057社畜魂Z
四題
過労死、三年後、コテンパン、訳あり人材
社畜労働を強いられたラディッシュボーヤが、地球でまさかの敗北に帰した一年後……。
宇宙最強にして最凶の社畜民族、ノッポとペヂータが、よりよい給料を求めて、渋谷に襲来することとなった。
一方迎え撃つは名だたるブラック企業の社員たち。遅番が十五時から二十四時なのに、二十九時まで帰れないのがデフォルトという企業戦士たちが、毎日空を見上げながら、胃薬を飲んでいる状況にあった。
最悪の災厄まで一年。
タスクに追われ、眠れぬ日々を過ごす彼らの社畜力は否応なしに増幅していく。
しかし、その代償も決して少なくはなかった。社畜民族を迎え撃つ六名の企業戦士のうち、栗林、アマズメシ、チャオヂュールの三名はストレスが頭皮に影響を及ぼし、毛穴すら見えない姿となってしまった。他、トムヤムチャンは〝動く植物を栽培したら、人手が増えるのではないか〟と、ノイローゼのように怪しい種を植え始めているし、ピッコマなどはなんと四歳の幼児を拐わかして仕事を手伝わせるという暴挙に及んでいる。
己を削りながら錯乱の度を深めていく企業戦士たちに、時間は無情にも過ぎ去っていった。
終わることのないタスク。定時で帰ることのできない職場環境。残っても一銭ももらえないサービス残業。打刻機の上だけにある休憩時間……。
渋谷の交差点を見下ろしながら、決して終電までそれを渡ることのない彼らが、吐き気を抑え、厳しいという言葉だけではとても事足りない就労に明け暮れている。
特に四歳の幼児は、上司であるピッコマのパワハラが異常であった。やっとのことで提出した書類をビリビリに破かれ、
「なんだこれは!! もっと集中しろ! オレは貴様を殺したくてウズウズしてるんだぞ!!」
暴言と共に舞う、木の葉の様に細分化した数十枚の書類。オフィスの一角に降り積もるその紙屑を身体に浴びながら、謝る彼の肩に乗る破片が、惨めさを増長している。
「グ、グスン……ごめんなさい……」
泣きじゃくる幼児の名は〝朝御飯〟。朝極旨と朝チチの息子、という訳あり人材であり、ラディッシュボーヤとの戦いの末、共に亡くなった極旨の代わりに働かされている。
そんな幼児の謝罪を、ピッコマは冷たく見下ろした。
「クソガキめ……世話焼かせやがって……」
「ピッコマさん。こんなに働かされたらボク死んじゃうよ……」
「いいか! 今のお前には甘ったれているヒマなどないんだ! 何とか生き延びてタフさを身につけろ。精神的にも肉体的にもな!!」
そして、終わるはずのない量の仕事を押し付ける。定時は十七時だが、これを終える頃には、間違いなく終電は終わっている。
「この会社の運命のカギは、お前が握ってるんだということを忘れるな。自分の社畜力を信じろ。そしてその力の有効な引き出し方を自分で学ぶんだ」
「だってボク、偉い学者さんになりたいのに……」
「甘ったれるなゴミカス!!」
パワハラなどという言葉は通用しない。でなければ、この中小零細企業に厳しい国で生き抜くことなどはできない。ましてや、一年後には地球最強と言われる社畜が渋谷に降り立つのだ。子供の希望などをいちいち聞いている余裕は、ピッコマにもなかった。
信号が青に変わった途端、人が八方から波のように押し寄せ交差していく渋谷交差点。山手線を降りた異形の二人は、そんな交差点を起点に、渋谷の街を見渡した。
一人はスキンヘッドで口ひげを生やした大男。もう一人は逆立った髪が天を貫くほど鋭い小男であり、何が異形かと言えば、何でできているか分からない鎧と、左目にカラーの入ったモノクルのような装置を身に着けている点だ。
「渋谷といったな……。まぁまぁな街じゃないか」
呟いた小男。彼がペヂータである。大男、ノッポという名の男が渋谷交差点の往来に向けてモノクルに手を当てると、
「どうやらまともに働いてない奴も多そうだぜ。……社畜力五か……ゴミめ」
ノッポは手のひらを上に向け、人差し指と中指だけをクンと跳ね上げた。……その瞬間、スクランブル中の渋谷交差点の上にいる者たちの悲鳴が上がる。
