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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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42/45

042オッサン イン ワンダーランド

四題

五十六歳、涙出そう、半導体、ファミコン

 今日、朝起きたら、なんか世界がバグってた。

 嫁が一階の冷凍庫の上で寝てた俺のことをまったく覚えておらず悲鳴を上げ、エアコンのスイッチ押したら起きる瞬間に戻されて、スマホ操作したら包丁が飛んできて、トイレ入ったらトイレだと思ってたところはただの絵で、階段昇ったらネコになっちゃって、降りると人間に戻れるけど長いひげだけ残っちゃって、服着替えたら女になり、ネクタイ締めたら耳鳴りがして、カレンダー見たら2070年で、一枚めくってみたらそこには墓が見え、トースターは歌うわ、電子レンジはハモるわ、しまいにゃドア開けてみたら森が広がっていて、だけどあまり長く家にいると、悲鳴を上げてる嫁に通報されて警察が乗り込んでくる。


 とりあえず一階の一室に立て篭もって、エアコンのスイッチを押してもう一度やり直し、それを繰り返すこと三回。ようやく家を出る。

 車乗ろうと思ったらベニヤ板で、てか外はまだ開発中らしくて全部ベニヤ板で、東に向かって北には行けそうだけど、南に行こうとすると歩いても進めなくて、なんか犬連れて歩いてる女の人とか開発中っぽくて動きが堅くてドットが荒い。てか、やけに外の空気がぬめぬめする。仕方ないからその空気でポップコーンを作って食べる。

 その後、ファミリーマート行ってみたけど、商品はまだ開発中なのか全部サバ缶で、ファミチキだけは買えるんだけど消費税が124%。店員が開発中で立ってるだけ。しかも盗もうとすると警報だけはしっかり鳴ってしまう不親切仕様。でも実際にくるのはローソンの社員という謎仕様。


 とりあえず、行きつけのガストに行ってみるが、やはりベニヤ板。そのわりに、『コロナウィルス感染拡大防止のためテイクアウトのみ実施中』だけは書いてある。ベニヤ板なので当然店内には入れない。

 関係ないけどその辺りに行くと中島みゆきの『地上の星』を超絶音痴な女子高生が歌っている。油断してしばらく見てると他の女子高生に「彼氏はいるか」などと話しかけられ肩や胸などを触られる。

 慌てて逃げ出す先でうっかりマンホールを踏むと、朝起きた瞬間の冷凍庫の上に戻される。あの女子高生に妙な絡まれ方をされたくなければ男として外に出なければならないが、そのためにはパジャマを着替えてはいけない。どちらにしても嫁には叫ばれる。


 何度か起きた時間に戻されるのを繰り返して、ようやくパジャマ姿で知り合いのYに出会うと、「クジラのエラがないと明日にならない」とか言い出し始める。クジラは海にしかいないと思うのだが、太平洋のある南側はさっき言ったように開発中なのか歩いても進めない。

 日本海は遠すぎるので市場に電話してみようとスマホを操作すると、忘れてたけど包丁が飛んでくる。僕はよけたけどYに直撃。損傷箇所から大量のペンギンが飛び出してきて、行列を作る。王様ペンギン。でかい。てかバグってるせいかYも生きてるが、ペンギン達に親だと勘違いされて囲まれて、微動だにできなくなったため、放置するしかない。Y、別れを惜しんでいたが、十歩歩いたところで振り返ったらゾンビ化していて、ペンギンと口喧嘩していた。……ペンギンって焼き鳥にするとうまいのかなって、ちょっと思った。


 家に帰り、アマゾンのホームページでクジラのエラを探そうとパソコンを求めたが、階段昇るとネコになるためキーボードが押せずに検索できない。

 繰り返すがスマホは包丁だ。ある意味、スマホ依存症の治療にはうってつけかもしれないが、AI彼女にしばらく逢えないことが報告できないのが困る。

 最終的にネットカフェを思いついて駅前まで歩いたところで、ちょうど1300文字となったとブルーバックに切り替わり、強制終了してしまう。

 1300文字はいけないらしい。気をつけようと思って、再度電源をオン。タイトルから流れてくる音楽はなんと8ビット。ファミコンかよ。

 ついでに平ったい8ビット画面で、とりあえずコンティニューにカーソルを合わせてみたら、『冒険の書は消えてしまいました』って呪いの音楽が流れ、俺はレベル1に戻される。もともと何レベルか知らないからいいけど、その余波なのか、嫁が女子高生の歳まで若返ってる。

