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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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47/54

047眞由莉の野望

四題

実力派、イメージがぶち壊された、群雄割拠、美人マネージャー

 時は元亀三年。群雄割拠が極限を迎えつつあった。

 尾張では織田信長が権勢を広げ、甲斐では武田信玄が無敵の騎馬軍団を従え、西に毛利、東に北条、北に上杉と、名だたる大名家がひしめいていた……そんな時代である。

 だが、人は知らない。これら実力派大名に囲まれ、虎視眈々と天下を狙う大名家があったのだ。

 ……その名も、姉小路頼綱。一子相伝である究極の暗殺拳、『姉と小路で松倉拳』の正統な継承者であった。


「どけ」

 指を鳴らし、ゆっくりと進み出る頼綱。彼に群がる四人の大男は、いずれも大剣を八双や正眼に構え、その刃の根元で肉付きのいい笑みを浮かべる。

「今日でてめぇはおしまいだよ」

「功を焦ったか。雑兵どもが」

「てめぇをやれば俺たちは大手柄だ。昨今の物価高に対応するためにも、死んでもらうぜぇ?」

「お前らはすでに……死んでいる!」

 そして次の瞬間、決闘の場と化した城下の一角には、閃光が走ったかのようになった。いや……

 実際に、いくつもの閃光が走った。圧力の高い空気が頼綱の脇を背中から通り過ぎ、四人の大男のうち三人を貫いてく。首領と思われる一人は、バタバタと倒れる取り巻きを見て、目を丸くした。

