034白馬がスライムな件
四題
邪念、爪痕、マルチエンディング、ハクスラ
※今作はマルチエンディング方式を採用しております。
が、意図する機能が『小説家になろう』にないため、リンクはカクヨムの該当ページに飛びます。
危険なURLではありませんので安心してお進みいただければと思いますが、リング切れ、もしくは『踏みたくないんだが』という場合は、ご容赦ください。
「あのぅ」
休日。
街路樹のきれいな商店街を歩いていた時に声をかけてきた女が、街路樹よりきれいすぎてビビったところから物語は始まる。
「ちょっと……今お時間はありますか……?」
セミロングの髪の毛をほんのり茶色く染めている美人で、歳は高三の俺と同じくらい。大きめのバッグを肩にかけ、くるくるマフラーに埋まった顔は小さくて、どこか小動物を思わせる雰囲気を漂わせている。
「なんでしょう」
警戒せざるを得ない。今まで道を歩いていてこんな美人に声をかけられたことはない。
というか、学校でもない。バイト先でもない。旅行先でもない。……そんな男だ。そんな男に声をかけるなど、下心があるとしか言いようがない。
「あのぅ……もしよければ、お茶でもいかがですか?」
「何かのセールスっすか?」
「違いますっ!」
ではなんだろう。
怪しいは怪しいのだが、目の前の非力そうな少女が、自分に危害を加えてくるようには思えない。
「ふむ……」
もし、何かを売りつけようとしても、きっぱり断ることができそうな相手ではある。なにより、暇だった。
喫茶店に入ると彼女はエスプレッソを注文する。りかちゃん人形のカップかと思えるほどに小さいカップに注がれる真っ黒な液体を見ながら、俺の方はカフェラテなどを頼んでいた。
そして二人で窓側のテーブル席に向かう。小柄な少女はマフラーを解いてコートを脱ぐと、ちょこんという擬音語の似合う座り方をした。三つ編みのおさげがまたかわいい。
「それで……」
俺はしかし、この娘とできる世間話がないしナンパの才覚もない。単刀直入に聞いた。
「何の用っすか?」
「あ……もう、ですか?」
「え?」
「ちょっとコーヒー飲みましょうよ。そんなに死に急がなくてもいいと思います」
目を細めて冗談を言ってみせる彼女。
「先に、お名前を聞いてもいいですか? ……あ、わたしはリサっていいます」
「リサちゃんか……何歳なの?」
「その前に、お名前どうぞ」
ああそうか……と思いつつ、三郎と伝える俺。微妙に偽名。
「サブローさんか……」
「ヘン?」
「ううん。でも預言書ではリン……がつく名前だったから……やっぱ違うのかなって……」
「え」
リン……リンですホントは。林太郎と申します。
……が、なお怪しいので黙っておく。
「じゃあ人違い?」
「うーーん……。なんかね、オーラは感じたんだけどなぁ……」
「オーラ?」
「救世主様のオーラ」
「は? 救世主?」
「いえ、なんでもないです。人違いみたい」
リサは小さなカップに入ったエスプレッソを一気に飲み干し、「にがーーー!」と、声に出して顔をしかめつつ立ち上がった。
「ごめんなさい、早とちりしちゃって……その飲み物のお金はわたしが払います」
「あ……」
ナニカが急激に冷めていく様を感じて、なぜか焦る。
「ちょっと待って」
コートに手をかけた少女に俺は半ば慌てて、尻のポケットから財布を取り出した。なんていうの? 当たりの宝くじが「外れてたかもしれない」と言われた時みたいな心理状態?
