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これは侵食されていく話。  作者: 柳瀬あさと


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4、怪異解体 ―ある母親の話―

 一体どうなっているのだろう、と神崎はカフェで注文を終えてから思った。

 神崎の娘が通っている高校では、少し前に生徒が一人死んだ。学校の目の前の道路での事故死。その生徒が死んでから怪談ブームがやってきたという。


(うちの子はそんなブームに乗ってないけど……)


 考えながら息を吐きだす。

 何となくだが、そのブームが何故起きたのかは予想できる。死んだ生徒は事故の少し前から様子がおかしかったと聞く。直接関わりの無かった娘が知っていた程だ、学校中に知れ渡っていたんだろう。そして学校の前の道路での事故。きっとその現場を見てしまった生徒もいるのだろう。さらに、居合わせた教師の休職という事実。となれば、生徒達の間に走った動揺はかなりのものだろう。教師は教師で、事故についてあまり語らない様にと生徒達に言い含めているらしい。生徒と被害者家族の心を守るためだろうが、それによって生徒達のストレスの行き場がなくなった。

 そのストレスの吐き出し口が、怪談ブームなのではないか。

 神崎はそう予想していた。何故なら、娘から聞いた学校で流行っている怪談の中に、事故死した生徒を思わせるものがあったからだ。

 そう、ブームに乗っていない娘ですら知っている程、怪談が異様なまでに流行っている。

 一種の集団ヒステリーに思えた。これはヤバいな、と娘の話を聞きながら思ってはいた。

 そして今日、娘のクラスメイトが三人、登校拒否を起こしていると聞いた。しかも、髪を切られたり爪を剥がれたり歯が折れたりして、廃人のように泣き叫びながら帰ってきての登校拒否だという。

 暴行事件が起きている。神崎だけでなく、子供とよく話をする保護者程、事態が差し迫っている事に気が付いていた。


「神崎さん、お待たせ」

「ああ、須山さん。いえ全然、私も今来たところで」


 声をかけられた神崎は顔をあげる。そこにはPTA会長の須山がいた。


「そう? 注文はした?」

「あ、それはもうしちゃった」

「じゃあ私も」


 向かいの席に座った須山が呼び出しボタンを押す。すぐに来た店員にアイスカフェオレを頼むと、すぐに真面目な顔で「それで」神崎と向き合った。


「神崎さんのところはどう?」

「うちの娘はまだ『なんかやだな』位だけど、クラスメイト達は結構動揺しちゃってる子もいるみたい。まぁ、暴行事件からの登校拒否が出ちゃうとね」

「そう、暴行事件! 被害者の子が何も言わないみたいで全然犯人が見つからないんですって! そんなんじゃ余計生徒達が不安になるって言うのに……!」

「先生たちも大変なんでしょうけど……」

「だからって警察が入ってもおかしくない状況なのに、流石に怠慢よこれは」


 憤慨している須山に、神崎はただ微かに首を縦に動かすだけの同意に留めた。夫が中学校とはいえ教員をしている身として、あまり表立って教師を責めたくなかった。教師の負担がいかほどかを知っているがゆえに。

 教師の負担はわかる。わかるのだが、我が子の安全を何よりも考えてしまう。


「でも流石神崎さんね、娘ちゃんはまだ冷静みたいで羨ましいわ。うちの息子はもう駄目よあれは! ここぞとばかりに面白半分に騒いじゃって! 家でも怪談だの七不思議だのを弟たちに話して兄弟皆で大笑いしてるの!」

「あ、それは健全な反応。それに家が安全地帯として機能してる証拠だから自信をもって。自分でストレスの発散を出来てるなら安心して見てて大丈夫よ」

「えー、そういうものなの? それならいいんだけど」

「しいて言えば弟君たちかな? 笑ってるならいいけど、怖がってるようなら守ってあげてね」

「それは確かに。ちょっと注意して見るわ」


 そこから少し雑談をして、須山の頼んだアイスカフェオレが運ばれてきてから二人は本題に入る。


「学校カウンセラーの原本先生、倒れて休職に入るんですって」

「うん、こっちにも回ってきてる」


 こっち、と言った神崎は、自身も学校カウンセラーとして他校を受けおっている臨床心理士だ。自身の職業を大っぴらにしたことは無いが、以前、PTAの付き合いで話した時に、須山にだけは話していた。だからこそ今日呼ばれたのだろう。