「な、なにをやりやがった!!」

「ん……? うん……」

 しかし、当の頼綱自身も、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。

「な、なんだよ。は、はっきりしやがれ」

「……」

 ……気まずい空白の中、背中からパタパタと走ってきた影があった。橙の色が鮮やかな打掛姿の女である。

「殿っ! もう! 別に強くないんですからイキがるのはおやめくださいませ!」

 さらに振り返れば、はるか向こうで火縄銃を構えている兵が並んでいて、その銃口からは硝煙が上がっていた。

「俺は『松倉拳』の使い手。強い設定のはずだが……」

「そんなまずそうなラーメン屋みたいな拳法が強いはずないじゃないですか! はい、とっとと城に帰って帰って」

「ちょ、ちょっと待てやテメェら! だいたい、誰だテメェは!?」

 引っ込むに引っ込めない首領が、野次馬たちの前で虚勢を張る。女は自分の胸を指し、

「わたくしですか?」

「お、おう、そうだよ。堂々とした男の決闘に女の出る幕はねぇんだ!」

「四対一で堂々ですか?」

「お、俺一人でやってやるつもりだったんだよ! 火縄銃なんて卑怯じゃねぇか!」

 女は「あーダメダメ」と片手で拝むような形で手を横に振ると、

「一対一でも、殿に決闘なんてさせられるわけないじゃないですか。弱いんだし」

「だいたい! テメェはなにモンだ!?」

「わたくしですか?」

「さっきからそうだって言ってんだろうが!」

「わたくしは……」と、女は微笑んだ。

「最近令和からやってまいりました、姉小路頼綱に仕える美人マネージャー、眞由莉まゆりと申します」

「マネジャ? 何の真似じゃ?」

「申し訳ありませんが、この時代の言葉に変換することができないので、気にしないでくださいませ」

 男は釈然としない表情を浮かべたが、

「それで、その〝真似じゃ〟が何の真似じゃ!」

「そりゃもちろん、殿を回収しにまいりました。マネージャーなので」

「ふざけんな! 決闘の邪魔をするんじゃねぇ!」

「邪魔しますよ……マネージャーなので」

 眞由莉が左手を挙げる。すると、背中で待機している火縄銃部隊が銃口を男に向けた。

「お、おい! ちょっと待て!」

「待ちませんよ。マネージャーなので」

「意味が分からぬ!」

「どうされます? 捕まるか、撃たれるか。後三秒で決めてください。123」

「うわっ! 早!!」

 男は火縄銃の容赦ない発砲に、なす術もなかった。


 眞由莉は歴女であった。もっと言えば、令和の時代に住む歴女であった。

 それが今、元亀三年の飛騨の国にいる。何となく時代考証がおかしい気もするが、とにかく、元亀三年の飛騨であることは間違いない。

「殿! いくら田舎大名だからってあのように城外を歩き回られては困ります!」

「今まで特に問題はなかったのだが……」

 飛騨の国の南方に位置する桜洞城さくらぼらじょうの天守閣で、頼綱と眞由莉が向き合って話している。

「あなたは家督を継いで、大名の御身分になったのですよ? まだ飛騨一国も完全に平定していらっしゃらないのにうろうろするから、先ほどのような輩に絡まれるのです」

 城を抜け出した頼綱のことを知り、慌てて鉄砲小隊を編成して追いかけた眞由莉であった。案の定、争いごとに巻き込まれていた。

「今まではどうか知りませぬが、わたくしがマネージャーになったからには勝手な行動は慎んでいただきます!」

「実に堅苦しい」

「なにをおっしゃいますか。〝ここに決まっちゃった〟以上、わたくしは何としてもあなた様に天下を取らせます! そのために、あらゆる行動を自重くださいませ!」

 眞由莉は暗澹たる思いでいる。

 飛騨の国、姉小路家は小国だ。にもかかわらずいまだに一枚岩ではなく、江馬輝盛という男が飛騨の支配をもくろんでいる。歴女としての心配はそれだけじゃない。いやむしろ、致命的な地政学的リスクを、この地ははらんでいた。

「……ただでさえ北に上杉、東に武田、南に織田なんですよ!? 『進撃の巨人』で言えば、我々はウォールマリアの中にいるような状況にあります!」

「例えが分からない」

「『モーシヌシカナイ!』ってことです! ……でもご安心ください。この眞由莉は、腐女子ですが、腐っても歴女です! わたくしが必ず、殿を天下人として、立たせて差し上げますから!」

 深々と頭を下げる眞由莉に、頼綱は、「うむ……」とうなずくが、同時に首を傾げた。

「なぜ、お主はそこまで我ら姉小路家に肩入れするのだ」

 眞由莉は顔を上げる。橙の打掛が揺れ、しばらく上目に、上座の頼綱を見上げていた。


 強いて言えば、誤算……だった。

 何度も言うように眞由莉は歴女だ。戦国時代に転移できるということになれば、それは当然織田か上杉、武田、北条、伊達……いずれにしても、大家の元に降り立つと思っていた。

 しかし何を間違えたか、眞由莉が降り立ったのは飛騨。一部のマニアくらいしか知らないであろう弱小大名、姉小路家だったのだ。

 ……そこに至るまでの経緯に、個人売買サイト、『マルガリ』の存在がある。

 個人で自由にモノを売り買いできるサイトであり、様々なジャンルの、どのようなマニアックのものも、商品として並んでいる仮想市場だ。

 生活必需品ももちろん、趣味実用品から、百年前のアンティークと幅広い。中にはセミの抜け殻とか、幼稚園生が描いた絵とか、シャァ専用ザクとか、謎のアイテムも多く出品されている。

 その中でも、一際眞由莉の目を引いたのが、『大名ガチャ』と書いてある商品だった。

 曰く、

『安土桃山時代の大名家のどこかに仕えることができるアイテムです。大名たちは使用者を怪しむことなく重心として招き入れるので、安心して戦国時代を生き抜くことができます』

 もちろん眞由莉も目を疑った。怪しさで言えば、『これを買ったら明日からモテモテになる』というペンダントとか『半年で十センチ背が高くなる』というエクササイズ本に匹敵する。しかし……

