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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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38/45

038ゴミ捨て場であえぐ者

四題

ゴミ捨て場、15億、転売、ネットオークション

 照明の落ちた薄暗い部屋を、音量が絞られたサックスの音が包んでいる。

 臙脂のチョッキを着たバーテンダーが銅製のマグカップにジンジャエールを流し込み、ライムを絞っている姿。その姿がどこか幻想的で、この店で酔うことは、宇宙空間を漂っているような感覚がする……という客もある。バーの名前が『スペースサイド』であり、ある意味、その感覚すら演出なのかもしれないが……。

 差し出されたモスコミュールを追って視線を戻した初老の男は、それを一口含み、小さく息を吐いた。

 カウンター席の椅子の背は高く、足が床まで届かない。宇宙空間を漂ってるように思えたのはそのせいなのかもしれない。なぜこんなに高いのかと男は疑問に感じたが、その好奇心を満たすだけの知識を、目の前のバーテンダーは持っていた。

「バーというのはもともと、荒くれ者を相手に酒を出していたところでしてね。容易にカウンターを乗り越えられるようにすると、勝手に酒をかっくらい始めてしまっていたらしいんです」

 それを防止するための絶壁なのが、バーカウンターというものらしい。

 男はしかし、自分で聞いておきながら、それほど関心のなさそうな受け答えをした。そして店内はまた、サックスの音が耳朶をなでる宇宙空間に戻る。

 バーテンダーはその宇宙をうつろに泳ぐ客の邪魔はすまいと思っていたが、ふと……聞いた。

「誰かに話すと、楽になるかもしれませんよ」

 この男はそういう顔をしている。そんな客の話し相手になるのもまた、バーテンダーの仕事なのだ。

 客は一瞬、腫れぼったい目で反応し、またすぐに心を泳がせた。バーテンダーの方も、別に何としても彼の扉をこじ開けようと思ったわけではない。それほど頓着せず、カウンターという隔たりの向こうで洗い物を始めれば、もはや次元の違う宇宙の住人のように意識は遠ざかっていった。


「……どうしたら気づかれるんだろうね……」

 ぽつり……宇宙の静寂が、男の声で霧散する。それにより、再びカウンターの内外が繋がった。

「何が気づかれませんか」

 バーテンはグラスを清潔なタオルで吹きながら、客に目を向ける。

「出品してる物がねぇ……」

「出品……?」

 男によれば、どうもネットオークションに何かを出品したらしいが……。

「すげぇものなんだよ」

「どんなものなんですか?」

「世界の秩序をひっくり返しちまうようなシロモノさ」

「世界の秩序とは、とんでもないものを出品されたものですね」

「おう。とんでもねぇぞ。……なのに気づかれねぇ……世界は、気づいてねぇんだ」

 たまに質問やコメントは来るが、いずれもふざけた内容であり、あまりのくだらなさに答える気にもならない。と付け加えられると、バーテンダーは話題に引き込まれる。

「どんなものなんですか?」

「言ったらアンタの目の色も変わるよ。俺を変人とみるようになる」

「いいじゃないですか。世の中は変人の方が面白い」

「フン……」

 鼻を鳴らし、握ったマグカップを微々傾ける。

「じゃあ、当ててみな」

「クイズですか」

 バーテンは正直、めんどくさいなと思った。が、ここで引いては「結局この男も他の有象無象と変わらない」と思われてしまうだろう。

 実際、思われても問題ないのだが、とりあえずバーテンは思案することにした。


 男の風貌は、小汚いとまでは言わないが、お世辞にもオシャレなものとは言い難い。カジュアルというかラフな姿はそれほど金を持っているようには見えず、よれたTシャツからいい匂いがしてくるはずもない。

 こんな男の持つものに、〝世界秩序を変える〟ようなものがあるだろうか。

 まぁ、考え方によってはナイフ一本でも大国の領主の心臓に吸い込まれれば、世界の秩序は変わるかもしれない。しかし〝ナイフ一本で世界秩序を変える〟と言っているのなら、これは確かに相当の変人と言わざるを得ない。

