051世界の縮図 ~今日も誰かが死んでいる~
四題
日雇い、プリン代、換金、配信
物価が高騰している。
パンデミック、戦争、為替安にかこつけて、便乗値上げが止まらない。
今なら何を値上げしても許されるとばかりに値上げの無法地帯と化している。
しわ寄せが来るのはいつも、末端の民たちだ。
あなたは口入屋に登録している。口入屋とは主に日雇い労働をする者へ仕事を斡旋する場所であり、数多くの人足を集めてはその日発生するモンスターに立ち向かわせ、その模様を配信している。
「ちーーす」
あなたはもう、くぐり慣れた口入屋の暖簾を掻きわけると、扉を引くなり軽快な挨拶をした。
口入屋の主マウドリッチはカウンターの向こうから小さく手をあげる。
「お前はいつも早いなぁ」
「早起きは三文の得っすからね。得したことないけど」
……で? とあなたは促した。今日の相手はいったい何なのかと。マウドリッチは表情一つ動かさず、「ワイバーン」と言った。
ワイバーンは翼竜と呼ばれるA級モンスターの一角で、ドラゴンとは似て非なるモンスターである。ドラゴンが四肢に翼がある六肢生物であるのに対して、ワイバーンは前足が翼となっている四肢生物なので、生物学的分類が違う。
ドラゴンは希少種だがワイバーンは普及種であり、その脅威も比べ物にならない。まぁ、ドラゴンの襲来が巨大隕石の落下だとすれば、ワイバーンの襲来などは超大型ハリケーンの通過くらいだろうか。
とはいえ、超大型ハリケーンだ。あなたは眉を顰め、「他、ないんすか?」と言った。
「いや、もちろんゴブリンとかハーピーとかあるんだがね。もはやこんな連中相手にいちいち報酬なんて支払えない」
世知辛い世の中である。ゴブリンやハーピーによる被害も深刻なのに、金にならないという理由で仕事にならない。最近は安い賃金で働かせられる外国人労働者の巣となっている。政府が外国人労働者を奨励するものだから、逆に地元の労働者達の首が締まっているわけだ。
「頼める?」
「まぁ、やるしかないっしょ」
日雇いなんて立場が弱い。結局あなたは、ワイバーンというリスクを冒しても仕事を引き受けるしかなかった。
あなたは馬車に乗せられ現場に向かう。馬車はぎゅうぎゅう詰めであるが、そのことに文句を言う者はいない。自分が生き残るためにも一人でも多い方がいい。ちなみに、誰もが誰もを自分の盾だと思っているので、逆にそのように思われていることに腹も立たない。
やがて馬車はワイバーンの襲撃を控えた荒れ地に到達した。ワイバーンを引き付けるため、撒き餌がされている。別の口入屋からも続々と馬車が到着し、荒れ地に放たれたのは総勢百名を超えていた。
あなたは慣れたふうに準備運動をしている。見回せばいつもの光景だ。
鎧兜を身に着けている者からローブを着ている者まで。いろいろいるが、大別すると魔法が使える者と使えない者に分かれる。魔法が使える者は杖やスティックを、使えない者のほとんどは帯剣をし、弓を携帯していた。彼らはそれぞれの人生経験を活かして、ワイバーンと対峙することになる。
それぞれ、言葉を交わすこともない。皆、何ができて何ができないのかとかを話し合えば戦略も立てられるかもしれないが、そんなことはしないのが日雇い労働者の常であった。そもそも国籍が違って言葉も通じない者も多い。職種によってはコミュニケートが図れないのは不都合だが、モンスター討伐などは騎馬戦や棒倒しみたいなものだ。頭数があれば言葉はいらない。
年齢も様々。たまにシルバー人材みたいなのもいるが、十代二十代の方が使えるかといえば、必ずしもそうとも限らなかった。
皆、東の空を見上げている。翼竜が東からくるという情報はすでに周知されている。水色の空に、青黒い影を探した。
「あ……あの……」
不意に、隣りの男があなたに話しかけてきた。