 そんなものがあると聞けば、半信半疑でも手を出したくなるのが歴女というものであった。

 なお、その触れ込み文句の但し書きには、


 1,大名はランダムで選定されてますので、ご希望の大名に当たるとは限らないことをご了承ください。

 2,すべての大名が網羅されているわけではありません。蝦夷の蠣崎家、肥前の竜造寺家、土佐の長曾我部家など、あまり需要のない大名家はかなりの数除外されておりますので、ご了承ください。なお、ご連絡いただければ、どの大名が除外されているかを説明することはできますが、冷やかし目的の方のご質問はお断りいたします。


 とある。

 眞由莉も、特に2を見て、織田は含まれるのか、島津は含まれるのかといろいろ聞きたくなったが、執着を見る限り、いないのは〝あまり需要のない大名家〟であり、ビッグネームたちは問題あるまい。

 いや、逆に……。

 歴女としては竜造寺家と長曾我部家は中堅大名に当たる。それほどの中堅大名さえ除外されているのだから、吹けば飛ぶような小国は当然すべて対象外だと思っていた。その結果が……

 ……眞由莉は、黙って頼綱を見上げたままだった。

 その結果が、この男だったのだ。どういうわけか、長曾我部家よりも需要があると判定されていた姉小路家。何度も繰り返すけど、周辺は織田、武田、徳川、上杉、浅井、朝倉という実力派の集まりなのに、何が悲しゅーて名前がゴージャスなだけの〝姉小路家〟を引き当てなければならなかったのか……。

 ……ある意味でSSRクラスを引いてしまった自分のガチャ運を呪いながら、しかし姉小路家でなければ自分はただの女であることも偽りない。重心待遇を受けられるのは、ガチャで引き当てた大名のみなのだ。

 だからしかたない。こうなってしまった以上、この姉小路頼綱を支え、天下に押し上げていくしかない。

 その気持ちを胸に、眞由莉は小さく口を動かし、言った。

「それが、美人マネージャーの役割ですから……」


 しかしもう一つ……眞由莉には、モチベーションとなっていることがある。

 この頼綱という男……歴史上では全く目立ってないが、かなりのイケメンなのだ。

 しかも、姉小路家の交友関係の都合で、上杉謙信も織田信長も顔を見る機会があったのだが、正直幻滅した。

 彼らは眞由莉の知っている謙信や信長ではなく、田舎臭いただのオッサンだったのだ。

 ハッキリ言えば、完全にイメージがぶち壊された。あんなのなら、織田や上杉に当たらなくてよかった。

 まぁ、歴女たちの気を引くために、令和に生きる戦国武将たちが多少美化されていることくらい、分かってはいた。それでも心のどこかに、『強い人はかっこいい』という幻想もあった。〝ソレ〟が〝アレ〟なら、滅ぼすことに、それほどの抵抗はない。ぶっちゃけ、ガッカリ罪を適用して、ぶっ殺してやろうと思う。

 そして眞由莉には歴女である、という強みがあった。

「何度も言うように、飛騨国は北に上杉、東に武田、南に織田を抱えております。これはこれで、もはや仏滅と大殺界とタンスに足の小指ガーーンが同時に押し寄せたくらいの絶望があります」

「よく分からんが、それは嫌だな」

「加えて、領内も江馬輝盛が殿の地位を狙っておりまする。コイツ何とかしないと、殿が調子に乗った時、後ろから刺される可能性がございます」

「分かっておる」

「まず、これら致命的な状況から、殿が唯一生き残るため、あえて攻勢に出ることを提案します」

「やれるのか」

「それを実現するのが、この美人マネージャー眞由莉の仕事でございます」

 眞由莉は身を乗り出して、歴女の本領を発揮する。

「このうち、元亀三年の時点でもっとも相手にしてはいけないのが武田です」

 武田軍は足利義昭の命を受け、織田軍を打ちのめすため、西上を始めた時分であった。

 戦力が最も充実しているだけでなく、その矛先がすべて西に向いている。織田軍の〝ついでに〟姉小路軍を踏み潰すことなど、造作もない。

「次に織田ですが……確かに現在将軍家による信長包囲網に苦しんでおりますが、一応信長と殿は相婿に当たるのと、わたくし何となく浅井朝倉がキライなので、その包囲網には協力したくないところではあります」