 俺のことを覚えてないのは一緒なんだけど、俺たちはもともとが恋愛結婚だったので、なんか好感度が高い状態で始まっている。年相応だった嫁は悲鳴を上げていたが、JKの嫁はそれよりオトメゴコロ優先らしい。

 とはいえこの距離感。友達以上恋人未満みたいな嫁の反応で、何度も甘酸っぱい気持ちにさせられる。なんだろう。このバグった世界で思い出させられるかつての嫁の姿。

 なににせよ、嫁がフレンドリーなのはありがたい。なぜって、二階に上がって、俺がネコになっても、嫁がパソコンを叩けるから。

 それを嫁に説明すること一時間。二階に上がるとネコになる……が、どうしても伝わらない。

「行ってみればわかる」と言いきかせるのだが、二階は寝室がある。JK嫁に「連れ込んで何する気……?」とか言われてしまって埒が明かない。

「何もしない」というんだけど、押し問答をしている間にふと、ひょっとしたら逆に卑猥な言葉を待っているんじゃないかという気にもさせられる。

「そういうの、いろんな子に言ってるんじゃないの? 私だけじゃないよね? ……私だけ……?」

 こんなのを俺に最接近して言ってくるからそう思ってしまう。距離感バグりまくってるJK嫁がちょっと顔を赤らめながら言ってて、なんとも甘酸っぱい。

 ちなみに、鏡見て気が付いたんだけど、レベル1に戻されたら俺も高校生に戻ってたらしい。鏡見て驚いた。

 ただ、その鏡はすぐに魔女が出てきて「この世で一番かわいいサケのサバ缶はなぁに?」とか言ってるから、俺の実際の姿を表していたかはよく分からない。

 とりあえず答えないことに腹を立てた魔女は、「魔男になるぞ」と脅迫してきたけど、何が違うのかを尋ねると、「使うトイレの差だ」という、当たり前なのか当たり前じゃないのかよくわからない言葉が返ってきた。ウチのトイレはベニヤだし、あまり影響なさそうなので放っておこうと思う。


 さて、ようやく説得に成功した俺。あれだけ言ったのに、JK嫁は二階に上がるとネコになる俺を散々こねくり回す。それから三時間くらいしてようやく俺がお願いしていたことを思い出し、パソコンに電源を入れた。

 するとなんとパソコンはイカウィルスにかかっており、すべてのファイルがイカになってしまっている。イカというのはもちろん海産物のイカのことで、よく分からない人は検索をしてみればいいと思う。十数年前に横行した悪質なコンピュータウィルスなんだが、そもそもこれにかかる人はネットをあまり褒められないことに使ってる人たちも多かったという話。ちなみに作成者は逮捕されたらしい。

 ともあれ、デスクトップ画像やスクリーンセーバーまで見事にイカになっているので、今まで溜めに溜めてきたデータはすべてお釈迦だ。涙出そう……。

 インターネットが繋げないわけではないのだが、JK嫁はなぜかそのイカたちを見て卑猥なことを考えているようで、顔を赤らめて「なにこれ、私に何かを察してってこと……?」とか、よく分からないことをブツブツ呟くばかりで一向に話が進まない。しかも俺は猫だから「にゃー」としか言えず、言えばまたこねくり回されるだけなので埒が明かない。

 そもそも、クジラのエラを手に入れて、それで明日になっても世界がバグったままだと困る。今のところ、嫁が若返っていることしか利点がない。てかこれ、入籍してるんだろうか。明日もこんな調子なら市役所に問い合わせなければならない。

 とりあえず埒が明かないので、俺は階段を下りて俺に戻り、嫁に指示を出そうと思ってハタと気づく。

 一階にかかっているカレンダーは2070年となっている。ということは今が2026年なら44年後の世界じゃないか。

 今の日本ってどうなってるんだ。もしやこれはバグってるんじゃなくて、これがデフォルトなのか。消費税124%とか総理大臣はどこの董卓なんだ。

 しかし、ここが未来だとしても、俺と嫁の時間がバグってることは間違いない。それを何とかするにはクジラのエラではない気もしてきた。

 ここでまた1300文字に達し、再びの強制終了に見舞われる。

 今度のコンティニューは復活の呪文らしい。分かるわけないのでとりあえず『ひひぎどちつなかわゆほむ やうできこおてち』と入力してみる。ドラクエだとレベル30で再開できる最強の呪文だが、当然ゲームが違う。『ふっかつのじゅもんがちがいます』と言われ、結局ニューゲーム。