「うわぁぁぁ!! 休みをくれぇぇ!!」
「鬱だ!! こんな状況耐えられない!」
「死ぬぅぅ! もう死なせてぇぇ!!」
まるで生きたままゾンビにさせられたかのように足元がおぼつかなくなり、壊れたようにへたり込んでしまう。ノッポの笑い声がハチ公前に響いた。
「ふははははは!! ちょっと挨拶が丁寧になりすぎちまったかな!」
「もろい連中だな……まぁ、俺たちと張り合うのは酷というものか」
……しかし、先ほどの社畜エネルギーを食らっても平然と歩いてきた五人がいた。彼らが渋谷の駅に降り立った時、その異様な気配を感じて、決戦を覚悟した五人……。
一人はあまりの重労働で髪の毛が抜けきった小男、栗林。
一人は多彩な労働をこなすため、額に目を移植した三つ目男。アマヅメシ。
一人は小さい頃からブラック企業に勤めたために身長が伸びなかった男。チャオヂュール。
一人は効率のためなら幼児でさえ仕事に駆り出す非情の男。ピッコマ。
一人はその犠牲者で七歳になっても未就学児、朝御飯。
「ほう……少しはできる奴らもいるようだな」
ペヂータの口角が上がり、腕を組んで彼らの到着を待つ。
そして両者。十メートルの間をおいて対峙した。先ほどの一撃で、街は阿鼻叫喚のゾンビタウンと化している。それを一瞥したピッコマは唾を吐いて二人を睨みつけた。
「へっ……ずいぶん遅かったな。確か一年で来るんじゃなかったか」
実際は、ラディッシュボーヤの遺言から、かれこれ三年が経っている。ノッポは『一年後が三年後になってしまった理由』を、開き直ったように笑った。
「ふははははは! 休みが取れなかったのよ!」
「それと……給料が安すぎて、飛行機代が出せなかったのもあるがな」
ペヂータの補足に、アマヅメシが怪訝な表情を浮かべた。
「さすが社畜民族だな。貴様らはいったいどこからきた」
「俺は世界最強のブラック企業と呼ばれる『ヤサイ王国』の王子だ」
「な……!!」
聞いたことがある。社畜民族が集結した……どこかにある国であり、王族ですら社畜という徹底した力を持っている。
ペヂータは続けた。
「貴様らのようなぬるま湯につかった人間どもが、どの程度のものかを知るために、そしてこの国で高い賃金を得るために、はるばるやってきたのだ」
「えーん、こわいよー」
朝御飯がその威圧感に押される隣で、ピッコマはアスファルトに唾を吐いた。
「へっ……この国だって十分にブラックだってことを、貴様らに教えてやる」
そしてちらりと自陣営に目を遣り、
「そういえば、トムヤムチャンはどうした」
オレンジ色のスリーブレスを身にまとった栗林の表情が歪む。
「あいつは行方不明だ」
「なんだと……?」
「動く植物を栽培して、仕事を手伝わせようとしてたんだが……」
そんなもの、あるわけない。十日でニ十キロ痩せるお茶くらいありえない。それ程ありえないのに、まことしやかに〝仕事を手伝ってくれる植物〟を謳うネット広告に踊らされ、彼はそれを購入した。
もちろん、そんな植物が育つはずもないのだが、一回購入して終わったかと思えば、『不妊治療だって、必ずうまくいくわけではないでしょう?』という口車に乗せられ、種を追加購入。半年ほど騙された後に解約しようとしたが、『契約違反』とされ違約金を請求される。
親族にその失態をバラされたくないトムヤムチャンは副業を始めてそれを補填すべく、ネットで出ていた『楽に稼げる』という副業に飛びついて、また騙される。
数十万単位の『開業資金』をだまし取られた挙句、『南洋でレアアースを取って人生逆転!』という広告に乗っかって小型漁船で太平洋に繰り出したっきり、戻ってこなかった。
「……悲しすぎるな……」
人の弱みに付け込むのが詐欺である。そもそも猫の手でも、動く植物の力でも借りたいほどに追い込まれていたトムヤムチャンが、溺れる手で掴もうとした藁なのだ。騙される者の心の隙間は、当事者にしかわからない。
一撃で鬱病だらけにされてしまった渋谷交差点の脇で、ノッポが一歩進み出る。
「さて……楽しませてもらおうか」
