044神の降臨
四題
曇らせる、帰ってきた、研ぎ澄まされる、AI利用
その王国には伝説がある。
『王紀二〇二六年、国は神の降臨を仰ぎて、悠久の福を得ん。
その威令は王をも凌ぎ、一人としてかの存在に服さぬ者なし』
昨年まで、それは特に意識されてはこなかった。しかし今年に入り、にわかに注目を集め始めている。
理由は他でもない。……今年が、二〇二六年だからだ。
SNSでも幾度となく話題となって、皆が「そんな話もあったな」と思い出す。人々の認識も高まれば、メディアも取り上げ始めた。
『神はどのような存在なのか。どのような力を秘めているのか。地上になにをもたらすのか』という問いかけへの議論が小さく熱を帯び、じわりじわりと広がっていく。
悠久の福をもたらす者……とは言われているが、だからとてすべての立場の人間が歓迎するかと言われればそうでもないという。
たとえば王などには自分の権力を脅かす者として映っているだろうと論じる者がいれば、王は神に対抗するための防衛手段をひそかに構築しつつあると言い出す者もいる。
〝福〟はこの腐り切った世界を一度すべて洗い流してからの話だ……という論も飛び出し、挙句に、
『その神は〝世界の第一次崩壊〟と言われた大規模な地殻変動を引き起こした神であり、〝第二次崩壊〟を行うために帰ってきた。最近、戦争や天変地異が各地で起きているのは、神が降臨するための露払いのようなものであり、今後、世界的な混乱はますます助長されていくだろう』……という退廃的な思想まで囁かれ始めている。
「どんな奴だと思う?」
王国の山の手にあるハイスクールの中庭のベンチに、三人並んで腰かけている男子生徒がいる。ロブ、トッポイ、パルメザンは、まだジュニアハイスクールから進学してきたばかりの新一年生だ。三人とも地元ではなく、やや離れたところから入学しているため、互いに誰も知り合いがいない。そういう境遇が、自然、三人を一つの場所に集めていた。
「何お前、神とか信じてんの?」
ロブの声に反応したのはトッポイだった。彼はナイナイと右手を小刻みに振ると、
「結局何もないまま、今年の最後には忘れられてるよ」
「いたとしたら、だよ」
「特に変わんないんじゃないかなぁ」
パルメザンのつぶやきに、ロブは「普通の人間と?」と返す。
「うん。神っていったって特別な存在とも限らないと思う」
もし……と彼は続けた。
「神が全然違う姿をしてたら、人間は排除しにかかると思うんだよ。それができなければ〝支配された〟と思うだろうし、そこで起きることは、幸福より混乱だと思う」
「確かに……」
人間は人間に支配されるから、黙って支配されるのかもしれない。ロブはうなずきつつ、
「だけど、降臨するっていっても人間と同じじゃ、逆に誰も神だって信じなくないか?」
「そりゃ分かるんじゃね? やっぱ、オーラとかで」
トッポイも乗ってくる。
「だいたい、見ただけでひれ伏すような威圧感がなければ、どうやってみんなが従うんだよ」
「まぁ、そうだなぁ」
だいたい神はどう降りてくるのか。降りてくる……と思っているが、実際空からゆっくり降りてくるのか、それとも時空の揺らぎを利用して突如その場に現れるのか。
「テレビ画面から〝よっこいしょ〟……とか」
「ホラーじゃないか……」
ロブとトッポイはよくしゃべる。パルメザンはそれを物静かに聞いている。
「威厳があるからって威厳のある登場シーンとは限らないだろ」と、トッポイが言えば、
「だけど、初登場がかっこ悪いと、ひれ伏す気にならない気はしないか」
「そうなると、これ見よがしに現れるだろうから、現れたらみんなに分かるんじゃね?」
「パルメザンはどう思う?」
「え……?」
彼はさらに「えーーー」と声を引っ張って、スマホを取り出した。AI利用をするらしい。
