058魔法少女アコンカグヤ
四題
24歳、爆伸び、億プレイヤー、和服ヒロイン
「きゃぁぁぁぁ!!!」
突如、休日の平和な昼下がりを斬り裂く阿鼻叫喚。
「うわぁぁぁ!!」
「だ、誰か警察を!!」
九月……まだまだぬるい風の吹き抜けるショッピングモールに降り立った怪人に恐れをなした人々の混乱は、すぐに収拾のつかないものとなっていった。
「あ! もしもし警察ですか!! カオデカンが、カオデカンが現れました!!」
カオデカンとは、矢久が小学生の頃に考えた怪人で、顔がでかい。何をしてくるわけでもないのだが、顔がでかいので危険なのだ。
警察は完全に尻込みしていた。当たり前である。警察で対応できる怪人など、怪人とは呼ばないからだ。
カオデカンはモールを悠々歩き、試食コーナーを食い散らかしていく。逃げ遅れて転んだ子供は膝をすりむき、耳の遠い老人はカオデカンの声を聴いて耳がよくなってしまった。
そのような絶望が繰り返される世紀末……。人々の脅威は決して円安、物価高、良い政治家不足だけにとどまるものではなかった。
その怪人、カオデカンの進路を遮る影があった。ショッピングモールの広場にふわりと降り立つその姿は艶やかな十二単。ただしミニスカートであり十二枚の上衣もすべてミニスカートまでの長さしかなく、七色に輝く羽衣が不思議な重力感をもって彼女を彩っていた。
カオデカンは自分を見てもひるまない、その人間を見て唸った。
「なんだお前は。日本人か……!?」
「あーー、日本人といえば日本人ですけど、宇宙人といえば宇宙人です」
「いきなり矛盾したことを言うんじゃない!」
「それより先に自己紹介させてもらってもいいですか? 口上考えてきましたので」
「口上だと……?」
「はい。……えっと、いいですか?」
「まぁ、やれ」
すると少女は、ふさりと十二単をはためかせ、意味深なポーズを決めると、エコーを効かせた声で語り出した。
「世の中の信号は緑なのに、なぜ青信号なのでしょう。〝強いかもしれない〟を『強そう』と言えば通じるのに、〝かわいいかもしれない〟を『かわいそう』というと通じないのはなぜでしょう。
……不思議な疑問はたくさんあれど、わたしは決して負けません! 月光の魔法少女、アコンカグヤ24歳……惨状です!!」
ぱんぱんぱんぱーーーんと花火のようなエフェクトが上がり、彼女は力強く怪人を見据えた。一方のカオデカンはバレーボールも入りそうな大きな口を半開きにさせたままだ。
香ばしい気持ちで満たされた怪人は、とりあえず細かいところから揺さぶることにした。
「えっとな……まず、惨状……は、〝参上〟な?」
「ああ! すみません! 月暮らしが長かったもので!!」
「まぁある意味で惨状だけどな。……それと、その恰好で魔法少女は無理がある」
いくらなんでも和風すぎる。ミニスカートではあっても上品な色彩の十二単も、濡れ羽色の美しいロングヘアも、魔法少女という概念からは完全に逸脱していた。
「何より24歳で魔法少女……」
「しかたないのです!!」
アコンカグヤと名乗った娘はその点に猛抗議を開始した。
「わたしができる変身はこれしかありませんし、初登場は16歳でもそれから8年経てば24にもなります!!」
スピンオフの都合である。彼女は矢久作品『桃竹シンデレラ』のヒロインであった。
「とにかく! 久しぶりの地球なんですから、気持ちよく進めさせてください!!」
無理難題を言うと、カオデカンも我に返り、
「まぁいいだろう。その小顔、俺様の顔デカ光線で、毛穴に指が入るくらいでかくしてやる」
その目が光る。電撃のように走る顔デカ光線がアコンカグヤを襲ったが、彼女の跳躍力は怪人を一息に踏み越えた。
「なっ!?」
そして空中で反転する彼女の背負う羽衣が伸び、怪人を一瞬で絡めとる。
「アイスストーム!!」
