052宇宙人のくれた大発明
四題
才能を貰った、40万突破、猫、未知の技術
「ふぉっふぉっふぉっふぉ……」
のっけからイロモノのストーリーであることがバレる笑い声をあげる、白髪の老人がいる。
「遂に完成したぞ!」
ここは〝イロハニ研究所〟の一室。室内には化学研究所にあるような器具が多々並べられ雑然としている。
何かの薬品の匂いがするその部屋で、白衣を着た助手の二人は振り返り、
「イロハニ博士。なにが完成したのですか?」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。アサキ君。なんだと思うかね……?」
アサキと呼ばれた女子は、困った顔をして首を振った。
「博士の発明はいつも想像を超えていますから……」
なにせ『空飛ぶホウキ』を作った男だ。『どこへでもゲート』という扉も作った。くだらなすぎて、よく研究で生きながらえているものだと言わざるを得ない。
「ユメミシ、お主、何かよからぬことを考えておらぬか?」
「いえ、そんなことはありません!」
ユメミシという男も若い。助手二人、二十そこそこだろう。
ちなみに、『空飛ぶホウキ』は、やり投げの要領で投げると一定時間空を飛ぶというものだ。空力を考えているから多少遠くまで飛ぶが、もちろん人などが乗れる代物ではない。ホウキを投げているだけなのだから。
「で、今度はどんな発明を……?」
声が異様にアニメ声なアサキが尋ねる。イロハニは上機嫌だ。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。ワシが先日、宇宙と交信していたことは知っておろう?」
「あのうさ耳のヘッドセットつけてブツブツ呟いてたやつっすか?」
ユメミシは苦笑。アサキは目を見開いた。
「あれ、宇宙との交信だったんですか!?」
「左様。あれは千三百五光年向こうに生息しているクパピポ星人との交信じゃった」
「そんな遠くの宇宙人なのに、話が通じたんすか?」
「なんと、クパピポ星人の言葉は地球のものと酷似しておったのじゃ」
「ええ!? 日本語だったんですか!?」
「いや、スワヒリ語じゃ」
「ス、スワヒリ語……?」
「……それ、クパピポ星じゃなくて、普通にタンザニアの人と話したんじゃ……」
「たわけ! 地球人ならだれもが知ってる〝うまえもん〟を知らなかったんじゃぞ!?」
「うまえもんって、あの、うまい棒のドラえもんですか……?」
「うまい棒ってタンザニアにもあるのかな……」
「そんなものはタンザニア人に聞きたまえ。それにタスマニアデビルも知らなかったからな。クパピポ星人で間違いない」
「じゃあウチの姪っ子もクパピポ星人ですね……」
「たわけ! お主の姪はただ無知なだけじゃ!」
「それで……クパピポ星人とやらと話して、なにか得られるものはあったんすか?」
議論が不毛なのでユメミシが話を進めようとすると、イロハニの機嫌は一瞬で直った。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ! それが新たな発明よ!」
「ウチの姪っ子から発想を得た新たな発明!?」
「だから姪じゃねっつーの!!」
イロハニはコロコロと表情を変えながら、机の下から黒い何かを取り出した。
「な、なんですか? これ……」
見た目は、猫だ。十五センチくらいの猫が座っている。木製の置物である。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。キミたちはこれから、奇跡を見ることになるじゃろう」
「奇跡……」
この猫が何をしてくれるというのか。ユメミシは怪訝な表情を浮かべた。
「『どこへでもゲート』よりはすごいものっすか?」
「当たり前じゃ。……というより『どこへでもゲート』がすごくないと思われるのは心外じゃが」
「だって……」
どんなシロモノかと言えば、極端に軽い素材で、女性一人でも持ち運べる枠付きの扉であり、〝どこへでも持ち運べる扉〟だから、『どこへでもゲート』という。
「アレよりすごいものと言われても、大したものは期待できねぇし……」
「ユメミシ! ホンネがダダ洩れすぎ!!」
アサキが慌ててユメミシの口をふさいだ。イロハニが鼻を鳴らす。
「ワシはクパピポ星人から類まれなる才能を貰ったのだ。今から起きる奇跡は人智を超えているというのに、お主たちときたら……」