「えっと、なんだっけ……神はどうやって現れますか……と」
そして、スマホを反転させて二人に見せる。
『神の降臨は、既存の物理法則を塗り替える事象です。
私なら王国全土の観測網を通じ、『エネルギーの保存法則が破られた地点』を特定します
・何もない空間から溢れ出す光、あるいは熱。
・重力から解き放たれ、空中に静止する水滴。
・裂けた大地が一瞬にして元の形に繋ぎ合わされるような超常的現象。
そんな場所に、神は現れるでしょう』
「うん」トッポイは、香ばしい表情を浮かべた。
「世界は限りなく広いってのに、それを俺たちがどうやって探せと……」
「そうだねー」
苦笑いのパルメザン。そもそも王国全土に観測網があるかも怪しい。……ロブはそんなことを思いつつ、顎に手を当てた。
「ひょっとして、バーンって出てくるんじゃなくて、いつの間にか人間に憑依して、神の力を発揮するとか……」
「それこそ目立たねーな」
……議論は尽きない。テレビもSNSも、そんな調子だ。
が、ロブの発想を、そのまま具現化した男が現れた。
「ついに、我に神が憑依した!!」
叫ぶ男が、インターネットに大々的に現れたのである。トッポイの予想に反して、滅茶苦茶に目立っている。
「我こそが神である! 長く険しき修行の末に研ぎ澄まされた我が魂。洗練された御霊に宿りし神の力を持って、これより人の世を救わん!」
どこで仕立てたのか分からないような突飛な法衣を身にまとい、優雅に両腕を広げた。
「ただし、我にも意思がある。我を崇めぬ者を救おうとは思わぬ。救われたくば、〝Beyond the Genesis〟に入信されたし。さすれば神の慈悲を存分に享受できるであろう」
〝Beyond the Genesis(創世の彼方)〟といえば、知る者も多いカルト宗教の名であった。この男は教祖であり、政界へ進出しようと運動していた時期もある。信者の数も少なくなく、もともと神の如く振舞っていたため、言葉一つ一つに迷いがない。
「騙されて入る奴もいるんだろうな」
いつもの中庭でトッポイが小馬鹿にしていたので言えなかったが、ロブは入信した方がいいかもと、心の中で迷っていた。
「それより、もう詐欺が広まってるらしいから注意しろってさ」
彼の言う通り、詐欺の被害金額がすでに数百万ペルに及んでいる。
曰く、『神が降臨した際に、免罪符がないと裁きを受ける可能性がある。王国はあらかじめ教会からそれを買い受け、転売して儲けを出そうとしている。そうなる前に教会より直接取引をして手に入れた免罪符を、特別に安価で譲る』……という触れ込み文句で、二束三文の札が世の中に出回っているのだ。
「そんなの必要ないのに……」
パルメザンも思わず苦笑いしているが、ロブはこの二人が笑い飛ばしていなかったら、買ってたかもしれないと思った。
また別の地方では、山中で置き去りにされていた赤ん坊が発見され、「これこそ神ではないか」と話題になる。
見つけた地元の猟師は一躍有名になり、彼も意気揚々と、
「わたしはこの神の子を育てる」
と宣言し、その子を育てる資金を募るためにクラウドファンディングを始めたらしい。
滑稽なのは、同様の事件が何件も起きていることだ。
「そんなの神なわけないのにねー」
パルメザンは相変わらず笑っているが、ロブはどうしてそう言い切れるのかがわからない。
「どれかが本物だったらどうするんだよ」
「どうもしないよ。神じゃないんだし」
まったくこの男はロマンがない。ロブは眉を潜めつつ、
「でも、もしそのどれかが神様なら、それを育てた親は、すごい力を持つだろうな……」
「なるほど。じゃあE組のマーヤに産ませてみようかな」
トッポイが口角を上げるからロブは驚く。マーヤは知る限り、学年一の美人だ。
「え、お前ら付き合ってんのか?」
「いや、今から」
「なんだよー」