その声と羽衣に命を巻き取られていくように、そのまま存在を消滅させられてしまった。
「月の光は希望の光……なのです!」
優雅にポーズを取ったアコンカグヤの羽衣が、彼女の背中に戻ると美しく揺らめいた。
七色に輝くそれは誰の目にも限りなく美しく見えたが、一つ間違いないのは、どう考えても今の技は〝アイスストーム(氷の嵐)〟ではないことだった。
『愛と正義の姫奈ちゃんねる』。
それが、彼女の動画配信のアカウントだ。彼女の感性でいろいろな動画を配信しているが、やはり怪人を成敗する動画は閲覧数が爆伸びする。
「怪人が出てくる限り、姫奈は億プレイヤーだな」
「ホントは、そんな動画が作れないような世の中にならないといけないんだけど……」
そう語る彼女は本気で憂いた顔をしているのだから、純粋ではある。対面する頭が缶詰の男はそれを茶化さず、パソコンに向かって先ほどの戦いの模様を編集していた。
この二人、実は結婚している。地球ではなく月で結ばれた二人はそれぞれに家具屋姫奈、桃地太郎という。姫奈は人間のままの姿をしているが、桃地は頭が巨大な桃の缶詰となっている。月は時間という概念がないため、あれから8年が経過しても、彼らは変わらず16歳の容姿のままではあった。
「でもアレだよね。休暇かと思ったら、まさか怪人に出くわすとか、〝天網恢恢疎にして漏らさず〟だよね」
「意味わかって言ってる?」
「わたしたち、大変だねってこと」
「全然違うだろそれ……」
なお、姫奈は神器『竹筒スティック』の力で超人的な力を得ることができ、その時彼女はアコンカグヤを名乗っている。
「それはいいんだけど、いまだに俺が缶詰のままなのが解せん」
桃地の頭は桃の缶詰であり、額に『もも』と書かれている。一応桃太郎であり、やはり伝説の神器『カンブレード(缶切り)』を携えた勇者ではあるのだが、頭が缶詰である理由については、うやむやなままとなっていた。
「姫奈はそんなに美人なのに、なんで俺は缶詰のままなんだ」
「大丈夫。桃地君はそのままでかっこいいよ」
そんな桃缶を本気で愛しているのが、姫奈クォリティであった。
『愛と正義の姫奈ちゃんねる』が開設されて三週間。すでに動画配信サイトでは人気チャンネルとなっている。
ミニスカ十二単が怪人を倒すという、和風ヒロイン番組としての勢いもあるが、そもそも家具屋姫奈はかぐや姫本人なのだ。その美貌がこの世の物ではない。
そうなると、彼女の感性がずれまくっていても、それなりに人が集まってしまうのが人情(?)というもの。
「わたし、実は土産を〝どさん〟って読んでたんですよ……」
とある日のトーク番組の話だ。
「道産子っているじゃないですか。あれのことだと思っていて『今度お土産買っていくね』ってLINEされた時、『ウチ、さすがに牛は無理です』って返信してました」
その途端、コメント欄で総ツッコミだ。
『道産子は馬だーーーー!!!』
……それでもあばたにえくぼ。かわいい子が真顔でド天然を振り撒いていると、人気が出てしまう不思議。『キリマンジェロと栗饅頭って音が似てますよね』とか、『ガンダーラが神田川って聞こえてたわたしは……』とか、とにかく、彼女がトークを始めるたびに、リスナーたちはこの娘が何を言い出すのか、冷やかし半分で期待して、かれこれ三週間目であった。
そんなド天然が、真顔で『愛と正義』を語り、実際に怪人を超人的な力で退けている。
ジ・アウトレット湘南平塚に現れた怪人は西門から侵入し、週末を楽しむ者たちを恐怖のどん底に陥れた。
二メートルを超える大男。緑色の肌を持つ全裸の怪人はなんと首から上と両腕がない。
「うわぁぁ!! 顔なし手なしだぁぁ!!」
逃げ惑う人々。顔なし手なしとは、矢久が小学生の頃持っていた、グミのようなゴム人形で、無茶をさせたら首と腕がもげてしまい、その後〝顔なし手なし〟と呼ばれるようになった怪人である。何をしてくるわけでもないのだが、とにかく全裸で緑色の首無し二メートルが乱入してきたら、そりゃぁ場は混乱に陥るだろう。