 気が付けば、バーテンダーは真剣になっていた。平日の遅い時間だ。ほかに客もない。たまにはこういう素っ頓狂な思考に身をゆだねるのも一興だろう。

「小説……」

 バーテンダーはふと、呟いた。

「小説ですか?」

 男は再び目だけをぎょろりとバーテンへと向ける。

「小説?」

「ええ。あなたは小説を書いておられる」

「なぜ小説なんだ」

「本当の名作は、世界に少なからず影響を与えるでしょう。しかし既存の作品がどれほどに名作だったとしても、それを転売することで世界秩序をひっくり返すようなことを考えるには少々無理があります」

 そうではなく、まだ未知の作品を所蔵しており、その未知の作品に〝世界秩序をひっくり返す〟と豪語できるものがあるのだとすれば。

 ……それは自身が書いたものであると推測できるのではないか。

 それが、誰にも知られない。誰にも気づかれない。

 当たり前だと……バーテンダーは思った。よくある思い上がりの結果である。

 世の中には良かれと思って、己の趣味で造り出したものをやたら人に分け与えるものがいる。悪いことではないが、捨てるに捨てられないそれらは、ありがた迷惑以外のなにものでもない。

 価値観は人それぞれなのだ。自分がいいと思うものが他人もいいと思ってるかは別であり、それをカタチにして押し付ける行為は、ゆきすぎればエチケット違反にもなるということを肝に銘じるべきである。

 もちろん、バーテンダーはそんな風には言わないが、目の前の男の身の程知らずをそのように判断した。

「どのような小説を書かれているんですか?」

「小説なんて書いてねぇよ」

「え……?」

 ロジックが前提から崩される瞬間。

「俺ぁ一言も『小説だ』なんて言った覚えはないが」

「……」

 ではなんだろう。世界秩序をひっくり返す代物とは……。

「二三、質問してもよろしいですか?」

「ああ、いいよ」

「いくらで出品されてるんですか?」

「一千万」

「一千万……?」

 一千万で世界秩序を変えるものとは何だろう。車は買える。街の郊外なら家も買える。……しかし、世界の秩序はそんな値段では買えない。

 が、とりあえず、確かに小説ではないだろう。それが何冊であっても、さすがに自作品を一千万で売り出す酔狂人はおるまい。

「ドルだ」

「ドル!?」

 急に桁が跳ね上がる。円が一ドル百五十円なら、十五億円にもなる。

 十五億あれば世界秩序は変わるだろうか。

「まさか会社の権利を売りに出しておられる……?」

 このくたびれた服装の男が、ある程度の規模の企業を切り盛りしていた可能性はなくはない。あるいはこの男の力でなくとも、先代が起業し、二代目として持っていけなくなって売りに出す……というケースだって考えられる。

 それにしても、世界秩序に影響を与えるような大企業をネットオークションに掛け、さらに気づかれないということなどあるだろうか。

「会社じゃねぇな……」

 案の定、男の心拍数が上がった気配はない。


「土地……ですか?」

 地主の息子ならあり得る。都心一等地の十五億円相当の物件を、まるで神の持つ物件のように思っていたら、世界秩序が変わるとかも普通に言いそうだ。

 が、男はにべもない。

「土地じゃない」

「せめてヒントをください」

「そうだな……」うなじの辺りを掻いた男は、

「十八メートルある」

「十八メートル……?」

 それを聞いて、彼は以前、バイクで大型トレーラーの背中に付いた時、バンパーに、

『全長十八メートル、死ぬ気で追い越せ』

 というステッカーが貼ってあったのを思い出した。市販のステッカーなので実際十八メートルなのかは分からないが、スケール感として、出品したものも、とても大型なものであることは間違いない。

「大型クルーザーか何かですか?」

 それほどのサイズならオプション次第で十五億円くらいになりそうだが。

「大型クルーザーを売ったら世界の秩序が変わるか?」

「はぁ……」

 バーテンダーはその反応にむしろ安堵する。世界の秩序という言葉は、ただの見栄ではないらしい。

「何かの衛星ですか……?」

 十五億円で売れるものかは分からないが、本格的なスパイ衛星などであれば、確かに世界の秩序を変え得るシロモノといえる。もっとも、この男がそんなものを保有しているはずもないか……。

