036ヒューマンドラマー
四題
跡継ぎ、応用、失踪、ヒューマンドラマ
んん?
……なんだよ、珍しいな。人間か?
どこで道に迷った。それとも世の中を捨ててきたのかよ。
怖がるんじゃねぇよ。確かに俺らは妖魔だがね。人間のことはわりと嫌いじゃねぇんだ。
ああ、もう暗くなってきたが、ここは夜になると本当に危険だ。腕に自信はあるか?
……お前な、腕に自信もねぇのによくこんなとこに迷い込んだな。え、襲われた?
身ぐるみはがされて奴隷にされかけ、一目散に逃げたらここに迷い込んだってか。お前らホント、人間同士でマウント取り合って馬鹿だよな。
で、どうすんだよ。エサになりたきゃ、人間が好物の連中を紹介してやるが。
……ははっ、冗談だよ。そんな顔すんな。ほんとにそうするつもりならまず俺がそうしてるさ。
俺は人間食うのをやめたんだよ。もう三百年くらいになるかね。まぁ、人間ほどうまいものもなかなかないが、人間じゃなくても何とか生きていけるからな。
だが、この界隈は夜出歩くのは危険だってことも間違いねぇ。殺されたりエサにされるだけじゃねぇぞ。手足を折られて子供のペットにさせられたりとか、ケツの穴に上半身突っ込まれて腸の中掃除させられたりとかな。お前にしてみりゃろくなことはねぇよ。
だから、今日はちぃとゆっくりしてけや。俺といればとりあえず、誰も茶々入れてこねぇからよ。
ま、話そうぜ人間。俺も久しぶりに、人間と話したい気分なんだ。
なんか食うか。って言ってもここにはお前らが食うようなものはほとんどねぇ。キノコとグデラ虫の幼虫と骨くらいか。いやなら一食くらいは我慢しな。明日の朝になりゃ、人間の街道まで連れてってやんから。
とりあえずそこの岩にでも座るといい。ん? 人間のケツじゃ痛いか。我慢しろ。ここの瘴気は濃いからな。地面に直に座れば、人間なんざ一時間ともたない。
……いや、死ぬわけじゃねぇよ? ただ、お前の身体を突き破って花が咲くっての? 想像もつかないならとりあえずやめとけ。
ここはそんな場所だよ。どういうことか分かってきたか? つまり、こんなとこに迷い込んだお前が生き残れる可能性は、引くも進むも十に一くらいだってことだ。
……まぁまぁ、座れ。焦んなよ。さっきも言った通り、夜出歩いて無事なのは一部のバケモンだけだ。俺だってヤバイってのに、お前が生き残れるはずがねぇだろ。少なくとも夜はおとなしくしとけ。
……ああ、しかし本当に人間なんて久しぶりだよ。俺らはお前らのことをヒューマンって呼んでるが、俺はお前らが自分のことを人間って呼んでるのを知ってるぜ。
最近、また戦争を始めたよな。全くお前ら人間ってのは、生き残りを賭けてなくてもなにかってぇと争ってやがる。
カクヘイキだっけか。知ってるか? カクユウゴウとかカクブンレツとか、アレに地球が壊滅するエネルギーがあるのは、宇宙ができた時から宇宙を壊滅させるシナリオがあるからなんだと。
誰がそんな計画を立てたって? 知らねぇよ。お前らの言うカミサマってやつじゃねぇの?
ともかく、地球じゃ壊滅の役目を人間が負ってるってことなんだろう。人は一人目を殺すことには躊躇するが、二人目以降は麻痺していく。戦争も同じだ。一つでかい戦争があったから二つ目は起きただろう? カクヘイキってやつも一つ目が撃たれたら、あとは壊滅するまで飛び続けるよ。
それは今回の戦争なのかもしれねぇな。人間、ご愁傷様だ。
俺ら?
俺らは平気だよ。ここにはお前らのミサイルは届かねぇ。ほんとは分かってんだろ? ここは地球であって地球じゃない。お前らの常識も通用しなければ、地球がなくなろうがここはなくならねぇ。ひょっとしたら、ここにいたら、今の地球にいるより長生きできるかもしれんぞ。……ま、十に一……だがね。あるいはこっちにいてもあっちにいても同じかもしれねぇが。
……とりあえず、せっかくだからお前のことを教えてくれよ。いや、お前の名前とかはいいや。知っても何の足しにもならんから。
何が聞きたいかっていうと……そうだな……お前の特技はなんだ。
ドラム? ドラムってなんだ。え、シンバルと太鼓がいくつもくっついてる楽器?
……ちょっと頭で思い描いてみてくれよ。……したか?