 嫁はJK継続。この頃はかわいかった。なんとなくすべてを忘れてここでベッドインしていたくもなるが、そんなことを嫁にほのめかしたら「馬鹿なの? きもっ」と一蹴される。興味ありそうにしてるわりに、直球だとこれだ。ツンデレという奴はめんどくさい。

 なんのかんの、嫁と甘酸っぱいラブコメを楽しんでいた俺だが、不意に家のドアが蹴り破られる。

 現れたのは『厚木市役所を駅前に移設すると決めた会』という怪しげな団体だ。どやどやと玄関から押し入って、リビングで勝手にお茶を飲み始めると、会費の未納39万8千ドルと、今蹴り壊したドアの修理代8万6千ドルを請求し始める。

 とりあえずエアコンスイッチでリセット。なるほど、家でぼやぼやしているとこういうことになるのか。


 とりあえず、俺は外に出ることにした。家の中では解決しないことは明らかだ。というか、解決させようと思っている俺がいる。嫁といちゃラブしてても反社みたいな集団が推し換えてくるんだから詰んでる。

 外は森と、駅に通ずる道がある。南側は開発中なので進めない。背景自体はあるのに、限界まで行くと進めど進めど進まなくなる。

 どちらに行けばいいかを迷っていると、子供が走り寄ってきて、しきりにパジャマ姿の俺を馬鹿にしだした。その言いようがあまりに生意気なのでブチギレて怒鳴ると、親が出てきて猛抗議を受ける。ドラクエみたいにスライムとかドラキーみたいなモンスターは出てこないけど、その分モンスターペアレンツに遭遇する仕組みらしい。レベル1だと太刀打ちできない。

 慌てて逃げかえり、JK嫁に「どうしたものか」を相談してみる。

 すると嫁は「そういう時はほこらの物知り爺さんに聞くといいよ」という、やっぱりドラクエみたいな理屈を並べてきた。そんな嫁に「今は何年だか知ってる?」って聞いてみると、「彩華28年」とか言ってるから、この嫁は実は俺の嫁ではないのかもしれない。

 そこで、ハタと気づいたのだが、嫁をここに放置しておくと『厚木市役所を駅前に移設すると決めた会』の襲撃を彼女一人で受けなければならないことになる。嫁が嫁でないかもしれないにしても、このかわいさでそれをさせるのはいろいろな意味で危険なので、次は連れ出すことにする。

 そんなわけで嫁がパーティに加わったが、ステータスを開いてみたら『散歩師』という職業(?)なので、戦力としては全く期待できなそうだ。

 ラブコメの次は冒険モノとなった俺たちは、ガストを横切って街の方へ。それで知ったのだが、中島みゆきの『地上の星』を超絶音痴に歌っている娘の隣でわいせつな行為を繰り返していた女子高生は、俺がパジャマ姿の男でも、「彼氏はいるか」などと話しかけてきて肩や胸などを触ってくることが判明。ただ前回と違い、JK嫁という番犬が一瞬で〝地ならし〟をしてしまい、その女子高生は本当に地上の星となってしまった。怖い。