アサキは自分がユメミシと同じ目で見られていることに焦った。すぐにとりなすように声を上げる。
「クパピポ星人というのは未知の技術を持っているということですか……?」
「左様。青いリトマス紙を塩酸につければ赤くなるとか、そんな些細な奇跡ではない」
「それはすごいっ!!」
「それを奇跡というなら今から起こる奇跡が期待できねぇ……」
「ユメミシ! 嘘でもすごいって言っておきなさいっ!」
「お前も嘘だって思ってるってことじゃねぇか……」
「ふん、たわけどもめ……吠え面かくなよ?」
イロハニは猫の置物をテーブルに置くと、
「まずはこの猫じゃが……」
座っている黒猫の置物。まぁかわいいと言えなくもない。
「この猫は、関係ない」
「なにーーーーーー!?」
助手二人の声がハモる。彼は気にせず続けた。
「様々な分野でクパピポ星人の技術は地球のそれを凌駕しているが、まずワシが注目したのが、彼らによる、エネルギーの転送技術だった」
「エネルギー……というと?」
ユメミシの質問に、博士は口角を上げる。
「エネルギーとは、モノが変化を生じる時に必要な力全般を指す」
温めた冷やした、動いた止めた、増えた減った……すべて何らかのエネルギーが働いている。
「それは分かってます。転送できるエネルギーってなんだろうってことっす」
送電線で電気を送れば、それはエネルギーの転送に当たる。しかしそのような技術であれば、地球で当たり前に使われているのだから、わざわざ話題に出すこともないわけで……。
二人の注目の集まる中、老人は学者らしい顔をしてみせた。
「ワシの理解の及ぶ限り、その技術をもってすれば、ほとんどすべてのエネルギーを転送することができるようじゃ。熱もそう、電気もそう、化学エネルギーもそうじゃし、核エネルギーですらも転送できる。……例えば、先日彼らと話すことができたのは、ワシの通信機が優れているのもあるが、彼らの、電波を凝縮して転送させる技術が優れていたためじゃ」
確かに、現在の地球の技術では千三百五光年向こうまで電波を飛ばすことはできない。そういう技術をエネルギーの転送というのなら……
「それってつまり、エネルギーを遠く離れた場所に送り込める技術ということですか?」
「だけではない」
博士が言うには、一つところにエネルギーを転送させ、増幅させることもできるという。
「ターボみたいな仕組みっすかね?」
タービンで空気を作り出し、圧縮して濃度を高め、高エネルギーを得る仕組みだ。ユメミシの質問にイロハニはうなり、
「基本的にはそういうことだが、彼らのすごいところは、物理的につながっていないところからもエネルギーを収集できるところでな」
「どういうことでしょうか」
アサキが問う。老人の目がそちらに向いた。
「つまり、我らは今、月とはパイプでつながっているわけではないな?」
「はい」
「にもかかわらず、月が放出しているエネルギーを収集し、エネルギーに変えることができる……と言えばわかるかな?」
理解が徐々に追いついてくると、ユメミシの表情は怪訝に彩られた。
「そんなことできるんすか……?」
「そんなことができるからすごいのだよ」
「だって、それって例えば俺が今、百メートル先にあるコンビニのポテチを収集したいと思ったら、手元に来るって言ってるようなもんすよね」
「……収集できるのは、〝エネルギー〟であって〝ポテチ〟ではない」
「いやまぁ、そうっすけど……」
しかし、原理としてはそういうことだ。外部にあるエネルギーを強制的に収集することができるということは、エネルギー泥棒の真似ができるということだ。何もないところに風や火を呼び込んだりもできるし、電気ガスは使い放題ということになる。
その上で、アサキはもっと暴力的な発想をし、青ざめた。
「でも博士。エネルギーを転送することもできるっていうことは……」
それに対して、イロハニは愉快そうに鼻を鳴らす。
「さすがはアサキ君だな。……その通り、すると、何が起こりえる……?」
アサキは唇をかみしめ、言った。
「つまり……どこにでも爆発を起こせる……」
「いきなり物騒なところから行ったが、左様じゃ。軍事利用するならば、どのような迎撃ミサイルも意味を成さない槍となりえる」
爆発の際に生じるエネルギーを、好きな場所に転送できるのだ。逆に、ドローンやミサイルなどのエネルギーを奪ってしまえば撃ち落とすまでもなく無力化できることにもなろう。