アミューズメントパークのようなおもちゃじみた商店街をイーストコートへ向けて爆走する顔なし手なしは無駄に足が速い。子供たちは泣き叫び、追われる大人も迎え撃つ勇気のある者はいなかった。
が、サウスストリートを爆走していたその怪人が、突如見えない壁のようなものに弾かれる。そのまままともに吹っ飛んで、石畳の一角で転げた。
「世の中の信号は緑なのに、なぜ青信号なのでしょう……」
その正面、数メートル離れて着地したミニスカ十二単のアコンカグヤ。腰に巻かれたリボンの形をした帯が、堂々とした彼女の背中に可憐な花を咲かせていた。
「……〝強いかもしれない〟を『強そう』と言えば通じるのに、〝かわいいかもしれない〟を『かわいそう』というと通じないのはなぜでしょう……」
モールの二階部分から見下ろす数名が歓声を上げる。登場後四週間目のアコンカグヤを知っているものが一定数いるらしい。彼女はちらりとそれを目に挟み、柔らかく微笑むと口上を続けた。
「……不思議な疑問はたくさんあれど、わたしは決して負けません! 月光の魔法少女、アコンカグヤ24歳……参上です!!」
今度はちゃんと参上を直してきた。彼女は真面目なのだ。斜め後ろには動画撮影者である桃地太郎が、缶詰のような顔をしてビデオカメラを回しながら、それに気づいて小さく笑う。
「怪人顔なし手なし! あなたの悪行もここまでです! 今すぐ走るのをやめて、元あるべき場所に帰りなさい!」
「……」
ブリッジの状態から立ち上がるように両の足だけでゆらりと起き上がる怪人。立ち上がれば胸板の厚いその姿は、確かな威圧感を帯びる。
「えっと……」
そんな怪異な物体に、アコンカグヤは確かめた。
「何も言わないですか……? 戦い、始めちゃいますか……?」
「……」
「わたしとしては、〝一寸の虫にも五分の魂〟だと思っています。たとえただのやられ役だとしても、アピールする権利はあると思うので、何か言っていただければ対応しますけど……」
しかし、緑の巨体は答えない。二階建てのショッピングモールの合間に立ちはだかったまま、不気味に立ち尽くしている。自称和風魔法少女は困った顔をした。
「あ……あの……何か答えてくれないと……」
「あのさ姫奈」
後ろから桃地が助け舟を送った。
「ひょっとしなくても……しゃべれないんじゃないかな……」
「えっ……!?」
「いや、顔なし手なしだからさ……。しゃべる場所がないだろ……」
彼女は目を見開いて怪人を見上げた。
「そうなんですか!?」
図星か答えるつもりがないのか、怪人は仁王立ちのままだ。しかしそれをアコンカグヤは好意的に受け止めた。
「じゃ、じゃあ、しゃべれないことを前提に、わたしが戦いを始めるまで待っていてくれたんですね!?」
しきりに感激し、体勢を低くした。魔法少女というのは、ファンタジーの魔法使いと違ってやたら肉弾戦が多い傾向にある。だから足元の石畳を踏み抜き加速したアコンカグヤは、空中で座るように足を抱え込むと、魔法ではなくそのまま突き刺すような飛び蹴りで落ちてきた。
「ファイヤーボール!!」
何もファイヤーボールじゃないのだが、とにかく踏むように射抜かれた怪人の身体が弾き飛ばされる。……が、
「きゃっ!!」
その勢いで宙返りのように反転した怪人の両足首が、着地しかけたアコンカグヤの首を捉える。いわゆるフランケンシュタイナーが彼女の首を引っこ抜き、ファイヤーボールの勢いも借りて宙返りし、適切なタイミングで切り離して彼女を数メートル投げだのだ。きりもみした彼女の身体がチャイハネデポという店の壁にたたきつけられる。
「いったぁぁぁ!!」
顔をしかめるのと桃地の「大丈夫か!」という声は同時。しかし今の彼女の耐久性は人間のそれではない。崩れ落ちそうになる身体で地面を蹴り、再び距離をつめる。
