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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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039愛は地底の底の底

四題

埋められる、ないない、既定路線、お見合い

「ま、待って!! 冷静に考えて!!」

 大声を出しても、その音が掻き消える半径に、その声の意味を理解できるものはいない。それほど山深い場所で、女の声が空しく響く。

「普通に考えたらおかしいでしょ!?」

 名は花苗。彼女は手足を縛られていた。隣で男がスコップを振り上げ、穴を掘っている。その、土を貫くステンレスの乾いた音だけを、男は黙々と発していた。

 その狂気が伝わるほどに、彼女の表情は歪んでいく。

「助けて! 話を聞いて仁志ひとし!!」

 彼女がこの光景に気づいたのはつい先ほどだ。今の今まで、薬で眠らされていた。

「わたし埋めたってなにも変わんないよ!? ううん、殺人だよ!? 分かるよね!? 捕まるんだよ!?」

 男は一切何も答えない。ザッザッという音と共に周囲の土は盛り上がり、中心部にいる彼の姿が埋もれてゆく。そのことが、花苗をなお一層恐怖の底に叩き込んだ。

「ねぇ、何か言ってよ! 仁志!」

 声が、ひたすら空しく、白昼の山中に消えてゆく。

 それが今、彼女にはひたすらに恐ろしい。


 出会いはお見合いだった。

 小粋なホテルのラウンジで、互いにカジュアルな服装に身を包み、二三話しただけで打ち解けた二人である。既定路線という言葉があるが、二人の場合、出会いから夫婦の成立まで、まさに既定路線であったかのように、あれよという間に形成されていった。

 仁志が仕事に出て、花苗が家を守る……この形もまるで申し合わせていたかのように決まっていったし、仁志は営業の仕事を、花苗は主婦業を誠実にこなしていた。

 友人たちも一様に驚いたスピード婚だったが、それから半年、特段諍いもなく不満もない、誰もがうらやむペアであったはずだ。なのに……

 花苗は、どうして睡眠薬で眠らされ、気がついたら山中に連れてこられていて、生きたまま埋められる状況になっているのかを、なんとしても知らなければならなかった。

「ねぇ……わたし、何か悪いことした……?」

 声の調子は弱いものではある。仁志の無言は、それほどに恐ろしい。

「してないよね……? 仁志に嫌われるようなこと、何もしてないよ……」

 言いつつ、原因を辿った。もちろん、生まれたばかりの赤ん坊ではないのだから、過去を振り返れば透き通った草原ばかりが広がっているわけではない。

「ねぇ……まさかとは思うけど、カレーをちょっと辛くしすぎちゃったこと……?」

 花苗はかなりの辛党である。唐辛子等のスパイスをたっぷり入れたカレーをふるまってしまい、仁志に重傷を負わせてしまったことがある。

「ホントごめんね! ヤバヤバだったよね!! でもあれはわたしがおいしいって思えるものを食べてほしかったの!」

 実際、カレーの出来は最高だった。店に出しても売り物になること間違いないおいしさだったが、仁志はしばらく入院して、その後も内科に通う羽目に陥った。それか? それなのか……?

 しかし……スコップの冷たい音は鳴り止まない。花苗はさらに焦る。

「違う!? それじゃない!? ……あれかな。トビモリで緊急脱出しちゃったこと!?」

 トビモリとは、『飛び出せ!牛丼特盛!』というゲームの略称で、実際は牛丼に限らず、さまざまなどんぶりメニューを具材の栽培や飼育から始めてお店を開く……というゲームで、こだわり始めると一年やそこらでは完成しない。

 そのゲームには緊急脱出サービスというものがあり、煮詰まってしまった時や一度リセットしてしまいたい時、一瞬で工場出荷時の状態に戻せる。それがさりげなく、かわいいヘリコプターのアイコンとなっているので、「なんだろう」と思って押してしまった花苗が次の瞬間凍り付いた……という……。

「あれはホントごめん!! がんばってリセットする前のお店に戻そうとしたけど、わたしああいうの全然センスないみたいで、すっごいダメダメになってたよね!?」

 いやもうホントに、仁志が仕事から帰った頃には、小学生が利き手ではない方で描いたモナリザの絵のように、とんでもなく稚拙なお店に成り下がっていた。仁志は声も出なかった。