「ヤバいじゃないすか……」
「しかも博士は、『そのエネルギーは外部から勝手に収集が可能』って言いましたよね……?」
それはつまり、一個人が破壊に必要なエネルギーを集め、それを転送し、対象を壊滅に追い込むことができることを意味している。大掛かりな設備も何も必要ない。どのようなテロも思いのままということになる。
「博士は……その方法を手に入れたということですか……?」
「左様」
彼の目が怪しく光る。
「地球のあらゆる機密情報と引き換えにな!」
「なにーーーーーー!!」
「めっちゃ売国奴じゃありませんか!!」
「まぁ、言うて千三百五光年離れておる。彼らが転送できるのはエネルギーであって個体ではないからな。地球のあらゆる情報を知ったとて、侵略ができることもない」
「それで……それができる何かを発明をした……と」
「半分合ってて半分違う」
「へ……?」
理解が追いつかず、振り回される二人を尻目に、イロハニは口角を上げた。
「実は、その方法自体は、ただの発想の転換だったのだ」
「発想の転換……?」
「つまり、考え方を変えるだけで、エネルギーの転送というのは、地球人の誰にでもできることだったのだ」
「ええーーーーーー!!」
その驚きは本物だ。この老人が言ったことが実行できるなら、地球人は今日から皆、地球を壊滅できる魔術師になれる。
「……ただし、考え方はそうでも、実際に転送できる量はごく微量であり、例えば先ほどアサキ君が例に挙げた爆発をとってみても、塵一つ動かす爆発力にもならん」
「意味ねぇーーー」
「ふぉっふぉっふぉっ。ユメミシ、お主がクパピポ星人と議論を交わして、その知識を得ても、そういう答えにしか辿り着かんかっただろうな!」
「博士は、違っていたと……?」アサキの問いに、
「ワシを誰と心得る。稀代の発明家。イロハニ博士とはワシのことよ!」
「それが、この猫っすか……?」
「いや、だから、猫は関係ないと言っとろうに」
「じゃあなんで出したんすか!!」
「大人の事情じゃよ!」
「大人の事情!?」
「聞かぬ方がいい」
意味深な含みを持たせたイロハニは続けた。
「ともあれじゃ。ワシは、その能力の効果を増幅させる装置を発明した!!」
アサキは目を丸くして息を飲んだ。増幅……先ほど想像したような効果を発揮できるなら、その装置が稼働した瞬間、この男は、人を、世界を自由に破壊する能力を得る……といって過言ではないのだ。
人の体内に過度の熱エネルギーを送り込めば、それだけで人は死ぬ。核融合のエネルギーをこの場に呼び出し、遠く離れた都市に転送すれば、都市は死滅する。
実際、その装置でどれほど能力が増幅されるかは分からないが、彼の説明通りの効果が得られるならば、世界はこの男に屈服せざるを得ない。
「あ……あの……博士……」
「なんだね? アサキ君」
「わ……私、博士のこと、ずっと天才だと思ってました。すっごくいつも尊敬してました……!」
「おいっ! 急に媚び売り始めんな!」
「馬鹿っ! 媚びじゃないわよ! 初めて博士に会った時からの私の本心!! ……あの、だから博士。わ、私は博士についていきます!」
「落ち着けよ! 〝空飛ぶホウキ〟のイロハニ博士だぜ!? 言うほど大したことになんてなるかよ!」
「お主が落ち着け、ユメミシ君!」
不敵に笑うイロハニ。
「先日、ガガンボ地区で、巨大な地震があったろう……?」
「まさか……」
アサキが息を飲む。だがイロハニは「フフ……」と静かに笑うのみだ。
「博士! 私は博士を馬鹿にしたことはありませんよね!? 私はもう、ずっとずっとイロハニ博士らぶりーです!! ……ブラボーイロハニ! ワンダフルイロハニ! おーそれーみーよーイロハニっっ!!」
「……アサキ君はワシに忠誠を誓うことの意味を理解しておるようじゃな」
「卑怯者め……」
腕なんて組んで忠誠をアピールしてるアサキのあざとさに、香ばしげな表情を浮かべるユメミシが問いただす。
「博士は、その技術を使って、何をしようとしてるんすか……?」
「よくぞ聞いてくれた」
助手の二人は目を見張る。この男が手に入れた能力は、如何様にも応用が利く。いわば、複数の悪魔の実を食したようなものなのだ。
この男が何を言い出すのか。もともと破天荒なのだから、世界征服とか言い出しかねないし、この男の性格を知っているアサキが無意識にこの男にしがみついたのは、ある意味で正しい判断とも言えた。