じゃあそれをここにあるものだと思ってみてくれ。ここだと、そうするとイメージが投影できるんだぜ。
あ、そうそう。そんな感じ。……うーん、これがドラムか。四百年前にはなかったな。こんなもんは。
……何百年生きてるのかって? 四百……三十年くらいかな。
ともあれ、これがドラムか。これで音を鳴らすのか。面白そうだ。やってみたいな。
……え、なに? ドラムを教えてくれるのか? いや、無理だろ。俺はこんな姿だ。このまま地球に行ってもまともには生きられねぇ。ドラムどこの騒ぎじゃねぇと思う。
だからよ、ヒューマンドラマー。お前がこれを叩く姿を想像して楽しむことにするぜ。
ドラムは叩けないが、こっちではこうやって、イメージを投影して、形にすることができる。どうだ。なかなか楽しそうだろ?
たとえば、理想的な女を想像してみな。ほら、顔はこんな感じ、鼻はこんな感じで、口はこう。髪型はこうで、背丈はこれくらい、こんな服を着てる……みたいにな。
そう、それだ。お前の好みはこんな感じなのか。
……なに、想像するのと違ってる? 馬鹿だな。お前の想像力が足りないんだよ。もっと具体的に「こうしたい」と願ってみな。
……どうだ。だいぶ理想に近づいてきたか?
これを応用して、この女はこういう動きをする、みたいに想像してみろ。ホラ、動き出しただろ?
リアルタイムで会話できるようになるのも、お前の想像力次第で可能になる。面白いか?
ん? そしたら、さっきのドラムを叩いた音が想像できれば演奏できるかって? なるほど、お前頭いいな。確かにその通りだ。
ははっ、ここが気に入ってくれたら俺もうれしいぜ。ずっといてもいいってんなら、このまま失踪しちまったらどうだい?
いやか。……まぁな。こんなバケモンばっかの世界はイヤかもしれないが、でも、カクヘイキに殺されるんなら、こっちにいるのも悪くないと思うぜ。
地面に座っちゃいけないとか、夜出歩いちゃいけないとか一定のルールはあるが、それさえ守れば無限の時間が約束されてる。好きなことをずーーーっとやってればいい。
病気もなければ働かなくてもいい。なかなか悪くないだろ?
ま、夜は長いから、朝までに考えてみるといい。
ああ、気がつきゃ俺が一方的に話しちまったな。
お前、なんか話題あるか? 俺に聞きたいことでもいいし。
……ああ、そのことな。ここはどこか。さっき『地球であって地球ではないとこ』って言ったが、それだけじゃ納得いかないのは分かる。
実はな……俺もよく分かってねぇんだ。ここがどこなのか。どうしてこんな場所があるのか。
ただ一つ、言えることがある。
……
……お前は、俺の、跡継ぎだってことだ。
ははっ、なんだその顔。……まぁわかんねぇだろうな。俺も分からなかった。四百三十年前にはな。
お前はここに迷い込んできた。そして俺と出会った。俺はお前と少しの間話をした。
……これで、権利が移るんだよ。俺に。晴れて俺はお役御免ってわけさ。
どういうことか分からねぇって顔してるな。つまり、今度は、お前が俺になるってこった。……この世界で、お前は死ぬか、次の誰かが来るまで、居続けることになる。
なんでそういうことになってるか分かんねぇんだけど、四百三十年前、同じ話を俺にした奴はそう言って、二度と戻ってこなかった。俺は騙されたんだ。いや……
騙されたのかもわからねぇ。ここに迷い込んだのが運の尽きだったのかもしれねぇ。
ともかく、お前とたった三千文字分話すことが、俺がこのわけわからねぇ世界から抜け出すための唯一の方法だったのさ。そしてこれはお前が知っておくべきことでもある。
何百年か先、お前の元に誰かが来た時、お前は間違いなくそれを実行することになるだろうからな。
病気がなくて働かなくてよくても、ここにいるのは拷問だ。俺の言う意味はすぐに分かるだろう。
たとえミサイルが飛んでいようが、人間がいかに愚かだろうが、俺は元の世界に戻りたい。
ちなみに俺も妖魔でも何でもねぇ。この姿はさっきお前がドラムを投影したように、自分自身に投影したもんなんだよ。必要あるかは分からねぇが、その得体の知れなさで、お前はこの辺りがバケモンだらけであることを信じたはずだ。
逃げる気を失ったところで、三千文字の会話があればよかった。そして、俺はそれをクリアした。ありがとな。
おっと、俺のことぶん殴ったってもう遅ぇぞ。俺も似たこと考えたが、もう手遅れなのさ。
ちなみにカクヘイキを知ってるように、ドラムも知ってたよ。打ったことはないがね。
この世界は、次に迷い込んでくるやつの情報がふんわりと頭に入ってくるようになってるらしい。だからあるいは、俺が地球に戻ったら、お前の肉体を使うのかもな。……ま、悪いようにはしないさ。お前が好きなドラムを、今度は俺が立派に叩いてやる。
さぁ、今からお前の長い夜の始まりだ。朝が来るまで、ゆっくりこの世界を堪能してくれよな。
……じゃあな。ヒューマンドラマー。