「ごめん。ちょっと嘘ついた」
「え?」
「ほら、見て」
俺は財布の中身を数枚めくると学生証を取り出す。
「ほら」
「なんて読むんですか……?」
「え、読めないの? あいだりんたろう」
「……りん……たろう……?」
リサの目はしばらく空をなぞって戻ってくる。
「あなたが救世主様……?」
「いや、知らんけど」
「わたしの目に狂いはなかった?」
「いや、知らんけど」
コートを置いて、座り直すリサ。
「世界、救う気ある……?」
「え、あんまりない」
「でも、世界であなたしか世界を救えないとしたら?」
「……」
この娘は何を言ってるんだろう。
「なぁ、そこから、何かを売りつける感じ? 世界を救うために必要なアイテムとして、この壺六十万とか……」
「売らないよ。でもほら、やっぱりわたしの目に狂いはなかった」
いつの間にかタメ口になってるリサ(俺もだけど)が、自分のバッグをごそごそしだす。
「じゃあハッキリさせよ。……これ」
ドン、とテーブルに置かれたのは岩に突き刺さってる剣……のオブジェだ。
気持ち、大きめの鍋をひっくり返して、それに剣が刺さってるという規模感で、小さいとはいえ、柄の部分までの高さは、並んで立ったら膝の高さを越えるだろう。よくこんなのバッグに入ってたな……。
「これね、救世主様にしか抜けないの」
「うそつけ」
裏をひっくり返してみたら『メイドインどっかの外国』って書いてありそうなプラスチックのおもちゃだ。これほどのコドモダマシに乗せられるほど、さすがの俺もメデタクはない。
「うそじゃないよ。試してみる?」
キョロキョロしだすリサ。たまたま客としてプリンを食べていた、北斗のケンシローみたいな屈強そうな男を見出すと、パタパタと歩いていってぺこりと頭を下げた。
「申し訳ないんですけど、ちょっとあそこにある剣を抜いてみてもらえますか?」
ケンシロー(仮名)は指さされた方向を一瞥し、
「子供の遊びにつきあってる暇はない」
「プリン食べてるだけじゃないですかぁ。ちょっとだけ、お願いしますっ!」
リサがウィンクせんばかりの勢いですごくかわいく頼むと、客は渋々立ち上がる。そのまま俺のテーブルまできてそれを見て、
「これは抜けないようにできているのか」
「はい。選ばれた人にしか抜けないですっ!」
「オレは片手で三百キロを持ち上げられるが、このおもちゃが壊れてもいいのか」
「大丈夫です!」
リサはそれをテーブルの脇に下ろす。その様から見ても大した重量感もない。こんなマッチョの手にかかれば、抜ける前にどこかが折れるだろう。まぁ見ていよう。
ちなみに、リサのマフラーがくるくるしていたように、外の風景は白い。にもかかわらずこの男は袖のないタンクトップ姿でプリンを食べていた。トレーニングジムの帰りかなんかだったんだろうか。さすが世紀末の男は違う。
そんな彼が、剣の柄に手をかける。鍋と称したプラスチックみたいな岩部分から刃が十五センチ。そこから柄が三十センチくらい伸びている。岩部分が十センチくらいあるから……いやほんと、よくバッグに入ってたな……。
ともあれ、これを引っ張るとなると、岩部分も含めて簡単に持ち上がってしまうだろう。ケンシロー(仮名)も同じことを思ったようで、両足で岩を挟み込んだ。
「フオオオオオオオオオ……」
地鳴りのするような低い声を喉の奥で鳴らし、男は力を込める。っていうか、もう一アクション目につくことをやったら店員が飛んでくるに違いない。
心配する俺は椅子に座ったまま、その様を見ている。ケンシロー(仮名)の筋肉は盛り上がり、そのおもちゃを破壊せんばかりの勢いで上方向への力をかけた。
が……抜けないんだな。ケンシロー(仮名)はちらりと俺の方を見て「ちょっとそこのお前」と言う。
「すまないが土台を押さえてくれないか。これを押さえながらだと力が入りにくいのだ」
「あ、はいはい」
立ち上がろうとした俺をリサが止める。
「あのぅ、大丈夫ですよ。押さえてなくても持ち上がりません」
「何を馬鹿なことを……」
男は自論を証明するしようと、仁王立ちになってひょいとそれを持ち上げ……
「ぬぅ……!?」
持ち上がらない。柄もピクリとも動かず、岩部分がまるで根っこでも生えてしまったかのように地面に張り付いている。
「ぬぅぅぅぅ!!」
