった成果は出なかった。

 後任のカウンセラーは当然だが「参考にし、自分の目で確認してからしかるべき対応をする」と判断をし、中学の教頭や校長は生徒達の進学先の一つの情報として把握したものの、それ以上に踏み込む事には躊躇い武史の相談に乗るだけにとどまった。この二つは仕方なくも正しい反応だった。むしろ無下に扱わなかった時点で上等な結果である。

 問題は、須山の方だった。

 怪我をしている子はそもそも家から出たがらず、その親は子供の恐慌状態に病院には連れて行っても警察へ行くことはせず「そっとしておいてくれ」と拒絶。PTA役員でもある錯乱気味の親とその子も「学校がなくなればそれでいいんだ!」と更に発狂し親子ともども家に引き籠もる。唯一PTAが教育委員会に改善要望書として安全確保に関する緊急要望・専門家による外部チームの派遣要請を出した件はすんなりと通ったが、信じがたい事に誰もかれもが『何も問題はない』という結果を出して引き上げられてしまったという。

 それでも外部の人間が入ってきた期間とその後数日は平和だったが、引き上げられたのちまた同じような状況になる。いや、更に進んでしまっている。通う生徒達は怪談に夢中になるか様子がおかしくなるか疑心暗鬼になるかのどれかだ。たまに暴行事件としか思えない事が起こるのに被害者は訴えず犯人も見つからない。それどころか楽しそうに「怪奇現象だ」と囃し立てる。それを教師は止めきれない。そもそも教師達も言動がまともではなくなってきている。

 それなのに、皆驚くほど学校へ通っている。通わなければいけない何かに追い立てられるかのように。

 正しい手順を踏んで正しい解決方法をとっている筈なのに、それがどう足掻いてもかき消えてしまう。そんな感触を得て悩んだ神崎武史の勤務先の校長が「お祓いのようなものをしてみてはどうか。心理的な区切りがつけば変わるものもあるかもしれない」と望月家が住職をしている寺を紹介したのだ。

 そうして話を受けた住職は、渋い顔をした後にカウンセラー兼何でも屋をやっている自身の息子である隆明に調査解決の指示を出した。「まずは徹底的に調べ直せ」と。

 そんな経緯を思えば、いかにこれが厄介な事かがよくわかる。


「望月さん、こちらです」

「ああ、どうも」


 職員用の昇降口の入口には、事情を聞いて協力をすることになった女性の教師がいた。


「結構学校からご近所の様子が丸見えなんですね。昔は学校って木とかで囲まれてたような印象があったんですけど」

「ああ、うちも少し前までそうでしたよ。でも近所で木が病気? になってしまったとかで……地続きの部分があったものですから、念のために切ってしまったんです。おかげでこちらの良い事も悪い事も隠せなくなったというか……」

「……何ともおかしな状況になってますね」

「お恥ずかしながら……教員側にも休職者やちょっと鬱気味のものも出てきてまして、我々だけでは手が回らず……」


 そう返す教師も少し隈が目立っていた。古い校舎である事も相まって、全体的にくたびれた印象だった。

 応接室へ、と案内され歩いていると、楽しそうにお喋りをしている生徒の集団とすれ違った。


「こんにちはー」


 望月に気付いた生徒達が笑いをひっこめ誰だろうと不思議そうな顔で挨拶をしてくる。それに対して笑顔で会釈をしながら、生徒達の様子を頭の中にメモをしていく。


「生徒達はそんなに参ってなさそうですね」

「え……」


 思った事をそのまま口にすると、何故か教師が驚いたように望月の顔を見た。


「あの、あの子達を見て、変だと思いませんでしたか……?」

「え、いえ別に……あぁ、外部の人間に対して愛想が悪くなるのは、まぁ普通じゃあ……」

「あの子達、皆同じ顔で笑ってませんでしたか……?!」


 同じ顔で笑っている。事前に聞いていた情報が早速出てきたことに、望月の眉根が寄った。






事象1、『笑顔クローン』

 教師にのみ起こる現象。以下は教師A、B、C、Dの証言。

A「少し前から、たまに、生徒が同じ顔で笑うようになったんです。いつから? それは……ちょっと、わかりません。最近は授業中だってそうです」

B「こっちが怒っても頼んでもやめないんです。皆同じ笑顔でこっちを見る。勿論生徒達の顔は全然違います。でも同じ顔なんです。同じ笑顔なんです」

C「そりゃ教師ですから、特にあの事件の後は『生徒達の笑顔を守ろう』なんてお互い言いあったりした事もありますよ? けどそれはあんな笑顔じゃない」

D「ただ……気付いたんです。望月さんは同じ笑顔に見えなかったんですよね? それならもしかして……生徒達が同じ笑顔になってるんじゃなくて、私達がそう見えてるだけなんじゃないかって……わ、私達の方が、おかしいんじゃないかって……!」



