048夢見る魔法学生たちのジレンマ
四題
灰、死の淵、極上の昼寝、戦え
シンシアは自分のくじ運の悪さを、これほどまでに恨んだことはない。
いや、今までも確かにひどいものだった。くじや懸賞で〝当たり〟を引いたことなど一度もないことなど序の口で、おみくじを引けば、示された運は『凶』ですらない。『地獄』。それも三年連続だ。
……もはや、逆宝くじに当選していると言っても過言ではない。
しかし、そのこと自体をシンシアが気にすることは、あまりなかった。言うて実害のない事柄であり、『地獄』を引いたとて、その後一度でも地獄を見たわけでもなかったから。
でも、今回は違う。
「なんでアンタとペアなのよっ!」
その最悪なくじ運に、初めて実害が出てきたことに対して、シンシアは叫び散らした。
「遺憾の意を示していいっ? 断固抗議していいっ!? やり直しの訴訟を起こしてもいいっ!!?」
学校の中庭で、憎たらしいてへぺろをしている幼馴染、ラドルを睨みつけるシンシア。なんでよりにもよって、この男を引き当てなければならないのか。
「アンタ、時間巻き戻しの術は使えないの!? 今すぐでもいいから覚えて! そして、使って!!」
「伝説級の高等技術じゃないか……そんなのお前ほどの優等生でも無理だろ」
「だからアンタがやってって言ってんの! どうせ勉強してない分、時間はたっぷりあるでしょ!? 伝説でもチートでもいいからやって!」
「誰かに変わってもらってもいいんだぞ?」
いけしゃあしゃあと憎まれ口を叩くラドルに、シンシアはさらに激昂した。
「できないのよ!! 一度決まっちゃったら、クラス分け試験が終わるまで、ずっと同じペアなの!!」
「知ってるよ」
「知ってるなら言うなーー!」
シンシアは怒りの矛先をどこに向けていいか分からず、長い灰色の髪を振り乱して数秒挙動不審な動きをする。そして、
「じゃあ分かったわ。今から徹夜で勉強して、明日までに私くらいの実力を身に着けてよ!」
「シンシアに追いつくとすると、あと五年はかかるかな。お前に時間停止の術がかかってるという前提で」
「じゃあ時間停止でも何でも、やってきてよーー!」
泣きそうになってるシンシアにとって、クラス分け試験は切実な問題であった。特進クラスに入り、最高クラスの魔法大学に進学する。……それ以外、親に認められる方法がないのだから……。
にもかかわらず、そんな大事な試験の相棒ときたら、落第の中の落第。キングオブ落第。なんならまだオウムのほうがちゃんと魔法を使ってくれるんじゃないかというくらいの落第男、ラドルである。本当に泣きたくなる。
「いい!? せめて足を引っ張んないでね! お願いよ!?」
「旦那~、そんなの無理に決まってんじゃないですか~」
「旦那じゃない!!」
高等教育を受ける魔法使いたちが受ける試験は、もう明後日に迫っていた。
試験は、組んだペアで〝森〟に入る。この森には学校側が放った〝魔導生物〟という、人工的に作り出した魔物が複数うろついているので、それを排除しながら森の最奥まで進み、置いてあるバトンを持って帰る……これを前半後半と二日間行い、往復までの時間や討伐数などの総合評価で成績が決まる……というものであった。
「めんどくさーーい」
「のっけからアンタはーー!!」
無意識に拳を振り上げるシンシア。ラドルは頭を抱えてあんまり意味のない防御態勢を作ると、
「怖いって……」
「もぅ、なんていうの……? 普通こういう幼馴染ってすごい頼もしいとか、かっこいいとかなんじゃないの!?」
ボソボソと愚痴を言いながら「行くわよ」と森の奥へと歩き出す。
「手、繋ぐ?」
「繋がないのよ!!」
「シンシア」
「何?」
「……あんまり怒ると禿げるぞ」
「誰のせいなのっ!?」
賑やかなペアが、森を進んでいく。コンパスがあるためバトンのある位置まで迷うことはないが、到達できるかは別問題。魔導生物はそれぞれに強力で、ヘタを打てば死の淵をさまようことになる。