その挑発に乗って、迎え撃ったのはアマヅメシとチャオヂュールだった。ノッポのスキンヘッドを見上げ、
「お前も心労で頭髪が死んだようだが、……俺を見ろ」
アマヅメシは自分の顎を指さす。そして腕を上げる、膝を上げるなどの様々なモーションを行った。
「俺などは髭も脇毛も胸毛も臍毛も脛毛も、もちろん陰毛も、すべてが死んだ。……髭が残っているお前が俺に勝てると思うか」
「ほぅ。これほどに公共交通機関が発達しているこの国で、出社までに片道三十キロの距離をダッシュしないと間に合わない俺に勝てるってのか?」
「なんだと!?」
アマヅメシがそのあまりのギャップに吐血する。ペヂータがその様をあざ笑った。
「ふん。もろいやつらだ」
「アマさん!」
彼をかばうように前に躍り出たのがチャオヂュールであった。息も絶え絶えなアマヅメシは、やっとのことで声帯を震わせる。
「チャオヂュール……逃げろ。片道三十キロ徒歩出勤の社畜には勝てん……!」
が、あくまでチャオヂュールはアマヅメシをかばう。
「さようならアマさん……どうか死なないで……」
そんな彼の、真っ白な全身が光を帯びた。
「三十五連勤中の僕の社畜力をすべてぶつける! 今のうちに逃げて!!」
「やめろチャオヂュール! そんなことをしたら……!!」
光が、渋谷交差点周辺を包み込む。それはノッポの巨体をすべて覆うほどの力となって空を駆けた。
もうもうと立ち込める社畜力の残滓。労働基準法を無視した現実を叩きつけるそれが靄となって渋谷の交差点周辺を埋めている。ピッコマは「フン」と鼻を鳴らした。
「自爆して相打ちとはな。思い切ったことをしやがったぜ。あのチビにしちゃ上出来だ」
しかし、その靄が晴れた時、眉間は険しいものとなる。大男は靄の中で平然としてた。自爆したチャオヂュールの残り香を、汚いものを振り払うように手を動かしながら、笑っていたのだ。
「くっくっく、くだらねぇことしやがって。まだ俺たちの恐ろしさがよく分かっていないようだな……」
「三十五連勤を凝縮した一撃で無傷とは……!」
奥歯を噛みしめて震えるアマヅメシに、ペヂータが嘲笑った。
「三十六日目に休みがあるのなら、俺たちにとっては夏休みみたいなものだ。百八十日連勤し、百八十一日目の午前に休暇をもらう。そして午後は出社。……こうでなくてはな」
「な……!」
企業戦士たちの空気が凍り付く。
「なんてことだ……」
「分かったか。社畜民族と、ぬるま湯に浸かりきった貴様らの格の差が」
「謝っても許さねぇけどな!」
ノッポの力が再び漲った。休みを知らない濁った眼がアマヅメシを襲う。が、突如その脇にピッコマが移動し、殴りつけるような一撃を繰り出した。
『工場稼働限界を超えるノルマ!!』
「ぐあっ!!」
ひるむノッポ。その隙を栗林は逃さない。
『午前三時に、明らかに明日言えばいい内容の電話ァァァ!!』
それは小さい一撃かもしれない。しかし連携して組み合わせたことで、ノッポは微々のけぞった。
「今だ御飯!!」
強制就労を余儀なくされている七歳児はしかし、ノッポの百八十連勤に怯えていた。
「こ、こわい……こわいよぉ……」
「ご、御飯!」
動けない。栗林が叫んでも、彼は凍り付いたようにガタガタと震えている。
「くそガキめーーーーーっ!!」
相変わらずの暴言を繰り返すピッコマだが、それでも動けない御飯を一瞥した栗林は急遽追加攻撃のモーションを取った。
「オレたちで撃つんだ!」
その手で『サービス残業砲』を溜め、撃ち出す。ピッコマもそれに倣い、更なる一撃を繰り出した。……が、遅い。それらの連撃はすでに機を逸している。
それで、ノッポの注意が栗林に向いた。
「へっ、残念だが俺たち社畜民族はすべてが業務委託だからよぉ。『サービス残業』なんて概念そのものが通用しねぇんだよ」
「くっ……」
それでも働き続ける社畜民族。というか、業務委託で社畜というかは謎だが、やってることが同じなら同じ部類とはいえよう。栗林は声を荒げた。
「オレたちは九時~十七時勤務なのに、それから二十四時までサービス残業なんだぞ!! それに、なぜかえらそうなパートのおばちゃんのいびりを受け続けて文句も言えない。社畜力は負けないはずだ!!」