必死になっているのが分かる。あとで「本気ではなかった」とか言いそうなくらい(?)、全力で力を込めているが、剣が抜ける気配も、それどころか台座が持ち上がる気配もない。しかもそれほどの力をかけているにもかかわらず、そのちゃっちいおもちゃはまったくどこも折れたり崩れたりしない。
終いには
「北斗死知識閉山!!」
何かの技を叫んで踏ん張っている最中に店員が止めにきて、男は退店させられてしまったのだった。
「はい。じゃあ今度はリンタロウの番ね」
「いや、俺らも追い出されるぞ」
店員たちの目がチラチラ、俺たちを見ている。出禁フラグ全開じゃないか。
「大丈夫だよ。リンタロウがホントに救世主様だったら、片手でも抜けるから」
「うそつけ」
今のを見て、どの口がそんなことを言うんだ。と、俺が興味を示さないと、リサは、ふぅ……と、ため息を吐いた。いかにもうんざりとした顔をして、
「っていうか。あなたが救世主様じゃないなら、わたし、めっちゃサービス残業なわけですよ。あなたと関わる一秒一秒が無駄なわけなんですよ。……だからとっとと試してもらっていいですか?」
……なんとなく商売女のホンネみたいな言葉が丁寧語で怖い。俺はとりあえず座ったまま、右手で剣の柄を握ってみた。やる気のなさが逆手持ちに現れてるけど、とにかくこれで抜けなかったら、さらに左手を添える気もない。が……
握った途端、十五センチ先は埋まっている刀身が鈍く光り出す。
「おお……」
リサの喉が思わず感嘆の息を吐いた。俺、動揺して息をのむ。
「何のトリック? これ」
「いいから持ち上げてみて」
俺は黙って柄を握ったままの右手を上に挙げていく。それに一切抵抗する様子を見せず、伸びていく刀身。
「おおおお……」
リサ、目を丸くして口を半開きにさせたまま。剣はまだ長く、俺は自然、立ち上がって距離を稼ぎ始めた。
そして、剣尖が岩のオブジェから離れ、光が消えた。俺、唖然。
「救世主様だ……」
口を半開きにさせたまま、呟くリサに、俺が振り向く。
「なんか、よく分からない手品見せて俺に壺を売りつけようとしてる?」
「壺は売らない。……だけど、お願いがある」
「なに」
剣を逆手にぶら下げたまま、呆然と立ち尽くす俺に、リサは言った。
「死んでもらってもいい?」
「はぁ!?」
俺は思わず大声を上げたが、店員にマークされてることを思い出し、黙って座り直す。そんな俺を見るリサの目は、さっきと違ってキラキラと輝いている。その透き通るように美しいライトパープルの瞳が、俺を捉えて離さない。
その眼差しとさっきの言葉がちぐはぐすぎて、ひとまず追及する気にならなかった。
「救世主ってのは?」
「救世主は救世主よ。世を救する主」
「俺が?」
「そう。〝俺〟が」
「そうやって持ち上げて、壺売ろうとしてる?」
「……さっきから、そんなに壺が買いたいの?」
呆れるリサだが、思い直したように対面の席から身を乗り出す。
「まぁいいわ。そんなでも救世主様には変わりない。死んでくれる?」
「だから、なんでそうなるんだ。救世主が死んじゃったら救世できないだろうが」
「ああ、そのこと?」
リサは「ちょっと話は長くなるけど、いい?」と断って、
「わたしは、二二六チャンネルの次元からきた……分かりやすく言えば異世界からきた、ちょっとチャームな魔法使いなのね」
「……」
のっけからトンデモネーことを言ってくるリサ。目の前で真顔でこんなことを話されて、すぐに信じる令和の若者はおるまい。
……という反応をよそに、リサは手ぶりを含めて話している。
「いろいろ端折るけど、あなたは救世主様なの。ウチの世界にきて世界を救ってもらわなきゃいけないんだよ。ところが……」
考えられる転生のやり方を別の媒介で試してみたが、うまくいかなかった……。
「困り果てたわたしは、アイリン堂っていう書店でいい文献はないかと探してみたのね。そしたら、やたら『転生』『転生』っていう本が並んでる場所を見つけたのよ」
「……」
それはもしや、ライトノベルの棚……。
「パラッとめくってみたら、転生のキッカケは全部その登場人物の死亡なの。……はい、というわけで死んでくれる?」
「アホかーーーーー!!!」
そんなの、怪しい料理漫画のレシピ通りにつくったらまずかったってくらいやっちゃダメなやつだ!!
