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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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041インスタントラーメン規制法

四題

四畳半、案外便利、ぼんやり、マイペース

 四畳半のワンルーム。コンロのような小さなガス台でカンカン言ってるのは、熱せられているお湯を覆っているやかんである。それが沸騰するのをぼんやりと眺めながら、今日の腹を満たしてくれるカップラーメンを見る。

 最近は本当に種類が増えた。いつからか。コンビニが劇的に増え始めてからだろうか。

 どれを食べてもハズレがなくなったし、同じ銘柄でも、すごくおいしくなってる。褒めるんだから名指ししてもいいかと思うが、スーパーカップとか、格段においしくなった。

 発売当初は量が多い分、味はしかたないのかなというクォリティだったのに……メーカーさんの工夫と努力には感服する。

 カップヌードルとかもものすごくおいしい。ラーメンかと言われると、何となく疑問を感じるんだけれども、〝ラーメン〟ではなく〝カップヌードル〟が食べたいと思える時があるんだからすごい。もはや独立したジャンルだと言っても過言ではないだろう。


 袋ラーメンもすごい。

 昔は袋ラーメンといえば、なんだかすごくジャンキーな味がしていたけれども、(まぁこれもまたカップヌードルと同じく、それが食べたいと思えるものだから、けなしてるわけではないんだけれども)、最近の袋ラーメンなんて、なんならラーメン屋と同じレベルでうまい。高いものになると二玉くらい入って三百円前後になるけど、ウチの近くのラーメン屋が一玉で八百五十円であることを考えれば、「こっちで十分」と思ってしまう。最近の物価高騰で千円とか超えてるラーメン屋を考えればなおさらだ。実際、三倍うまいと思えるほどの味の差でもない。

 その安さ。貧乏人にとっては有難い味方だ。


 それくらい、今、家で作ることのできるインスタントラーメンというものはすばらしい。

 作るのも簡単だし、時間もそれほどかからない。マイペースに食事を取ることができ、いつ閃くか分からない創作活動を阻害しない。なんならお湯を入れてからの三分間の空白が、気分転換のための、案外便利な時間ともなる。

 たった三分。大したことはできないし、三分という時間は決まっているから、この三分、他のことには集中ができないので、逆に全てから解放される時間になりえるのだ。

 伸びをしたり、軽い運動をしたり……頭が煮詰まってしまう作業の途中で、このワンクッションは本当に有難い。

 まぁもちろん、そこに本格的な料理の時間をあてて、一時間とか気分転換する方法もあるはあるのだろう。

 だけど、僕にとってはこの〝三分〟という絶妙な時間が至高なのだ。集中して、集中して、腹が減って、湯を沸かしている間にデータの整理をして、ラーメンに湯を注いだ後の三分間……すっと世界が広がる……。

 これが、僕にとっては、絶妙な生活のリズムなわけである。


 ところがこのたび、施行された新しい法律に、僕は愕然となった。

『法改正により、インスタントラーメンを食べることに刑事罰を課すことになりました』

「は?」

 である。もっと言えば、

「はぁ!?」

 だろう。

 インスタントラーメンを購入するのはいいが、食べると罰金、スープを下水に流すと厳罰だという。一つ食べるだけで七千円とか言ってるから、毎日カップラーメン食べてることがバレたら、それだけで罰金二十一万円となる。

 よく分からないし、国は何のいわれがあって、今まで営々と築いてきた人間の暮らしを根本から覆すようなことをするのか。

 曰く、

『インスタントラーメンは長期的に見て健康被害を及ぼすこと。また、下水にスープを流す行為が横行し、油脂が排水管に固着、侵食や劣化を早め、詰まりや破裂の原因となることが長年問題視されてまいりました』

 ……日本のインフラは昭和時代に整備されている。老朽化したそれらが一気にパンクすると財政負担が追いつかない……とか言っている。健康被害についても、少子高齢化が加速する今の世の中で子供たちを守るため、お年寄りの健康を守り医療費を減らすため、健康被害を及ぼすものを極力排除していくべきだ……という論議が真顔でなされているらしい。……なんならそのうち冷凍食品や駄菓子も規制する勢いである。

 お節介極まりない。こんな悪法が通っていい理屈などあるだろうか。

 健康被害など余計なお世話だ。病気になれば、確かに三割負担の僕も七割国が医療費を肩代わりするのだから、健康でいることも国民の義務だと言いたいは言いたいのだろう。

 しかし、毎日毎日オーガニックな食材を用意できる世帯ばかりではないことを、政治家は知って、そういうことを言ってるのだろうか。

 昨今の物価高騰は世界情勢などの不可抗力だけではない。政府の失策やメディアの無秩序な煽りで買いだめが加速する事実もある。外国株をガンガン買わせるニーサなどを推進すれば円安も加速するし、それでさらに物価が高騰していくなら、今の円安構造は政府が作り出しているともいえるのだ。