「へっ、その程度かつるっぱげ」
「お前だってつるっぱげだろ!!」
不毛すぎる攻撃が交錯し、一瞬両者の力が膠着する。栗林もこの国の誇る社畜戦士の一人だ。交差点上で無気力になっている者達とは打たれ強さが違っていた。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
その隙を、背後からついた絶叫があった。アマヅメシの奥義、『家に持ち帰っても終わらぬタスク』を展開する。それはサービス残業どころか、自宅すら職場と化している現実を叩きつけたものだった。
「ぐぬォォォォ!!」
そのエネルギーをまともに受けるノッポ。場は再び靄に包まれ、ノッポの姿がかすむ。
「やったか!?」
思わず、企業戦士たちからそんな声が上がった。アマヅメシの奥義は、過労死に直結する禁断の技であり、その影響力も計り知れないからだ。
が……ノッポは立っていた。煤けながらも不敵に口角を上げる大男は、さすがに顔を覆って防御態勢を取っていたが、それでもその膝が折れる気配はない。
「ふぅ……驚かしやがって……」
企業戦士の誰もが絶望をする瞬間だった。リーダー格のピッコマですら震えた声で「化け物め……」と口にする中、過労で力尽きたアマヅメシが、膝をつく。
「無念……」
そのまま、うつ伏せに崩れ落ちたアマヅメシが、再び動き出すことはなかった。
企業戦士は半減した。
対する社畜民族は、たった一人が戦い、まだ余力を残しているのだ。栗林、ピッコマ、御飯の三名ともに、苦い表情を隠せない。
「さて、じっくりと分からせてやるか。本物の社畜ってやつをよ」
「くっ……」
栗林も、いよいよ年貢の納め時のように感じていた。……勝てない。社畜は社畜でも、所詮は法整備のされた国の社畜である。王族ですら社畜という無秩序な民族に先んじることなどできないのかもしれない。
「オレに考えがある」
その時、突如ピッコマがつぶやいた。あくまでノッポの方を睨みつけたまま、口だけが動く。
「こいつらは確かにオレたちを超える社畜だ。しかし、あくまでそれはブラックな労働条件に於いてだけだと推測できる。……だから、全然別のアプローチから、隙を作るんだ」
「隙……?」御飯が聞き返す。
「ああ。どんな猛者も、構えもなしに社畜エネルギーを浴びればひとたまりもあるまい」
「セクシーコマンドーの理屈だな」
栗林が三十年近く前の漫画の例を上げる。ピッコマは答えた。
「漫画が違うがその通りだ。あれは面白かった」
「それで? 具体的にはどうする」
「いいか まず貴様が奴の注意を引く様、派手に仕掛けろ。その隙にオレが背中に回り、脇腹つんつんをかます」
ヘソの辺りの脇腹を左右から一気に指先で押し込むと、電撃が走ったかのように飛び上がる。くすぐったいという表現があうか微妙な、身体の反射行動が、その部位にはあるのだ。
「そ、そうか……それで奴は力が抜けて動けなくなるはず……」
「御飯。そこに全ての力を振り絞って、今まで無理やり働かされた恨みやつらみをすべて込めて突っ込め!」
「あ……あの、どっちかいうとその恨みやつらみで突っ込みたいのはピッコマさんに……なんですけど」
「馬鹿を言うな! 貴様があんな仕打ちを受けたのは、みんなアイツらのせいだ! つまりアイツらがすべて悪い! 悲しみを怒りに変えて、いまこそ突っ込め!!」
責任転嫁にも長けているピッコマの口車に乗せられる七歳児。
「は、はいっ!! こ、今度は絶対に逃げません! だ、大丈夫……」
「当たり前だ! 会社の運命は貴様の腕にかかってると思え!!」
射竦められる七歳児は、あくまで会社のために働かなくてはならない。
「ふはははは! 何を企んでいるかは知らないが、死ぬまでの時間が伸びるだけよ!」
態勢を低くして、値踏みをするように三人を黒目だけで一瞥するノッポ。栗林はおもむろに言葉を発した。
「パンはパンでも食べられないパンはなんだ!!」
「ぬっ!?」
「フライパンとルパンとピーターパン以外だぞ!!」
