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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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55/59

055昭和の王様 令和の勇者

四題

10歳、生活、基盤、ステータス

「おお! 来たか勇者の末裔よ!」

 王は玉座から立ち上がり、両手を広げて彼を歓待した。

 謁見の間は巨大な庭がすっぽり入ってしまいそうなほどの大広間であり、玉座まで長いカーペットが敷かれている。近侍の控える姿も武装兵が並ぶその姿もすべては荘厳で、きらびやかな装飾が国の繁栄を示していた。

 玉座から10メートル離れ片膝をつくのが、勇者の末裔とされるティビス=ウィルソンである。

「冥府より邪悪なる龍の化身、大魔王スィルダールが復活し、我が国の姫をさらって人間界を恐怖のどん底に叩き落しておる。これを止められるは勇者の末裔であるそなたを置いて他はない。これより急ぎ旅の準備をし、見事スィルダールを征伐してくるのだ!」

 王は続けた。

「討伐の暁には、姫をそなたに嫁がせようぞ。さらに、そなたには軍資金として50円を授けよう。旅の準備に使うがよい! ……ああ、冒険に出るのに無手で送り出すのは忍びない。そなたにはプラスチックバットを進呈するぞ! 存分に戦ってくるがよい!」

 王が玉座に深々と座り直すのを見上げる勇者の目はしかし、どこか不安そうだ。王はそれを察し、深くうなずきながら言った。

「分かるぞ。しかしその不安はそのまま世界の民の不安でもある。そのすべてを受け止め、それでも一歩を踏み出すそなたの勇気をまず称えよう。さぁ、そなたの心強い仲間たちは酒場におる。彼らと意気投合をし、立派に偉業を成し遂げてほしい。健闘を祈るぞ」

「あの……」

「ん……? まだ足りぬモノはあるか?」

「あの……僕……」

 ティビスはあどけない顔を上げた。

「10歳なんですけど」

 兵士も近侍も、一斉にざわついた。皆、王を前にして誰も口にできなかったことを、この少年は今、平然と口にしたのだ。

「118センチしかなくて、ゆうえんちでも、ゴーカートのペダルに足が届かないんですけど……普通に考えて、魔王退治とか無理だとは思いませんか?」

「もともと、旅立つ勇者は少年と決まっている。選ばれし者である自覚を持つのだ」

 昭和では主人公が小学生というのも常識のラインだ。実際、オッサンの勇者が王に呼ばれて魔王を倒しに行くなど聞いたことがない。勇者の無垢で無鉄砲な勇気こそ、絵になる成長物語のプロローグとなるのである。