その歩みが、不意に止まった。シンシアはやや腰を落とすが、ラドルはそのまま、のほほんと、立ち止まったシンシアを眺めている。
「アンタ、何も感じないの?」
「何が?」
「魔獣の気配!」
ピンと感覚を研ぎ澄まし、ひんやりと冷たい森の空気を窺うシンシア。静寂が不気味に二人の耳朶を圧迫する。ラドルは言った。
「気配、あるのか?」
「気づかないの……!?」
「なんてこった! 逃げよう!!」
回れ右をした彼に、シンシアの腕が伸びる。掴んだ腕には爪が食い込んでいた。
「ふ・ざ・け・て・る・の……?」
「痛い痛い痛い痛い! シンシア、乱暴すぎる!」
「誰が悪いの!?」
もう泣きたい。しかし次の瞬間、そんな空気も吹き飛ばすような巨大な影が斜め上から降ってきた。全長十メートルはあると思われる巨大な蜘蛛であり、シンシアは反射的にエネルギーフィールドを張って盾にする。蜘蛛は二人の五メートル先で中空に張り付けられた。
「でかーーい!」
「驚いてないで戦えーーー!!」
二人の声がこだまする。その間にも針のように鋭く尖った前二本の足がエネルギーフィールドをこじ開けにかかる。
通常、エネルギーフィールドに物理攻撃は効かないが、相手は人工で作られた魔法の生き物だ。攻撃一つ一つに魔力が込められ、打撃のたびに軋みを上げた。シンシアは歯を食いしばり、悲鳴に近い声を上げる。
「コイツは私が押さえてるから、攻撃魔法の印を!」
「こわいよー」
「何言ってんのよっ!!」
エネルギーフィールドにひびが入る。実戦経験が豊富なわけではないシンシアが、その暴力的な音に身体をこわばらせた。
「ちょ……!」
その声と、クモの爪がエネルギーフィールドの亀裂をさらに広げた音が重なって、森をつんざく。
「あ……あぁ……」
腰が引けた彼女が一転、ラドルの服にしがみついた。
「ラドルぅぅ!!」
ラドルは苦笑いを浮かべ、亀裂の広がったエネルギーフィールドを一瞬睨みつける。そして、ポンとシンシアの肩を叩いた。
「落ち着けよ。あの結界はまだ大丈夫だ。今からでも間に合うから、落ち着いて攻撃魔法の印を結んでみな」
苦い顔をしている少女。しかし、少し落ち着いた。擦り切れるほどに強く握りしめていたラドルの服から手を離し、エネルギーフィールドに張り付いている巨大蜘蛛を見ないようにして早口に呪文を唱え、印を結ぶ。そして最後にはかっと目を見開き、力を開放した。
……そんな一日目が終わった。彼女はその後無事にバトンを回収し、審査会場に戻ってくる。
成績だけを見れば優秀で、往復のタイムもそうだが、蜘蛛型の魔導生物を撃退したという報告が、審査官たちを驚かせた。これがただ一人で戦ったシンシアの手柄となる。
が……。
彼女は学生寮の自室に戻るなり、ベッドに突っ伏した。自己嫌悪……。
学校で一位二位を争う実力者である自分が、情けない戦いをしてしまった。なおかつ、劣等生であるラドルにすがってしまったのだ。
どのような戦いだったかはシンシアとラドルしか知らない。しかし、プライドが許さない。
「あーあ……」
幼い頃の想いが抜け切れていない自分……。
そう。二人は幼馴染だった。幼い頃、怖いことは全部、ああやって解決した。
ラドルはさっきのように、そのたびに大人びた。心を落ち着けてくれた。分かってる。分かってるのだが……。
……これじゃダメだ。
ラドルは所詮、別の世界を歩む人間なのだ。いい加減彼の存在にすがってしまう自分を改めなければいけない。
「ハァ……」
ため息一つ……。しかし、そのため息が、また別の疑問を呼んでくる。いや、正確には、現場にいた時から疑問に思っていたことだ。
巨大蜘蛛と戦っていた時、エネルギーフィールドは、確かに破られかけていた。
あの時は一生懸命すぎてそれどころではなかったが、損傷した結界はとてもじゃないが、彼女が攻撃魔法の詠唱を終えるまでもつような状態にはなかった。なのに、実際は致命的な亀裂を入れたまま、まるで時間が止まったかのようにその強度を保っていた。