その際、顔なし手なしも踏み込んでいた。左足が浮いたかと思うと蹴り足は右回し。そのままさらに回転して後ろ回し蹴り。その蹴り足が置かれるまでの間にまた右足と、足の連撃が止まらない。アコンカグヤも避けに専念するしかなく、しゃがんで一撃を避けた後はバックステップ、そして軸をずらして右に避けた。
しかし脇に移動した彼女の反撃は、再び緑色の足にさえぎられた。斜めに跳んで左右に開脚された足が、グルグルと回転したのだ。右左右左と目まぐるしく通り過ぎていく横薙ぎの蹴りに、彼女はのけぞるしかない。ギリギリのところで射線から抜け出たが、いくつめかの蹴りが胴体にかすり、上衣を乱した。
「て、手伝おうか? 姫奈」
空中で独楽のように回った顔なし手なしは、最後に左足で降り立つと右膝をかっと持ち上げて、威圧的に突き出している。カグヤは苦い顔を浮かべたが、首を横に振った。
「大丈夫だよ桃地君」
確かに神器『カンブレード(缶切り)』で頭を開ければ、桃地は無双の力を発揮できるが……。
「わたし、アレ、怖いの。あんなの桃地君、いつか死んじゃいそうで……」
缶切りで自分の頭を開けるのだ。姫奈の心配も無理もない。
「未亡人になりたくないから一人で頑張る」
みたび踏み込むアコンカグヤ。だが射程範囲に入るなり、丸太のような太い足が彼女の頬の前を通り過ぎる。くるりと回転した怪人の逆足のかかとは、彼女の今までいた場所を貫いていった。
避けてはいる。しかし反撃の糸口がつかめない。突っ込むだけではだめだと知った彼女の十二単がひらひらと翻り、蹴りの連撃を見極めようと、その台風の目に向かって目と間合いを凝らす。十センチ、八センチ、五センチ……。
前髪が怪人の蹴りの風圧で右へ左へとたなびき、その先端が触れるほどの距離を見極めた時……彼女の身体が浮いた。その身体に回転力が加わり、強力な後ろ横蹴りとなって怪人を後ろへと突き飛ばした。
「ライトニングボルト!!」
ライトニングボルトではないが……。
が、怪人は身体をしならせ、宙返りに地面を踏む。蹴りの威力はなお収まらず、踏ん張る巨体の足の裏を数メートル引きずらせたが、それで勢いは止まった。交戦の意思が消えてないのは、その踏ん張りの力強さで分かる。
「効いてない……」
「胸板、分厚いからなぁ……」
撮影班の桃地が苦い声を上げた。
「おまけに、顔がないから打撃が通る場所がない」
その声を耳の後ろで拾ったアコンカグヤがほんの少しだけ顔を傾けて目の端に夫を入れる。
「どうすればいい……?」
「うーん」
桃地は缶詰の頭をひねる。
「あとは、アレしかない。……あそこだ」
指をさしたところ。彼女はみるみる顔を真っ赤に染めた。
「OTIMTIM……!?」
苦笑の桃地。
「……すごいオブラートの包み方だけど、あそこなら行けると思う」
「で、でも……反則じゃ……」
「俺やろうか?」
十二単のミニスカートがしばらく葛藤に揺れる。やがてつばを飲み込んで小さな唇を開いた。
「わたしががんばる」
そして、絶世の美顔で怪人を見据える。パンチは嫌だ……と自分に言い聞かせ、じりじりとにじり寄った。
張り詰める緊張感。アコンカグヤの息遣いが聞こえるほどに辺りは静かになり、風さえもその動きを止める。
彼女は右足を囮にして間合いに入ろうとした。膝を上げ攻撃に移るフリをして踏み込む。反応のいい怪人はやや右に態をずらして右の回し蹴りを合わせてくる。それを見越した彼女は身体を反らしてそれをやり過ごすとそのまま左足で股間を蹴るために足を振り上げた。
が、その最中、カグヤは目を見開く。右を蹴った怪人はその足を地面につけることなく、さらに回転を始めていたのだ。
「やばい!」
このままでは後ろ回りに飛翔するカカトに首を持っていかれる。そして、このような脚力を持つ怪人のカカトなどをくらったら、いくら変身中とはいえひとたまりもないだろう。