「ひょっとしてアレ!?」

 花苗は叫んでしまっている。いや、叫んでいいところだろう。今から生き埋めにされようとしているのだ。

「あの時、わたしが仁志の浮気を疑ったこと!?」

 疑ってしまった。営業をやっている仁志が、外回りをしている時、ペアとなっていた女性と街を歩いていたのを偶然見てしまった花苗が、仕事中の彼らに詰め寄ってしまったのだ。

 おかげで女性は全治二か月のケガを負い、その後の示談で被害届は出されなかったものの、ウン十万の示談金が取られる羽目に陥った。

「あれはないよね!? ないないだったよね!? ごめん!! 仁志を取られると思ったらカッとなっちゃってさ……」

 ……だが、それらの声も空しく空気に溶けてゆく。それが、花苗の心をちくちくと蝕んでゆく。

「ねぇ……しゃべってよ……。どうして? わたし、仁志のこと愛してるよ? ホントのホントのホントのホントに好きなんだよ……? なのにどうして……」

 時間は無為に過ぎてゆく。掘っている穴は確実に広がり、いつの間にか花苗一人入れるだけの大きさに広がっていた。

「わたし、いやだよ! 死ぬのもイヤだけど、仁志と別れるのがイヤ! ……ねぇ、話し合おう!?」

 仁志は無言のまま花苗の上半身を起こし、背中から彼女の脇に手を入れた。後ろ向きに引きずるようだ。

「待って待って!! やっぱりアレ!? アレなの!? ……わたしが仁志のお気に入りのプラモデル壊しちゃったこと……?」

 デニムが引きずられる過程で土を刷り込まれ、汚れていく。

「あれはホントごめん!! わざとではないの! ……つい引っかけちゃって……」

 壊してしまったのは天空の城ラプターの1/2模型である。『♪あの地平線、ただ泣くのは~』の歌が有名な天空の城ラプター。でかいので庭にヘリウム風船で飛ばしてあったのだが……。

