3、放課後 ―からだ一匁―
最近、学校中で怪談が流行っている。
「市原聞いた? また発狂したヤツ出たって」
「マジ? うざ、怪談なんてやらなきゃいいのに」
流行っているけれど、俺もつるんでる奴も怪談には興味がない人間だったので、頭のおかしくなった奴が出たと言われてもどこまでも他人事だ。
「ハイでたでた、ボクタチ賢いから流行りなんてノリマセーンって奴ね、つまんない人生」
「うるせーぞ近藤」
「お、出たねぇ、怪談大好き近藤ちゃん」
帰り支度をしながら友人とダラダラ喋っていると、クラスでもよく喋る女子が話しかけてきた。
「流行りにはとりあえず乗っとけばいいのに。結構面白いよ、怪談。『電子くだん』って知ってる?」
興味の無い俺達に嬉々として話聞かせようとする近藤に、俺も友人の滝嶋もしらけた表情で返す。
「流石にそれは知ってるわ」
「知ってるから話さなくていいよぉ」
「あれあれぇ? 知ってんの? 興味アリマセーンって態度だったくせに」
鬼の首を取ったような得意げな笑みを浮かべるが、それにもうんざりする。
「クラスでも部活でも委員会でも話してる奴がいるんだ、流石に覚えるわ」
『電子くだん』は怪談が流行り始めた初期から話されていたもので、多分学校で知らない奴の方が少ないだろう。
「けどあれさぁ、死んだ奴目線の怪談ってあからさまに作り話だよね。どうせならもっと凝った話持ってきてほしい」
のんびりと言った滝嶋の発言に、俺はあくびをしながら適当に首を縦に振って同意した。この学校で一番の知名度を誇るであろう怪談話は、変な電話がかかってきて、「死にますよ」と予言されて、実際に死んで、携帯電話には謎の番号が残される、という、よくある怪談話だ。珍しくもない。しかも話の中では死ぬ間際の気持ちとかも語られているのだ。おかしいだろう。死んだ人間はその過程もその後の携帯電話の変化も伝えられないのに。
つまらない怪談だと思うのに、そのわかりやすさのせいかやたらと広まった。中には「電話がきた!」と大騒ぎして授業を妨害した奴まで出るほどだ。
何でそんなに皆怪談に夢中になるのか。あまりの流行りっぷりに気持ち悪くなる。
「じゃあこの話は知ってる? その名も『からだ一匁』!」
「知らねぇ」
「興味ないなぁ」
笑顔の近藤が口にしたのは、俺も滝嶋も聞いた事が無いものだった。
「近藤ちゃんその話好きだよね。どんなのだっけ?」
「まぁねー、ある種のロマンよロマン。あのねー」
近藤の友人に促されるように言われた近藤は何処か得意げに話し始める。怪談には興味が無いし馬鹿馬鹿しいと思っているが、帰り支度を終えて歩き出した俺達の後をついてくる近藤達を無視するのも変で、聞くともなしに近藤が話す『からだ一匁』に耳を傾けた。
「これまたよくある話なんだけどさ、四時四十四分四十四秒に四人で四段目の階段を降りると体を賭けた鬼が来て鬼ごっこが始まるってやつなの。本当かどうか試したいんだけどさー、今放課後残るなって言われてるじゃん? だから試すことも出来なくてさー」
「試すなよ馬鹿」
「まぁ今三時半だし無理だねぇ」
言いながら階段を下りていく。もう少しで玄関だ。
「冷たーい! あーあ、三時三十三分三十三秒に三人で三段目の階段を降りると鬼がー、だったら試せるのになー」
近藤のそんな声を聞きながら、階段を下りた。
そこで、一度大きく眩暈がした。
「?!」
頭がぐらりと揺れたが、何とか踏みとどまった。突然の体調不良に訳が分からなくて滝嶋と近藤を見ると、二人も驚いたような顔をしていた。同じような状況だったのかもしれない。
何があった? と口を開こうとした、その時。
歌が聞こえた。
『かーってうれしいはないちもんめ、まけーてくやしいはないちもんめ』
頭に直接響くみたいな、だけど遠くから聞こえるような不思議な声。心臓が変に強く脈打ち始めたのが分かった。何かがおかしい。
『あそこがほしい、あそこじゃわからん』
声が響く。声に合わせて、遠くから近づいてくるような足音が。
『なにしてかとう、なにしてまかそう』
何かが下りてくる足音が聞こえる。階段の上から。何か、が。
『そうだんしよう、そうしよう』
振り返ったら何かがいる。きっといる。それがわかっているから振り返れない。違う、体が動かない。わからなくて。怖くて。
嫌だ、怖い、何があった、怖い、何だ、無理だ、振り返れない。
振り返れな――。
『髪の毛かけて、にらめっこ』
目の前に突然、出来の悪い工作のような赤黒い人型がいた。
「いやぁぁぁ!!」
近藤が叫んで、その瞬間ビクンと体が動いた。動いたから滝嶋と近藤の腕を掴んで階段を駆け上がった。
何だあれは、何だあれは、何なんだあれは!!