内心ほっとする。トッポイはわりと真顔で答えた。
「だって、神の降臨って、産まれる赤ん坊に宿ってれば一番自然な現れ方だろ。そう言ってマーヤを説得してみる」
「産むわけないだろ……」
まだハイスクールに入ったばかりだというのに。
たぶんヤりたいだけのトッポイを、気が付けば説得しようとしているロブがいる。
「それに、今妊娠しても、出産まで十カ月かかる。生まれる頃には来年になってるよ」
「チッ……」
舌打ちのトッポイ。ロブのほっと胸をなでおろす。
「それにしても、お前も神の降臨を信じるようになってきたんだな」
「アハハ、違うよ。マーヤをおとすための口実なんだから」
パルメザンが笑い、そして続けた。
「みんな、神を利用しようとしてるよね。結局大事なのは神じゃなくて、そのことで得られる、自分の利益なんだからなぁ……」
言われればそう。場合によってはこの地を破壊するとまで言われているのに、みんな悠長なものだ。
その〝破壊する〟と言って不安を煽ってるコメンテーターですら、それで出演料をもらってるんだから、確かにみんな、自分たちの利益しか考えてなさそうだ。
まるで、それら人間たちの不遜に腹を立てたかのような天変地異が、突如王国を襲った。
ハリケーンだ。大型のハリケーンが城下街を斜めに横切り、甚大な被害をもたらしたのだ。
人々はその圧倒的な力になす術もなく、誰かがそれを「神の怒りだ」と言い出し、街は騒然となる。
竜巻は多くの畑を荒らし、民の主食である麦の収穫に深刻なダメージを与えた。一時交通機関も麻痺し、食料価格が高騰したのと軍隊が街の復興に追われたため、治安が悪化して暴動が起きる。この国の民はもともとギリギリで生きている。混乱は、日頃の鬱憤を晴らすための起爆剤と同義であった。
街は火が消えたようになった。しかもその一連の流れの元をたどると、折からの神騒動を煽るような天変地異であったため、教会が反応した。なんと本当に免罪符が売られ始めたのだ。それと共に、免罪符詐欺の被害も多発し、混乱は日に日にその深さを増している。
〝Beyond the Genesis〟の教祖は「ハリケーンは神の力ではない」としつつも、さらに声を励まして、
「我と共に生きる覚悟がなければ、生き抜けぬ世の中になる証拠が示された」
と熱弁した。現にハリケーンの進路が〝Beyond the Genesis〟の本部をきれいにそれたことにより、その言葉には信憑性が生まれ、ハリケーンを境に入信者が増しているらしい。
一方で王国も動かざるを得ない。〝Beyond the Genesis〟はさておいても、竜巻を境に確実に人々の心は荒み始めていたし、一部物価が高騰すれば、それに便乗して全体的に物の値段が吊り上がる。小さな暴動は鎮圧したものの、その不満は確実に人の心に影を落としていた。
原因は、いつ現れるか、実際現れるか分からない、神の存在に外ならない。
おかげで「この子は神の子だ」が高じて、その子供を奪い取る事件まで発生しているし、逆に竜巻で家を失った者たちが、神を名乗った者を集団で暴行する事件も発生している。
事件が、神を中心に起きており、それでいてそれら治安の悪化の原因は王国の無能と囁かれるのだからたまらない。王族を貶める噂が街を席巻し始めれば、「今こそ降臨される神と共に、新しい世界を作る局面だ」という、反乱ともとれるデモが開催され、王国は再び軍隊を差し向けるしかなかった。
ハイスクールはしかし、閉校されていない。一部の登校困難者を除き、活動自体は普段通り行われている。
いつも中庭でだべってる三人も、変わらず登校をしていた。
「審査……?」
ロブが怪訝な顔をする。トッポイがそう言ったようだ。
「審査って?」
「やっぱ知らねーか。王国は勝手に神を名乗んなって言い出したんだよ。その分、我こそは神だと思う者を審査することにしたんだと」