 壊した時も、同じ言い訳をした。……つい引っかけちゃって……

 しかし、ラプターの大きさは1/2だ。つい引っかけちゃって壊れるようなシロモノではない。

 あの時、仕事から戻ってきた仁志は何も言わなかった。花苗はそれが彼の優しさなのだと思っていた。しかし……

「ねぇ仁志。もしかしてあなた、アレがどうやって壊れたか、分かってるんじゃないの……? 分かってるんだよね!?」

 そしてそれが分かっているとするならば、彼の暴挙の理由は、おそらくそれだ。

「仁志は……ホーリーライトを知ってるんだね……?」

 明かしてはならない。しかし、明かさなければならない。

 ホーリーライトとは大気中に漂うマナの力を凝縮し、神の慈悲を融合して、上空八千メートルから目標を狙い撃つ魔法である。

 それを来たるべき聖戦を前に、熟練させなければならない。そのため、夫が働きに出ている間に花苗は庭に案山子を作り、それを目標にして印を結んでいたわけだが……。

 ラプターが巨大すぎて、光線の進行方向を遮ってしまったのだ。かすっただけではあったが、プラスチック製のプラモデルを破壊するには十分すぎるほどの威力がある。

 しかし重要なのは、花苗がそのような術法を操れること、それ自体ではない。

「ホーリーライトの正体を……知ってるんだね……?」

 その時、花苗はふわりと浮いた感覚がした。首と膝を抱かれたのだ。いわゆるお姫様抱っこをされ、彼女は穴へと移される。

 それが、乱暴に行われたのではないことに、花苗は少し安堵した。

「ねぇ、知ってるんだよね? ホーリーライトの正体……」

 穴の底に寝かされて、仁志を見上げる花苗。その隣で彼女を見下ろす仁志。

 彼女は、もう腹をくくっていた。どの道埋められるのだろう。もうしかたない。だけどそれならそれでもいい。最後に一言でも、彼の声が聞きたい。

 言った。

「わたしが、ル=マニ教の信者だってこと……知ってたんだね……?」


 ル=マニ教とは、異世界からの転移者たちで構成された宗教で、

『いずれこの世界で聖戦が起こり、世界は壊滅、再生する。その後の世界を導く者こそル=マニ教なのだ』

 というのが教義の根幹にある。

 もともと異世界からの転生者などそれほど多くないわけだが、だからこそ少ないパイの中で徒党を組んだというのが正しい。

 聖職者の中でもホーリーライトが使える者は主力部隊の一つとされており、厚遇されているために彼女の信仰も厚かった。

 が、それだけなら、彼に生き埋めにされるいわれはない。理由は別にある。それを、花苗は知っている。

「埋める前に聞いて。信じてくれないかもしれないけど」

 花苗は瞬きもせず、彼を見ながら言った。

「わたしは、スパイじゃないの。司教様」

 仁志はほんのわずか……その表情を怪訝に揺らす。花苗は続けた。

「正確にはね、スパイであることをやめたの。わたしにとって、あなたは素敵すぎたから」

 花苗は目頭を熱くさせてゆく。

「たとえ仁志たちが聖戦となれば敵同士だって言われていても……わたしには関係ない。聖戦が始まるその日まで……ううん、聖戦が始まったって、夫婦でいたいって思ったの。……それでも……わたしは許せない存在……?」

 二人の見合いはもともとは仕組まれたものだった。

 花苗はル=マニ教の仮想敵であるチャズ教……その司教である仁志に〝派遣〟された女であり、情報収集や扇動を行い、内部を混乱させる役割を担っていた。

 しかし、その役割を、花苗は〝やめた〟のだ。

 潜伏はした。しかし、もし彼に不利な情報を掴んでも、それを教団に知らせることはしない。そう、決めたのだ。

 理由は見合いの席で、文字通り仁志に〝ベタ惚れ〟してしまったから。

「でも……あなたからしてみたら……敵の女だもんね……」

 花苗は言葉を震わせながら、言葉を継いだ。

「ねぇ仁志。もう分かった。わたし、もうここで死んでもいい。ここに埋められたってわたしはあなたを愛してる。だから……」

 声を……聞かせてほしい……。

 ……それはまるで、魂から直接吐き出したような懇願だった。


 賽が、男の手にゆだねられる。が、男はまるで彼女の訴えが茶番であったかのように表情を変えず、ちらりと左腕の時計を窺った。花苗はその態度に冷酷さすら覚え、絶望する。数々の想いを殺し、男から目を外した。