 しかし、令和の少年はにべもない。

「無理です」

「無理無理言うな! 不可能を可能にしようとする心こそ、奇跡を呼ぶのだ!」

「そんな、昭和的な考えを持ち込まれても……」

 ティビスは冷めた目で王を見据えた。目上にも物怖じしない部分は今どきの子供らしい。

「そもそも僕って、酒場に入れますか?」

 王が近侍の方をちらりと向くと、近侍はすぐに耳元に寄った。

「酒場というのは子供は入れぬのか」

「はっ……未成年の飲酒が法で禁止されておりますが故」

「そんな法は撤廃せよ」

「はっ! しかし令和の今、そんなことをしたらコンプライアンス的にも大問題になります。SNSも黙っておりませぬ」

「王に逆らえるはずがない」

 ……しかし近侍の表情は渋いままだ。王は仕方なく、兵の一人を呼んだ。

「勇者と共に旅をする者を酒場で探してまいれ」

 兵は恭しく頭を下げ、三歩さがって振り返り、謁見の間を後にする。勇者はそれを当然であるかのように見送ると、再び王の方へと振り向いて続けた。

「それと、お姫様は何歳ですか?」

「今年40になるが」

「冷静に考えて、結婚とかおかしくないですか……?」

 すると、王は眉を顰める。

「一国の王女なのだぞ? 不服か」

「まず、僕は10歳です」

 王が近侍の方をちらりと向くと、近侍は再び耳元に寄った。

「10歳は結婚できぬのか」

「はっ! 未成年の結婚は法で禁止されておりますが故」

「そんな法は撤廃せよ」

「撤廃したとて、姫と勇者は30歳差ですぞ。なんならこの方の母親よりも年上かもしれませぬ」

「母親代わりになっていいではないか」

「姫の方が自分の子と結婚するようなものです!!」

「あのぅ……いいですか?」

 ティビスがしびれを切らして口をはさむ。

「ちなみに、姫はどの辺にいる、とか分かりますか?」

 王は再び眉を顰め、不機嫌そうな声を上げた。

「それを探すのが勇者の役割だろうが」

「そんな不親切設計じゃ、今どき誰も冒険になんか出ませんよ?」

「は……?」

「主人公様が冒険しやすいように、こまごまと配慮してあるのが今どきのRPGというものです」

「配慮?」

「例えば、チュートリアルと、次どこに行くかの矢印とオートマッピング、ストーリースキップは今どき常識ですよ? あとオートセーブですかね」

「そんなもの、あるわけないだろう!!」

「あとはフィールドに動く歩道を設置しておくとか、紫外線にやられないように屋根を作っておくとか、一時間ごとに一服できるように休憩ポイントを設けておくとか、それくらいはしておいてもらわないと」

「冒険をナメておるのか!」

 ナメてるんじゃない。今どき、主人公に寄り添わない冒険など、誰も見向きもしないのは事実だ。だから少年は、悪びれもせずに言った。

「ストーリーなんて分からなくたって、自動で目的の場所にたどり着くことができるが今どきのスタイルです。姫がどこにいるか分からないなんて、不親切すぎて誰も探しに行きませんて」

「な……なんというぬるま湯……」

 いきなりフィールドに放り出され、なんなら目的すらよく分からないまま始まる物語。すべての住人に話を聞かないと、真剣に次に何をしたらいいのか分からない。3Dダンジョンともなると方眼紙を用意するか自分で枠を書いて地図を書いていかないと本格的に迷う。ヒントもなしの即死トラップ。極めつけは『セーブデータが飛ぶ』……。