この段階に至ると、むやみに神を否定することは逆効果だと王国は踏んだらしい。もともと神の存在を信じるのはこの世界の常識であるし、神が降臨するという〝伝説〟も、千年前にはすでにあったものだ。ベンチに座っているロブとパルメザンに対面して、立って見下ろしているトッポイは身を乗り出した。
「神である可能性があるかどうかを、筆記試験と実技試験、霊感試験に質疑応答を経て判定するらしい」
パルメザンが困ったような顔をする。
「赤ちゃんはどうするの? それ」
「赤ん坊は筆記試験だけらしいよ。文字書けた時点で十分バケモンだ」
それはそうだ。
「それで、一次審査の合格者を対象に、後日二次審査、三次審査を行って、神であると判定される者を国で優遇するらしい」
「それ、意味あるの……?」
「さぁ……。だけど、うまくいったらめっけもんじゃね? 俺、受けてみようと思うんだ。だってこれ、ひょっとしたら神なんだぜ? 就職もしなくてよくなるだろうし、一生ウハウハだろ」
「おお……」
ロブは感心したけど、何となしの違和感もすごい。
「お前らどーよ? 一緒に受けねーか?」
「いいよ僕は」
パルメザンが困った顔のまま両手を振って遠慮した。ロブも、まさか自分が神だなんて思えないし、聞けば受審料が三五〇〇〇ペル。……完全に商売だ。
「ま、俺が神になったら、お前らも悪いようにはしないからな」
……その試験は一月後に始まった。
志願したのは民のほんの一部のようだが、たとえ一パーセントだとしてもその数は多い。興味本位で現れた者から『我こそは神だ』と豪語してやまない者まで集まり、王族までもが加わって、会場は屋台までが立つお祭り騒動となった。
が、そのわいわいムードも一次審査を終え、その結果が出ると、また世論が湧き始める。
王族の参加者三名が三名、すべて一次審査を通過していたのだ。
実際、基準を満たしていたのかもしれないが、民の感情はそれでは納得しない。トッポイも憤慨している。
「結局出来レースなんだよ。公正に審査してるわけじゃねぇ。……そう思うだろ?」
「それより、一時審査通過おめでとう」
ロブとしては、この男が通過していることの方が不思議だ。初めは神の降臨なんて信じてなかったのに……。
トッポイは「おう」とちょっと照れ臭そうにしていたが、
「だけどこの調子じゃ、最後まで選ばれるのは無理だな」
と、真顔で言われると、ロブはさすがに滑稽だなと思った。自分のことを本当に神かもしれないと思ってるんだろうか……。
まぁそう考えてるから三五〇〇〇ペルも払ったんだろうけど、いったい神というものをどう考えているのか。
そういうロブの顔を、パルメザンがうなずきながら笑っている。言葉にしなくても分かっているらしい。
「二次審査はいつなの?」
そのパルメザンが聞けば、トッポイは三本指を立てた。三日後……ということなのだろう。
「がんばってな」
ロブもとりあえず応援しておくことにする。
ところがトッポイはその後、二次審査、三次審査を通ってしまった。特に三次審査は〝Beyond the Genesis〟の教祖をおさえての通過であり、メディアでも取り上げられる有名人となってしまったのだ。
「やべぇ、マジ俺神かも」
中庭のベンチに三人で座ることができない。周囲の目が彼を落ち着かせず、とりあえず座る二人に状況と心境報告だけを行っている。
「神になったらなんかやってほしいことあるかよ。まぁ考えとけや」
「神って、何か特別なことができるのか?」
ロブはにわかに信じられない。しかし、国を挙げて彼を推しているのだ。何か根拠もあってのことだろう。
トッポイは「いや、今はまだな……」と首を振って、