 そんな状況で安価な食材を切り捨てる。富裕層と貧困層が二極化している今、これでは健康被害の前に、困窮でさらなる健康被害を生む。実際、富裕層と貧困層の比率は五十対五十ではないのだから、国民の半分は困らないとか、そういう話ではない。

 下水管の劣化とかも、素人では検証すらすることのできない理由をつければ国民の多くはそれを明確には否定できない。論議となりにくい要素を入れ込んでくるのは、政策の常套手段であり、詐欺まがいの悪徳商法も同じような手法をよく使う。だから、こういう話には眉に唾をつけて聞かなければならないが、いずれにせよ、日本の文化として定着しているものにもっともらしい理由をつけて無理やりルールを作ることは、その文化自体の締め付け以外のなにものでもない。

 いや、確かに、健康面や処理の面で、インスタントラーメンにはそういう側面もあるのだろう。しかし、ほんの一部の可能性のためにすべての首を絞めるという行為が、果たして健全と言えるのか。

 国が国に何かを指摘すると『内政干渉だ』と腹を立てるのに、国民に対して国が好き勝手をするのは許されるんだろうか。


 そんなことを昨今のSNSで投稿すると、多くの『いいね』をもらえる一方で、コメント欄には、

『お前みたいなのが一番迷惑だ』とか、

『選挙で政党を選んだんだから仕方ない』とか、

『ルールとして決まったことは守るべき』とかいうアンチコメントも並ぶ。

 どんな意見も100%の支持を得られるわけはないから当たり前だと思うんだけど、『迷惑だ』みたいに抽象的なものは置いておくとして、こういう人達は、そもそもルールが間違ってはいないかとか、野党が勢力的にも主張としても弱すぎて選べない状態でそういうことを言い出すのもどうなのか……みたいなことは考えないのだろうか。


「はぁ……」

 僕はため息を吐くしかない。

 どういう経緯かは知らないが、よくぞこんな法律が衆議院、参議院両院で通ったものだ。今の与党の副総裁は昔、カップラーメンの価格をインタビュアーに聞かれた時、「四百円くらいかな……」と答えていた。

 それくらい、インスタントラーメンなんてジャンクフードには程遠い生活を送っていらっしゃるのだろう。そんな人間たちが法律を作っているのだ。現場で地をはいずり回っている国民の気持ちなど分かろうはずもない。

 というか、実際インスタントラーメンをどう規制するというのか。家庭ゴミのチェックでもするんだろうか。家庭の配管が詰まったら査察が入るんだろうか。

 規制なんてしきれるはずはない。きっと、この法律が施行しても、インスタントラーメンはこっそり食べ継がれるだろう。

 それが、罠なのかもしれない。繰り返すけど、そんな調査で捕まえるのかは知らないけど、そもそもその法を守る気にもならない国民は多いだろう。当然〝違反〟は増えるはずだ。あるいはそこで違反されることを前提に法律を作っている……ということも考えられなくはないだろうか。

 反則金のノルマがどこかに存在し、それで国庫を潤すことでボーナスを得るナニカがあるとすれば……わざと遵守の面倒な法律を作ることで、利益を得るナニカが存在するのかもしれない。

 穿ちすぎかもしれないが、そんなことを思えるくらい、突飛で、非現実的なルールだと思う。とても、深く議論を尽くされた結果作られたものとは思えない。


 僕は部屋の隅に積んであるカップラーメンの塔を見た。

 本当は、ため息をつくべきことは、それ自体ではないのだろう。むしろこんなことは序の口なのだろうと思う。

 これが今の、日本の体質なのだ。そこに根本がある。

 これからさらに日本のルールは細かく、窮屈なものになっていくのだろう。例えば移民。

 移民が悪いと言ってるんじゃない。しかし移民を広く受け入れるなら、彼らは文化も常識も違うのだ。

 それを、今の日本人は臨機応変という形では受け止められない。たとえ起こる確率は万が一でも、その万が一のために次々に新たなルールを足していくのだろう。日本人は真面目だから、そのルールに翻弄され、移民以上に圧迫されて息をひそめて生きていくのだと思われる。

 そうやって、社会のルールが歪めば歪むほど、人もいびつに歪んでいくのだろう。


 お湯が沸いた。

 反則金に怯える前の、最後のカップラーメンを楽しもう。

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