が、完全に左足に体重移動をしてしまっている。……止まらない。
しかし、その止まらない前蹴りは次の瞬間、背中向きに足を上げている怪人の股間を後ろから蹴り上げていた。
「え……?」
どう考えても怪人の蹴りの方が速かった。しかし実際にはアコンカグヤの蹴りで怪人は崩れ落ちた。
悶絶している怪人を羽衣で包み込み消滅させた彼女が、自分を助けた男に一揖する。
「ありが……とう」
桃地はすぐ隣にいた。前蹴りにかするような距離で、怪人の丸太のような足を受け止めたのだ。
「やっぱ桃地君って強いね……」
家に帰ってその映像を見て、小さな溜息一つ。姫奈がつぶやいた。
あの蹴りは、例え防御をしても吹き飛ばされる威力の蹴りだった。にもかかわらず、この男はほとんど直立でそれを受け、微動だにしなかったのだ。
その動画を『愛と正義の姫奈ちゃんねる』にアップしていた桃地が、乾いた音を立てて缶詰頭を掻く。
「まぁ、そりゃ、お前はかぐや姫で俺は桃太郎だからな……」
「だってわたし、月の女王だよ?」
「女王は別に強くないのが普通だろ?」
「でも、チェスだと最強だよ?」
「チェスに桃太郎があったらもっと最強だから」
「そっか……」
納得した姫奈は画面上に一通の通知を見た。
「なんだろ」
桃地の背中から、彼の肩にもたれかかるようにしてマウスに手を重ね、カーソルを合わせクリックしてみる。そして、眉をひそめた。
『はたし状。
ニセモノ魔法少女アコンカグヤ。
9月30日午前10時。酒井のスポーツ広場に来られたし。
本物魔法少女マジカルピンピン』
「……何これ」
「まぁ、単純に考えれば、決闘の申し込みだな……」
姫奈はきょとんとしている。
「なんで決闘?」
「そんなのは、会って聞いてみないと分からないけど」
ただ、こんなのにホイホイと乗せられていく変人などはいない……そのように、暗にほのめかした桃地だったが、すぐに『しまった』と思った。
……姫奈はすでに出かける支度をしていたのだ。そういう女子であることを忘れていた。
酒井スポーツ広場は相模川の河川敷にある。川の氾濫を防ぐための緩衝部分(高水敷)に作られているため、川が増水すると水没する広場であった。サッカーやテニスなどができる。……ただし今は平日昼間だ。たまにランニングする人や自転車が通り過ぎるだけで閑散としていた。
二人がグラウンドのある場所へと降りていくと、なんかそれっぽい少女が二人、それぞれに腕を組んで仁王立ちで並んでいる。
「来たわね。ニセモノ!」
中学生だろうか。デザインのやたら凝った水色のブレザーは制服なんだろうか。首にハートの宝石が埋め込まれたチョーカーを巻いている二人。ロングヘアをポニーテールにしている活発そうな方が声を上げていた。
白いチュニックワンピースのまぶしい姫奈が首をかしげると、至極もっともな問いを呈す。
「誰?」
もう一人、ボブカットの方がキーの高いアニメ声で言った。
「あたしの名前は二条綾香なの」
続けてポニーテールが自分の髪を払ってポーズをとる。
「私の名前は三条静香」
「あたしたちこそ、本当の魔法少女、三人そろってマジカルピンピンなの!」
流れる微妙な空気。
「二人しか見えないが……」
桃地が呟くと、はっとなったボブカット綾香は
「ちょっと穂香はお腹が痛くて欠席なの!」
「そうすると三人そろってないわけだが……」
「っていうか、あなた達、学校は?」
「学校なんて行ってられると思う!? アンタたちのせいで私たちの番組の視聴率が爆下がりなのよ!!」
「視聴率……?」
「あのねぇ。怪人を倒すのは私たち、マジカルピンピンの仕事なのよ! アンタらぽっと出のニセモノがやっつけちゃったら私たちが出ていく場所がなくなるでしょ!?」
「……」桃地はしばし思案。
「つまり、地球にはすでに怪人を倒す魔法少女がいた、と」