 それで、初期設定(?)を思い出し、嫁の方へと目を向ける。

「あのさ、この街のマンホールは絶対踏むなよ?」

「マンホール?」

「そうそう。マンホール」

 言い捨てて思案する。

 ほこらの物知り爺さんというのはどこにいるんだろうか。まぁそれは嫁が言っただけだが、他に手がかりもないので物知り爺さんを探すしかない気にさせられる。

 どうすればいい。まずは交番に聞くべきか……

 思った瞬間、俺の身体は自宅の冷凍庫の上にいた。起きてみると、リビングに走ってくる音。嫁が飛び込んできて、「家に戻されたよ!?」と驚いている。

「お前、マンホール踏んだだろ」

「ええ!? ホントに踏んじゃいけなかったの!?」

「踏むなっていったよな?」

「踏むなよ? 踏むなよ!? って、振りだと思ったもん!!」

 なんというか、嫁が若い。いろいろなことをやってみたくなる年ごろなんだろう。それにしても、言った傍から踏まなくても……。

 しかし戻されてもJK嫁のままなのはよかった。今の嫁が嫌だというより、今の嫁だと警察を呼ばれるので、とりあえずJK嫁じゃないといろんな意味で時間的猶予がない。


 俺は気を取り直して、ほこらの物知り爺さんを求めて、扉を開けて森に出る。

 思ったんだが、なにせ〝ほこら〟だ。2070年の都市開発がどうなってるかは分からないが、とりあえず日本の都市部にはあるまい。もっと早く気づいていれば、さっきのわいせつ女子高生は星にならずにすんだからもしれない。

 そう思いながら森に入ってみたら、出るわ出るわ。ほうれん草のバターソテーに、羊肉の山賊焼、バグラネズミのミンチに鳥インフルエンザの姿煮と、恐ろしい程の種類の料理がバイキング形式で用意されている。

 しかも『食べ放題』とあり、俺はともかく食べるのが大好きなJK嫁のよだれが垂れた。これを逃したら人生の損だってことで、俺たちは急遽ランチタイムに入る。

 しかし、いざ会計となった時、思わず俺の目玉が飛び出る事態が起こった。

「79830円になります」

 レジなんかない。キツネの耳と尻尾がついてる女店員がランチタイム終了を告げに来た時、直にその額を請求してきたのだ。

「食べ放題だろ?」

「食べ放題だよ。食べた分だけお金払ってくれるなら」

「そういうのは食べ放題って言わねーよ!!」

「いくらでも食っていいんだから『食べ、放題』だよね?」

 食べ放題の概念を覆す理屈で女は勝手に電子決済して「ありがとうございましたー」とか言ってる。だまされた。今の一瞬で月収の70%を持っていかれてしまった。絶賛バグってるが、しかしこれに限っては、もともと月収の方がバグってるともいえる。

 まぁそれはともあれ、「そういえば」と店員に聞く。

「ここら辺にほこらってある?」

「ほこら辺にここら?」

「ここら辺にほこら!」

「ああ、ほこら? ほこらなら向こう」

 指さす女定員。続くセリフで俺絶句。

「2670㎞向こう」

「日本突き抜けるだろ!!」

「日本突き抜けちゃいけない理由でもあるの?」

「……」

「まぁ2670km向こうだけど……」

 女店員はふわりと柔らかそうな尻尾をくいっと動かした。その先に、緑色の土管がある。

「その土管でいくと1,3kmで最寄りの土管につくよ」

「どんな仕組みだ!」

「そんなのはマリオに聞いて」

 世界がバグってるだけに何でもありだ。ものすごい想像を働かせないと描けないわりに、絶対読者が置き去りになってるこの展開に、努力の無駄遣いを感じざるを得ないが、とりあえず土管に飛び込んでみる。

 グングングン……という音と共に落ちた世界は、見たことのない場所だった。

 巨大な地下空洞はなぜか想像の通りだったけど、暗いかといえば、ごつごつとした岩が剥き出しになった通路は抜けるように遠くまで見渡せる。特別明るくないのに、まるでダチョウの視力になったのかというくらい遠くまではっきりと横穴が続いているのが見える。

 てか、めっちゃドット荒い。世界がファミコン画面のレベルになったら、もうそれだけでバグってると言えるが、それくらいドットが荒い。おまけに一つのオブジェクトにつき、色は四色しか使えてないみたいで、陰影ふくめてものすごくカラフルに見える。

 何より驚くのが……

「あはははははは! あなた、すっごいヘンになってる!!」

 そう笑い飛ばす嫁のドットまで荒々になってるところだ。

 四色しか使われてない嫁の目とか口とか全部〝点〟で、身体の等身もおかしい。

 まぁ、そんな嫁が俺を笑ってるんだから、俺も完全にファミコンのキャラクターみたいになってるんだろう。もともとパジャマを着替えたら女子になってしまう世界だ。もはやバグってることを気にするのも無意味は気はする。てか、すでに1300文字で強制終了するバグ自体忘れられてるっていういい加減さ。

 ともあれ、この格好で余生を過ごす気にはなれないので、この世界を何とかしなければと思う気持ちを新たにするしかない。

 いや、わりと気持ちは真面目だから。あまりに滑稽すぎて、ギャグでこの作品を描いてるんだろうって思われるかもしれないが、ギャグじゃないから。こんな世界でドットの粗い自分が、愛する嫁に点の目で笑われてることは、『ザ、モスト、シリアス展開』だから。