そんな女を従えて、イロハニは上機嫌で口を開く。
「この技術を我が物にしてから、どうしてもやりたいことがあったのだ。だがそれにはお主たちの協力がいる。……どうだ?」
「ど、どうだ? って……何をやるんですか……?」
「もちろん転送実験よ」
イロハニは手招きをして、二人を別室へと誘った。
「第二倉庫じゃ。ついてまいれ」
広い第二倉庫の壁面の一角に、見慣れない大掛かりな装置が設置されているのを二人は見た。
「これが……」
増幅装置なのだろうか。メインになる部分は、畳六畳分ほどの床面を挟むように両側から突き出る装置で仕切られていて、壁も含めた三面が基盤やら照射器具やらに囲まれている空間になっている。その外側には巨大なファンやラジエーターが置かれ、過酷な排熱処理が求められる装置であることを窺わせていた。
立ち並ぶタンクとLEDの青白い光に包まれたその装置はまるでSFの産物であり、ともすれば時空を超えて過去や未来に移動できそうな期待感まで与えてくれる。
イロハニは言った。
「先ほどアサキ君が示したように、エネルギーの転送は確かに破壊的な用途にも使えるだろう。……だがどうあろうか。そのような使用方法で人を支配して、人は幸せになっただろうか」
核抑止の考え方で、世界は自衛のために核開発を進めている。その競争は始まってしまえば不可逆であり、結果、世界は一度の暴走で全人類が壊滅する仕組みを手に入れてしまった。
「ワシが目指しているのはそのような不毛な利用法ではない。ワシがしたいのは、人智を超えた試みの成功であって破壊活動でも人心の制圧でもないのじゃ」
何度も同じことを訴える彼の心中に、化学者としての純粋さが見え、二人はやがて、静かにうなずいた。
「分かりました。協力します」
「私は博士のことを信じてました。私たちでよろしければ是非手伝わせてください」
「うむ。……ユメミシ、まずお主がこの装置の中心に立つのじゃ」
「ええ!? 俺っすか!?」
「……今協力すると言ったろうに……」
「いや、で、でも……」
「この増幅装置の操作方法を今から説明するのは困難じゃ。ワシ自身がインスピレーションを働かせねばならんしな。……だから今回は、お主が実験台となり、ワシが操作する」
「アサキは……?」
「ばかっ……!」
彼女は顔を赤くしてユメミシを睨んだ。手伝うとは言いつつも怖さの方が勝る。忘れていてもらえるならその方がよかったのに……。
「アサキ君にはエネルギー量の計測をしてもらう」
「あ……はい、わかりました!」
ホッと胸をなでおろすアサキを睨みつけるユメミシ。一体何をさせられるのか。不安げに、呟いた。
「……いったい何をやるんすか……?」
「説明しよう」
博士は装置の電源を入れた。いくつかの信号灯が活性化すると、なお助手の男は緊張した。
その照明がゆえに、薄暗いその倉庫に浮かび上がるイロハニの表情が、ほんの少しの狂気を匂わせる。
「まず、お主は昭和の漫画をどれほどに知っている?」
「へ……?」
「昭和のマンガじゃよ。『ドラゴンボール』とか『僕の地球を守って』とか『がきデカ』とか『臨機応変マン』とか……」
「ほとんどわかりません!!」
「その中に、『キン肉マン』という名作がある。牛丼の好きな超人が悪魔超人をなぎ倒していくプロレスストーリーじゃ」
「はぁ……」
話が見えないユメミシの表情。
「あの友情パワーに、子供たちは皆憧れたもんじゃて……」
「で、そのキン肉マンとこの実験に、何の関係があるんすか?」
「関係ない」
「なにーーーーーー!!」
「……というのは嘘で……」
「いいかげんにしろーーーー!!」
「落ち着け! タメ口になっておるぞ!」
「お前なんかタメ口で十分だ!!(ああ! スミマセン!)」
「ホンネと建前が逆になってるわよユメミシっ!!」
イロハニはしかし、大人の貫録を見せて苦笑いで済ますと、「まぁいい、本題に入ろう」と言った。そして続ける。
「そのキン肉マンという超人は、飛ぶことができたのだ」
「はぁ」
意図が見えず、口を半開きにして相槌を打つ二人。
「なにを媒介にして飛んでいたかを知っているか」
「……一応俺たち、平成後期生まれなんですが……」
「まぁ、そうじゃな……」
イロハニはうなずき、白くなっている髪をかき上げた。
「では教えてやろう。キン肉マンはな……屁で飛んだのだ!」
「なにーーーーーー!!」
アサキ、ユメミシ、二人の声が、またハモる。