「それが冒険の常識ではないのか!!」

 それでも、それら理不尽極まりない仕様に耐えて、殴られても殴られてもめげずに困難を掻き分けながら、クリアを目指したものだった。

 しかし少年はそれを鼻で笑う。

「そんなクソゲー、誰がやるんですか。冒険は楽しむためにやるんですよ? なんで忙しい日々に疲れた余暇で、また苦しまなきゃいけないんですか」

 王は再び歯噛みをし、手を二度叩く。天井から忍者が落ちてきた。

「至急、姫がどこにいるか調べよ!」

「はっ!」

 そして天井へと飛び立つ。高い天井まで一息で飛び、屋根裏に消えた彼を見て、ティビスが呟いた。

「あのぉ……」

「なんだ、まだあるのか!」

 明らかに苛立っている王の声が尖る。が、勇者は物怖じしない。

「今のあの人の方が、絶対僕より強くないですか……?」

「……」

 分かってる。どう考えても強い。今の忍者は王を陰で支える万能の徒だ。軍隊の中から選りすぐったエリート中のエリートである。

「なんで、僕に魔王討伐を任せるんですか?」

「そ……それは、そなたが勇者の血を引く者だからだ」

「でも僕、……レベル1ですよ? なんなら、ステータスの〝ちから〟とか、8しかないですよ?」

 999がマックスのステータスだから、割合にすると世界一の力持ちにの1%にも満たないことになる。

「この前なんて、暴走した扇風機と格闘して負けました。……魔王に勝てますかね……?」

「なぜ今まで勇者としての鍛錬を積んでこなかったのだ!」

「いやぁ、僕はやればできる子ですから、ホントに必要になった時にやればいいかなって思って」

「間に合っとらんではないか!!」

「王様が10歳なんかで呼び出すからですよ。常識的に見て、いくらなんでも早すぎるでしょう?」

「ぐぬぬぬぬ……」

 今どきの子供は口が達者だ。おそらく昭和の頃とはインプットされる情報量が違うのだろう。

「と、とにかく……それは研鑽を積んでレベルを上げてゆくのだ。それこそが冒険の醍醐味といえるのではないか」

「そんな悠長なことをする前に、始めから強い人が行ったほうが効率がいいと思うんですけど」

「……よいか勇者。ここは正論を述べる場所ではないのだ。男にはロマンというものが存在する」

 例えるなら、空を駆けるひとすじの流れ星のように、孤独に消えていくとて一瞬でも光り輝く……それこそが、男子たる者の生き方ではないのか。

「勇者として選ばれた少年が仲間と力を合わせて困難に立ち向かい、大業を成し遂げるという部分にこそ、ロマンがあるのではないか」

「王様、ロマンじゃ飯は食えません」

「……」

「それと、男には……とか言うと、ジェンダー問題で叩かれますよ」

「たわけ! 男には男の役割というものがあるのだ!」

「だいたい、ですね。なんで軍隊が出動しないのですか? どう考えたって僕一人とか仲間合わせて四人とかより、一万の軍勢とかの方が強いですよね」

 ……王は唸る。最近の子供はどういうところからこういう言葉をインプットしてくるのか……。

「あの……それと……僕が旅に出る間、ご飯はどうなりますか?」

「ご飯とな……?」

「王様。魔王は今から三時間後とかに倒せるわけではありません。そうなると僕は朝ご飯と昼ご飯と夕ご飯と昼寝が必要になります」

「10歳で昼寝するな!」

「寝る子は育つんです」

「育っとらんではないか!!」

 10歳で118センチは微妙に成長曲線に満たない。なんなら5歳6歳でもそれより高身長の子供もいるくらいだ。

「とにかく、そんな僕にも生活というものがあります。王様はまさか、食事の保障もせずに僕に魔王討伐を頼むんですか?」

 王が近侍の方をちらりと向くと、近侍は再び耳元に寄った。

「どう思うか」

「そもそも勇者が冒険中に食事を召すのを見たことがありませぬ」

「そうだろうそうだろう」

 側近の一言を聞いて力強く共感した王は、ティビスの方を向いた。

「RPGの勇者は寝ず食べずで旅をするものなのだ!!」

「んな無茶な!!」

 少なくとも昭和の勇者はそうだった。

「飯がなくとも子は育つ!」

「横暴すぎます!!」

 ティビスは不満そうな顔をしたが、「じゃあせめて……」と改めた。

「僕、かっこいい服で冒険したいんで、課金してくれませんか?」

「課金……?」

 聞きなれない言葉に、近侍が耳打ちする。

「まぁ、要するに服を買ってくれとのことです」

「冒険と関係があるのか?」

「ありません。見た目の問題です」

 王は激昂した。

「必要ない!!」

「今の世の中、見た目が大事なんですよ」

「外身よりも内側を磨け!」

「外見ダサいとモチベ上がりませんし……」

 ああ言えばこう言う。昔の勇者は何の文句も言わず、何の要求もせず、『魔王を倒せ』と言えば倒しに行ったものだが……。

 王が、のらりくらりとままならない少年を憎々しげに眺めていると、天井から再び忍者が落ちてきた。

「王。姫の居場所が分かりました」

 それで王の表情がパッと明るくなる。

「さすがはサスケ。立派な昭和の忍びだな!」

「それは当てつけですか王様」

「フン……」

 令和勇者のつぶやきに王は鼻を鳴らし、意識をサスケに向けた。

「……して、姫はどこに」

「まず、さらわれた姫は、魔王城へと向かいました」

「ふむ」

「しかし今は、別の場所に囚われているようです」

「うむ。魔王城とは全く別の地下牢に幽閉されていることはRPGあるあるだな」

「っていうか、姫を人質にして、魔王は何を要求しているんですか?」

「え……?」

 ティビスの問いかけに、場が固まる。

「人質に取ったということは、何かを要求してるんですよね? 初めは、姫の命と引き換えに世界をよこせという要求なのかなって思ったんですけど、考えてみれば、この世界にはこの国以外にも国があるわけで、40歳のオバサンをさらう理由がよく分からないんですよね」