 しかし次の瞬間、空気が揺れて、彼女はその音に驚く。

「ごめんな……」


 花苗は、その意味を脳裏で必死に探り始めた。

 何に対する〝ごめん〟だろう。今から殺しちゃってごめん、なのか。言ってたこと無視しててごめん……なのか……。

 分からないし、何と聞いたらいいのか分からない。ここから殺されない未来がまったく見えないのだから、ごめんという言葉が期待するものではないことだけは確かなのだから。

 にわかに頭が回らない彼女が、もう一度彼に顎を向ける。

 彼は、確実に彼女の方に向いていた。誠実そうな目をしているが、彼が何を言い出すか……逆に彼女は声が出ない。

 男は、ついに切り出した。

「実は今まで、声が出せなかったんだ」

「え……?」

「穴を掘っている間、そして掘り終えてから百二十秒の間、決してしゃべってはいけない」

「……」

 なんだその恵方巻みたいな謎ルールは……。困惑しつつも彼女は必死に耳を彼の方へと傾ける。

「対象を人として扱ってはいけない。対象に如何なる感情の起伏も見せてはならない」

「なにそれ……チャズ教の儀式……?」

「まず言っておきたいんだけど、キミは勘違いしてる」

 目を白黒させる花苗に、仁志が顔を近づけた。

「たぶん、人違いしてる」

「へ……?」

「僕はチャズ教?の司教じゃないし、花苗の敵じゃない。そもそもチャズ教なんて知らないし。ホーリーライトっていうのも全然知らない」

「え? え……?」

「人違いだよ」

「え、え、え、……ちょ……どういうこと……?」

「僕もちょっと混乱してる。キミは……なにを言っていたの……?」

「……」

 どういうことなのか……。彼女は絶望していたことをも忘れ、これまでの記憶を反芻した。

 この男は間違いなく仁志だ。今時代どのようなディープフェイクがあったとしても、今ここでこちらを向いているのはビデオ通話越しの映像でも、3Dホログラムでもない。

 お見合いをしたその日から、デート、婚約、結婚と、その後の生活に至るまで、毎日のように顔を合わせてきた仁志そのものである。

「だって、仁志だよね……?」

「うん。僕は紙谷仁志で間違いない。だけど、チャズ教なんて宗教知らないし、関係者じゃないのも間違いない」

「……」

「……申し訳ないけど、花苗がさっき言ったル=マニ教っていうのも知らないよ。僕宗教入ってないし」

「まさか……」

 思いつくことは一つしかない。つまり……

 ……見合い相手を、間違えた……?

 いやしかし、間違いなく、あの日あの時あの場所で、見合いをすることは決まっていたはずだ。時間を間違えたとか、場所を間違えたとか、座る席を間違えたとか、そんなことはあり得ない。

 だって、そのお見合いは仕組まれていたのだ。スパイとして潜入するためにル=マニ教の信徒たちが尽力したものだし、当日も仕掛け人だった智花が同席していた。……しかしその上で……

「まさか……」

 智花が、間違えた……?

 今回の話。怪しまれてもル=マニ教の尻尾を掴ませない配慮は当然されたはずだ。智花とて、直接の情報は何ももたらされず、お見合いを仲介しただけの役割を担っていた可能性もある。

「一つ聞いていい……?」花苗はおそるおそる……聞いた。

「結婚する前の、仁志のワンルームあったよね……? アレに入ったのは、いつ?」

「いきなり変なこと聞くなぁ。……お見合いするちょうど半年くらい前かな」

「……」

 憶測の域は出ないが、例えば、だ。それより前にチャズ教の司教が住んでいたが、教団がそれを下調べした後に住人が入れ替わり、マッチングを依頼された外部要員だった智花がそれと気づかずに、後の住人である仁志を目標にしてしまったのかもしれない。

 まぁ、実際そんなことはあり得ないと思うのだが、なににしても、仁志がよほどの役者でない限りは、この表情に嘘はなさそうだ。つまり、何かの手違いで、全く無関係の男と見合いをし、結婚までしてしまったことになる。

 いや、思えば、潜入捜査のような結婚生活を始めてから半年、宗教の情報は一向に収集できなかった。もちろんそれは、慎重な彼と教団のなせる業だと思っていたし、そもそもスパイを〝やめた〟花苗だったから、それほど彼に深く踏み込んではいなかった、というのもある。が……。

(仁志は本当にチャズ教の司教じゃない……?)