しかしリサは平然としたものだ。
「だってほかに方法あるの?」
「ないから転生なんて無理なんだ!! そもそもリサは……」
どうやってこの世界に来たんだ……と聞きかけて、止まる。危ない。危うくこの女を本当の異世界人だと思いかけた。フツーーに考えれば、頭がだいぶイッてるただの日本人である。(かわいいけど)
俺はむしろ意地悪な笑みを浮かべ、聞いた。
「異世界ってどんなとこなの?」
「どんなとこ……?」
「もし俺がその世界に行くんだとしたら、どんな場所かを知っておきたい」
さぁ、どんなふうに答える? 俺はこのかわいい娘がいい暇つぶしだと思い始めた。
「どんな場所……ねぇ……」
そんな質問は意外だったかな? 答え、用意してこなかったかな?
「まぁ……」
しばらく空を泳ぐリサの黒目。
「空気がおいしい」
「イナカか」
「海に遊泳禁止区域がない」
「ただ整備されてないだけだろそれ」
「瀕死でも宿屋で全回復できる」
「……ドラクエかよ……」
「マルチエンディングが用意されてる」
「マルチエンディング……?」
冒険ゲームとかにたまにある。フラグの立て方(主人公がどう行動したか)によって結末が違う……というスタイルのエンディング形式をいう。
「どんな感じ?」
「例えば、Aっていうエンディングにお友達を誘うと、その人数に応じてキャッシュバックがあるの」
「マルチの意味が違うだろっ!!」
「ちなみに、〝マルチオープニング〟とか、〝マルチどんでん返し〟とかもあるんだから」
「お友達を誘うとキャッシュバックの?」
「そうそう」
「いらんわ」
「……」
リサは、一生懸命話しても埒があかない様にムッとしたらしい。
「いいから早く死んでくんない? わたし今、サービス残業中だって言ったよね? あなたが死んでくんないとわたしも元の世界に戻れないし」
「どうやって死ねと?」
「リンタロウがいいよって言ってくれたら、わたしが〝いいデス〟かける」
「いいデス?」
普通に即死系魔法だと、彼女は言う。ただ、その魔法は医療用(?)らしく、〝了承〟が必要らしい。〝いいですよ〟ってことらしい。
「うそつけ」
「じゃあやってみていい?」
「……」
俺の心は一瞬立ち止まった。普通なら「やってみろよ」と即答かもしれない。が、今のこのやり取りの中で足をぶらぶらと興奮させていた矢先、テーブルの下に横たえた剣が、つま先にこつんと触れたのだ。
この剣は、確かに不思議だった。アレがただの手品だと断じて、ここで即死系魔法とかが効いたら、それこそ終わる。
俺はテーブルの下を指さして、おそるおそる口を開いた。
「さっきの剣って、どこから持ってきたの」
「教えたら死んでくれる?」
「そんなに殺せる自信あるのか」
「医療用だから、了承してくれたら一〇〇パーセント」
「……」
その目には一点の曇りもない。この目で嘘がつけるものなら、彼女はアカデミー女優賞が取れるかもしれない。
紫色に透き通る瞳……彼女はそれをややも細めて話題を変えた。
「ちょっとさ、空気あんまよくないし、あなたと仲良くもしたいから、ゲームでもしようか」
その笑顔がとてもまぶしく、いや……こんな顔の整った娘、アイドル事務所を一日回ったって見つかるかどうか……
「じゃあ……わたしがなんか言ったら、全部〝英会話のイーヨン〟って答えてくれる?」
「お、おう」
俺はその雰囲気に乗せられた。再度身を乗り出すリサ。
「五×三」
「十五」
「違うでしょ」
「あ……〝英会話のイーヨン〟」
「八×六」
「〝英会話のイーヨン〟」
「ヤッホー×B」
「〝英会話のイーヨン〟」
「マッホー×E?」
「〝英会話のイー……ちょっと待った!!」
「なによ……」
ガタンと立ち上がった俺を見上げるリサは迷惑そうだ。
「了承が含まれてるじゃないか!!」
「……チッ……」