魔法とはいえ、物理的な法則には則っている。例えば五キログラムの重さに耐えるなら五キログラムの力が必要なのだ。それに追いつけない場合、強度を超えて結界が耐えることはない。
はず、なのに……。
分からない。あの時何が起きたのか。
ベッドでゴロゴロしながらそのまま寝付いてしまおうかと思ったが、まったく寝付けないまま、時間だけが過ぎていった。
翌日、クラス分け試験二日目である。制服姿で審査会場に立つシンシアの目は明らかに眠そうで、なんなら目元にクマができていた。彼女はそれでも、自分より遅れてきたラドルに苛ついた声を上げる。
「ラドル遅い! 五分早いわよ!?」
「シンシア……寝ぼけてる……?」
「寝ぼけてないっ!」
ともあれ、開始時間五分前だ。今日の注意点を受け取り、定刻になれば森へ向かう。
今日放たれている魔導生物は昨日よりも数が多いらしい。注意点の確認と本当に危険に陥った時の対処の説明を受け、シンシアも熱心にうなずきはした。が、心はどこか上の空で、『今日こそは何の落ち度もない完璧な仕事をするのだ』といきり立っている。
森へと向かう二人。ずんずんと腕を振って進んでいくシンシアとそれに引きずられるように連れていかれるラドルが、森の静寂に小さな喧騒を与えている。
「歩くの速いよー」
「ボラボラしてるとおいてくわよっ!」
「……なんで今日はそんなにつんけんしてるんだよ……」
シンシアは口をつぐむ。この男だけには悟られたくない。
「あれか、月に一度のアレか」
「ぶっとばすわよ……?」
「ぶっ飛ばしてから言うなぁ!!」
頬骨をかちあげたシンシアのスマッシュが、彼を三メートルはぶっ飛ばす。地面を数度バウンドした彼は涙目で叫んでいた。
「折れたーー、絶対折れたーーー!」
「とにかく! 私の足を引っ張んないで! 大事な試験なんだからっ!」
強がるだけ強がって、半ばそれを放置したまま、森に入っても行軍速度を全く緩めないシンシア。それは焦りと背中合わせであり、このような危険域に入った時の注意を怠っていることに、彼女は気づかない。
故、不意に飛び込んできた一匹の魔獣の存在に、気づくのが遅れた。
「あっ!!」
それが通称韋駄天と言われる、ニケという魔獣であると認識した時には、彼女は顔面を強打され、意識を飛ばされていた。
本当に、一瞬の出来事であった。
温かい……
温かい何かに包まれている感覚。
彼女にはその温かさが心地よく、そのぬくもりをさらに享受しようと身を寄せた。規則正しい鼓動が聞こえ、まるでゆりかごに揺られているような快楽の中を、もぞもぞと泳ぐ。
……しかしふと、その違和感に理性が警鐘を鳴らし、彼女はふと目を覚ました。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
顔が目の前にあった。しかも誰の顔って、この世で一番目の前にいてはいけない顔が。
「なにやってんのよーーーーー!!!」
木々に囲まれた場所……おそらく、木々の配置を見ても彼女が襲われたその場所だ。そこで、ラドルは大の字になって寝ていた。シンシアの背中に手を回し、彼女を抱き寄せて……。
「いや、こうすると極上の昼寝が味わえるかなと」
「こんなところで寝るなぁぁぁ!!!」
シンシアは耳まで真っ赤にして彼の手を払いのけようとしたが、そこで気づく。むしろ腕から太ももから、彼に絡めてしがみついていたのは自分の方だった。
「なにしてんのーーーー!?」
「いや、自分に言えよ……」
ばっと離れて、上半身を起こし、辺りを見回す。記憶が鮮明になるほどに、今の状況が不可解であった。
「なんで……?」
確かあの時、自分は魔獣に襲われて……
「ラドル、……魔獣は……?」
「帰った」
「帰った!?」
言葉の意味が理解できない。
「そんなわけないでしょ!?」