 ホントに、こんな世界に迷い込んだことを考えてみてほしい。あなたも絶賛『ザ、モスト、帰りたい』になるはずだ。たぶん。

 俺はもう一度、横穴の奥を見た。ボコボコと足場の悪い起伏が続き、高低差は50cmくらいあるので、転んだら痛そうだ。しかも、歩き出して気づく。山、谷、山、谷の繰り返しなんだが、山を踏んだ時、その山が幻であることがあり、山のつもりで手や足を掛けようとするとつんのめって転ぶ。嫁とか、隣で豪快に転んでいるが、痛がるより先に、

「み、見た……? 見えちゃった……?」

 と、転んだ拍子にめくれ上がったスカートの中身を気にしているのが笑える。

「まぁ、見えたは見えた」

「うわーー。サイアクー」

「いや、そうでもないと思う」

「そりゃ、あなたはうれしいかもしれないけど!」

「いや、そうでもないと思う」

 言うて8ビットパンツだ。ドットが荒すぎて色気のかけらもない。怒ってる嫁の顔もガタガタなので、これで官能的なナニカを想像する方が難しい。

「責任取って結婚してよね! 新婚旅行は熱海がいい!」

 生活だけはリアルを引きずっているのか、8ビット嫁の新婚旅行の希望が安上がりすぎて泣けてくる。

「そして三日に一回はアイスが食べられる生活……ふふふ……」

 ごめんって思う……。

 とりあえず、妄想ですっかり機嫌を直した8ビットJKの嫁を連れ、さらに進む。その横穴の最奥……。

 なんか、5mくらいある巨人が鎮座しているのが見える。『長靴をはいた猫』よろしく、『ブリーフを履いた巨人』。ドットが荒すぎて怖くないが、実際は『進撃の巨人』みたいな、あの妙にリアルな顔の巨人なのだと思えば相当怖い。だがまぁ現実的には(?)あまり怖くない。

「まさか、ほこらの物知り爺さん……?」

 んなわけもないのだが、嫁がそのように話しかけると、巨人はゆっくりと立ち上がった。そして、ペッと嫁へ唾を吐きかけてくる。

「うわっ! あぶね!!」

 俺は思わず嫁を押し倒してその唾液から彼女をかばう。組み敷かれた嫁が猛抗議。

「ちょっと! 今はやめてよ! あいつに見られてるでしょ!?」

「勘違いするな!」

 俺は素早く立ち上がり嫁の手を引いて走り出す。刹那の後にはその場所に唾液が直撃して飛散した。汚い。

 というか、これ、もしかして倒さないといけない奴なのか。どうやって!?

 間断なく吐かれる唾液。あの太い足で踏みに来たり、長大な腕で潰しに来たりする方が明らかに効率がよさそうだが、巨人の知能が8ビットで助かる。

 しかし、唾液が命中しないことに業を煮やした巨人が、さらに驚きの行動に出た。

「やめろ!!」

 おもむろにブリーフを脱ぐと、股間からメガ粒子砲を取り出し、一直線に液体レーザーを放出したのだ!!

「発禁になるだろ!!!」

 うっかり遠ざかれば、空気抵抗の都合もあり〝メガ粒子砲〟は〝拡散メガ粒子砲〟に変化してしまう。そのため、俺はそのレーザーの死角、巨人の股の下に向けて走った。レーザーは風を受けたゲリラ雷雨のように追いかけてくるが、タッチの差で股を通り抜ける。これで逆に尻の方からイケナイものが落ちてきたらもうホントに発禁になりそうだが、巨人がそれを思いつく前にJK嫁が叫んだ。

「あなた! あれは!?」

 呼び方だけ、いつもの嫁らしく〝あなた〟と呼んでくれる嫁。その先にあるのはまた緑の土管。助かった。これで逃げられそうだ。

 巨人が振り向く、そのほんの数瞬前に俺たちはそれに飛び込んだ。


 土管を抜けると雪国であった。

 と、思わず川端してみたくなる真っ白な景色。ただ、この場合はバグってるだけで別に雪でもなさそうだ。バグってるというか、開発中なのだろう。マップチップが置かれる前の世界だ。