 だとすると、別の違和感に頭を捻らなければならない。

 なぜ、自分は睡眠薬まで仕込まれ、このような山中で生き埋めにされようとしているのか……。


「ねぇ仁志」

 ここにきて、全く意味が分からなくなってしまったこのシチュエーション。

「これは……なに……?」

 宗教的な対立で、魔女狩りの一種である方が、まだ理解できた。しかしそうではないとするならば、この異常な事態にどのような理由があれば納得できるだろう。

 花苗は先ほどとは別の意味で震えた。この仁志のあっけらかんとした表情……。

 もし、納得できる理由など一つもない場合……。この男が単なるサイコパスであった場合……。

 見合いから結婚まで、ホイホイと話が進んでしまった。花苗としてはスパイとして送り込まれたことに対する教団へのカモフラージュの必要もあり、とにかく結婚を急いだ。

 仁志のことをほぼまったく知らないまま結婚したわけだが、思えば仁志の方が、よくこのスピード婚に乗ってくれたと思う。

 それが実は、猟奇的な行為に至るまでのターゲット探しであったなら……。

「仁志。わたしとこんなに早く結婚してくれたのは、どうして……?」

 それに対して、彼は即答した。

「特に理由はないよ。好きになったから。キミは本当に魅力的な人だ。僕にはその理由だけで十分だったからね」

「じゃあどうして、こんなことをするの!?」

 サイコパスなの!?……とは聞けない。彼がもし、そんな愛しい存在が苦しむ姿を見るのが楽しいから……などと言われたら、もう本当に希望がない。

「ねぇ仁志。わたしも愛してるよ。今だって、こんなことされてる今だって、気持ちは変わらない。……だから、もうこんなことはやめて……?」

「聞いてくれ、花苗」

 いまだにスコップを携えたままの仁志。

「キミの戸籍……本籍は、〝メタセコイア〟ってなってたよね。だけど……この地球には、〝メタセコイア〟なんて場所は存在しないんだ」

「……」

 花苗は一転、口をつぐむ。異世界転移者であることを知られて好都合なことなどはないし、ル=マニ教でも、明かしてはいけないこととされていた。

「どういうことなのか……僕にはわからない。だけど、そんなキミをもっと深く理解したいから、いろいろ調べてみたんだ」

「調べる……」

 調べると言ったって、異世界に対する資料など、あるはずはないのだが……。

「それで……なにか分かったの……?」

「うん」

 あるはずのない資料なのに、ものともせずにうなずく仁志。

「メタセコイアを本籍地とする旧姓坂崎花苗さんという人は、異世界から転移してきた可能性が非常に高いです……ってね」

「なにそれ!?」

「〝AIさん〟っていうAIに質問したらそう答えてくれたんだよ。異世界での名前は『エミゥ=ラクール=シンフォニア』……あってる……?」

「……」

 そういう情報はどこから集めてくるんだろう。AIのことが空恐ろしくなる花苗の表情の変化に気づいたか気づいてないか、彼は続けた。

「その後に、AIさんが言ったんだ。『この方はいずれ世界の秩序を破壊する存在となります』って」

「わたしが……?」

「『地球は大部分の大地を失い、生物もその多くが死に絶える可能性が非常に高いです』」

「わたしが……!?」

「キミがメタセコイアから来たエミゥ=ラクール=シンフォニアであるならね」

「……」

「僕はそれを信じた。AIさんが言ったキミの情報には、それ以外も共通する点が多かったから……」

「ねぇ……」

 花苗はやっとのことで声を上げた。

「どうしてそんなことを信じられるの……? わたしが、世界をどうこうできるわけないよね? 普通の女だよ……? 見ればわかるよね!?」

「でも、異世界から来たんだよな? ラプターをあんな形で壊せるホーリーライトっていうのが使えるんだよな……?」

「ラプターを壊せたって世界は壊せないよ! それに、もっと強力な術を使える人だっていっぱいいるし!!」

 核兵器のようなものではないのだ。多少暴力的な力を使えれば世界を破壊できると判定できるなら、砲丸投げの選手だって同じことが言えるはず……!

「AIが言ったんでしょ!? 必ずしも正しいとは限らないよ! ううん、その予言じみた情報は絶対に間違ってるし、そんなの信じる方がおかしい!!」

「キミは異世界からの転移者なんだよね?」

「……」

「その表情だけでいいよ。そんな荒唐無稽な事実が事実であるなら、僕は僕の行動もまた、信じていいことなんだと確信できる」

「ヒドイよ! わたしよりもAIを信じるの!?」

「そんなことない! 僕は一番にキミのことを信じてるよ!!」

「じゃあ信じてよ……わたしを……」

 消え入るような声を上げて、再びつらそうな表情を浮かべる花苗。

「わたしが世界の秩序を破壊することなんて……できるわけないでしょ……」

 だからお願い……殺さないで……。

 魂が、声にならない声で叫ぶ。彼女にとっては、チャズ教のスパイ狩りでないなら、愛する男に殺されることが、つらすぎた。


 男はそっと……花苗の髪に触れた。

 その手は本当に愛おしいものを包むようで、花苗は逆に背筋に寒気を覚えた。

「キミはもう一つ、勘違いしてることがある」

 もし、この男がこのような愛情を注ぎ、笑顔を見せながら、最愛の者を殺すことができるなら……

 もう、どんな顔をして彼を見たらいいのか、分からない。

 分からないまま、花苗は何も言わず、彼が何を言い出すのかを待った。そして……

 再び、驚愕する。

「僕はキミを殺そうとなんかしてないよ」

「ええっ!?」

 思わず、首を巡らせて周囲の状況を確認してしまった。

 深々と木々が覆い茂るこのような樹海には、一年通しても人が通ることなどほとんどないのではないだろうか。誰の記憶にも残っていないであろうそんな場所に、人一人がすっぽり入ってしまいそうな穴が一つ掘られていて、自分はそこに束縛された状態で寝かされている。

