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これは侵食されていく話。  作者: 柳瀬あさと


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2、保護対象 ―笑顔クローン―

 生徒が一人死んだ。

 自分が担当してるクラスどころか学年すら違う女子生徒が一人死んだ。


「……今日も連絡事項が一つある。放課後、部活や委員会以外で残って集まるのは正式に禁止となった。みんな速やかに帰るように」


 俺の言葉に生徒達は特別な反応は示さない。何故なら、これはもう何度も繰り返されている事だからだ。

 生徒達はちゃんと前を向いて俺の話を聞いている。多少荷物の整理をしている者や、周囲と喋っている者もいるが、いたって平常な様子にしか見えない。その平常な様子が、俺には物凄く異質に感じて仕方がない。


「以上だ」


 ため息交じりにそう言えば、日直がいつも通りの号令をして今日が終わる。

 変わらない日常。

 そう思えた日はもう遠い。

 生徒達が解放感に溢れた様子で席を立っていく。部活へ向かう者、委員会の仕事がある者、友人と約束がある者、様々な理由で教室を出ていく。これで全員出ていけば俺もすぐに職員室へ戻れる。それなのに。


「ねぇ、今日はどうする?」

「てか何人?」

「あ、私バイトの時間までなら参加できる!」

「いいよいいよ」


 教室の後ろで、四人の女子生徒達がガタガタと机をどかしながら椅子だけを円の形に整えていく。その椅子の数は五つ。泣きたくなるような苛立ちと恐怖を覚えながら、俺は彼女たちのところへ行く。


「こら、さっきも言っただろう。部活や委員会以外で残るな。椅子を戻して帰れ」


 ごく普通の注意。声色も何も変なところはない。それなのに、彼女たちは顔を見合わせた後、不自然なまでに同じ笑顔で俺の方を見る。


「えー、勉強するつもりだったんですけどー」

「ちょっとくらいいいじゃん」

「山ちゃん最近厳しくない?」

「混ざりたいなら入れてあげてもいいけど?」


 ごく普通の返し。声色にヒステリックさも無ければ棒読みのようなこともない。けれど、ただただ同じ笑顔で。


「……ッ……そうやって、お前達がルールを破るから厳しくなるんだよ。ほら、早く戻せ。それで帰れ。あと山ちゃんって言うな」


 どうしようもない気持ち悪さと恐ろしさを押さえつけながら、俺は当たり前の事を口にする。絶対に譲らない。決して生徒達を教室に残さない。その想いでじっと見つめれば、諦めたように一斉にため息をつかれた。ため息をつかれて、次の瞬間、生徒達にそれぞれの表情が戻ってくる。


「はいはい、帰りますー」

「山本先生のけちー」

「山ちゃんって呼ばれる方が仲良しっぽくない?」

「山ちゃん先生ならあり?」


 口々に言うその表情は、つまらなそうだったり、どうでもよさそうだったり、揶揄い顔だったり、笑い顔だったり。少しも同じ部分が無い、全員がバラバラのものだった。それを見て、聞いて、俺は心底ほっとしてそっと息を吐く。

 軽快に別れの挨拶を交わしながら生徒たちが教室を出ていく。それを見届け、空になった教室を確認してから職員室へ向かう。

 いつからこんな事になったのだろう。

 頭痛がするという生徒に付き添って行った保健室。そこで泣き叫んでいた生徒がいたのを覚えている。


『全部、全部嘘だったのに! 私が勝手に作った話だったのに! 何で?!』


 何を言っているかわからず、必死に宥めてる保険医と目配せし、記録を書いて薬を貰って、それで居心地悪く保健室を後にしたのを覚えている。


『ああ、あの子が……』


 頭痛をこらえている生徒が呟いたのを覚えている。



『電子くだん呼んじゃった子か……』



 そう呟いたのを、覚えている。

 ……そう呟いた生徒が、放課後に教室の後ろで友人と集まって怪談話をしようとし始めたのは、泣き叫んでいた生徒が死んだ翌日だった。


『わからないんです。それまでずっと、そりゃ何か独り言みたいなの言ってたけど大人しかったのに、親御さんからの電話が鳴って、出るのかと思ったら急に叫んでスマホを放り投げて、逃げるように走り出して……それで……』


 道に飛び出してトラックに撥ねられ死んでしまった。生徒に付き添っていた先生は後悔と責任と見てしまったものに押しつぶされて休職中だ。

 だから俺達は何も知らない。何もわからない。

 けれど一人の生徒が死んで。そこから何故か怪談ブームがやってきた。

 不謹慎だと止めても、帰りなさいと促しても、最終的に放課後の無許可の集まりを禁止して校則にまで取り入れても、生徒達は気づけば集まって同じ笑顔で怪談をする。


「……電子くだんって、何なんだよ……」


 生徒達は何かを知っているのか。わかっているのか。そう考えて学年主任や教頭が生徒に聞きだしても、誰も何も答えない。皆同じ笑顔になって「知りません」とだけ答える。怒鳴っても宥めても笑顔と返答は変わらない。そしてどこかで集まっては怪談をし始める。結局教師たちは何もわからない。わからないまま、それでもこの怪談ブームとあの笑顔に違和感を覚えて、ずっと必死になって止めている。

 誰も困っていないのに、何かがおかしい。それがわかっているのに、止める手段もわからない。

 けれど俺達は教師で、生徒は守るべき対象なのだ。あんな気持ちの悪い笑顔ではなく、本当の笑顔で日々過ごすはずの存在、俺達はその笑顔をこそ守る筈なのだ。だからこそ教師は皆逃げず、いつものように日々の業務を進める。底知れぬ気持ち悪さを抱えながらも。

 俺は何度目かのため息をつきながら職員室を目指す。

 途中、窓の外でサッカー部が外周でも終わったのか、ノートを中心に置き座り込んで休憩をしていたのが見えた。抱えていた気持ち悪さがふっと消えてひとごこち着く。汗を拭いたりノートを指さしたり何か書きこんだりしている生徒達がとても貴重なものに感じて、見えにくくなっていた平穏を思い出す。そうだ、今まで見ていたのはこんな光景で、それを何の気なしに見守っていたんだ。俺はじんわりと胸を温かくなるのを感じながら声をかけた。


「おーい、水分補給を忘れるなよー」


 声をかけられた生徒達は、一斉にこちらを向いて口々に「はーい」「わかってまーす」「山ちゃん声でけー」と答えた。



 全員、まったくの同じ笑顔で。



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