「すこしおしい、と言っていこう」

「え……?」

 衛星がおしい。この男。いったい何を売るつもりだ。

 しかし思うのだが、何にしてもインパクトのある品物であることは間違いない。それなのに、誰も気づかないというのはどういうことなんだろう。

(いや……)

 バーテンダーは気を取り直した。インパクトがないから、気づかれないのだ。

 誰にも気づかれないもの。全くインパクトのないもの……となるとなんだろう……

「ゴミ捨て場の敷地……?」

 いや、荒唐無稽というなかれ。使用済みの核燃料とかを廃棄できる広大な土地を提供できるなら、あるいは……ということも考えられる。

 しかし男が笑った。

「衛星がおしいのに、なんでいきなりゴミ捨て場だよ」

「思えばそうですね。ただ、あなたが出品したものに本当に十五億の価値があるんだとしたら……ですよ? 誰にも気づかれないということはないんじゃないでしょうか」

 考えられることは二つ。それほどの価値がないものに無理やり十五億の値をつけているか、価値はあっても需要がなさすぎるものか。

「そういう言い方をするならな……」

 男は再びモスコミュールを注文し、マグカップの中身を胃に流し込む。

「価値があっても、だれもその価値を信じてないってのが正解だろうな」

「価値があっても、だれもその価値を信じてない……」

 バーテンダーは言葉をそのまま返してしまった。

 十五億の価値があっても誰もその価値が信じられないもの……。

「実際は一千万ドルどころの価値じゃねぇのさ」

「どれくらいの価値があるとお思いですか」

「俺も実際の価値は分かりかねるが、ま、十倍……いや百倍……三百倍かな……三十億くらいでも十分行けると思うがね」

「三十億!?」

 四千五百億円と、この男は言ったのだ。

「もしかして、レアアースが関係していますか?」

「いや、違う」

「……」

 もうそろそろ答えを言ってほしい。しかしここまで行くと、ただ聞くのもシャクだ。二つの矛盾する気持ちを交錯させながら、思えばバーテンダーの手は止まっている。

 なにか糸口……糸口になるもの……。

 彼は男との会話を反芻した。そして一つ、聞いてみる価値のある質問を思いつく。

「お客さん、質問やコメントをもらったと言ってましたね」

「ああ。実にふざけたものだった」

「その質問がなんであったかを聞くのは、ルール違反ですか?」

「……別に」

「では、お聞かせ願えますでしょうか」

「その前にモスコミュールを」

「あ、失礼しました」


 バーテンダーは少し慌てて手元の動きを忙しくする。男はそんな宇宙の奇跡をぼんやりと眺めていたが、

「普通免許で運転できますか?」

「え……?」

「燃料はガソリンスタンドで給油できますか?」

「……」

「馬鹿馬鹿しい、給油などは必要ないのに……」

「車なんですか?」

「車で世界秩序は変えられるかね」

「……他の質問は……?」

「宇宙でも活動できますか?」

「ふむ……」

「超巨大巨人と戦わせたらどちらが勝ちますか?」

「……」

「……まぁ、そんなところかな」

 バーテンダー、黙る。この男はどんなジョークアイテムを世に送り出したのか。これらの質問がそれを物語っている。

「なんとなく、分かった気がします」

 巨人と戦わせるとなれば兵器なのだろう。が、こんな男が十五億という値をつけられるような兵器を持っているとは思えない。

 が、その上でジョークアイテムとしてなら、思いついたものが一つ。そして、真面目な答えでもう一つ……。

「おう、わかったか」

「確証はない……というか、信じられないのです。質問者もきっと、今の私と同じ心情なんだと思います」

「ほう」

「もしやとは思いますが……あなたが出品されているものって、レールガンですか……?」

 レールガンとは電磁力を利用した次世代兵器であり、射速にしてマッハ七の弾丸を撃ち出せるという、圧倒的な弾速の砲のことである。

 しかし男は首を横に振った。

「レールガンって、普通免許で運転するものか?」

「ああ……」

 バーテンダーはうなだれる。外れたことを、ではない。先ほど沈黙した時に真っ先に上がってきた候補を、口にしなければならない時がやってきたからだ。