「そうなの!」
「そのシマを荒らすなと」
「そうなのってば! だいたい、あなたは魔法少女の条件を満たしてないの!」
ボブカット綾香がこぶしを握って主張すると、静香が続けた。
「あのねぇ、魔法少女を名乗っていいのは、いいとこ高校生までなのよ! 少女だよ? 少女!! 24歳で少女とか、恥ずかしくないの!?」
「じゃあ24歳で魔法少女やりたい時はどうすればいいの?」
純粋な姫奈の返答に、たじろぐ魔法少女たち。ポニーテールが答えた。
「いや、だからぁ、身長が足りない子はジェットコースターに乗れないでしょ!? それと同じなのよ! アンタは年齢超過だから魔法少女は名乗れない!」
「だって、魔法女はかっこ悪いでしょ?」
「そこは魔女でいいだろ……」
姫奈にツッコむ桃地。そこに綾香が言葉をかぶせた。
「魔女でも困るの! とにかくアコンカグヤ! 今日はあなたを成敗して、怪人と対峙するのにふさわしいのは、あたしたちマジカルピンピンだっていうことを教えてあげるの!」
二人の首のハートが光り出す。らせんを描く赤青のパーティクルが彼女たちを宙に舞わせ、華やかな色彩を空いっぱいに広げていく。
「わっ! ずるい! あの子たち、変身に音楽ついてる!」
しなやかに踊る二人の服装がそれぞれ緑色、紫色のコスチュームとなり、髪の毛もそれに準じたエメラルドグリーンとすみれ色に変わっていった。ついでに二人の頭部に猫耳が飛び出したりして、まるで絵本の中から飛び出してきた妖精のような様相を呈す。
「明日に緑の幸せを! マジカルみどり!」
「明日に紫の希望を! マジカルむらさき!」
「「三つの輪舞。三度の奇跡。三人そろえば文殊の知恵! 魔法少女マジカルピンピン!!」」
降り立った二人のポーズは限りなくかわいらしく、また完璧であった。
「三人そろってないことを除けばな……」
「しかたないないのよ! 女の子なんだから体調不良もあるんだから!」
桃地の冷静なツッコミに激昂するマジカルむらさき。なお、変身前はポニーテール静香の方。姫奈の声が上がる。
「ちょっと待って!」
「命乞いしたって遅いの。シマ荒らしは指詰めてもらわないと気が済まないの!」
かわいいナリして、言ってることがヤクザだ。
「ついでにその桃缶の中身もぶちまけて、雑草の養分にしてやるわ!」
「ちょっと待ってってば!」
姫奈は必死になって言葉を継いだ。
「猫耳の下に人間の耳ついてるよね!? それ、どっちで聞いてるの!?」
「気になるところはそこなのっ!?」
「まぁ、姫奈の前でそんな姿晒したら、そういうことになるわなぁ……」
いつも発想の外を突いてくるのが姫奈であった。決して茶化してるわけではない。本気で聞いている。
その圧におされたのだろう。マジカルみどりがちょっと難しい顔をしてから、おもむろに「あーーーーー」と声を上げて、猫耳と人間の耳を交互に塞ぐと、言った。
「猫耳の方なの!」
「自分で今まで知らなかったのか!!」
桃地のツッコミが止まらない。が、マジカルむらさきはそれらを払拭するようにびしっと指をさした。
「とにかく! 早く変身しなさいよアコンカグヤ! それともその恰好のまま血祭りに上げられたいの!?」
「え……ホントに戦うの……?」
「当然なのよ! アンタ一人の命であたしたち三人が助かるなら三倍お得なんだから!」
「トロッコ問題みたいに言うな」
「東京湾に漬物石抱かせて沈めてやるの!」
「そんなことされたら溺れるでしょ!!」
姫奈の悲鳴にむらさきが調子づく。
「溺れる前に息の根を止めてあげるから大丈夫! いいから変身しなさいよ! 正々堂々と勝負してやるわ!」
「二対一で正々堂々ねぇ……」
「缶詰は黙ってて!」
「いや、いいんだけど、姫奈は、変身に三十分くらいかかるよ……?」
「ええっ!? 三十分!?」
「ちょっと、深いわけがあってな……」