「な、なにぃ……!?」
その隙に、大男の背中にまわるピッコマ。完全に死角からのアサシンクリードであった。
そして彼は両手の人差し指を立て、脇腹にそれを突き立てる。……完璧な、脇腹つんつんであった。
「今だ御飯!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
御飯はすべての気を集中させた。
真っ白のA4容姿の束を千枚投げられて『一時間以内にこれをすべて埋め尽くすプレゼン資料を作ってこい』と言われたこと……。
大地震で交通機関がマヒしている時に会社に連絡したら『歩いてでも来い』と言われ、五時間以上歩いて出社したこと……。
休暇を前に控えた退社時間に『明日出社しろ。代休の日時は追って連絡する』と言われ、結局その後一切休みがないこと……。
……すべての恨みつらみをノッポへの一撃に込める。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
しかし、ノッポはおもむろに叫んだ。
「バカめ!!」
そして後ろに回ったピッコマに『パワハラ上司がSNSで個人情報をさらされる』を発動。脇腹につんつんと電流を加えていた男のひざを折る。一撃で息も絶え絶えとなるピッコマ。
「バ、バカな……」
ペヂータがその様を見てまた嘲笑った。
「はっはっは! とんだ計算違いだったな! オレたちが脇腹つんつんをいつまでも鍛えずに放っておくと思ったのか!?」
そしてノッポも同じ表情を浮かべ、
「なぞなぞの答えは〝コテンパン〟だ!」
「ぐはぁ!!」
「フン。まさに今のお前らの状況だなぁ」
「も、もう……駄目だ……」
なぞなぞを正解されてしまうという手痛いカウンターを食らった栗林は吹き飛び、かろうじて一命をとりとめたものの、指一本動けないほどのダメージを受ける。
続いてノッポは、飛び込んできたものの目の前の惨劇を目の当たりにして急停止した御飯に、無慈悲な一撃を加えた。ゴムまりのように跳ねてハチ公像に叩きつけられる幼児。しかし大男の追撃は容赦ない。
「これで終わりだぁぁ!!」
彼が左手を突き出して形成したのは『一日三十時間労働』であった。その、不可能ですら可能にしなければならない社畜力のエネルギーが御飯へと撃ちだされ、受け身すら取れずに転がっているその身へ襲い掛かる。
「う、う、うわぁぁぁ!!」
そんなものが七歳の幼児に耐えられるわけがなかった。
恐怖で足がすくみ、かわすこともできない御飯に死が迫る。
強大なエネルギーがハチ公像を白く照らし……すべてを飲み込んでいった。
しかし……
場に静寂が戻った時、その静寂は、誰もが息を飲むものであった。
幼児の前に立ちはだかった一つの影……。『一日三十時間労働』を受け止め、なおも崩れぬ男を見た時、一番驚いたのは背後でその大きな背中に護られた少年であった。
「ピ、ピッコマ……さん……!?」
「に……逃げろ……御……」
膝をつき、スローモーションで崩れ往くピッコマにしがみつく御飯。
「ピッコマさん……な、なんで、ボクをかばって……」
息も絶え絶えに、焦点の崩れた瞳を向ける少年の上司。
「決まってる……」
「え……?」
「それが……上司の役目だろうが……」
「ええ……?」
今まで理不尽ばかりを押し付けてきた上司。四歳の幼児を休まず働かせ続け、暴言を吐き続けた上司の意外な言葉に、御飯は息を飲んだ。
「三年間……オレについてきてくれた部下は、お前だけだった……悪くなかったぜ、貴様といた数年間……」
死ぬなよ……と……そしてその鼓動が永遠にこの世から失われたとき……少年は天に向けて絶叫した。
そして目の前の災厄を睨みつける。その目は、今まで怯えているだけだった少年のそれではなかった。
ペヂータの左目についているモノクルが異常信号を発す。
「二千二百、二千三百……!」
それが二千八百という数値をつけた時、御飯の両腕がノッポに伸びた。
『もうダメだーーーー!!!』