 もういいや、と思った。一気に口を開いた。

「ひょっとして、あなたが出品したものって、ガンダムですか……?」

「ガンダムじゃねぇよ」

 ……しかし、真剣に当てにいったその荒唐無稽な答えをも、男はあっさりと打ち崩したのだった。


 これはバーテンダーにとってはカウンターの一撃だった。

 いや、ガンダムなどあるわけないのだが、しかしもうここまで来たらガンダムしかないのだろうと思っていたのに……。

「降参です」

 バーテンダーはモスコミュールを客に差し出して、そう呟いた。

「教えていただけませんか……?」

「そうだな。まぁ……いいだろう」

 差し出されたカクテルで唇を湿らせ、顔を上げた。

「マジンガーZだ」

「マ……!?」

 グラスを落とすほどの衝撃が走る。まさかのマジンガーZ。ガンダムじゃなくてマジンガーZ。

「マジンガーZって……あの?」

「そう。〝あの〟」

「ホンモノですか……?」

「ホンモノだよ」

 男はスマホを取り出した。操作をしたら光りだす画面をバーテンダーに向ければ、荒野に寝そべっているのは、確かにどこかで見たことのある超巨大ロボットに相違ない。それが実際に十八メートルあるかは分からないが、十数枚の写真に写り込んでいる周辺の木や小屋、草などを見る限り、サイズを大幅に偽っている可能性は低い。

 とはいいつつ、画像加工なんて容易にできる時代である。だから、写真だけでは何とも言えないのだが、バーテンダーという仕事はこういうのをいちいち鼻で笑っていては成り立たない職業でもあった。

「あなたが作ったんですか……?」

「作った」

「精巧ですね……ホントに動きそうだ」

 バーテンダーはここで、やっと笑顔を見せる余裕ができた。なんとなく、ブレていたギャップが埋まってきたのだ。

 そういえば、ガンダムも等身大で日本各地に展示されていた。それらは無論置物で、実際にスラスター装置が稼働することはないし、兵器としては機能しない。

 それと同じものをこの男は造り上げたのだ。

 なるほど。彼がホンモノというなら本物だし、四千五百億円と言いつつも十五億円に価格を設定した気持ちもわかる。

 そりゃ、立派に兵器として運用できるならば四千五百億円なのだろう。しかしそうでないから十五億円なのだ。

「いや、でも、すごいですよ。よく造りましたね」

「フン……」

 一転、男は口を閉ざした。興が失せたように手元のマグカップへと向かう。バーテンダーが「確かに巨人と戦ったらどっちが勝つかって、僕も聞いてしまいそうです」とか話をつなげようにも、彼は動かざる巨像のようになってしまった。

 ……しばらく……辺りは再び、宇宙空間となる。


 白くなった空間……ジャズミュージックというのはこういう時、人をノスタルジーな世界へと誘うのに最適だ。

 しかし今日のバーテンダーはそれに浸っていくことはなかった。徐々に、どうして彼が突然口を閉ざしたのかを考え始めていたのだ。

 言いたいことを言い終えたからか?……いや……。

 言いたいことは、むしろ今からだったように思う。冒頭、彼が呟いたのは「……どうしたら気づかれるんだろうね……」だった。彼が本当に話したいのは、自分がネットオークションに出品したものがマジンガーZだったことではない。そのマジンガーZの出品が話題にならない理由だ。

 理由は、明らかであった。フェイクアイテムだからに決まっている。

 ネットオークションは何を出品しようが自由ではあるから、そのようなふざけた出品も数多く見受けられる。ゴミとか、中年男の使用済み靴下とか、タケノコの佐藤(?)とか、キノコの山田とか……。

 そんな奔放な市場で、この男が出品したのはガンダムでもなくマジンガーZだ。

 ガンダムなら、あるいは最近の世代でもついてくるだろう。しかしマジンガーZとなると……

「一つ、伺ってもよろしいですか……?」

 眼球だけがバーテンダーの方へと向いた。その目には軽い蔑みさえある気がする。

「なぜ……ガンダムではなく、マジンガーZを……?」

 男は答える気もないらしい。その雰囲気は口惜しそうで、それがなぜかといえば、彼が内容を明かすほどに、どうしても周囲から嘲笑を浴びてしまうからなのかもしれない……バーテンダーはなんとなく、そう思えた。