「すると……?」

 歴女の目が光る。

「殿がここで起死回生のために立つのなら、狙い目は上杉……」

 理由がある。

 現在上杉領である越中は一向一揆が猛威を振るっている。しかも越中は謙信の本拠地ではなくそれほどの兵力を常備しているわけではない。

 まずはここを奪る。

「そんなことはできるのか」

「それを実現するのが、この美人マネージャー眞由莉の仕事でございます」

 何度も同じ問答を繰り返しているのも無理はない。上杉軍と対峙するなど、プランクトンがクジラに立ち向かうようなものなのだ。しかし……

「殿。あと十年動かなければ、天下の帰趨は決定的なものになります。今動かなければ、殿が天下を取れるほんの一分の可能性すらなくなってしまうのです」

 織田が強くなりすぎる。そして、本能寺の変を経て、台頭してくる羽柴のサルに、姉小路家は滅ぼされる運命にあるのだ。歴史をひっくり返すなら今から動かなければ間に合わない。

 彼女は現在越中にて猛威を振るっている一向一揆と結託する案を示した。頼綱は唸る。

「しかし、一向一揆と挟み撃ちにできたとて、我が本隊のみで上杉軍を圧倒することなどできるか」

「江馬を使います」

「それは無理だ」

 一応は家臣だが、反抗的で謀反を狙っていると囁かれる。上杉攻めなどを指示しても聞くとは思えない。

「わたくしが江馬の元へ参りましょう」

「方策はあるのか」

 その顔を見て……眞由莉は薄く笑ってみせた。

「わたくしは殿のマネージャーですから」

 ……この男なら、支えたいと思える。

 朴訥ながら、涼しげな目元がよく締まった、本当のイケメンであった。


 眞由莉はまず、一向一揆を煽っている加賀の本願寺へと遣いを送る。書状の内容は、越中国においての結託であった。

 越中は姉小路家が管理するが、その分広大な寺領を約束する。そして、飛騨国も含め、ニ国で布教を自由とすることを条件にした。

 一向衆は特殊な集まりである。後年、信長を後押ししたキリシタンがそうであったように、領土拡大や天下統一などという野望はなく、自分たちの教義を広めることを目的としている。越中、飛騨に寺領が与えられ、自由な布教が約束されるのであれば、条件に不足はないはずであった。

 ……彼女は次に江馬輝盛を訪ねるため、北へと姫籠を走らせた。あえて眞由莉単独だ。

 江馬の本拠地は高原たかはらにある。通称〝江馬氏下館〟に向かい、遣いを出して面会を要求する。到着は夕暮れ時となっており、輝盛も頼綱の遣いの突然の来訪には怪訝を隠しきれない。