「神崎さんはうちの学校のカウンセラーにはなれないのよね?」

「うん、自分の子供がいるからね。でも原本先生の代わりに来る先生なら知ってるよ。ベテランの先生で私も信頼してる人だから安心して」

「……原本先生がね、最後のカウンセリングの時『これは多分僕の仕事じゃない』って言ってたって、知ってる?」

「……知らない」


 初めて聞く情報だった。神崎が知っているのは生徒からの相談が一気に増えて手が回らなくなり疲労で倒れた、という事だけだった。よくある、と言ってはなんだが、あり得る話ではある。だが『僕の仕事じゃない』とはどういう事なのか。もしかして学校カウンセラー自体乗り気ではなかったのだろうか。


「PTAの方でね、ちょっと流石にまずいんじゃないかって話があがってるの。学校カウンセラーがどうこうじゃなくて、もう警察とか病院とか、そういう大掛かりな話にした方がいいんじゃないかって」

「それは……うん、正直、暴行事件が起きた事に関しては警察を入れた方がいい気がする。でも病院て何? カウンセラーだけじゃ回らないっていう判断?」

「……あんまり、これを言ってきた役員の人もちょっとヤバかったから、言いたくないんだけど……それが逆に気になってて……」


 須山はアイスカフェオレのストローをいじりながら気まずそうに言う。


「……もう、不安定とかじゃなくて、鬱とか、ちょっと……アレな感じになってる子とか、いるんじゃないかなって……」


『アレ』と言われて、神崎の胸がギュッと苦しくなる。言葉を濁してはいるが、つまり、気がふれてしまっているような生徒も、そして保護者も出てきている、という事だろう。それならば確かにカウンセラーの手に余る。すぐにでも病院へ繋げるべきだ。

 だが、何故それを原本がしなかったのか。

 神崎の中で違和感がぽつりと滲む。


「ね、神崎さん。ちょっとこれを神崎さんに聞くのは卑怯なのかもしれないけど、こういう場合ってどこと繋げるのが最優先だと思う? 今ね、警察だって人と病院だっていう人と教育委員会だっていう人がいて、でも病院の場合ってどこにどう説明すればいいのかもわからなくって」

「え、えっと待って、PTAの中でそういう話になってて結論が出てないって事?」

「そう、緊急で集まって話してるの。でもね、さっきも言ったけど、ちょっと……あの、言動が激しい人が出てきちゃって、怪奇現象が起きてるんだ子供達もそう言ってるんだって言い張って、皆そっちを宥める方ばっかりになっちゃって、話をつめるにもつめられなくって、それで、確か神崎さんはこういう仕事だったって思い出して……無理かな、こういうのも勝手に答えちゃ駄目なんだっけ?」 


 縋るような様子の須山を見て、神崎は血の気が下がった。

 完全なる異常事態だ。PTAが緊急で会合を開くのも、緊急で開いたにもかかわらず話が進まない事も、話が進まない理由も、そして外部の人間に解決を頼むことも。学校も、学校の付随団体も、関わる全ての大人が正常な機能をはたしていない。生徒達が追い詰められているにもかかわらず。



『これは多分僕の仕事じゃない』



 原本が言ったという発言を思い出す。

 そうだ、間違いない。これはもう臨床心理士の仕事ではない。臨床心理士の仕事ではないが、けれど、娘の親として。


「……一度家に持ち帰らせて」

「神崎さん!」


 光が見えたような須山の声に苦い思いを感じながら、神崎は作り笑いをする。


「あくまで、相談を受けた一保護者として、自分がたまたま持ってる知識と伝手を使ってどうするべきか調べるから。わかり次第すぐ伝えるから。それでいいかな」

「うん、助かる! いつでも連絡して!」


 嬉しそうな須山とは対照に、神崎の心は焦燥と恐怖に染められていた。それでも、すぐに動き出すことを決めながら。

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