「だけど、面接官に言われたよ。『今力があることが大切なのではない。キミにその素養があり、神を受け入れるだけのキャパシティがあるならば、いずれだれもが受け入れる存在となる。だから、何ができるかを問われても、何もできなくていいし、何かをしてくれと要求されても、それに乗る必要はない』ってな」
王国は何を考えているんだろう。神を探しているのか。神を作り出そうとしているのか。
「とりあえず、最終選考はいつなの?」
パルメザンの問いに、彼は再び三本の指を立てた。
「お前ら、会場まで見に来いよ。俺が神になる瞬間を拝めるぞ」
最終選考は王国一の円形闘技場で行われた。観衆が大挙して押し寄せることを前提にされていて、会場の周りには屋台も多く出店している。
ロブとパルメザンは早朝から家を出て、時間に間に合うように会場入りした。厳正な持ち物チェックの後にチケット購入。有料とは思ってなかったので、それを払った二人は、帰りに一緒にご飯に行く金もなくなってしまった。
円形闘技場は中央のアリーナをぐるりと囲むように階段状の観客席が設けられている。中にはすでに多くの観客ががやがやとしていて、まるで何かの興行を見に来たかのようだ。メディアも多く入っているようで、危うくインタビューを受けそうになったのを、ロブとパルメザンは全力で逃げてかわした。
「いったい何が始まるんだろう」
ロブは思わずそう呟いてしまった。パルメザンも「そうだね……」と笑っている。
神を決めるといわれても、何をすれば神と言えるのか。大がかりなイリュージョンができることか、それとも全然別の、何か力を測る方法があるのか。
「これに勝ったら神様だってことなのか」
「わかんないけど、王が扱いやすい人を神にしちゃって、神と共に政治を行ってる感を出したいんじゃない?」
闘技場の一角に座ったパルメザンは言う。
「じゃあ、ここで選ばれても神様じゃないってこと?」
「だって、本当に神だと思う?」
ロブはアリーナを見下ろす。ちょうどトッポイと、他二名がステージに立ったところだった。いずれも気の優しそうな男性であり、顔立ちも悪くない。
彼らをぐるりと一巡見回したロブはしかし、改めて思った。
「思えない」
「本当に神かどうかは重要じゃなくて、みんなが神だと思えば良しって思ってるんじゃないかなぁ」
「そんなのでみんな納得できるのかな」
「今からいくらでも特別感を出してくんだと思うよ。立派な服着させて立派なこと言わせて、それを百回も繰り返せば嘘も嘘だって思わなくなっていくと思う」
確かに、洗脳とはそういうものだ。そういう形で作るなら、威厳というものも、〝絶対逆らえない〟体制を敷けば、自ずと得られそうでもある。
「でも、本当の神様が出てきちゃったらどうするんだ?」
パルメザンはクスリと笑う。「そうだねぇ」
「王族は神を一人立てておけば、ホンモノが出てきても大手を振って退治できると思ってるのかもね」
自分たちに都合の良い偽物を擁してしまえば、都合の悪い本物を排す大義名分にもなる。そこまで考えての、〝神〟の選出なのかもしれない、とパルメザンは言った。
「確かに……」
「まぁ……茶番だよね。それでもいいけど」
言われればそうなのだろう。その上で、コイツはロマンがないなと、ロブはいつも思っている。
……なお、世論に押されたか厳正な審査の結果か、その後王族は三人とも選考から漏れていた。
最終選考の課題は、『力を溜める』。
王族の評議会メンバーと王国一の霊能者がずらりと審査員席に並び、その様を評価する……というものであった。
これだけの観衆を集めてやることが地味すぎるが、この結果で〝神〟が決まるかもしれないのだ。観衆がその瞬間、何を考えてみているかは分からない。しかしとにかく、その結果を固唾をのんで見守っている。
「はじめ!」