妖精が小悪魔に変わる瞬間。かわいいだけならその表情の変化すらかわいいのだが、俺をしとめ損ねた彼女は「駄目だこりゃ」とお手上げポーズをして、椅子の背もたれにもたれると、二度目のため息を吐いた。
「ちょっと待てよ。本当に異世界なのか?」
「うそつく気力もないくらい、今のわたし、サービス残業しててかわいそう」
「どんな世界なんだよ」
「えぇ? だから、マルチエンディング……」
「いや、そうじゃなくて、俺が必要な理由だよ。救世ってことは、世界に何か異変が起きてるってことなんじゃないの?」
「あぁ……」
肝心なところだと思うが、その説明は全く発想になかったっぽい表情を浮かべたリサが一度、息を大きく吸い込んだ。
「まず……」と言う。
「世界は、納豆に飲み込まれようとしています」
「はぁ?」
「納豆菌が意思をもったのよ。奴ら、大豆をどんどん腐らせて増殖してるの」
その勢いは世界各地に波及し、ねばねばねばねばと、納豆に沈んだ街も多数存在しているそうだ。
「……嫌だな」
「いやだよ。ただの納豆じゃないの。ヤバいんだから。なんていうのかな……ぬるぬるが津波になって押し寄せてくる感じっていうか……」
すごい臭そうだが、人はその菌糸に取り込まれ、ナットウキナーゼの栄養にさせられてしまうらしい。
「でもね、世界には預言書があるの。〝その者、リンという名を胸に秘め、粘る世界に降り立たん。世がまさに滅びんとする刹那、救主となりて身を捧ぐであろう〟……から始まる、預言書がね」
リサは俺の目を見据え、
「分かった? その救世主様は、三八四チャンネルの世界にいる十八の若者で、さっきの剣が抜ける人とされているの。……あなた十八?」
「……」
「ホラ。だから救世主様なのよ」
「信じられん」
「そんな信じられん話を信じて、別の次元からはるばるサービス残業で来たわたしの言葉が信じられないの?」
「言ってることめちゃくちゃだろ」
「もっとめちゃくちゃなことを言うと、その予言書では、あなた、わたしの夫になる」
「は……?」
「わたしたち、愛し合うの。夫婦として。わたしは永遠の愛をあなたに誓う」
俺は思わず、彼女を舐めるように見つめてしまった。変な女ではあるが、再三述べているように、こんな美人は空前で絶後だろう。ついでに俺は〝彼女いないマスター〟の称号をほしいままにしているから、これを逃したら後はハムスターくらいしか嫁いでくれる奴はいない可能性もある。
「壺、売るつもりか?」
「だから、なんで壺なのよ」
「俺と結婚……?」
「いや?」
「……」
いやじゃない。いやじゃないが……
俺は言葉の裏を必死に探るが、聞くほどに分からなくなる。リサは大きな瞳をぐっと上目に開いて続けた。
「こっちの世界はどうか知らないけど、わたしの世界で、預言書はゼッタイなのよ。リンタロウが救世主様で間違いないのなら、世界を救うのはリンタロウで間違いないし、わたしの夫になるのは間違いないし、それでわたしたちが〝マルチどんでん返し〟になるのも間違いないの。……そうでもなきゃ、わたしがわざわざ異世界までサービス残業しに来ると思う?」
「……」
なんか、この荒唐無稽な会話をそろそろ信じ始めてる自分がいるのが怖い。思えばリサという名前だって、日本人っぽいけど異世界にもよくいる名前だ。この茶髪だって、染めてるのではなく地毛かもしれない。
「言っとくけど、思った以上に役得だと思うよ。そりゃ……危険もあるとは思うけど、白馬に乗って颯爽と世界を往くんだよ? みんなの尊敬の的なんだよ?」
「だけど俺……剣も使ったことないし……」
……なんて返答してしまうところからして、もうまともじゃない。分かっていても、なんとなくこの話に乗ってしまい始めている。リサはまた、にこりと微笑んでみせた。
「どんな救世主様だって、始めはレベル1なんだよ。ちっちゃいことで喜んで、傷つきながら、誰もが成し遂げられない栄誉にたどり着くんだから。……大丈夫。わたしも少しは魔法が使えるし、病める時も健やかなる時も、ずっと一緒だって約束するから」