「もし、ワイバーンが現れなかったら、支払いってどうなるんですか?」
どうやらモンスター討伐は初めてらしい。今日死ぬかもしれないのにそんなことを知っていても栓がないんじゃないかとも思いつつ、そういう現実を知らないからこその質問だとも言えた。
実際、ゴブリンなど巣を攻撃できるケースでは、交戦しないということはあり得ない。しかし確かに、襲来型のモンスター退治は対象が撒き餌などに引っかからないことには交戦できない。
その場合、賃金の三割が支払われる仕組みとなってはいる。
なので、待ちぼうけを食ったからといって金にならないわけではなかった。しかし、そんなことに期待するなら、他の仕事をした方がまだ確実ともいえる。
背の低い雑草が生える岩場で視界は広い。襲来型モンスターをおびき寄せるために設けられている空間であり、火を吐く相手でもその火で二次災害を引き起こしにくいフィールドとなっていた。
やがて荒れ地にサイレンが鳴り響く。荒れ地の外周に設置されている仕組みであり、ワイバーンの襲来を知らせるものだ。
「来たぞ!!」
バラバラと波を打つように弓が中空を向く。その中にはあなたも含まれていて、まだ点にしか見えない翼竜の影に、ボウガンで照準をつけた。
目標はまだはるか遠い。しかしあなたは目標よりもやや上を狙い、そしてトリガーを引いた。
誰よりも先に放たれた初弾。うなりを上げるその矢じりが青白い光を放ち、初速よりもむしろ加速して目標に喰らいつく。
あなたは、魔法も使える狩人なのだ。
青い魔力痕を振り撒きながら上昇した矢じりは、見事ワイバーンの翼の根元を捉えた。周囲から歓声も上がらないのは、遠すぎて見えないからもあるが、そんな一撃が何ほどの効果もなかったことが、対象から見て取れるからに他ならない。
しかしその攻撃を皮切りに、魔法の使える日雇い労働者たちの魔法が次々と解放された。射程の長いマジックミサイルが青白い魔力痕を残しながら撃ち上がる。それはワイバーンに吸い込まれるように突き刺さっていったが、翼竜の勢いはまったく衰えない。動揺した若干名の腰が浮き、後ずさる。
もっとも、彼らに逃げる余地はなかった。ワイバーンの飛行速度は人間の逃走速度とは比べるべくもない。そのごつごつした青黒い姿が鮮明化するや否や、超低空飛行で通り過ぎる巨体が突風を引き起こし、足腰の弱い者たちをなぎ倒した。その際巨木のような尻尾が地面を擦り、巻き込まれたものが全身の骨を粉砕されて、木の葉の様に舞い上がる。
動けるものは蜘蛛の子を散らすように思い思いの方へ避け、距離を取った。バラバラと撃ち上がってた矢も、一団がバラけると命中せずに落ちてきた矢で同士討ちになるということで、多くのものが弓を下ろさなければならない。もっとも、一部の余裕のない者ががむしゃらに矢を放ち、流れ弾が逃げていた他の男の背中に命中している。
混乱はさらに広まっていったが、あなたを始めとしたベテランのモンスターハンターにとっては、この混乱も含め日常であった。魔法の心得のある者が翼竜の動線に乱気流を起こせば、風の力で飛ぶ怪物はぐらりと体勢を崩し、動きを鈍らせる。それを見たあなたのボウガンの矢が、ワイバーンの脇腹をえぐった。それに一瞬遅れて別の数名から放たれたいくつもの雷撃がその巨大な翼を焼きにかかったが、すでにワイバーンの身体ははるか上空へと飛翔している。
身を翻して空中浮揚の姿勢を作ったワイバーンから吐き出された炎の帯は、一瞬で地上を火の海に変えた。大地を切り裂くように一直線に走ったそれの通り道にいた十数名が、一瞬にして炭化する。ぶすぶすと肉の焦げる悪臭が地上に立ち込め、腰を抜かしていた者はなお恐怖した。
炎に対する守護方陣を張れる者もいたし、実際彼らはそれを行った。しかし各々の連携ができているわけではなく、それで助かったものは限られた。