とにかく三十分はかかる。理由は矢久作品『桃竹シンデレラ』内で描写されているので、興味があればそちらを参照だ。
姫奈は竹のスティックを取り出して、「待っててもらえる……?」と聞いた。
「……早くしなさいよ……」
なにせ、変身の際は自分たちも敵を待たせているのだ。魔法少女たちもとりあえず待つしかない。
それからたっぷり一時間。
「すめらぎの衣、香具山仰ぎて今きたる、月華蝶蘭アコンカグヤ!!」
緑の光が風をまいて姫奈の周りで渦となり、まるで満開の桜が一息に舞い上がるように十二単が細分して組み変わり、螺旋を描いて上昇する姫奈に別の彩りを与えていく。
そして風に揺れるミニスカートが降り立った時……地上では巻き起こったのは風ではなくクレームの嵐だった。
「どれだけ待たせるのよ!!」
「……だから、言ったよね? 三十分はかかるって」
「一時間なの!!」
待ち疲れですっかりゾンビ化している二人に、アコンカグヤは「もう一つ……」と言った。
「自己紹介の口上があるから、言わせてね。世の中の緑信号は……」
「ふざけんなーーー!!」
フライングで飛び出すむらさき。数メートルを跳躍すると人差し指を突き出した右手を伸ばし、その手首に左手を添えた。
「ピッコォォーー!」
その手元で膨れ上がる空気。同色の稲妻を帯びてアコンカグヤの方へと撃ちだされる。一瞬で通り過ぎたエネルギーの塊を辛くもかわす彼女は抗議した。
「人が話してる最中に攻撃するのは反則でしょ!」
「あれだけ尺を取っといておこがましい!!」
放たれる二発目。弾速の高いそれを身を低くしてかいくぐった彼女の声が響く。
「いでよ! マッターホルン!」
中空に現れた巨大な角笛をキャッチしたミニスカ十二単がそれを吹くと、角笛の先から蒼い衝撃波が迅った。
「うそ!」
むらさき、襲い掛かる空気の揺れに面食らったが、瞬間移動したみどりが彼女を背中に隠すと、
「ぽっちーーーん!」
人差し指を立てた両手を重ね合わせる。巨大な〝車両進入禁止〟の看板が現れて、その衝撃波を無効化した。
むらさきはしかし、そのことよりもアコンカグヤの意外な攻撃に狼狽している。
「アンタが飛び道具使えるなんて……」
「言っておくけど、わたし月の女王だから」
「なら〝顔なし手なし〟と戦った時に使えばよかったじゃん!」
目をぱちくりするアコンカグヤ。
「そうだった!!」
「気づいてなかったのっっ!?」
みどりの盛大なツッコミ。確かに蹴りの弾幕とリーチ差に悩まされたあの戦いでは一定の効果があったはずだ。
「いい!? 魔法少女はバカじゃ務まらないのよ! 月の女王だか何だか知らないけど、ここは地球で、地球は超絶らぶりーでかわいくて美しくて頭のいい本物の魔法少女の管轄なんだから!」
「っていうか、お前らもちゃんと配信見てるのな……」
「当たり前なのよ! ブックマークもお気に入りもメンバーシップにも入ってるわ!!」
「あ、それはありがとう」
「礼は無用!!」
カグヤの礼を蹴散らして放った三発目のエネルギー波は拡散し、いくつもの礫となって襲いかかった。
が、すばしっこさにかけてはアコンカグヤに分があるらしい。ストロボで照らされたように姿を現しては消えるステップを踏んでむらさきに肉薄。跳んで回転する回し蹴りを放つとさらに後ろ横蹴りにつなげ、さらにかかと落としまでを放った。
かぐや姫の細い足がまるで鞭であるようにしなる。むらさきは後退するしかない。右、左、右の連撃に対応できないむらさきはかかと落としに顔を叩かれ後退したところを、再び瞬間移動してきたみどりに助けられる。アコンカグヤも再び〝車両進入禁止〟の道路標識に阻まれ、弾かれた。
「やるわねニセモノ!」
顔を殴られても一切腫れないのが魔法少女である。むしろ不敵に笑んで大股に構え直したむらさきは、両手の拳を握るとみどりに合図をした。