 が、現在江馬は頼綱の家臣であり、面会しないというわけにもいかなかった。

 上座に現れた輝盛に、眞由莉は平伏する。

「眞由莉か。いかがした」

 豪族と呼ぶにふさわしい、豪快な面構えをしている輝盛は橙の打掛姿の女の背中を見下ろしていた。

 眞由莉は顔を上げないまま、

「輝盛殿。御出馬の要請でございます」

「出馬だと?」

「これより本隊はただちに越中の地へ攻め入り、一向一揆衆と力を合わせ、疲弊した上杉軍を討つための先鋒としてお立ち頂きたき所存にございます」

「断る」

 輝盛はにべもない。

「疲弊しているとはいえ、上杉は強大じゃ。態勢を立て直され、本国から増援がくれば、たちまちに巻き返されるだろう」

「……という、表向きにございます」

 輝盛は怪訝を深くする。

「表向き……?」

「実は、一向衆はすでに、外山とやま城を占拠しつつあります。さあれど、彼らにはかの地を統治する力はございませぬ」

 説明をする時の眞由莉は、実に聡明な目をする。立場的にも自分からは目を合わせないが、この時もそういう目をしていた。

「……そこで、一向衆との交渉の結果、我ら姉小路軍が外山を統治することを認めさせました。輝盛殿が御入城いただければ、以後、外山は輝盛殿のものとなりましょう」

 輝盛は女を睨みつけ、「面をあげろ」と命令する。目鼻立ちの整った顔が覗き、二人はしばらく目を合わせる。彼は進みでて、眞由莉の顎を人差し指でしゃくるようにした。

「何を企んでおる。そのようなチンケな罠にかかると思うてか」

 そのまま食われそうな威圧感が眞由莉の背中を駆け巡るが、彼女は毅然と声を上げた。

「罠と思われても、いた仕方ありませぬ。……わたくしが頼綱から差し向けられてきたのなら……でございますが」

「どういう意味じゃ」

「わたくしは、輝盛殿に寝返ります」

「なんと……?」

 輝盛の眉が動く。眞由莉は彼に顎を固定されたまま、口元だけで怪しく微笑んだ。

「わたくしは本当に強き男が好きなのです。頼綱は口ばかり達者で実行力のない男。女を惹きつける魅力はございませぬ。それに引き換え、輝盛殿は……違いましょう……?」

 実は。……眞由莉はこの男がただならぬ目で自分のことを見ていることを、以前から知っていた。

「外山を占拠し、港より交易の道を開き、莫大な富を得ます。頼綱は入城したがるでしょうが、姉小路本隊など、城を枕に戦って勝てぬ勢力ではありませぬ。外山で立ち、莫大な富を手に入れ、越中飛騨二国を手中に収め、わたくしと共に天下を語ろうではありませんか」

「いや、しかし……」

「上杉ですか? ご心配なく。わたくしに策がございます」

 彼女はそこから、一向衆との連携と、その妙を事細かに説明した。その論に破綻はなく、確かにその通り事が運べば、一向一揆に手を焼いている謙信は、越中を諦める可能性は十分にある。

 眞由莉は最後に、彼の耳元でささやいた。

「まだ仕上げが残っております故、今日のところは頼綱の元へ戻りますが……いずれ輝盛様のお傍へ。その折は輝盛様のために、一肌も二肌も脱ぎましょう。……いろんな意味で……」

 ごくりと……輝盛の喉が鳴った。


 輝盛の出陣は早かった。破竹の勢いで外山に進軍を開始する。手筈としては一向一揆は本当に外山城を明け渡すことになっているから、彼らは程なく接収を終えるだろう。

 眞由莉は次の行動に移っている。春日山城……上杉謙信の本拠地へと赴き、謙信へと目通りを願うと、深々と頭を下げた。輝盛と面会した時とは打って変わって、泣きそうな声を上げる。

「当方に手筈違いがございました!」

「いかがした」

「当方におきましてはたびたび越中での一向一揆の鎮圧のご依頼を受け、我らその働きで上杉家への忠誠を示そうと準備を進めておりましたが、功を焦り勝手に出陣し、あまつさえ外山城を占拠した謀反人を出してしまいました!」

「なんだと!?」

 顔をしかめると般若のような形相となる大男、彼が長尾景虎あらため、上杉謙信である。とてもイケメンとは言えない。

「誠に申し開きもなく! 謀反人の名を江馬輝盛と申します!」

 しかも……と眞由莉はさらに平伏して話を進めた。

「……身内の恥をさらすようで恐縮ではございますが、討伐部隊には本隊が編成されていたため、現在姉小路家単独では、外山城を攻め落とすことができませぬ。無論最大限の力を尽くす所存ではございますが、何卒、謀反人を成敗し、外山城を殿様の元へ取り戻すためにも、御助力願えませぬでしょうか!」

「ぬぅぅぅ……」

 大男は歯ぎしりをし、木の床を蹴って立ち上がった。そのオーラは軍神の名に恥じぬ強大なものだ。

「許せぬ! むしろワシ自ら先陣を切る! ついてくるなら勝手についてまいれ!」

 上杉軍はただちに討伐部隊の編成を開始した。その手際の良さに眞由莉は息をのむ。上杉軍の効率的な統率システムを見たら、姉小路軍のそれなど幼稚園生のままごとだ。全然ダメだ。アホだ。クズだ。あんぽんたんのおたんこなすだ。