日雇いの寄せ集めなどこんなものだ。どうすれば効率がいい……などあっても、コミュニケートを取る方がよほど億劫だと感じている。他人を慮る気などなく、ベテランになるほど、とにかく自分だけは生き残るという部分が徹底していた。
あなたもその一人で、ワイバーンのいる位置に回り込むようにして、死角死角へと移動していく。実はそのまま、戦わずに逃げていれば、ローリスクで討伐できる……と思いがちだが、百名いても七割は烏合の衆である。戦える者が戦わないと勝てるものも勝てないし、それでは金にならない。
あなたはボウガンの矢を魔法で加速させつつ、位置を変えて翼竜を狙った。派手な動きのできる戦士は空で己を加速して、得物である大剣を振って怪物に傷を負わせている。遠距離戦で一人肉薄されると同士討ちの恐れがあって迷惑なのだが、あれほどに逡巡なく突撃を行うのだから、流れ弾にも当たらない算段が付いているのだろう。
翼竜の方も四方八方から攻撃を受けていて的が絞れない。バタバタと翼をはためかせて旋回上昇をしては、猛禽の様に急降下して、巨大な足でターゲットをさらうと、再び上昇して高高度から落としたり、そのまま握りつぶしたりをしている。が、それらはあくまで捕まえやすい者が多く、厄介なベテランを減らしきれていない。
ワイバーンはそれに焦れたか、旋回して戻ってくると、首を右から左に振りながら火を吐いた。
「うわぁぁぁ!」
高速飛行の怪物が吐き出してさらに放射状に広がる超高速の火炎が、ちょっと走ったくらいで回避できるはずもなく、一帯にいた男たちを一瞬で飲み込んだ。その間、瞬間移動で、飛行するワイバーンのさらに上空に現れた魔法使いのエネルギー砲が巨大な背中を襲ったが、一瞬火柱が上がっただけでその飛行が乱れる気配がない。
所々で火のくすぶった荒れ地に転がる死体が、凄惨な光景を作り出している。死んだ者もそうだが、瀕死で、必死に助けを求めて蠢いている者の方がよほど惨たらしく、この世の地獄を思わせる。死傷者は参加者の四割に上った。
「ったく……」
あなたは走りながら、ボウガンのレティクルを覗いてため息をついた。
毎度のことながら酷いものだ。あなたに芽生える感情はしかし、もはや怒りでもない。
これが日雇い労働の現実なのだ。世の中にはブラック企業と言われている者が多々存在しているが、モンスターハントはそれとはまた違った絶望がある。
ブラック企業は辞めることもできず、長時間労働を強いられ、上司からの暴言に耐えて胃薬が手放せないという。そういう意味では日雇いは気楽なもののように思われがちだが、実際は日雇いなだけに生きるために仕事を休む余裕などなく、上司の代わりにモンスターからの暴力に傷薬が手放せない。そして手にする金から生活に必要な分を差し引くと、プリン代くらいしか残らない。
(それでも……テメェを倒さねぇとプリンも食えねぇんだよ……!)
レティクル越しに覗く怪物も、ある意味被害者だと思う。しかし仕方がないのだ。誰かが犠牲にならなければ生き残れない。世の中というのはいろいろな意味合いの違いはあれど、そういう構造になっている。
あなたは生き残るために、ボウガンのトリガーを引いた。あなたの放った矢が魔法の力を伴って、青い流星の尾を引きながら煙った戦場を駆ける。それが旋回したワイバーンを追尾して命中すると、翼の飛膜の部分で炸裂した。やや不安定になる翼竜の飛行。
「でかした!」
とは、誰も言わない。無言の戦場で、照準のつけやすくなったターゲットにいくつかの矢と魔法が叩きこまれた。その集中砲火は一瞬怪物を覆い隠すほどだったが、突き抜けて現れたそれに、表情の変化などはない。もともと爬虫類のようなものなので表情自体が存在しないのだが、もしその無表情がそのままの意味で、突き刺さる無数の矢じりも、さまざまな波長の起こした爆発や爆炎も全く効いていないとすると、もはや勝ち目がない。
(墜ちろ!)