事象2、『怪談放送』

 教師、生徒、共に体験した現象。以下は教師Aと生徒B、C、Dの証言。

B「放課後にちょっと皆で怪談をしようとしてたんです。そしたらA先生が帰りなさいって……それで帰ろうとしたら、その、怪談話が、聞こえてきて……」

C「いや、マジで幻聴とかじゃないし。だって皆聞いたんだよ? 聞いた内容確認したら皆同じだったし。全員で同じ幻聴とか無いでしょ?」

A「……ええ、確かに、聞こえました……なんだかボワボワとした、はっきりしなくて、強弱が滅茶苦茶な感じの声で……だから帰りなさいって言ってるのに……」

D「あ、地学室です、聞いたのは。そこ、私たち以外にも聞いたって子いるんです。あの、これって本物ですよね?」



事象3、『電子くだん』

 怪談話が普及。以下は怪談を知る生徒A、Bの証言。

A「えっと、確か電話に出ると『あれ? 人が出た』って言われる事があって、それが『電子くだん』なんですよ。それで『あなた死にますよ』って宣言されて、七日後に本当に死んじゃうってヤツ。ありきたりでしょ? でも呼び出したんじゃないかって子がいるから有名になったんですよ。ね?」

B「うん。ちょっと前に事故で死んじゃった子がいて、その子が『電子くだん』を呼び出したんだって、だから死んじゃったんだって……いや、不謹慎なのはわかってるんですけど、でもその……ちょっと理由をつけなきゃ、怖かったっていうか……」

A「え、ちゃんと確認したのかって……それは、してませんけど……」

B「でも多分、本当なんだと思いますよ。わかんないけど」



事象4、『裏庭地獄』

 用務員、生徒、共に体験した現象。以下は用務員Aと生徒B、Cの証言。

B「最近なんです。最近になって急に変な匂いがするようになって……今までそんなことなかったんですよ?」

C「よくそこ使ってる園芸委員の子とか用務員さんはそんなことないって言うけど……でも絶対今までと違うんです! 確かめに行った子皆言ってます!」

A「匂いは、変な事は無いと思うんですけど……用務員室も裏庭近くにあるから、もしかしたら私も園芸委員の生徒達も匂いに慣れてしまってる、のかも、しれないです。ただ、最近妙に足を取られることは増えました。こう、滑るというか、沈むというか……正直、生徒達の言う怪談なんて信じてませんけど、やっぱり生徒が沢山裏庭に来てそういう話をしているから、その……何かに引っ張られてるように感じてしまって……いえ、そんな事無いと思うんですけど……」



事象5、『逆縁起物』

 怪談話が普及。以下は怪談を知る生徒A、B、Cの証言。

A「縁起物ってあるじゃないですか、招き猫とか占いのラッキーアイテムとか。あれの中に逆縁起物っていうのがあるっていう怪談です」

B「怪談って言う程でもないかも……でも皆信じてるっていうか、よく口にするっていうか……わざと縁起物持って一日行動してみたりするんです。それで『ああ、これ逆縁起物だ』って見つけて怖がる、みたいな」

C「友達で試した子がいるんですけど、本当に引き当ててたんです。朝から何やってもついてなかったし最悪だったって言ってました」

A「それDちゃんでしょ? 私が聞いた話だと確かFちゃんとかGさんも一日ヤバかったって言ってた」

B「マジじゃんそれ! つか逆縁起物多くね?! ……え、その逆縁起物をどうしたか、ですか? いや、どうでしょう。捨てたのか神社みたいなとこに持ってったのかは知らないですけど……でも重要なのは不運になったかどうかだから、それ自体は別に……」



事象6、『からだ一匁』

 怪談話が普及。以下は怪談を知る生徒Aの証言。

A「よくある話ですよ。決められた時間に決められた人数で決められた事をするとオバケが出てくるっていう怪談です。え、詳しくですか? 確か三時三十三分三十三秒に三人で三段目の階段を降りると鬼が出てきてゲームが始まる、だったかな……そうですよ、三並びです、全部三。四じゃないのか? 違いますよ、三です。三が正しかったんです。だから固定されました」

 以下は自称巻き込まれた生徒B(実際は暴行事件の被害者)の証言。(注意、電話による会話なので表情は見えていない。声色のみで判断)

B「……わかんない、です、何でいきなり巻き込まれたのかは……いえ、違います。暴行事件なんかじゃありません。ば、化け物が、いて……なんか、歌いながら、出て、きて、こ、Kの髪を、引きちぎって、切って……! Y先生に助けてって言ったんです! そしたら、振り払われて、もう逃げるしかなくて……ッでも逃げても、あいつ、いきなり出てきて!! 逃げられなくて!! つ、爪、剥がされ……ッTも、歯を……ッ! ……途中で、遊びなんだってわかったんです。あいつが、何かを賭けて何かで遊ぶって宣言してるって、その宣言通りなんだって。だから、先に宣言したんです。こっちは三人だったから、勝てそうなやつをって思って『遊びの終わりを賭けてしりとり』って。それで、勝てて……あいつがいなくなったから、俺達、急いで帰ったんです。そしたら、学校出る時……ッ…ま、『またあした、ここであそぼうね』って、声が……ッ……もう、勘弁してください。電話ももうしないでください。俺はもう、絶対学校に行きません。TだってKだってそうです。何を言われたって絶対に行きません。……? え、四時四十四分四十四秒に四人で四段目の階段を下りた時、じゃないんですか? ……ああ、そうだ、違った。三だった。三が正しかったんだ。何で……えっと、確かKが、友達に言われて、それで『からだ一匁』の事話し出して……あれ?」