「お、おならで飛んでたんですか!?」
「さすが昭和のギャグマンガ……」
「そ、それで……?」
アサキが釈然としない表情で続きを促すと、イロハニは「まだわからんのか」と呆れた。
「クパピポ星人からもらった発想はエネルギーの転送じゃ。そして、放屁は化学エネルギーと言える!」
「……」
二人の表情、凍り付く。
「つまり! 世界中の人の体内からガスを転送しここに集め、一挙に放出したら、キン肉マンの様に空が飛べるのではないかという実験なのじゃ!!」
「くだらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
全容が明らかになった瞬間、思わず二人の声はハモって叫んでいた。世界を破滅させる力をもって、やることは放屁である。
「くだらないことなどあるものか!! 昭和の子供たちはああやって空を飛ぶために、皆イモを食って屁を蓄えようとしたのだぞ!?」
「恐るべき昭和……」
「フフっ……他にも、誰もが一度は、かめはめ波を撃とうとしたものじゃ……」
「っていうか、そんなロマンなら、博士がやればいいじゃないっすか!!」
「だからぁ、装置の操作が複雑なんじゃと言っておろうに。まずお主で試す。異論はないな?」
「異論だらけだぁぁぁ!!」
しかしユメミシは、博士の発明である『身体、固定くん』という、身体を固定するという用途にしか使えないロボットに羽交い絞めにされてしまった。
「うむ、固定くんが役に立つ日が来たようだな」
灰色の円柱にハニワのような目と口の穴が開いていて、その左右にロボットアームのような腕がついているデザインで、人間の身体を固定する機能に関してだけ言えば無駄に高機能であり、一度捕まるとちょっとやそっとでは抜け出せない。
「こんな、用途が限定されてるもの作るなぁぁぁ!!」
「お主はドラえもんを前にしても、同じことが言えるのか……?」
そしてイロハニは、装置を複雑に動かし始めた。回るファンの速度が速くなり、機械が発する音の周波数が高まってゆく。
「よいか。今からお主の腹に入る放屁ガスは圧縮され、高エネルギーで放出される。その速度は時速50キロに達すると予測できる。その速度で、お主が1メートル上昇するために必要な推力は588ニュートン。そして、その高さで浮揚するためのエネルギーは4,083ジュールじゃ。……このエネルギーを生み出すのに必要な屁の量は秒間42,3キログラム。……つまり、お主を一秒間浮揚させるために、一般市民の体内から転送させなければならない量は35万2,500人分ということになる」
「死ぬわぁぁぁ!!」
「なぁに。例えば横浜市の現在の人口は約376万人だ。横浜市民の屁だけを集めても10秒は浮き上がれる計算となる」
「話が噛み合ってないだろぉぉぉぉ!!」
バタバタと抵抗するユメミシだが、羽交い絞めにしている『固定くん』が強すぎる。ビクともしない。
「心配するでない。42キロもの屁を腹に転送したら破裂するからな。常時送り込むから問題ない」
「じゃあ安心っすね。……って、そんなわけあるかぁぁぁ!!」
「まぁそういうわけだ。アサキ君。お主は計測を頼む」
「はいっ!」
「馬鹿! やめろ!!」
装置の駆動音が上昇してく。『固定くん』に拘束されたユメミシは、腹に違和感を覚えて、なお慌てた。
「おいっ! やめろぉぉ!!」
エネルギーは一度装置脇のタンクに蓄えられるようだ。そのタンクに繋がっている計器の数値をアサキの目が追っている。
「アサキ君、逐一状況を報告しなさい」
「はいっ! 現在蓄えられた推力は0.003ニュートンです! 10人分のおならが転送されました!」
「やーーーめーーーろぉぉぉぉ!!」
「ユメミシ諦めて! 偉大なる実験のためよ!!」
「お前がやれアサキ!!」
「私は、ほら……〝花も恥じらう乙女〟だから、おならなんて恥ずかしい……」
「その〝恥じらう〟はお前が恥ずかしいわけじゃねぇ~~!!」
アサキにとってはそんな国語のうんちくはどうでもいい。ヘタなことを言われて巻き添えを食わないよう、計器を凝視した。
「あ、博士! 100人分突破です!」
「うむ、二次関数的にエネルギーの蓄積速度は増えていくからな。必要なのは35万人分だろうが、多めに見積もって40万人分を集めよう」
「1000人突破しました!」
タンクにたまっていくガスを目視することはできないが、ユメミシにとってはアサキの読み上げが死刑宣告のようにも聞こえる。