か……かわいい……。柔らかく微笑むとまるで妖精が祝福してくれたかのようだ。
「俺と結婚……ってことは、デートもできんの?」
「デートっていうか、デフォで世界旅行するけど……」
「一緒の部屋で泊るの?」
「そりゃ、夫婦ならそうじゃない?」
「……キス、とかもできる……?」
「……いいよ」
「……」
俺は、完全に言葉を失った。
「もし……」
しばらくの沈黙の後、である。
「俺が断ったら?」
「ただ死ぬとしても、わたしは元の世界に戻るよ」
「もう会えない?」
「この世界には、もう来ない」
「……」
いや、いろいろ考えるだろ。異世界だよ異世界。信じる方がどうかしてる。
だけど……
「一つ……信じさせてほしいことがある」
俺の声に、リサは微々顔を上げた。
「なにか、ここで魔法を使ってみてくれないか。もし何か、俺が信じられないことが今ここで起きたら、もう信じることにする」
「信じてないの?」
「そりゃ……異世界があるなんて信じろって言われてすぐ信じられる奴なんていないよ」
「そうなんだね。っていうか、いいデスで死ねたら何よりの証明じゃない?」
「それはなんとなく取り返しがつかない気がする」
「ちょっとは信じてるってことじゃん」
「だからこそ、目に見える何かを見せてほしいんだ。できればここで、この店を追い出されない程度のことで」
「えー……じゃぁ……」
リサは首を傾げ、しばらく何かを考えた後、
「ここに、リンタロウの乗る白馬を出してあげるね」
「え!?」
目をつむり、顎を引いて聞いたこともない言葉を早口で羅列する。最後に左手をテーブルの脇に放り投げるように振ってパチンと指を鳴らす。すると……
「ええ!?」
俺はそこに……信じられないものを見た。
その生物は、滑らかで、きめの細かそうな肌を持っていた。目が洗われるほどにまぶしくて、白い体躯の質感はまるで水風船のようにも思う。中央に角のような突起があるが、それもタンパク質が硬化したものではなく、水風船の一部がそのように変形しているように見える。
どんぐりマナコにUの口。これは……!!
「スライムじゃないか!!」
店員たちもこちらを見ているが、あまりの展開に唖然としてしまっているらしく、咎めにも来ない。
スライムもおとなしいもので、直径1m半ほどの身体をプルプルとゆすっているだけで、暴れ出したりはしない。
「白馬を出すって言っただろ」
「いや、白馬だよ。どう見ても白馬でしょ」
「どう見てもスライムだろ!!」
いや、正確にはスライムでもない。スライムというものは青か緑と相場が決まっているものだ。これはポテトチップスのうすしおのパッケージはオレンジ、コンソメは黄色と決まっているくらいの常識じゃないか。
ただ、リサはきょとんとしている。
「スライムってあのナメクジの出来損ないみたいなやつでしょ? これはどう見ても馬だよね?」
「……」
「…………」
「……」
「……………………」
数瞬の目のやり取りが繰り広げられる。が、彼女は一つも譲る気はない、ゼッタイの目をしている。その光には一つの冗談も感じられない。
「馬、なの?」
「馬だよ」
「馬ってのは……」
俺はポケットからスマホを取り出し、馬を検索する。見覚えのある馬ヅラが出てきて少し安心し、彼女の前に突き出した。
「こういうのをいうんだよ」
「メイルジェンス?」
「メイルジェンス……?」
「なんかちょっと変だけど、メイルジェンスっぽい。野勒っていう、邪念を纏った肉食の悪魔だよね?」
「……」
「こっちの世界にも野勒がいたなんて……」
「のろく……」
「野勒に乗るとか、どんな命知らずなのよ。〝いいデス〟いらずで普通に死ねるよ?」
「……」
俺はもう一度、テーブルの脇でぷるぷるいってる物体を見た。
……ひょっとして、彼女の世界では、これが馬なのか……?