「オバサン言うな!」

「いや、僕からしたら20歳ですでにオバサンですし……」

 まぁ、10歳の感覚ではそうだ。

「で、そういうことなんですか? 姫と引き換えに世界を要求してるのですか?」

「いや……」

「え……?」

 今の話は何だったんだといった表情を浮かべるティビス。王は苦しげに行った。

「要求は……特に……ない」

「え、じゃあなんでさらったんですか……!?」

「知るか! 大方、姫を嫁にしようとでも思ったのだろう!?」

「40歳のオバサンを、ですか?」

「40でも美人なのだぞ!?」

「しかも、魔王は龍、なんですよね……? 人間の女の人を嫁にしたいとか思うんでしょうか」

「うるさい! 昭和といえば、龍でも亀でもゴリラでも、とりあえず姫を嫁にしたがったものなのだ!」

 とにかくやたらさらわれる。嫁にしたくなくてもさらう。別に姫を汚すでも利用するでも餓死させるわけでもなく、とにかくさらうのが世の常だった。冒険の目的といえば姫奪還、コレ一択といってもいい程だった。

「あの……そろそろ続きをよろしいですか。話は終わっておらぬのですが……」

 蚊帳の外でサスケが遠慮深げにかしこまっている。王は助け舟を出された子羊のような顔をして、再び彼の方に向き直った。

「そうそう、その通りだ。つい口車に乗せられてしまったわい。……報告を続けよ」

 サスケは『さらわれた姫は魔王城に向かったが、今は別の場所に囚われている』という旨を言い直すと、

「その別の場所というのが、少々不可解なのですが……」

「ふむ……」

「網走です」

「刑務所ではないか!!」

「はい、その通り。囚われてるのは囚われてるのですが、囚われてるのは人間の刑務所です」

「どうしてそういうことになっとるのだ」

「どうも魔王城で姫が犯罪を犯したようで、通報を受け警察が踏み込んで逮捕に至ったとのこと」

「人間の警察が踏み込んだのか!?」

「どうも、魔王軍には警察組織というものが存在しないらしく、やむを得ず110番……ということのようです」

「人間が踏み込めているではないか!!」

「はっ! しかし結果、網走ですから、警察は正規の手続きを負い、姫をブタ箱に押し込めたようですな」

「けしからん! 罪状はなんだ!!」

「わいせつ物陳列罪」

「……」

 言葉を失う王。もはやどこからツッコんだらいいか分からなすぎてめまいがする。

「王様、わいせつ物って何ですか?」

「子供は知らんでいい!!」

 しかしかろうじて王は持ち直し、勇者に言った。

「とにかく! 姫は網走にいるということが判明した! 勇者よ! 頼んだぞ!!」

 その時、謁見の間の開け放たれた扉の向こうに、兵が一人姿を現した。彼はティビスのさらに向こうで片膝をつき、

「ユーダンの酒場にて、勇者殿の仲間を募ってまいりました。お通しいたしましてもよろしいでしょうか」

「おお、ご苦労だったな」

 兵の合図でゆっくりと歩を進めたのは、みるからに屈強そうで、不敵な表情を浮かべた男たちであった。彼は向かって左……重厚そうな金属であしらわれた白いプレートメールを身に着けた男を指し示し、

「まずは聖騎士であらせられるゼルヴァン=リックフォード様でございます。剣技も一流であることは言うまでもございませんが、神聖魔法の使い手として、補助魔法、回復魔法にも精通しておられます」

「勇者リューガの末裔殿とお会いできる機会があろうとは、光栄です。必ずやあなたをお支えし、存分な働きをしてみせましょう」

 見た目にも清潔感あふれる好青年が慇懃な騎士の礼をしてみせると、それだけで謁見の間が聖なる力に洗われてゆくようだった。兵は彼に恭しく頭を下げてから中央の男に視線を移す。