旋回してくる翼竜を無数の攻撃が追う。先ほどよりも命中弾は増えたものの、やはり高速飛行をしている物体を捉えるのは困難で、とにかくその足を止めないことには話にならない。
青黒い竜は再び、耳まで裂けた口を開けた。勘のいい者はすでに回避運動に入っている。同じ方向に逃げず散れば、誰かは助かる。いや、自分が助かる可能性が出てくる。
地面をみたび炎の帯が襲った。空から地面を両断するかのようにまっすぐ縦に炎が落ちてくる。その高圧の熱にまた何人かが飲まれたが、動線にいた魔法使いが展開した守護方陣が一部の者を助けた。
ちなみに、こういう戦いの模様の多くは、動画配信サイトで配信されている。どういう仕組みなのかは分からないが、臨場感に溢れた画像が日雇い労働の元締めである口入屋のアカウントから発信されているのだ。
それが社会現象になるほどの人気で再生回数を伸ばし、口入屋達はその動画につくスポンサーの広告料だけでも莫大な収益を上げている。モンスターの襲来は意図的に操作されているのではないかと疑えるほどだ。
もちろんその収益が現場で戦う日雇い労働者たちに還元されることはない。自分たちは安全なところで高みの見物をしているだけなのに、はるかに金の回る仕組みを得ているその不条理。
まったく馬鹿馬鹿しい。だが実際はそれが社会である。現場の人間はその仕組みを手に入れることはできないし、真似しようとしても決して真似はできない。星のめぐりあわせか単に無能なだけか、命を懸けてその日を生き延びるしか、他に方法はないのが現実であった。
あなたは再びボウガンの照準を合わせた。このフィールドのどこかにカメラがある。ワイバーンより先にそのカメラをこそ破壊してやりたいが、故意にそんなことをすれば永遠に仕事を失うだろう。なんというか、一ミリ立ち位置が違うだけで金になるように感じるこの世界で、その一ミリが足りぬまま、あなたはその才能を命がけの戦場ですり減らすしかない。
放った矢が、再び青白い光を帯びた。それが生き残りの男たちをすり抜けて上昇し、先ほどとは逆の翼の飛膜に命中する。
その影響で……かは分からないが、ワイバーンはついに、地上に降り立った。苛立っているのが、獣の震える肩からも伝わってくる。
同じ土俵に立てたことは喜ばしいのだが、労働者達は決して歓喜の声は上げなかった。死が、より身近になったと言えるからだ。
火を噴いては高速で通り過ぎ、旋回して人間の群れの中心に飛び込んで圧殺と連れ去りを繰り返していた翼竜の攻撃は、それでも大味だった。
それが、地上に降りたということは、その化け物とドッグファイトをしなければならないということ。アリと象が戦うようなもので、その過程を経なければ勝てないことを知りながら、アリ達はこれから吹き荒れる途方もない攻撃力を前に、苦い顔をするしかない。地上に降り立ったにもかかわらず、見上げれば小山ほどもある巨大な影……。
それでも、ベテランの日雇い労働者ほど先に、弓から剣に持ち替えて大地を蹴った。自ら弾頭となった彼らに後衛からの援護魔法が飛び、彼らをより強靭に加速させる。あなたはボウガンのままだが、あなたの放つ矢のおかげで翼竜の意識が分散し、戦士たちの突撃を助けていた。
叩きこまれる攻撃魔法の数々がその間隙を縫って爆炎を上げているが、それをあざ笑うかのように、数倍の火力の炎が撒き散らされ、被害は拡大していく。
戦士たちは後ろにも回り込む。しかしそちらはそちらで巨大で長大な尾があり、これが独立して戦士たちの命を脅かした。その重さと勢いは、至近を通り過ぎるだけで人を数メートル吹き飛ばし、かすっただけで骨を粉砕し、直撃すれば死は免れない。時間当たりの死傷者は翼竜が飛んでいた頃に比べてもはるかに多く、死体になる者の変形の惨たらしさは、比べるべくもなかった。