 そんな真っ白画面い目をチカチカさせながら、進んでいく。そういえば俺も嫁も普通の男女(ただし高校生)に戻っている。すべて元に戻ってほしいと思いつつ、この事実だけは持ち越せないかと切実に思う。

 やがて、そんな真っ白な世界に唐突に岩をくりぬいたような場所が現れた。

「ほこらかな」

「間違いない」

 俺は確信をもってさらに進み出る。いや、確信というより、ここまできて『物知り爺さんがいない』と、疑うのが、もはやめんどくさい。

 10000文字前後の短編であることを考えても、いなければおかしい。いくら世界がバグってるとはいえ、さすがに何の決着も見ないまま終わらせることはすまい。

 が……

「……いない」

 予想は見事に裏切られる。いない。人間どころかエルフもドワーフも存在しない。

 矢久(←筆者)のことだから、物知り爺さんはサルかもしれないくらいには思ってた。いや、もっと言えばオオサンショウウオも許容範囲だった。しかし……

 何もいない。心臓動いてそうな奴がどこにも確認できない。え、じゃあどうすんの、この物語の結末!!

「誰だ」

 その時、どこからともなく声がした。どこからともなくというか、下から声がした。

 俺はすっとその声がしたと思われる方へと目を向ける。が、だれもいない。

「ここだ」

 ここだと言われていつでも場所が特定できるなら警察はいらない。

 キョロキョロする俺だが、嫁は何かを見つけたらしい。一点を指さし、「あのムカデじゃない?」という。

 ムカデ……。ムカデを探してさらに目を凝らすと、そこには黒い四角の板から銀色の端子が何本も飛び出してる何かが落ちている。

「お前……よくアレみて、アレじゃない?って言えたな」

 どう考えても、あれがしゃべってると発想するのは普通の感性では難しい。さすが嫁。

「あれしか見つからなかったから仕方ない」

 そんな嫁が開き直った時、その黒い四角はわずかに身を揺らしたように見えた。

「まぁ当たりだよ。まさに今見ているワシがしゃべっとる」

 これは……なんだろう。機械の基盤とかにいっぱいついているアレなのか。半導体……だっけ……。

 まさにそんな奴がしゃべってると主張している。とりあえず日本に散らばる全ての物語の中で、半導体がしゃべったのは本邦初じゃないだろうか。

「お主が来ることは分かっておった」

「さっき〝誰だ〟って聞いたじゃねーか……」

「反抗的なヤツだな。まずは名乗らせてもらおう」

「名前なんかあんのかよ」

「ホントに反抗的な奴だな。我が名は矢久五十六歳」

「え、矢久って五十六だったのか!?」

 まさかの磯野浪平(54)よりも年寄りだったとは……。

 が、半導体はムキになって反論した。

「ちゃうわ! ヤク、イソロクサイと読むのだ!!」

「どう考えてもヤク、ゴジュウロクサイだろ」

「イソロクだよイソロク。連合艦隊司令長官と同じイ、ソ、ロ、ク!」

「サイは?」

「伊藤一刀斎とか人斬り抜刀斎とかサイだって」

 斎は、道を究めんとする者、の意味が込められておる……らしい。……が、

「明らかに漢字が違うじゃねーか……」

「今回のお題が〝五十六歳〟だからしかたないのだ」

 ……気が付けば、確かにムカデのように足を広げている半導体とすっかり話してしまっているが、これがもしや〝ほこらの物知り爺さん〟なのだろうか。

「なぁじいさん」

「爺さんじゃないわ!!」

「これこの通り、アンタがしゃべるくらい世の中がバグってるんだが、何か知ってるか」

「知っている」

「マジか!」

「まぁ座れ。小僧」

 鎮座?している半導体は、一つも動かないのにまるで一つの大きな生命体であるかのように、野太い呼吸をした。


 何が始まる。コレが一対何を言い出せば、こんなバグった話を収束させることができるのだろう。俺は黒いムカデを見据えた。

「小僧……」

 五十六歳は呟き、静かにその視線を受け止める。

「お主は、尖った作品とは何か。説明できるか」

「尖った作品……?」

「そう。尖った作品だ。聞いたことはないか?」

「分からないが……なんとなくエッジが効いてそうな話に思えるけど」

「それをもっと具体的に言えるか」

「え……?」

「具体的に、何をもって尖っているものが、〝尖っている作品〟だと言えるのだろうか」

「……」

 半導体は静かにたたずんだまま、続けた。

「尖るといえば鋭いイメージだ。尖ったと聞いて、スローライフは思いつくまいよ。……とすると、暴力的、猟奇的なものが尖った作品といえるのだろうか」

 それも、ヒーローがバッタバッタと悪者を倒していく痛快劇は、〝尖った作品〟に含まれない気がする。どちらかと言えば、退廃的な臭いがする作品を〝尖っている〟というのか。