『あれぇ?』
声が遠くに聞こえた。やった、逃げれたんだ。滝嶋も近藤も訳が分からないまま自力で走り始めた。何が起きたのかはわからないが、きっとあそこにいてはいけなかった。アイツの傍にいてはいけなかった。だから逃げた。逃げるしかなかった。階段を駆け上がる。二階。二階には職員室がある。そこへ駆け込めば、きっと。
「! 山ちゃん!」
俺達とは逆に、三階から降りてきた山本先生を見つけて俺達はしがみついた。
「な、何だ何だ?! どうした?!」
「山ちゃんヤバい!」
「助けてください!」
「先生どうしよう、どうしよう?!」
縋りつくようにして訴える。同時に職員室へ逃げようと言おうとして、そこで山本先生の顔色が一気に青ざめたのを見た。
「な、何を……なん、で……ッ……わ、笑うなぁッ!!」
叫ばれて、振りほどかれた。
笑ってない。俺達は誰も笑ってなんかいない。けれどそう言われて思い出す。ここ最近、先生達が異様なまでに「どうして同じ顔で笑うんだ?!」「皆でわざと一緒の笑顔を作ってるのか?!」と色々な生徒に言っていた事を。そんな事をしている生徒は一人もいないのに。
「笑うな! 笑うな! もううんざりだ! やめてくれ!!」
山本先生は叫びながら腕を振って俺達を遠ざけた。遠ざけて、そして逃げるように職員室へと走っていった。
俺達もついていけばよかったのに、振り払われたまま動けなくなってそれを見送っていた。見送りながら、頭の中で高速で考えを巡らせる。
もしかして、今じゃないのか?
今、おかしい状況になってるんじゃなくて、もしかして、先生たちはとっくにおかしい状況になってるのか? こんな時でも生徒達の顔が笑顔に見えるような、おかしな頭と目に、もう、とっくになって――。
『つーかまーえた』
「いやぁ!!」
近藤の叫び声に振り返れば、赤黒い人型が近藤の髪を掴んでいた。
『にらめっこ、にげたから、そっちのまけー』
「い、痛い!! 痛い痛いやめて離して!!」
『髪の毛ほしい、髪の毛もらう』
「いや! いや! いッ……ッああぁぁぁあぁ!!」
赤黒い人型が、化け物が、近藤の髪を掴んで、引っ張って、近藤が泣き叫んでいるのも全部無視して引っ張ってブチブチと引き抜いて。
『んー? なかなかとれない……きろう』
そしてそう言って、何処からともなく出てきた大きな鋏で近藤の髪の毛をバツンと切った。同時に近藤が倒れて、慌てて駆け寄る。近藤は頭に血を滲ませ、見開いた眼からぼろぼろと涙を流し、乱れた呼吸で呆然としていた。
『髪の毛、髪の毛、てにはいった』
化け物は楽しそうに言いながら近藤の髪の毛を頭に乗せていた。いっそ無邪気にも見えるその様子が心底怖かった。きっとこれが近藤が言っていた『からだ一匁』の鬼だ。鬼だとわかって、それでどうすればいい。先生には頼れない。それならもう。
『さぁ、つぎのあそび、つぎは爪がいいかな、歯がいいかな』
もう、俺達は、逃げるしか。
『そうだんしよう、そうしよう』