事象7、『図書室幽霊』

 昔からある七不思議。最近急速に再認知。以下は体験した生徒A、Bの証言。

A「きっとバチが当たったんです、死んだ子の噂とか図書室でしてたから……図書委員なのに不真面目だったから……」

B「そんなこと無いよ! ……あの、昔から図書室には幽霊が出るって七不思議があったんです。七不思議っていうか言い伝えっていうか。図書委員が最後に出ていこうとすると本を読む人の気配がするっていう」

A「違うんです、七不思議じゃなんです、本当にいるんです! だって私達聞きました! 全部チェックして部屋を出る時に本をめくる音がしたんです! 誰もいなかったのに! 本当です!」

B「落ち着いてって! ……そりゃ確かに、最近ちょっとふざけ過ぎてたし、委員の仕事も手抜きしてたけど、でも……でも、そんな事で呪われたりしませんよね? 違いますよね? 大丈夫ですよね?!」






 望月は鼻から大きく息を吐きだしながらガシガシと後頭部をかく。

 教師や生徒に学校で起きている困り事や怖い事はありませんか? と尋ねたら、事前に聞いていたもの以外の情報もどんどんと舞い込んでくる。その情報のほとんどが怪奇現象と言われるようなものばかりだ。

 これは確かに異常だ。困り事や怖い事、と聞いているのに、ストレスや暴行事件の不安や教師との噛み合わなさといった内容が出てこず、ひたすらに怪奇現象の報告ばかり。ここまで怪奇現象が起きているのに、それでも怪談が未だにブームなところも解せない。


「生徒が一人死んだ頃から、か……」


 望月は情報提供を受けた関連場所を一つずつ歩いていた。さっきまでは図書室で、今は地学室の中だ。空いた標本ケースが積み重なって壁際で崩れそうなのを見て近づき、支えてる壁を確認してから離れたり。そんな事をしながら思い起こす。様々な情報の提供者が、楽しそうに、怖そうに、訝し気に、最後の最後に訊いてきた事を。



『これって、死んだ生徒の呪いですか?』



「馬鹿馬鹿しい」


 不運な事件や事故で命を落としてしまう人間がどれだけいると思っているのか。そういう人間がすべて呪ってるならきっと全世界中が呪い塗れの怪奇現象塗れだ。現実はそうじゃない。そうじゃないのだ。

 寺で生まれ育ったからこそわかる。人は死に影響されやすい。死は悲しみも恐ろしさも連れてきて、容易く人の心を歪ませ捻じれさせ傷をつけていく。それは事実で、けれど悪い事でもない。そういうものなのだ。どうにもならない逃げられないもので、だからこそ宗教は生まれ人に寄り添っている。

 依頼人の一人でもある神崎紗英もわかっていた。死んだ生徒の呪いではなく、生徒の死に学校中の人の心が揺らいでいる、と。その読みは間違っておらず、望月も同じ見解だった。

 だが、それだけでは片付かない何かがある、何かがきっとあると、学校中が思い込んでいる。


「……教師も、となると、重症だな」


 裏庭へと降りる。放り捨てられているペットボトルを拾い集めながら、用務員室の方向を見て、更にぐるりと周りを見渡せば、学校に最初に来た時に思ったように近所の風景が良く見えた。裏庭と言われていても、薄暗いところなんて一か所もない明るい場所だ。

 こんなにも開けた学校で、誰もかれもが何かを疑って期待している。哀れなほどに、醜悪なほどに。


「望月さん、どうでしょう」


 荷物を置かせてもらっている応接室まで戻れば、待っていたのか複数の教師が縋るように訊いてきた。


「まぁここまで来たら、お祓いは必要でしょうね」

「じゃ、じゃあやっぱり、怪異は本当で、呪われて……!」

「ちょっと、山本先生!」

「いえ、別に呪われてなんかいないと思いますよ」


 詳しく調べなければいけない事も多々あるが、それでも現時点で望月はそう言う事が出来た。

 教師二人が驚いた眼で見るのを苦笑しながら受け止める。


「呪われてるから怪奇現象が起こってる。どうやら生徒達も教師の皆さんもそう思ってるみたいですね」

「ち、違うんですか?」

「違います。一つ一つが別の事象です。それを皆さん恐怖心や好奇心から繋げてしまってる。だから何かが原因で、そう、きっと呪いが原因で学校中で怪奇現象が起こっているんだって感じてしまってる」


 言い切る。今度は苦笑ではなく、安心させる為の微笑みを浮かべながら。


「入念に調べて、一つ一つを紐解いていきましょう」

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