しかも、百歩譲って〝帰った〟とする。それでもこの森は魔導生物が昨日より多く放たれた危険な森なのだ。その真ん中でぐーすか眠っていられるはずもなく、いやそもそも……
シンシアは、自分のこめかみに手をやった。
あの一撃で、頭蓋骨が粉砕されていてもおかしくなかったのだ。なぜ無傷なのか。なぜ……今自分はこめかみをおさえて、ラドルに怒鳴っていられるのか……。
彼女の驚きはそれだけではなかった。
「え……?」
気を失っていただけなのに、後半試験の結果が主席だったのだ。寝ていたのだから当然だが、往復のタイムなど中の下くらいの酷いものであった。にもかかわらず主席なのは、魔導生物の討伐数が、群を抜いていたのである。
「どういうこと……?」
韋駄天、ニケを始めとした魔獣が、十四匹討伐されたことになっている。魔導生物は人工物なので倒されれば製作者に伝わるようになっているのだから間違いない。
審査官によれば、森を徘徊した魔導生物のすべてだそうだ。……そんなはずはない。
……釈然としないまま、シンシアはまた、学生寮の自室のベッドに身体を投げ出す。
敗北感……が、拭い去れない。
ニケの一撃に甘んじたのは、完全に自分の落ち度であった。ラドルを意識しすぎて、完全に心がかき乱されていた。
だいたい、気を失った自分を抱いて寝るとか、普通ありえない。何をやっているのだあの男は。
でも……
……
……その夜、シンシアはある確信をもって男子寮へと向かっていた。男子寮はだだっ広い校庭を挟んで向こう。
一応、学生たちの風紀が乱れないよう、途中、関所のような受付が設置されていて、そこを通らないといけないのだが、彼女はなにせ成績最優秀である。あまり面倒なことは言われずに通過できた。
彼の部屋は一階にある。窓にはカーテンがかけられ、中の様子をうかがうことはできないが、ここに来る前に受付で部屋割りをガン見してきたのだ。間違いなく、ここが彼の部屋であった。
カーテンがかけられているのに、彼女は彼の部屋を覗き込んだ。中の気配は一つ。その気配は、
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
カーテンの目の前にいた。なぜそれが分かったかって、突如カーテンが開けられたのだ。
「あれ? シンシア、何やってるんだこんなところで……」
ラドルは彼女に気づいて窓も開けた。彼女は即抗議だ。
「アンタ! わざとやってる!? 私の心臓握りつぶす気っ!?」
「いやいや、まさか目の前にシンシアがいるなんて思いもよらないだろ?」
「ホントにわざとじゃないのっ!?」
「うん。わざと」
「どっちだぁぁぁ!!」
「それより、男子寮の前でそんな黄色い声上げるなよ。何事かとみんな飛び出してくるぞ」
シンシアは口をつぐんだ。確かにそうだし、だれにも、ラドルに会いに来たように思われたくない。
「どうしたんだ?」
「ちょっと話があるの。中入れてくれる?」
「窓から?」
「窓からでもいい……」
ラドルが窓から身を避けると、彼女は「よいしょ」と窓をよじ登った。
部屋の構造は女子寮と同じだ。しかし、男子の部屋だけあって雰囲気はだいぶ違う。シンシアは慣れない匂いに一定の居心地の悪さを覚えつつ、彼に促されるまま、テーブルの前に座った。
「どうした?」
ラドルが彼女の正面に腰を落ち着ける。小さな頃はここから、いろいろな遊びが始まったものだったが、魔法学校で宿舎が分かれた後は、とんとそんな機会はなくなった。
今日も、そんな純粋な用事ではないのだろう。シンシアの開いた口は案の定、怪訝に満ちたものだった。
「ねぇ……アンタ、今日、何やったの……?」
「え? 十年ぶりにシンシアと昼寝」
「そこじゃなくて!!」
「他、なんかあったっけ」
「ありすぎなのよっ!! 私がニケにぶん殴られた時、何したのって聞いてるの!!」
「えぇ……?」
「それだけじゃないっ! 森の魔獣全部倒したの、アンタだよね!?」
ロジックを組み上げれば、それ以外にあり得ないのだ。