「続きましてはインドの山奥で修練を重ね、一撃で大木もへし折る無手の技を身に着けた武闘家デイビット=メイガス様です」

「インド、とな?」

「はい。この世界にインドという地名はございませんが、記憶ではドラクエⅡの説明書だか解説書だかのベホマの説明文にもインドで修練した僧の話が出てきましたのでそういうものなのだと思います」

 紹介を受けるとデイビットはひゅっと拳を突き出した。何気なく突き出しただけなのに風を切る音がする。

「この拳に打ち砕けねぇものはねぇ! 魔王もぶっ飛ばして俺が最強であることを証明してやるぜぇ!」

 筋骨隆々の大男であり、確かにあんな拳で殴られたら鋼でもひしゃげてしまいそうだ。「網走はあるのにインドはないんですね……」という勇者のツイートを大人たちは完全に無視し、兵は最後に、右の老人を示した。

「聞いて驚くなかれ。ガルフォード魔法大学黒魔術部の名誉教授であらせられるグレニッジ=バートン教授が名乗りを上げてくれました。直接攻撃魔法はもちろん、召喚魔法や呪術系魔法もお手の物です」

「ふぉっふぉっふぉ。50,80喜んで。本当の人生は65からよ。老いたりとはいえまだまだ現役。魔王退治を通じてそれを証明してみせようぞ」

「……以上三名、勇者様を支え旅をする覚悟を決めてくれました。彼らはもちろん心強い戦力にもなりえますが、勇者様も彼らに囲まれ、戦いのノウハウを学んでいけば、必ずや魔王を倒す礎を築けることでしょう」

 王は三名の猛者に目をやった。

「そなたらはすでに盤石な生活基盤を築いているのではないのか? 今、それぞれに地位を捨て、幼い勇者と共に旅することを決めてくれた理由は何か?」

「そんなもんは決まってますよ。人は挑戦をやめた時、年老いていくんです。俺の力が魔王にも通用するのか試してやりたくて!」

 力強く拳を握る武闘家デイビットの隣りで、聖騎士ゼルヴァンは静かに目を閉じた。

「もちろん、正義のため」

 その隣でグレニッジ教授は指で顎をしごきながら言う。

「世界が沈まんとしているまさにその前夜、老いぼれの命がそれを食い止めることができると思えば、童心に返ったようにわくわくしますわい」

「うむ。それでこそ昭和の武人たちだ!!」

 王は感無量そうに、玉座の背もたれに身体を預ける。

「勇者よ。これで完全に憂いはなくなったな!」

「はい。僕でも分かるくらい、すごい布陣だと思います」

「そうだろうそうだろう。さぁ、ゆくがよい。新たな伝説を作り上げるのだ!」

「……で」

 勇者は、三人を値踏みするように一瞥して、尋ねた。

「皆さんはいつ女体化するんですか?」

「は……?」

 という顔を、すべての者がした。ティビスだけが無垢な表情を浮かべ、周囲の空気を不思議そうに窺う。

「え……なんでみんなしてそんな……鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしてるんですか?」

「女体化って……?」

「女体化っていうのは、きれいな女の人になることですよ。今どき、旅の仲間がむさい男なわけがないでしょう? 織田信長も石川五右衛門もぶりっぶりな女の子の時代に、まさかその恰好のまま、街やフィールドを歩くつもりですか? 恥ずかしくないですか?」

「アホか! ぶりっぶりな女などにこんな芸当ができると思うのか!?」

 武闘家デイビットはまた、素早く拳を突き出した。そして同じ速度で手元に引くと、少年に手の甲を見せた。

「おお……」

 むしろそれに驚いたのはグレニッジ教授であった。

 なんと、拳の辺りで、……蚊だろうか……虫が潰れていたのだ。

「……並みの加速ではない……」

 普通、表面積の小さな拳がどんなに速くても、軽い虫はその拳が作り出す空気の流れによって吹き飛んでしまい、潰すことはできない。その空気抵抗を無視して蚊を潰すために必要な速度は達人の域でも作り出すことはできず、彼が何気なく行ったパフォーマンスは、地味だが人智を超えた業であった。