被害の拡大はもちろん戦力のダウンにもつながるが、それだけではない。減れば減るほど、ターゲットになる可能性も増える。だから、こういう桁違いのモンスターと戦う時は、足手まといも必要なのだ。それをすべて盾にして、何とか生き残るしかないのだから。
ただ……数が減るほど、団結心も出てくるのも常だった。魔法使いにしても援護魔法がかけやすい。人が減るほどにターゲットが絞られ自分の首を絞めることになるから、皆必死で連携を始める。戦士は意図的に分散して意識を散らし、翼竜の意識の向いた方は逃げに徹し、逆が攻撃をするということを行った。
窮鼠が、猫に噛みついている。ならばこの人数から始めればいいのではないかと言われそうだがとんでもない。ワイバーンがここまで弱ったのは、烏合の衆がいてこそ、であった。
実際、ターゲットが減ってくると、怪物も一人一人を狙い始めた。そして無差別でない攻撃を集中されて、逃げられる者などいない。人間が一匹のアリを本気で狙えば、踏み潰せないはずがないのと同じであった。
ベテランと思われる労働者が一人、また一人と、いびつな姿で殺されていく様は、生き残りたちに絶望を与えてゆく。あなたも、今日が終わりの日かもしれないと思うしかない。
が……。
その思考すらすぐに消えていった。
(〝今日で終わり〟?)
そんなこと、むしろ毎日のように思っている。毎日のように思っているのに、一向に終わりが訪れない。ある意味で終わることすら諦めるしかない地獄を這いつくばって生き続けなければならない。人間というのは、死ぬ日までは死ねないのだ。
半ば自嘲の笑みを浮かべつつ、ボウガンを構えた。むしろ、ターゲットにされてしまった方が楽になれる。そんな思いで矢を放つ。
青白い魔力を放つ矢が足を止めた翼竜を捉えるのは容易ではある。しかし、その命中にどれほどの効果があるのかを、怪物の表情から測ることはできなかった。
何をしても無駄なのではないか……。
……攻撃がヒットした次の瞬間には誰かを踏み潰している獣をみて思う。
しかしそれでも、いつも誰かが立ち向かう。諦めても、何も得られないことを知っている。逃げても、死ねないことを知っている。背を向けたら、生きていけないことを、皆知っているのだ。
「うぉぁぁぁぁ!!」
人智を超えた跳躍力で空を駆けた男の大剣がワイバーンの胸を斬り裂く。翼竜はひるみもせずに長い首をもたげてその男に噛みつくと、そのまま噛み砕いて飲み込んだ。そのままほんの少し浮かび上がると、爆炎魔法の文を詠唱していた男を踏み潰す。それが、あなたのたった三メートル脇で行われた。
獣にとってはあなたもターゲットらしい。回転力の加わった巨大な尾があなたに襲い掛かる。あなたはその弾道を見極めて、死に物狂いで死角へと飛び込み何とか助かったが、生きているのはただの奇跡だった。
受け身をとりながらもボウガンを撃ち上げる。その一撃は足の付け根を正確に捉えたが、間髪を入れない二撃目があなたを襲った。あなたは受け身をとったすぐ後で膝をついている。動けない。走馬灯が脳内を駆け巡った。
しかしその時、轟音と共にワイバーンがたたらを踏み、あなたへ放った尾の一撃は勝手に軌道を変えた。別の魔法使いによる極大魔法がヒットしたらしい。極大魔法は詠唱に時間がかかる。よく、完成するまで生き残っていたものだが、すべてを捨ててそれに賭けた男の渾身の一撃であった。