 しかし、それでも言葉を継いでみる。

「ガンダムなら、もう少し注目されたんじゃないですか?」

「……俺はマジンガーが好きなんだよ」

 ふてた子供のようにつまらなそうな顔をして呟いた男。バーテンダーにはあまりこだわりがないのでその部分が分からないが、だからこそ、第三者の目で思う。

 売りたいなら、ガンダムだった。

 が、マグカップに視線を注ぐ男は両手でそれを握りしめるようにして言う。

「俺は、マジンガーを作りたくて、人生のすべてをマジンガーの研究に費やしてきた。……ガンダムじゃないんだよ。マジンガーでなきゃダメなんだ」

「そうなんですね……」

 アイドルなんてみんなかわいいのに、その中で推しが分かれていくのと同じことなのかもしれない。……などと思っていると、

「だいたいな。ガンダムとマジンガーじゃ、その実力差も比べ物にならん」

「え、そうなんですか?」

「ガンダムは燃料切れも弾切れも起こすが、マジンガーはどちらも無限だ。戦ってもガンダムが勝つことはない」

 そもそも、ガンダムの兵装ではマジンガーZの装甲を割ることはできないらしい。

 ジャパニウムという元素を原料にした特殊合金で覆われているボディの硬度はダイヤモンドよりも高く、耐熱性、耐腐食性もガンダムとは段違いだという。

「ガンダムじゃぁ、現代兵器の飽和攻撃に耐えられん。が、マジンガーの超合金Zはそれをも跳ね返す力を持ってる。……だからこそ、自信をもって送り出せるのさ」

「……」

 何の話を聞かされているんだろう。先ほどこの男は『出品したものを聞いたら変人だと思うだろう』と言った。確かにその通りだ。

 いくら作中の架空兵器の性能が世界軍隊より優れていたとしても、オブジェクト(置物)では同じではないか。

 まぁ、趣味の世界だし、実際に売りに出しても見向きもされない。人畜無害だと思えば好きにしてくれればいいのだが……。

「アンタさ……」

 そんなバーテンダーの表情を拾った男は、ウォッカの匂いのする息を吐き出すと、据わった目でぼんやり彼を睨みつけた。

「俺が作ったモンが、ただの木偶だと思ってんだろ」

「あ……いや……」

「いいよ。わかってんよ。信じらんねぇだろうな」

「そんな……」

「だが、本当に、本物なんだぜ」

「いや、信じてますよ」

「フン……」

 そしてまた……この世界は、ただの宇宙に戻る。

「誰も分かってくれねぇから、売れねぇんだよ……」

 という言葉が、無重力の園に漂った。


 この話をそのままにしてもよかったが、今日は平日で客の入りも少ない。特に今日は少ない。この客しかいない。

「……先ほど、燃料も弾薬も無限と言ってましたけど、そんなことは可能なんですか?」

「不可能だった」男は言い捨てる。バーテンダーは「当然だ」と言わんばかりに小さくうなずいていたが、次の言葉で目を瞬いた。

「六年前まではな」

「実現したんですか……?」

「マジンガーの光子力エネルギーってのはさっき言ったジャパニウムから生み出すんだが、どう錬成すればいいのかが長年謎だった。……だが、家の瞬間湯沸かし器をぼぉ……っと見てたらな……思いついたんだ」

 その思い付きは革新的だった。するすると構造上の困難が解消されていき、最終的に、光の力を動力に換えるという偉業を成した。そのエンジンは熱を発生させることもなく、ほぼすべてを運動エネルギーに変換できる点で、核反応など足元にも及ばない高効率、高出力の力を生み出すことができるのだ。