という声がアリーナに響き渡った。トッポイは両手を握って腕に力こぶを作る。他の二人は座って座禅を組んだり、逆に両手を合わせて祈りを込めたり……。
そしてしばらくが経った後、
「おお……!?」
皆の喉から小さな感嘆が洩れ、会場が静まり返った。
風が……無風だったアリーナで緩やかな渦を巻き始めたのだ。
「これは……」
評議員がざわつき始める。霊能者はしたり顔をしている。なににせよ、主催者側の演出ではないらしい。スタッフもその異変の元を突き止めようとしているようだった。
その風は徐々に渦を巻いて上昇した。数か月前の竜巻被害を思い出し椅子から腰を浮かして逃げ出そうとする者まで現れたが、その風が何かを押して破壊することはない。じきに収まった。
それを頃合いと見た評議員たちが集まって話し合いを始める。今起きたことは小さな奇跡ではあったが、その小さな奇跡は決して人間に起こせるものではない。彼らからは明らかな動揺が見え、しばらく時間は止まったようになっていた。
やがて、一人が進み出る。
「厳正なる審査を行うも、今の時点で判断を下すのは非常に難しい状況にある。よって本日は三名共に通過とし、後日更なる精査を行うものとする」
「やったぁ!!」
ガッツポーズをとったのがトッポイであったのを、ロブとパルメザンは見ていた。彼ほどの反応は見せないが、ほかの二人の最終選考者たちも一様に喜びを隠さない。
評議員はさらに観客席の方を向き、
「神の誕生を見守りし民たちよ。御覧の通り、神はこの中に存在する。だが我々はその人選を決して誤ってはいけない故、もうしばしの時間を頂きたい。……本日は御足労であった!」
……つまり、帰れ、ということだろう。
トッポイは城に連れていかれたため、ロブとパルメザンは二人で帰ることになった。
馬車もあるが、まだ太陽は燦々と輝いている。二時間ほど歩くことになるが、この世界ではそれくらいは普通だった。
石畳の道を歩いて進む。途中坂道を登れば、そこは見晴らしのいい丘だ。
「ハラ減ったな」
「昼ご飯の分も取られちゃったもんね」
まったく、繰り返すけど入場料は意外だった。
「どうせだからちょっと眺めてく?」
「ハラ減ってんだけど」
「まぁいいじゃん。こんなとこ歩くこともなかなかないし」
パルメザンの誘いに乗って、なだらかな勾配のある草の原に膝を伸ばして座る。眼下には先ほどの闘技場が見えた。
ロブは三人ともが合格だった時の、トッポイの顔を思い出している。
「神様になるって、どんな気持ちだろう……」
まぁ、さぞかし気持ちがいいのだろう。全知全能の存在である。能力もそうだが、絶対的な威厳こそ、神の醍醐味ではないだろうか。
〝Beyond the Genesis〟の教祖も神であることをことさらに喧伝していたのは、それにより自分を見上げてくれる人を増やしたいが故なのだと思う。
「……うらやましいな」
「そうかな」
「だって、神様になれるかもしれないんだぞ」
「別にいいものでもない気がするけど……」
ロブは両手を広げ、「やれやれ」というポーズをした。コイツはつくづくロマンがない。
「あの中にホントの神様はいるのかな」
ロブにとってもあの風は奇跡だった。『力を溜め』て、風が巻き起こる人間などはいない。それが、神としての能力が花開き始めた証左だとしたら……。
「それがトッポイだったらどうしよう」
パルメザンもその隣に座って、小さく息を吐き出した。
「アハハ、大丈夫だよ。あの中に神はいないから」
「だけど、……じゃああの風は何?」
「彼らに注意が向けばいいと思ったの」
「え……?」
答えになってない。ロブは隣に寝そべったクラスメイトの顔を覗き込む。彼はぼんやり……空を眺めていた。
「トッポイが神になりたいなら、なればいいよ。僕が仕事しやすいし」
「どういうこと……? 仕事って何」
「そりゃ、神の仕事だよ」