「1万人突破です!」
イロハニが装置の操作に懸命になっている間、ユメミシは小声で鋭く突きさすように囁いた。
「アサキ助けろ! この際何でもおごってやるから!」
それに対して、やはりイロハニに聞こえない程度の小声で返すアサキ。
「ホント!? じゃあフェラーリがいい!」
「ふざけるなぁぁぁ!!!」
「じゃあ港が一望できる別荘!」
「お前! 他人の屁が自分の腹の中に入ってくる人間の気持ちを考えたことがあるか!?」
「はい、交渉決裂」
アサキは興を失ったように計器に目を戻し、
「そんなこと言ったら、他人のおならの匂いを嗅いじゃっても身体の中に入ってくるでしょ!? だから同じことなのっ!」
「……」
もはや新手のテロだ……トンデモ理論に絶望するユメミシ。その様を見ないようにして、どうあっても自分に火の粉が降りかからないようにしたいしたいアサキは、顔を上げてイロハニに届く声を上げた。
「博士! 10万人突破です!」
「うむ。楽しみだな」
「やめろぉぉぉ!! 尻が壊れるぅぅぅぅ!!」
心なしか、タンクの中がぐつぐつ煮えたぎっているようにすら感じる中を、ユメミシは必死でもがく。
「20万突破!」
「くそぉぉぉぉ!! アサキ! お前の靴の紐、お前が見てない間にきっつい硬結びにしてやるからな!!」
「八つ当たりはやめて! そんな靴履いちゃったら、お風呂に入れなくなるでしょ!? ……あっ! 30万突破!!」
ユメミシはうなだれた。もう不可逆だろう。『固定くん』に羽交い絞めにされたまま、体内に大量のメタンガスを送り込まれ、人類初の屁によるフライトを経験することになるのだろう。……おそるべし昭和漫画。……おそるべし昭和漫画を真に受けた昭和期の少年たち……。
「40万突破しました!!」
少年の目をした老人が、再び装置に複雑な操作を施す。
「よし! 『固定くん』パージ! ……転送するぞ!!」
枷の外れるユメミシは、ふらついたが何とか立っている。思わず走って逃げようかとした次の瞬間、腹に限りなく高密度の何かを感じ、括約筋に桁違いの圧迫感を感じた。
そして……その場にいた者たちは今……奇跡の目撃者となる……!!
ぶへぼーーーーーーー!!!
イロハニ研究室の第二倉庫で、宇宙ロケットの噴射とはずいぶん異質の、強烈な噴射音がした。
その力は圧倒的であり、一瞬、ユメミシの身体を上方向へと押し上げた。その強烈なエネルギーで彼の履いているズボンや下着が瞬時に粉砕され、あられもない姿でほんの一瞬……空に浮く。彼は下半身の解放感に悲鳴じみた絶叫を上げた。
……しかし、事態はそれだけでは済まなかった。
……奇妙なことに、その叫びが、同時に三つの場所で起きたのだ。
「ひゃぁぁ!!」
「うっひゃほほぉい!!」
アサキ、イロハニ、ユメミシ……それぞれの場所でそれぞれの身体が、同じ爆音を立てて一瞬跳ねた。ユメミシ同様、イロハニのズボンも吹き飛んだが、アサキの場合はスカートだったため、吹き飛んだのは下着だけで済む。
もっとも、浮かび上がった身体がうまく着地できず、尻もちをついた拍子にスカートが全開でまくれてしまっていた。彼女は下着の喪失感と、自分の太ももの付け根をさらしたことに慌て、すぐに両手で股間をかばう。
……そして訪れた沈黙……。見れば、男二人も尻もちをついている。イロハニは呆然としたまま、「おかしい……」と呟いた。
今の状況を分析すれば、ユメミシだけに転送されるはずの化学エネルギーが、三人共に分配されてしまった……と見るのが正しい。三分の一となったエネルギーでは、誰も浮揚状態を維持はできなかったようだが……。
「……何がまずかったのか……」
「いや皆さん。バチが当たりましたね」
「……どうでもいいですけど、二人とも、前を隠してもらえません……?」
粉砕された男たちの衣服から、アサキが見てはいけないものが覗いている。彼女は目をそらしたまま、それを促した。
「まぁ、なににせよ、じゃ」
イロハニはしかし、それどころではない。
「イレギュラーはあったが人体からのエネルギーの転送には成功したということじゃな!」
彼は股間をそのままに飛び上がるように立ち上がり、
「よし! 忙しくなるぞ! 今の実験データを検証し、より完成した放屁飛行を実現するのじゃ! ……いいな!? お主たち!!」
「もう嫌だーーーーー!!!」
二人の声がハモる。研究所は、今日も平和だった。