「馬……?」
「馬」
「これに乗るの?」
「うん」
彼女が言うには、飛び跳ねるように移動するが、クッション性が非常に高く、それが完全にサスペンションの働きをして、ほとんど揺れずに一日一〇〇里を駆け抜けるそうだ。
「とにかく、そろそろ信じてくれない? このサービス残業を無駄だと思いたくないの」
「……」
まぁ、これが馬でもなんでも、逆にこんな生物地球にいないわけだから逆に信じるべきなのかもしれない。しかし当然、別の疑問が湧いてくる。
「わかった。これは馬……だとしよう。じゃあ……そっちの世界でいう、結婚ってなに?」
いや、これ重要だろ。なんせ白馬がスライム(略してハクスラ)だったのだ。結婚が血痕のことだと言われても、もはや納得するしかない。
「結婚?」
「そう。結婚。俺とリサがするはずの、結婚」
「結婚とは、配偶者と呼ばれる人々の間の、文化的、若しくは法的に認められた繋がりの事で、配偶者同士、その子との間に権利と義務を確立する行為である」
「え、あ、……あ、そうなの……?」
よかった。なんか難しい言われ方をしたが、字面を脳裏で追ってみれば、こっちの世界の結婚と何ら変わらない気がして、俺はほっと胸をなでおろ……した、その矢先、
「……最大で男三名、女一名までを一編成とし、常に行動を一にする義務を負う」
とか言い出したので、俺は思わず目をぱちぱちと瞬いてしまった。
「ど、どういうこと?」
「わたしは最大三人まで夫をもてるの」
「まさかの一婦多夫制なのか!!」
リサはまた、ケロッとした顔をして、
「そうだよ。冒険とか出る時って、よく男二、三人に女一人とかで冒険してるでしょ? あれって夫婦だからなんだよ?」
「マジか!!」
「だってそうじゃなかったら、うまくいかなくない?」
う、うん。まぁ、男女間がもつれると確かに魔王退治どころの騒ぎじゃなくなることもあるかもしれない。
いやしかし、その関係はもつれずに成立するものなのか?
……一般的な一夫多妻制の国がどうなのかは分からないけど、日本に生きる俺としては、その関係になんのトラブルもないとは思えない。
それを端的に質問するとしたら……俺は頭をひねり、一つに集約させた。
「ちょっと聞いてもいい? ……子作りとかどうすんの?」
「子作り?」
「基本的に、誰か一人の子供しか生まれないよな?」
「え、なんで?」
「なんでって……」
お前の子宮は三つとかあるのか。俺正直、子作りに限らず順番待ちなんかしたくないんだけど。
そんな俺を尻目に、リサはケロッとしたまま、その理由を語り始めた。
「だって、排卵日に卵は三つくらい出てくるよね。たまに二つしか出てこなかった時は、一人は待つことになるかもしれないけど、そうじゃなかったら全員に行きわたると思うよ?」
「たまご??」
「たまご」
「……」
俺、また目をパチクリ。
「ひょっとして、アナタ、たまご産むの……?」
「え、なにその非常識な質問。女が卵産まなくて、どうやって子供が孵るの?」
「え、え、……それって、どうやって受精すんの……?」
「たまごに掛けるんだよ。……あのさ、そんな話、こんな場所で……セクハラだと思わないの……?」
「……」
まさかの……!!
異世界の女は生殖方法が違う!?
……セクハラという言葉すら次元を超えて共通言語だというのに、まさか生殖方法が違うとか……。
ある意味打ちひしがれてる俺に、リサはみたび、フェアリースマイルで問いかける。
「さぁ、そろそろ納得してくれた? わたしと結婚して? そして、世界を救いにきて?」
問:キミならどうする?
1,卵を産む美女と共に世界を救うため、殺される。
https://kakuyomu.jp/shared_drafts/GHYu52M3AGq0CiDiZ1rRM4NfUZX44Hyn
2,断固断って、空前にして絶後の出会いから逃げ出す
https://kakuyomu.jp/shared_drafts/pNPlHpYHOtnURCIPGn70OvSWw5AV1OXw