おかげであなたはその場から抜け出した。それと入れ替わるように鈍器を持った戦士が突撃し、竜の硬い表皮を打ち砕きにかかる。
あなたは今、生き残りがどれだけいるかを一瞥した。もう本当に数えるほどしかいない。黒々と変形している死体が散らかる戦場に張り付いた生き残りは、その誰もが疲労していて、極限まで重いものを背負っているような顔をしている。あなたは思わず叫んだ。
「おいお前ら!!」
誰もが……その意外な叫び声に振り返る。
一瞬時が止まったようだった。
そしてあなたは続きを言い放った。
「これ終わったら、みんなで風俗行くぞ!!」
空気さえ、止まった。呆気にとられる一団。しかし、皆、小さく、小さく、顔を緩めた。
それは苦笑いであり、自嘲も混ざっている。それでも、今のあなたの言葉を場違いと糾弾する者はいない。あなたが一瞬、この場に見せた〝夢〟が、彼らの筋肉に、もう一撃分……動くための活力を与えたのだ。
あなた方はしがない日雇い労働者だ。明日誰がいなくなっても、世界は代わりを見つけて回っていく。このワイバーンを討伐しても誰にも褒められることはなく、逆に全滅して街に被害が及び始めれば、死を悼まれるどころか無能を罵られ、逆恨みすらされる存在でしかない。
それでも……あなた方は大地を蹴った。もともと誰のためでもない。自分のため、でもないかもしれない。
理屈では説明のしようもないモチベーションが彼らを奮い立たせている。戦士は繰り出される炎をかいくぐって、その巨大な腹に一撃を加えた。魔法が使える者は己の脳波が擦り切れるほどの魔力をかき集めて、雷光を迅らせた。そしてあなたは、意識が完全に地上に向いている怪物の裏をかいてはるか上空まで飛び上がり、ボウガンの照準をつけて首元にその一撃を放った。何度も、何度も、何度も……。
ワイバーンは突如、その巨大な翼を広げた。傷だらけの身体を開き、足で大地を蹴れば、身体がふわりと持ち上がり、再び空中へと浮かび上がる。
生き残りは固唾をのんでその様を見守った。火を吐くなら……と、魔術師は守護方陣の印を結び始める。降下してくるなら……と戦士は身構える。しかし、その誰もが、次の瞬間、目を見開いた。
ワイバーンは旋回をすると、ふらふらと頼りなく背を向けて、東の空へと飛び去ったのだ。
誰もが言葉も出ない。誰もが、身動きすら取れない。その様を見送って、誰もが呆然と立ち尽くす。
チロチロと火種を残しているその荒れ地に、空虚な静寂だけが残った。
あなた方数名の生き残りは、その後、それぞれの口入屋に戻り、報酬を受け取った。
倒さぬまでも、撃退ができればよかった。またいつ襲撃があるかは分からないが、その時はまた仕事を斡旋され、百名近い日雇い労働者が死地に向かうだけの話だ。
今回は複数の口入屋から労働者が派遣されており、報酬を受け取る場所もそれぞれ分かれていたが、金を受け取ったいずれも、風俗になど行かない。風俗に使えば、来月の支払いが怪しくなるのだ。
それでも……あなたの言葉は、戦場に力を与えた。その心理は、誰に理解されるものでもないかもしれない。しかし確かにあの時……誰もが、その言葉に力を得た。
そんなあなたも、薄い封筒を受け取って中身を確かめる。現金ですらない。
最近は企業の発行する仮想通貨で世界は回っている。もちろん銀行券も存在するが、仮想通貨で支払いが回るので、わざわざ換金することもない。
いずれにせよ、受け取ったその額。……あなたはその額の残酷さに鼻を鳴らし、物価高の世の中を見上げた。
「プリンでも買って帰るか……」
色々なものを差し引けば、今日の報酬など、本当にプリン代にしかならない。
それが……今の世の中の現実であった。