 軽量コンパクトなそれから生み出される馬力は、何と六十五万馬力に達し、これは最新鋭の原子力空母二隻分を超える。

「空母は一隻で街一つ分の発電力があるんだ。それが二つ以上、十八メートルのコンパクトな機体に納まってるってのがどの程度の話か、分かるか?」

「じゃあ、あなたのロボットは動くんですか?」

「だから、本物だって言ってんだろ」

「……」

 油断すると信じてしまいそうになる。

「……実際に戦うことができる……?」

 男は「愚問だな」とばかりに身を乗り出し、

「初期のものに限られるが、武装も再現してるよ」

 ロケットパンチ、光子力ビーム、ルストハリケーン、ミサイルパンチ、ドリルミサイル、……そして、ブレストファイヤー……。

 いずれも、光子力エネルギーによって動力を得るため、実質それらの弾数に制限はない……と主張する。

「ブレストファイヤーを知っているか?」

「いえ……」

 男は再びスマホを示す。

「胸に赤い部分があるだろう」

 見れば、確かに胸板の左右に一つずつ、特徴的に湾曲した稲妻型の板がある。

「これは装甲板ですか?」

「装甲板を兼ねているが、ここから発せられるのがブレストファイヤーだ。射程は二キロ弱しかないが、発せられる熱線の温度は三万度に達する」

「三万度!?」

 恐るべき数値である。タングステンという地球上でもっとも融点の高い物質でも、三四〇〇度で消滅する。三万度の攻撃などを受けたら戦車だろうが戦艦だろうがひとたまりもない。

「詳しいな」

「一応、学生の頃は化学専攻だったので……」

「じゃあ、三万度の攻撃ができることの、もう一つの意味も分かるかね」

「……」

 あり得ないことだが、核爆発の表面温度が一万度程度だとすると、三万度の熱に耐える放射板を持つ機体は、核攻撃すら十分に耐えうる性能を持つと言える。

 つまりは核兵器ですら、直撃でもしない限りは機体を止めることができず、そもそも核兵器というのは直接命中させて攻撃する兵器ではないので、事実上、現代兵器では彼のいう〝マジンガーZ〟は止められないことになる。

 その、止まらない兵器が燃料や弾薬を無制限に使えるとなれば、確かに世界の秩序は完全に崩壊するだろう。

「待ってください」化学専攻だったバーテンダーは笑えない。

「光子力エネルギーやジャパニウムを、仮にあなたが発見したとしましょう。でも私が知る限り、そのような発見や技術の研究成果はどの学会にも発表されてない。この矛盾はどう説明されるつもりですか?」

「発表?」鼻で笑う男。

「俺は別に技術をひけらかすことに興味はねぇんだよ。本物のマジンガーZを作り出すことだけに人生を賭けてきただけだ」

「完成品を十五億円で売るより、はるかにあなたの財力を潤すことになりますけど」

「金なんか生きる分だけあればいいんだ」

「それに、その話が本当だとしたら、なんで十五億円なんて馬鹿みたいな値段なんですか?」

「馬鹿かな……」

「だって、それ一体でまるまる世界の軍隊と戦えるような兵器が、十五億円ですよ……? なんならミサイル数発撃った方が高価になってしまう」

「さっきも言った。金なんか、生きる分だけあればいいんだ」

 彼が言うには、十五億円程度あれば、税金が引かれたとしても一生不自由なく食べていけるだろうと、そういうことらしい。

 えらいどんぶり勘定だが、マジンガーZの性能が彼のいう通りだとすれば、十五億円など大阪城とその敷地を百万円程度で買うくらい破格である。

「それは……」

 あらゆる意味で、信じられない。

「本当に言うとおりであれば、あなたが操縦して実演すれば、信じてもらえるのではないでしょうか」

「やったよ」平然とこぼす男。

「まぁ、多少動かしただけだったがね。それを動画投稿サイトにも載せたが、コメントは『AIだ』の嵐だった」

 分かる……。それはそうだろう。写真どころか、動画も信用できない時代となってしまった。

「武器は使用してみたんですか?」

「なんか壊したら大混乱になるだろ。売れる前に軍隊と戦争したくない」

 ……それはそうだろう。

「軍隊に売り込んでみては……?」

「相手にされなかった。門前払いさ」

 ……それはそうだろう……。

 これだけ聞いた自分も半信半疑なのだ。実際、オーパーツ満載のロボット兵器が動画付きでネットオークションに出品されていても、信じる個人がいるはずもない。ましてやなまじ理論武装している法人、国家レベルでこんな〝茶番〟に付き合う者など、なおさらあるはずもない。しかしその上で……

 もし、この男が言ってることがすべて真実だとしたら。

 世界は、とんでもない逸材と、世紀の大発明と、圧倒的な軍事力を見逃すことになる。

「……」

 バーテンダーはもはや何も言えなかった。


 沈黙の支配した宇宙空間の夜は更けてゆく……。

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