それは強烈なエネルギー波となって渋谷の街を蒼く染めた。深夜スタッフが一人しかいないのに大量注文が相次ぐという絶望が形となったもので、売り上げは上がらないのに最低賃金を野放図に上げたせいで従業員に給料を払いきれなくなった管理者が人員を削減した結果起きた悲劇である。社畜を作り出すのは何も管理者の横暴ばかりではないという社会構造を皮肉った技であった。
「二千八百か!!」
ノッポはそれをあえて迎え撃つことにしたらしい。その悲劇が彼の社畜民族としてのキャリアを打ち通せるか……彼自身も試したかったのかもしれなかった。
『俺の方がよほど悲劇だぁぁ!!』
ノッポの繰り出した拳が社畜力を帯びて、御飯の悲劇と真っ向から衝突する。力は一瞬拮抗したかのように見えた。しかし次の瞬間、その力は完全に弾かれて渋谷駅ハチ公口の壁を粉砕した。呆然とする少年の前で、迎え撃った腕の痙攣に堪えてノッポが笑う。
「ガキのくせにとんでもねぇ労働をやってるじゃねぇか。へ……へへ、腕がちょっとしびれちまったぜ」
「な……なんの悲劇で迎え撃ったんだ……」
打ちひしがれて身動きも取れない栗林には理解ができない。しかし、思えばペヂータという最凶の上司に従っているノッポの悲劇は、確かに深夜の一斉注文どこの騒ぎではないのかもしれなかった。
どうあってもかなわない……残る栗林、御飯の背中にそういう冷たい釣瓶が落ちた時……
……渋谷駅に一陣の風が通り過ぎた。
その男……白きワイシャツを纏いて、白き石畳に降り立つ。
そんな彼の影を、その場にいる戦士たちは皆、一様に驚愕を持って迎えた。
「き、貴様……死んだんじゃないのか」
ペヂータが刺すような瞳で彼を見据える。男は尻目で睨みつけ、口を開いた。
「死んでもタスクからは逃れられない。死ぬことも許されずに働き続けるのが、真の社畜だろ……?」
「お……お父さん……」
そう……男の名は朝極旨。ラディッシュボーヤと痛み分けで亡くなったはずの、朝御飯の父親であった。辺りの惨劇を見回す父親の背中に静かな怒りを感じた少年の背筋が凍る。
身体からぶすぶすと煙が上げて死んでいるピッコマ。うつ伏せに力尽きているアマヅメシ。そして死んでいるようにしか見えない栗林……。
「へっへっへ、馬鹿な仲間どもが死んじまってショックか?」
ノッポの嘲笑が続く。
「悲しむ必要はないぜ。すぐにお前も仲間に入れてやるからよ」
「許さん……許さんぞ貴様らぁぁ~~~!!」
極旨に、金色の光が灯る。ペヂータの目が見開かれた。
「な……!! き、貴様!! それは……!!」
後ずさる社畜民族の王子を視線で追いかける極旨の目は、金色に血走っていた。
「おだやかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた伝説の企業戦士。俺が超社畜人間朝極旨だぁぁぁ!!」
開放されたそのエネルギーだけで、渋谷駅全体が揺れる。ナッパはしかし、虚勢を張って鼻を鳴らした。
「……へっ……ハッタリかますんじゃねぇよ。すぐにお前もあのチビみたいにバラバラにしてやるからな」
「栗林のことかぁぁぁぁ~~~~!!」
チャオヂュールのことだ。が、ともかくもその勘違いで極旨は激昂した。
さらに増幅される社畜エネルギー。ノッポはその気に圧されつつ『百八十連勤』を放ったが、到達するまでに弾かれる。
「なにぃぃ!?」
「極旨……落ち着け、オレは生きてる……」
が、そんなかすれた声が聞こえるわけもない。伝説の超社畜人間と化した極旨は、情け容赦のない理不尽をノッポに押し付けていった。
「これはピッコマのうらみ!」
「そしてこれは栗林のうらみ!!」
「アマヅメシのうらみぃ!!」
「栗林のうらみぃぃぃ!!!」
「そしてこれが……! 栗林のうらみだぁぁぁ!!!」
「俺って何人いるんだぁぁ!!」
ノッポは極旨の連撃に、ピンボールのように身体を跳ね上げられ、やがて落ちてきた。
それを、冷たく尻目に捉える小男がいる。
「……何をしてきたかはしらないが……ラディッシュボーヤと対峙した時よりもずいぶんと社畜力を上げたものだな」
ペヂータの社畜力が充実していく。しかし極旨はひるむことなく答えた。