「アレ、行くよ!!」
「おっけーなの!!」
二人の呼吸が一つになり、世界がピンク色のオーラに包まれる。二人の背中に白鳥のような翼が広がって、空に舞い上がった。
「うわっ、絶対すごいの撃ってくるぞ!」
「それより、さっきあの子たちが言ってた〝文殊の知恵〟って言葉を聞いて思ったんだけどさ……逆さから読むと、〝恵知の殊文〟だよね……」
「いいからお前は少しは盛り上げろ!!」
そんな二人の上空で形成されていく六芒星が、美しい光のスペクトルを放つと、魔法少女たちの声が見事にハモった。
「「星に願いを、花に祈りを、奇跡を起こせ、叡智の呪文! ぽっこふりーばーー!!」」
咲き乱れる魔力の花びらが放射状に降り注ぐ。
「ほら桃地君! やっぱり〝えっちのじゅもん〟って言った!」
「そんなこと考えてる場合かーー!!」
「大丈夫! えっちのじゅもんなら!!」
姫奈は仁王立ちになったまま、上半身だけ真横にへにゃっと曲げた。
「!?」
柔軟な身体がへそから折れ曲がり、降り注ぐ魔力を横から覗く形となった。
必殺奥義が……すり抜けていく。
「どういうことー!?」
さすがの魔法少女たちも動揺が隠せない。アコンカグヤはにっこりと微笑むと、得意げに言い放った。
「待っ正面から受けたら『Hの呪文』かもしれないけど、横から受けたらただの『エの呪文』だからね!!」
「んなわけないでしょーーーー!!!」
降り立った二人の魔法少女がまともに動揺している。
「そんな勝手な理屈を世界ルールにしないでほしいのーーー!!」
とはいっても本当に効いてない。平然と微笑んでいるアコンカグヤを睨みつけて、むらさきは奥歯を噛みしめた。
「必殺奥義なのにぃ……!」
「たぶん、三人じゃないからなの。静香ちゃん」
「出直す! 首を洗って待ってなさいよアコンカグヤ!!」
「あ、そのことなんだけどさ」
桃地が河川敷の上に合図を送りながら言った。
「『平日昼間から中学生が暴れてます』って通報したらお巡りさん来てくれたから、出直すまえにお灸据えてもらっていいかな」
途端に顔を真っ青にしたみどりは声を震わせた。
「なんでそういうことするのっっ!?」
「中学生は内申点が大事なんだから、そういうの困るのよ!!」
原付に乗った青い制服の男が河川敷を降りてくる。事の深刻さが背中を寒くしていったむらさきは、降りてくる警察官を視線に入れたまま、片割れに叫んだ。
「み、みどり……にげるわよ!!」
「うん!!」
二人は回れ右をすると、脱兎のごとく逃げ出した。
一転静かになった河川敷。九月も最後だというのに、遠くでツクツクホーシの鳴く声が聞こえる。
「地球の魔法少女もツッコミドコロ満載だな……」
羽を背負ってるのに走って逃げた二人の背中を見送った桃地は、あまり追いかける気のなさそうな警官がその姿を眺めてる様を見ながら言った。
「まぁ、でもアイツらがいるんなら、姫奈が出張らなくても、怪人退治は任せておけばいいんじゃないか?」
「だめだよ……」
姫奈は変身を解くと、白いチュニックの裾を握って言った。
「それなら一緒に戦いたい……」
夫である桃地は苦笑うしかない。
「『愛と正義の姫奈ちゃんねる』……だもんな」
そんな名前を臆面もなくつけるアコンカグヤなのだ。実は二つの人格が交ざっていることが原因でもあるのだが、それはともかく、彼女の正義感にうなずく桃地に、姫奈は微笑んだ。
「だってわたしも羽と猫耳が欲しいんだもん!!」
「そっちかぁぁ!!」
「あと変身の時の音楽!!」
……心底うらやましかったらしい……。
……顔が桃缶という奇天烈な夫は、今日もこの奇天烈な妻に振り回されておりますとさ……。
もし、家具屋姫奈が気に入ってくれたら、以下のリンクに飛んで、作品を見てみてください!
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