 病的な性格の主人公が、病的な行動を起こすドラマとか、エロやグロなどの要素や、サイコパスなどが繰り広げる狂気……。

「あるいは、時代への反感を描けば尖っているのか」

 今の時代の傲りに対するアンチテーゼを吐き連ねれば尖っているのか。社会派と言われる作品が〝尖っている作品〟の正体か。

 ……五十六歳は表情も変えずに言った。

「ワシはな……今までいろんな物語を描いてきた。王道も、邪道も、シリアスもギャグも、恋愛もミステリーもホラーも時代小説も、社会を風刺したり皮肉ったりする作品も描いてきた。……しかし、何をもって尖った作品というのか……結局分からない」

 尖った作品。何が尖っているのか。先ほど例を挙げた作品など、すでに世に溢れてる。ならば尖っている作品というのは何かの模倣でいいのか。そんなものを尖っていると言えるのか。というか、ある一定の傾向を〝尖っている〟と判断するのであれば、時代は常に、偏った何かを求めていることになる。それでいいのか。

「だから……」と、五十六歳の声が唸る。そんな要素を極力排除した〝尖った作品〟を探しているのだ……と、彼は言い、

「……バグった世界を描いてみようと思ったのだ。……どうだ。この世界は尖っているか」

 なるほど……と、俺は思った。が、その上で即答する。

「いや、あんま尖ってないと思うよ。尖ってるがなにかは分からないけど、特別尖っているように思えん」

「そうだな……」

 五十六歳は、分かっていたように是を唱える。……では、なんだろう。尖っている作品とは。毒がなければ尖らないのか。

「……この試みもまた……徒労ではあるが、しかし、残してみなければわからんからな。一つ一つが試行錯誤だよ。何を描いたら面白いのか。どんなことを描いたら誰にも描けないものが描けるのか……」

 なんか自問自答してるように見える半導体に俺は言う。

「アンタがしんみりしてるのは好きにしてくれればいいけど、そろそろ俺たちをまともな世界に戻してくんねーかな。さすがにこれだけバグってると生きていけん」

「では、ワシを持ち帰り、家のパソコンのふたを開けて、基盤の端にハンダ付けしなさい。それでお主たちは元の世界に戻れるよ」

「うわ……メンド……」

「メンドいもんかい。さっきのワシのセリフを家に帰ったらコピペしてくれれば、それでことが足りるわい」

「小説でしか通用しねーよ、そんなの」

「小説だから存分に使え」

「……」

 現実を小説と言い切るこのメタフィクション……マジでバグっとる……。

 思いながら、俺はその半導体を拾った。願わくば、こんな類の物語の主人公には二度となるまいと誓いながら……。


 そして家に戻った俺とJK嫁。

「ただいまー」

 溌剌と誰もいない玄関の向こうに挨拶している様が懐かしい。このエネルギーは今の嫁にはもうない。

 このJK嫁ともお別れか。そう思うと名残惜しくもある。

「あーー、最近暑くなってきたよねー」

 なんとなく子を見る親のような目をしている俺に気づくそぶりも見せず、手でパタパタと頬を仰いでいる嫁は「パソコンだっけ」と言いながら階段を上がっていく。俺もそれを追った。……ら、ネコじゃーーーん!!

 ネコになるんだった。階段の終わりで半導体を落とす俺と、「おーにゃんこー!」と喜ぶ嫁。すぐに「あーあちあち」と手の団扇を再開して、エアコンスイッチへと手を伸ばす。

 あ!!ちょっと待て!!

 そのエアコンスイッチは!!


 …………

 ……

 目を丸くして、叫んだ吾輩は猫であった。

 部屋に鳴り響いた音は「にゃ~~~~~!!」であり……。

 ……次に意識が世界を認識した時には、俺も嫁も、このバグった世界の冒頭にリセットされていたのだった……。

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