試験に使われる森は不正のないよう、試験中は他の人間が立ち入ることができない。〝十四匹倒した〟という結果を、彼女自身が生み出していないのだとすれば、考えられるのは、もっとも考えられないその事実しかなかった。
ラドルは笑う。
「シンシアが無意識に戦ってたんだよ。十四匹の討伐は、すべて彼女がやりましたって報告しといたよ」
「誰が信じるのよ、そんなこと!!」
「お前は学校一番の優等生、俺はダントツの劣等生。審査官も、俺が言ったことを信じてたし」
「ふざけるな!!」
バンッとテーブルを叩くシンシア。
「こんなことして私が喜ぶとでも思ってんの!? 馬鹿にしてんの!?」
認めたくない。認めたくない言葉が喉で詰まっている。でも……聞くしかない。屈辱にまみれても、このままではプライドが許さない。……シンシアは言った。
「アンタがやったんだよね!……分かってんだから!!」
「……」
彼女の心情は矛盾に満ちていた。プライドのために真実を問いただせば、それは自分のプライドを崩壊させることに直結するのに……。
でも、彼女は止まらない。
「……ほんとは、……すごいの……? 私なんかより……」
ニケの一撃もそうだ。あれをラドルが無効化したというなら納得も行く。しかし、魔法学から言えば、それは決して簡単なことではなかった。
エネルギーフィールドのような結界自体は、中学生でも作れる。しかしあの時に彼女に施されたのは、結界ではない。ニケの不意打ちをまともにくらった後に張れる結界などはなく、あの一撃を完全になきものにした技術は、本来高等学校の学生が持ち得るものではない。
この男は……実力を隠してる。それがなぜかは分からない。それがなぜかを知りたい。そして本当の実力者であるとするなら……彼女の人生設計は根本から揺らぐ。……揺らぐのだ。
そんなシンシアに、彼は目を細めた。
「シンシア。これでお前は、特進クラス間違いない。……おめでとう。頑張れよ」
「うれしくないわよっ!!」
シンシアはテーブルを乗り越え、彼の服を掴んだ。乱暴につかんだその手はしかし、すぐに弱々しいものに変わっていく。
「……ねぇ、なんでこんなことするの? ホントは……すごいんじゃん。ラドル……」
彼女は気がつけば、どこか物欲しそうな声を上げて、その胸に額を寄せていた。
「一日目のエネルギーフィールドが割られなかったのだって、アンタがテコ入れしたんでしょう……? なんで……? なんで何もできないふりをするの……?」
「シンシアはさ」
ラドルが不意に声を上げ、彼女を微々驚かせる。すっと顔を上げると、ラドルの顔が近い。
「……将来、何になりたいの?」
「え……?」
何の関係があるのか。と思いつつ、答えないとこの話が続かないかもしれないと焦る。
「それはもちろん……魔法の才能を生かして、魔法を役立てる仕事に就きたい」
「だから、一番難しい魔法大学に通いたいんだよな?」
「うん。……でも、誰だってそうじゃないの? ラドルは違うの……?」
「俺は、新幹線の運転手になりたいんだよ」
「へ……?」
いきなり何を言い出したのか……シンシアには分からなかった。意味を探し、意味が分からないまま、
「あの……新幹線って、あの……ビュワーンの超特急……?」
「そのネタ、分かる奴いないだろ……」
「魔法関係ないじゃん!!」
「うん。そう。魔法関係ない」
その表情を見て、だんだん彼が嘘を言っているのではないことが分かってきて、なお焦る。
「え、え、じゃあなんで、魔法学校に来てるの……?」
「まぁ、魔力があったからな」
「え、だから……それを活かそうとは思わないの……?」
「そこが、お前と違うところなんだよ。数学が得意だからって、誰もが数学者になるわけじゃないだろ? 外国語が話せたって、ニンジン農家を職業にする人だっている」
「……」
「だから、俺にとって、ここでの成績なんてどうでもいいんだ。むしろ期待されるほどに、道が決定づけられちまうのが厄介だし」