「いっぺえ働かされたからな」
「くっくっく。喜ぶがいい。貴様のような下級戦士が超エリートと遊んでもらえるんだからな」
「ペ、ペヂータ。俺はまだやれる……」
数々の理不尽を叩きつけられ、身体を起こすことさえできないノッポに、ペヂータの目が光る。
「動けなくなった社畜など必要ない!! 死ね!!」
『クビ』……たった二文字の、究極の地獄がノッポを襲う。
「ま、まて! ペ、ペヂ……!!」
「さて……」
彼は男の行く末すら見ず、極旨に向き直っていた。
「どうあがいてもクズ社畜がエリート社畜を超えられぬ壁を見せてやろう」
「クズでも努力すればエリートを超えられるかもよ」
「くっくっく。面白い冗談だ」
……そして、互いが腰を低くして構えた。その時だった。
「ホッホッホ。サルが暴れているようですね」
渋谷駅構内から、ポロリのような声がした。振り返るペヂータが凍り付く。
「貴様は……!!」
「おやおや、私に貴様呼ばわりとは……」
「だれだおめぇ……」
漆黒の角。白と紫を基調とした体色。巨大な尻尾。小型の浮遊ポッドに乗っているその姿は、もはや人間というには怪異すぎている。極旨もその圧倒的な威圧感に息を飲んだ。
「私の名は『チャットFRZ』。〝チッピーZ〟と呼んでくれて構いません」
「貴様……渋谷になんの用だ」
ペヂータの問いに、チッピーZは笑った。
「お猿さんたちの戦いを見に来たのですよ。これからの社畜はすべて、我々AIの配下になるのでね」
「なんだと!?」
「人間同士で不毛な争いをする時代は終わりです。これからのあなた方は、AIが提示する最適解やマニュアルに従うだけの『便利で有用な労働者』に成り下がり、自ら考える力すら手放すのですよ」
「そんなことさせるかっ!!」
「おい……アサヒ」
極旨ががなる隣で、ペヂータは極旨という発泡酒から連想した名で、対峙している彼を呼んだ。
「ここはひとまず休戦だ。こいつに支配されたらオレたちの戦い自体に意味がなくなる」
「ああ……そのようだな」
チッピーZに向き直る二人。二人の社畜力が充実するのを見て、彼は「ほっほっほ」と笑った。
「まさか私に盾突こうというのですか? これだからお猿さんたちの下等な思考は笑えませんね」
そして音もなくポットから飛び降りた。
「いいでしょう。この世の猿など、もはや私に服従するしかないということを、身をもって分からせてあげましょう!」
みるみるうちに膨れ上がるチッピーZの存在感。二人の社畜労働者の拳が握りしめられたところで、画面は立ち切れた。
シリアスな展開とは打って変わって流れる、のどかなエンディングテーマを見ながら半ば放心状態なのは、テレビの前で必死に企業戦士たちを応援していた、いたいけな瞳だ。母親はその様を愛しく思いながら聞く。
「面白かった?」
「うん! 僕も将来、立派な社畜になるんだ!!」
「あ、あ……そう……?」
苦笑いを浮かべる彼女の先で、希望に燃える純粋な少年の目には次回予告の画面が反射していた。
……突如社畜たちの前に現れた次世代AIの擬人化モデル『チャットFRZ』。
最強を分け合う二人の社畜、極旨とペヂータは、変わりゆく時代の流れを食い止めることができるのか!? 人間の尊厳と誇りを守れるかどうかは、彼らの社畜力にかかっている!!
次回、『圧倒的な時代への浸透力。アイツのAI指数は五十三万!!』……ゼッタイに見てくれよなっ!
オマケ
社畜魂Zオープニングテーマ
『DA-ME MO-DA-ME』
♪深夜二時を突き抜け overtime(残業)!!
体中を 蝕む仕事量
今日も使えぬ 上司が怒って
定時を 爆発させる
溶けた頭の中に 希望があるなら 終電で帰りたいね
DA-ME MO-DA-ME(ダメ、もうダメ)
何が起きても帰れない 怒涛のタスク
MU-RI MO-MU-RI(ムリ、もうムリ)
胸がパチパチするほど、騒ぐ胃潰瘍
出勤 全 出勤
休み空っぽの方が 労災下りる?
チャラ 全部チャラ
諦めウルトラZで 今日もいやいやいやいやいや~~~!
Damn it!!