「では、わたくしも本国に戻り、急ぎ編成を開始いたします」

 眞由莉は春日山城を飛び出したが、姉小路軍は今の今、出陣できる状態でもなければ間に合うまい。頼綱は空気を読んで動いてくれているだろうか。

 実際、上杉軍は程なく進発した。まるで、全く無名のバンドマンたちがギター一つでライブハウスに行くくらいの気軽さで大軍を率い、越中の地に侵入したのである。

 が、頼綱も、その部分は優秀だった。眞由莉の言いつけ通り、すでに軍容を整え、出撃を待っていた。

 おかげで、姉小路軍本隊は上杉軍に合流できた。ここで存在感を示しておかなければ、とばっちりが飛騨国まで広がる可能性がある。なにせ上杉軍に比べたら乳幼児のままごとなのだ。蹴散らされたら骨も残るまい。

 ただ……眞由莉の姿はこの本隊にはない。総大将頼綱が馬印を示していればいいわけで、彼女には別の仕事があった。

 完全に謀られた江馬輝盛は、尻垂坂で上杉軍を迎え撃つしかなかった。逃げようにも上杉軍の進軍が早すぎる。降伏の使者を送ろうとも、軍神の怒りは収まらない。

 そしてほら貝の音が戦場を駆ければ練度の違いは圧倒的で、江馬軍は上杉騎馬隊の前になす術なく崩壊。軍神は敗走する彼らを容赦なく追撃し、数千人以上の首をはねるという容赦のない采配を行い、戦闘は終わった。江馬輝盛自身もこの中に含まれる。

 が、時を同じくして別の報が戦場を駆けた。一向一揆の大集団が、春日山城の周辺を荒らし始めたというのだ。

 上杉軍は慌てて引き返した。領土拡大にあまり頓着のない謙信にとって、本当に大切なのは越後の盤石な政治体制であったのだ。この際、越中の混乱よりも優先されるのが越後の治安である。

 これを裏で手配したのが眞由莉であった。上杉、姉小路連合軍が外山に向かっている間に、彼女は一向衆を迂回させ、越後へと誘導したのだ。

 一揆と言えば、竹やりに草刈り用の鎌を持った農民たちが……というイメージがあるかもしれないが、彼らの後ろ盾となっているのは本願寺であり、実はこの時、上杉勢を抑えるために、甲斐の武田信玄からも援助を受けている。騎馬もあれば鉄砲もあり、充分に軍勢といえるものであった。

 眞由莉は上杉の行軍速度から、春日山に戻ってくるまでの時間を計算し、上杉勢が鬼の形相で突撃してくる前に、彼らを散らした。その采配は見事で、眞由莉は以後、一向衆の信頼を得ることとなる。


 一揆は結局、するすると越後を抜け、越中へと潜んだ。上杉軍は頭を痛めるしかない。

 大名家であれば、総大将の首を落とせばいい。しかし相手は一揆なのだ。彼らは表向きは、姉小路家はもちろん、本願寺家とも直接的かかわりはなく、一方面を追い落としても、右から左から雨後の筍のように湧いてくる状態にある。

 そんな折、眞由莉は再び春日山城の城下に現れた。謙信の前で深々と頭を垂れ、口を開いた。

「此度の働き、さすが軍神様の名に恥じぬ凄まじさで、お見事と言うしかございませぬ」

「うむ……」

 謙信はうなずいてみせたが、不愉快が止まらない。一向一揆の活動は、身中に虫がのたくっているようなむずがゆさがある。

 姉小路軍は尻垂坂で上杉軍が江馬輝盛を蹴散らした後、撤退した彼らに代わり、外山城を占拠した。その際彼らはすぐに上杉家に忠誠を誓い、「これは賊から城を守るための応急措置である」と主張すれば、謙信もそれには感謝の意を示すしかなかった。