その通りではある。魔力は先天的なものだ。大魔術師になりたいとどんなに欲しても、座学や実技でなれるわけではない。逆に魔力があると目をつけられれば、業界の注目は他のどのような才能よりも集まることになる。
「っていうことは……つまり、注目されると魔術師にならざるを得ないから劣等生を演じてるってこと……?」
「まぁ、平たく言えば」
「ふざけないで……」
シンシアの、ラドルの服を持つ手に力が入る。その目は彼を睨んですらいた。
この男は明らかに、自分なんかじゃまったく及ばない魔力を持っている。それがこんなにもうらやましくて、頼もしくて……でも、悔しい。憎たらしい。この男は、彼女が喉から手が出る才能を、無駄にして生きたいと願っているのだ。
「もったいないじゃん! そんな力があるなら、英雄にだってなれるんだよ!?」
「だから! 俺がなりたいのは英雄じゃなくて新幹線の運転手……」
「子供みたいなこと言わないで!!」
「どっちがだよ!」
よく分からない。シンシアには理解ができないが、とにかく真実を知った以上、その〝よく分からない〟気の迷いのままでいてもらっては困る。
「ねぇ、魔法大学だよ。魔法大学! しびれるでしょ!? 憧れるでしょっ!?」
「なんでそんなに魔法大学を勧めるんだよ!」
「だって……」
彼女は額をラドルの胸につけて言った。
「魔術師目指してくれたら……ずっと一緒にいられるじゃん……」
「……」
唇をかみしめるラドルに甘えたような声を上げるシンシア。
「ねぇラドル。同じ大学に行こうよ。ずっと一緒だったじゃん。……私、正直ラドルと同じ進路進むことは諦めてた。だけど……ラドルがホントは行けるなら……。ねぇ……一緒にいられるなら、一緒にいたいよ……」
「や……やめてくれよ。俺が自分を隠してたのは、そういうこと言われたくなかったからなんだよ……」
魔法業界の期待もそうなのだが、何より目の前の幼馴染のお前が、自分の夢への何よりの障壁になることが分かっていたから……。
……口にはしないが、シンシアは彼のそんな空気を感じつつ、慕情と羨望の渦の中で、なんとか彼を説得する言葉を探そうと躍起になる。
「……私を支えてよ。ホントは不安なの。私、すごい期待されてるしさ。その期待に全部応えないとお父さんもお母さんも、私を認めてくれないしさ……」
くじ運ないし、運勢はいつも『地獄』だし……と、並べ立てる彼女から、なんとか自分の夢を握りしめようともがくラドル。
「そ、それは、シンシアの都合じゃないか!」
「私と一緒にいるの、嫌……?」
「そういう問題じゃないんだ!」
「嫌じゃないよね……? ホントは私のこと……好きだよね……?」
シンシアが這いずるように距離を詰め、蛇が獲物を締め上げるようにネットリ絡みついてくる。
彼女は美しい。見上げている女の瞳は限りなく透き通っていて、整った鼻や口元。輪郭、彼女の美しさを引き立たせている。
「や、やめてくれ……!」
絡みついてこられれば、彼女の長い灰色の髪が一センチ単位で誘惑してくるかのように薫った。
「私、分かってるんだから……。さっきだって、私を抱いて寝てたじゃん。私、あれで妊娠したかもしれないじゃん!」
「するかぁぁ!!」
「ねぇ、私、彼女になってもいい。新幹線は、一緒に乗りに行けばいいじゃん」
「お、俺は運転手になりたいんだ!」
「『電車でGOO!』で我慢して!!」
「ゲームじゃいやなんだ!!」
「私と新幹線、どっちが大事なの!?」
「運転手の俺の彼女になるって発想はないのか!!」
「いつも一緒にいられた方がいいじゃん!! 私が彼女じゃ不満なの!?」
「不満じゃない! 大歓迎だけど!!」
「じゃあいいじゃん! 結婚もしてあげるからさっ!!」
「俺は職場結婚じゃない方がいいんだ!!」
「あなたの夢が叶ったら、私の夢が叶わないのよっ!!」
「シャ乱Qみたいなこと言うなぁぁぁ!!!」
……様々なジレンマと思惑で……幼馴染たちの夜は更けてゆく……。