 これが自分の墓穴だと信じられない要素がどこにあるか。彼が再びスコップを振り上げれば、盛られていく土の匂いに自分は窒息させられるのだろう。

「ここからどうやったら殺さないことができるの……?」

 花苗は思わず、おかしな質問をした。男は苦く笑う。「いや、実はさ」と口を吐き始める。

「AIに聞いたんだよ。『どうしたら彼女を世界の破壊者にならないようにできますか?』って。そしたら、『結論から言うと、方法は二つあります』って言われた」

 一つ目は、彼女を殺す。生命がなくなれば彼女が世界の運命に関わることがなくなる。

「……そして二つ目……なんだけど、この方法なんだ」

「やっぱ殺すんじゃない!」

「話は最後まで聞いてくれ。っていうか、話をするより、その時のログをスクショしてあるから見せてあげるよ」

 彼はスマホを取り出し、二三操作をすると彼女の方へ画面を向けた。


 彼女(坂崎花苗さん)を破壊の運命から脱出させる方法の、もう一つを説明します。

 1,彼女に一切を知らせず、抵抗されないように注意して、彼女を山中に連れていってください。

 2,彼女がすっぽりと入れる穴をスコップで掘ってください。

 その時の注意点として、穴を掘り始めてから穴を掘り終えるまでの間、そしてその後百二十秒間は、あなたは一切声を上げてはいけないということです。

 対象を人として扱ってはいけない。対象に如何なる感情の起伏も見せてはならない。それを厳守してください。

 ……彼女の声に耳を傾けるとつい返答してしまいたくなりますから、できる限り彼女が何を言っているかを聞かないようにしてください。さるぐつわなども有効です。


「あ、ごめん」

 そこまでで、時間経過してしまったスマホの画面が一度消える。彼は再び操作しながら、

「さるぐつわはかわいそうだなって思ってやめたんだ。だけど花苗が言ってることを、できるだけ聞かないようにしてたことは謝る。ごめん」

「……」

 この際どうでもいい。ここから先が大事だ。彼女がそういう目をすると、仁志は再び画面をAIチャットの物に戻した。


 3,条件を整えたら、穴に彼女を寝かせます。そして彼女に土をかけ埋めます。


「埋めるんじゃない!!」

「ちゃんと最後まで見てくれよ」


 ……ただし、首から上にはかけないでくださいね。死んじゃいますから。(笑)


「……」

 瞼をしばだたせながら、花苗は続きを目で追った。


 4,そして、子守歌を歌う母親のように、彼女の上に盛った土をポンポンと叩きつつ、大地に祈ってください。

『退散、たいさーん。太田胃散ーー。大谷さーーん? シャア大佐ーん。

 おんころおんころ、もうないない。破壊の運命もうないない。

 とっぴんちゃっぴん、とっぴんぐ。ころころころころ、すっころりん

 たまごが焼けたかな。柿の種ふたつ食べたか、な』

 ……これで、彼女の負の運命は大地に吸収され、あなたと花苗さんは幸せに暮らせます。

 あとは、次にその山中に訪れた人が開けた穴に落ちて怪我をしないよう、しっかりと後片付けを行ってから帰ってくださいね。


「……」

 花苗、瞬きが止まらない。仁志は言った。

「色々大変かもしれないけど、これで何の心配もなく幸せに暮らせるんならいいかなって思って、今日、やってみることにしたんだ」

「……」

 仁志はスコップを盛り土に突っ込んだ。

「さ、だからとっとと終わらしちゃおう。終わったら寿司でも食べに行こうな!」

「……」

 身体に降りかかる土の重さを感じながら、もはや二の句も継げない花苗であった。

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