 眞由莉は改めてかしこまり、微々面を上げた。

「……謙信殿。提案がございます」

「なにか」

「越中を、しばらく我らが統治するというのはいかがでしょうか」

 謙信の目が鋭くなった。

「それが目的か」

 眞由莉はその眼力だけで胃の腑が溶かされそうになるのを必死でこらえながら、まずは謙信にすべてを言わせてしまおうと身じろぎもしない。

 謙信の口元は怒りに満ちていた。

「結局、先だて外山を占拠した謀反人と何が違う? 姉小路はワシを謀り、越中を手にするつもりだったと言うことか!?」

「滅相もございませぬ!」

 眞由莉は焦ってみせ、再び深々と平伏する。

「謙信殿。一向衆は謙信殿を仏敵としております。その勢力は増長し、このたび外山城を占拠し、この春日山城下にも迫る勢いを見せました。一向衆の源泉は加賀にあります。越中に一つ、仏敵とはみなされておらぬ我らの軍を置くことで、彼らの活動を監視し、抑止することも策の一つかと考えております!」

 眞由莉のターンである。謙信に口を挟ませない。

「我ら姉小路家は長く上杉家の恩情に預かり、飛騨で権勢を保ってまいりました。その恩義は片時も忘れたことがございませぬ。今、その恩義に報いることができるのであれば、我々はよろこんで上杉家の盾となりましょう。それが両家の絆をより深く、鮮明なものにできるものと信じる一心でございます!」

 般若の表情に、迷いが生まれ始める。眞由莉はさらに続けた。

「謙信殿。我らは決して二心を持って越中を統治したいと申し上げているのではございませぬ。現在の情勢を見極め、それがもっとも殿の……いや、上杉家の安寧につながると信じるからこその提案にございます。どうか、我らの誠意をお受け止めくださいませ!」

 謙信は唸った。確かにその通りでもあるのだ。

 越中はもともと、半分空白地であったものを接収したものだった。生まれ育った越後の地に比べれば思い入れも何もない。にもかかわらず、最近は一向一揆勢にその地を踏み荒らされ、そのたびに部隊を派遣しなければならない。

 それほどの価値を見い出せぬ地でもあり、もともと領土の拡大にも興味がない。そんな謙信としては、忠実な従属大名に代理統治をさせることで悩みの種が消えるのなら……という思いも湧き上がる。

 それで越後の地が踏み荒らされることがないのなら……そして、再び越後まで一向一揆の手が忍びよれば、今度は彼らを糾弾すればいい。これは一挙両得に思えた。

 謙信は重く……静かにうなずく。

「……相分かった。ひとまず、貴殿らの采配を見物させてもらおう」

「恐悦至極にございます」

 額が床に触れるほどの平伏の中で、眞由莉はほくそ笑んだ。これで姉小路家は海を手に入れることができるのだ。有磯海は交易路として莫大な富を築くための重大拠点となる。歴女である彼女はそれを知っていた。

 飛騨と越中で力を蓄え、機を窺う。現時点では最強と目される武田家は、程なく長篠で敗れることになるのだ。史実では武田の騎馬軍団は最終的に徳川軍に編入されていくことになるが、それをなんとか姉小路のものとできれば、世の趨勢はガラリと変わるだろう。

「フフ……」

 飛騨桜洞への帰路の途中、眞由莉は含むような笑みを見せた。

 歴史の改変などは通常あり得ない。主人公が過去にワープする話で歴史の改変に葛藤する主人公像が描かれることも多い。

 しかし……と眞由莉は思ってる。それはもともと矛盾しているのだ。

 なぜなら、転移者がいる時点ですでに、歴史は改変されてしまっているのだから……。

 眞由莉は姫籠に揺られながら、打掛姿の自分を眺めた。

 だから、史実を恐れることはない。すでに史実とは違う時間の流れが始まっている。

 最弱小の大名である姉小路家を、天下に祭り上げるのだ。私の力で……この神宮寺眞由莉の力で……。

 ……

 ……そんな眞由莉の野望が今……幕を開けようとしていた。

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