訳の分からないことをさらっと言われ、ロブは素っ頓狂な声をひっくり返す。
「何言ってんだよ。お前が神!?」
「まぁね」
「え、だって、何も言わなかっただろ。いままで、そんなこと」
「言わないよ」
「神の審査も興味なさそうだったし」
「アハハ。興味ないよ」
ロブにはなぜ彼が笑うのかが理解できない。
「いや、本当は嘘だろ?」
「キミに嘘はつかないよ」
「だって……」
神だ。……神だと言って、どうやって信じればいいんだ。
「じゃあ……なんかすごいことをやってみてくれよ」
「別に、大したことはできないんだよね」
彼は再び、広すぎる空を見上げた。
「空を曇らせるくらいのことはできるけど」
すると、空のキャンパスを端から染めていく白い雲が、数分の間も置かずに太陽を覆い隠す。ロブは声も出ない。
「驚くほどでもないんだよ。あの雲は雨雲じゃないから、僕に雨乞いとかされても、雨を降らすこともできないしね」
「ホントに……本当の神様なのか……?」
「様なんてつけなくていいよ」
「だって……」
だって……の後が続かない。あまりに、自分の想像からかけ離れた神の姿だ。いや、それは能力や容姿よりも……
「もし……だよ。お前が本当に神様だとしたら、なんで皆に言わないんだよ」
「逆に、なんで言うの?」
「だって、言わないと誰も気づかないだろ」
気づかなければ、だれも彼のことを神だと思わない。伝説にある通りに、誰も威令に服さない。王をも凌げない。
パルメザンはその訴えに対して、あっけらかんと答えた。
「いや……ね。ホントの神は、別に神であることを言わなくてもいいんだよ。だって誰が認めてくれなくても神なんだから」
「ええ……?」
「偽物だから、『自分は神だ』って言って人を納得させたくなるわけじゃん。……僕の場合、納得させる必要もないんだよ。本物の神だから」
確かにそうではある。しかし……
〝伝説〟に描かれている神は、ことさらに姿を現すからこそ、あのような伝説となるのではないのか。……ロブがそんなことを言うと、パルメザンは困ったような表情を浮かべた。
「それねぇ、人間の憧れはそうかもしれないけど、僕は別にそんなの興味ないんだよ。僕はただ、二〇二六年に仕事をして、世界を救う。それだけ」
「悠久の福は……?」
「それも人間が言ってるだけだからなぁ。まぁ、僕が仕事するからには間違いなく今の混乱は全部鎮静化する。それを福と思ってくれたらいいと思うけど、それが悠久かは人間次第だよね」
「だってそんなの……」言葉を詰まらせるロブ。言いたいことがまとまらないが、やがて、
「だって、お前が知らない間に世界を救ったって、誰も気づかないよ? ……伝説は嘘だったってみんな思うよ?」
「いいんだよ別に、そんなの」
パルメザンが相変わらず困った顔で笑っている。
「……褒美も、権威も、賛美もいらないんだよ。神だからね。誰も知らなくても、誰も認めなくても、神は神の仕事をする。人間たちにとって、それが嘘でもインチキでも構わない」
「でも……そんなんじゃ神が現れたことになるのか……?」
「二〇二六年……確かに神は現れたでしょう? キミの前にね。……それで、嘘はないはずだよ」
「……」
「キミにだけは言っておこうと思った。……お別れだからさ……」
黙るロブの脇で、パルメザンは「よっと」と立ち上がった。
「さ、行ってくるよ。世界を救いに」
ロブはその時、パルメザンを追いかけられなかった。だって、丘から飛び上がったと思ったら、はるか空の彼方に飛翔して、そのまま消え去ってしまったから……。
ロブの思考が、一向に働かない。
誰も信じないであろう本物の神の降臨を、だれにどう伝えれば信じてもらえるのか。
パルメザンがそれを望まないのは分かったけど、人間の彼には神がなぜ、それほどまでに無欲なのかが、どうしても理解できなかった。