 しかし、ティビスはやれやれと両手を広げて言葉を返す。

「今どきのファンタジーで、男の人ができることで女の人にできないことなんてないです。ジェンダーフリーな時代ですからね。能力に差をつけると途端に方々からクレームが来ますから」

「そうだとしても俺は男だ! 俺ほどの実力の女はなかなかおらんぞ!」

「いや、だから、あなたを連れていくのは、やぶさかでもないんですが……きれいな女の人じゃないと、僕の……っていうかプレイヤーのモチベーションが上がらないじゃないですか」

「何の話をしてる!!」

「そういう時代なんです。今からでもいいんで、女体化する方法を見つけて出直してもらってもいいですか?」

「なにを言っておるのだ!!」

 王はついにガンギレする。

「これほどの権威たちが義憤に駆られて魔王を倒すために手を貸そうというのに、そなたには感謝というものはないのか!」

「しかしですね。今の時代はトレンドに乗ることこそが正義なんですよ。今のファンタジーのトレンドは男1に対して女が10なんですよね。そうでなければ注目されない」

「トレンドで正義を語るものではない!」

「そうはいいますが、例えば小説家になろうでもカクヨムでも、トレンドに乗れない作品は、気づかれもしないじゃないですか。今時代、人の支持を得なければ魔王退治も無意味なんですよ」

「……」

 王、開いた口が塞がらない。

「たぶん、屈強の戦士たちより、強くなくてもかわいらしいのが面白おかしく冒険した方が、みんなの注目を集めると思うんですよね」

「そなた……考え方が根本からおかしくないか……?」

 まぁ、昭和の人たちはそう思ったりもする。が、令和には令和の正義がある。ただ、ティビスはその正義を語るよりも、王の言葉を潰しにかかった。

「人格否定ですか? 昭和の人たちってそうやって価値観強要するから老害だって言われるんですよ」

 王はもはや何も言えない。どんな言葉でも、それをのらりくらりとかわして無効化できる術を身に着けたネット時代の30年である。怒鳴ればパワハラ。……何か見えない力に守られ過ぎていて手が出せない。

 結局王は三人の精鋭を下がらせ、ゼイゼイと胸にも落ちない息を喉から吐き出した。

「分かった。では、好きなメンバーを、好きな場所から募ってゆくがよい」

 が、絞り出すようなその声にも、ティビスはにべもない。

「戦争になったら逃げだすって言ってるのが7割、無回答が2割を占めるこの国で戦いたい女の人なんて、今日びいるかなぁ……」

「しかし! そなたが魔王征伐の旅に出てくれんことには困るのだ!」

 腐っても勇者の末裔である。勇者が魔王を倒しに行くのはロマンでもあるが、精霊や妖精、祠の賢者など、やたら勇者という肩書がないと協力しない厄介な者達が横行する中で、彼らを利用できないとなるとコストのかかり方が半端ない。この少年を動かすのがもっとも効率的な方法でもあるのだ。

「ともあれ、頼むぞ勇者! 良い知らせを心待ちにしておる!」

「いやー、やっぱり無理ですね」

「いいからゆけ!」

「やっぱりねぇ……暴力はよくない。たとえ相手が暴力を振っても、暴力で返さないのがスマートなやり方だと思います」

「眠たいことを言うな! 勧善懲悪! 悪即斬!」

「自分たちだけが正しいと思うことこそ価値観の強要ですよ。グローバリズムに伴って、調和を図らなければなりません」

「魔王がいたら倒したいとか、そういう功名心はないのか!!」

「あんま、出世欲とかないんですよねぇ。趣味に生きたいんで……」

「……」


 ……この、ロマンのない世代を、どのようにしたら焚きつけられるのか……。王には、答えが見つけられない。

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