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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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20/27

020死神殺人事件

四題

墓場、勢揃い、用済み、銀髪ヒロイン

 夜中だというのに、生ぬるい空気が立ち込めている。

 しかし、シルバーブロンドを三つ編みに束ねている少女は、その事実よりも目をあければ知らぬ場所にいたことに驚いていた。

 見上げれば間近に迫る山の稜線が映り、それを遮るように巨大な菩提樹がひそかにたたずんでいる。周囲からは雨上がりの匂いがし、かすかに虫の鳴く声が聞こえた。

「なにを驚いておる」

 振り向けば白いローブ姿の翁が立っている。彼女は自分の置かれている状況が分からない。

「ここは……」

「見ての通り、墓場じゃよ」

「わたしは……」

「お察しの通り、命を落としなすった」

「ええ!!」

 察してない!! 少女は叫びたいが、死という圧倒的な事実の前に言葉を失う。そしてなぜそうなったかを懸命に思い出そうとした。


 名前は死神子しにがみこ。思い出せる。職業は死神。思い出せる。

 死神が死んだ。どういうことなのだ。その辺の記憶が戻らず、神子は思わずこめかみを押さえた。

「あなたは……?」

「墓守さね」

 聞けば、死ぬとあの世まで連れて行ってくれる人らしい。死神も現世うつしよ)に迷える魂を回収して幽世かくりよへと導く仕事だが、冥府へと連れていくのが死神であり、極楽へ向かう者を担当する翁だと彼は語った。

「極楽……」

「奇妙な話じゃが、おみしゃんの前にわしが現れたということは、おみしゃんを極楽へ連れて行けということなのじゃろうと思う」

「え、わたし死ぬんですか?」

「もう死んどる」

「死神が死ぬとか、おかしくないですか?」

「警察官も逮捕される。裁判官も裁かれる。となれば、死神が死ぬのもあるんじゃろう」

「そんな理屈が通りますか!!」

「とりあえず、おみしゃんが死んだことは間違いない」

「……」

 圧倒的な事実に黙るしかないが、どのように死んだのかが思い出せない。

「でもわたし、死神だから、死んじゃうと困りません?」

「困るよ。誰が歪んだ魂を冥府へと連れていくのじゃ」

「でしょう!?」

「そんな……わしを責める目で見られても……」

 繰り返すが、どうして死んだのか。げげげのなんちゃらだって『おばけは死なない。病気も何にもない』なのに、間違いなく上位互換の神という存在が死ぬのはおかしい。

 神子は顎に手を当てて首を傾げた。なぜ死んだ。

 もちろん寿命ではない。というか神に寿命があるのかという点を自問しなければならないが、少なくともまだ若い。かわいい。美しい。寿命で死ぬなどあり得ない。

 病気も、もはやそんな死は空気読んでないレベルなので除外したとして、交通事故とかならワンチャンあり得るのだろうか。

 後は単純に、魂の抵抗に負けたという可能性もなくはない。

 死者の中には死に対して頑強に抵抗する者もあり、それを武力でねじ伏せて連行していくこともある。死神の大鎌はそのために存在しており、極楽案内が専属というこの翁のように、ただ温厚な墓守ではいられない。

「わたしは、殺された……?」

「それは分からんね」

 分からないが、そう考えるのが一番たやすい。とすれば、倒すべきを倒せず、撃退されてしまったのだ。


 神子は再びうつむいた。噛みしめる唇に悔しさがにじむ。

 屈辱であった。例えば戦神が戦に負けるのは屈辱……といえば伝わるだろうか。死神が死を迎えるはずの魂に武力で負けることなど、あってはならないことだ。

「おじいさん」

 目の前の墓守を半ば睨みつけるように、彼女は意思を示した。

「わたし、修行をし直して、立派な死神として復帰します!」

「いや、おみしゃんはもう死んどるんだって」

「大丈夫です! わたし頑張ります!!」

「あの……このじじぃの言ってること、聞いとる……?」

「失礼します!」

 神子は踵を返し、とん……と、大地を蹴った。浮かび上がる身体。死神は空を泳ぐことができるらしい。

 しかし、神子は程なく老爺の下に戻ってくることになる。そのことに、彼女の方が驚いていた。

「あれ……? 同じところに戻ってきた?」

 爺は困ったような表情を浮かべ、

「いや、出られんよここからは。おみしゃんは死んでおるからのう」

「どういうことですか?」

「墓場におみしゃんの亡骸がある。幽体のおみしゃんはその周辺から抜け出ることは叶わん」

「ええっ!? じゃあどこで修行をすればいいんですか!?」

「いや、じゃから……自分の立場、分かっとる……?」

「はい! 死神の本分を全うするために修行をしなきゃいけない立場です!!」

「わしの話、聞いとった?」

「バッチリ聞いてましたっ!」

「おみしゃんは、死んでおるんじゃぞ?」

 墓守は墓の一つを指さす。墓標がぐらぐらと揺れ出して、土がボコボコと苦しそうに下から噴き上がる。

「まさか……」

 死体……が出てくるんだろうか。自分の。

 息をのむ神子。人の死など見慣れているが、自分の死はその限りではない。

「っていうか、誰かが埋葬してくれたの……?」

「いや、ここは現世ではないからの。すべては概念でしかないんじゃが」

 やがて、墓標が崩れ落ちると土が一気に押し上げられた。棺桶の蓋が開いたのだ。

 ゆらりと力なく起き上がる上半身。ほんの束の間を置いて、もう一つの影も追随する。

「え……?」

 棺桶の上に立ち上がった自分を見て、神子は目を疑った。ミニスカートの白いワンピースに紫のだんだら模様の入った姿。

「はーい、どもーーー」

「死神の神子ですーー」

「いやいや、あたしが神子なんだけど」

「なにいってんの。ボケるのもほどほどにしてくんない?」

 〝当人〟は思わず叫ぶしかなかった。

「なんでわたしが二人もいるのーーー!!」


 神子の視線が墓守に向く。墓守は「ほっほっほっほ」と鷹揚に笑い、

「知らん」

「知らんで済まされますか!!」

「いや、そんなことを言われてもな……」

「なんで棺桶にわたしが二人も入ってるんだって聞いてるんです!」

「あれじゃないか。二着買ったら三着目はタダみたいなものなのでは?」

「わたしは紳士服じゃない!!」

 ちなみに、死体たちの漫才には耳を傾けない。「あたしが本物よ」「ふっふっふ、バレちゃぁしょうがない」の議論はあまりに使い古されている。……って、

 神子は棺桶の方を振り返った。

「片方、今ニセモノだって認めた?」

「バレちゃぁしょうがないのよ。私がホンモノの神子だってね!」

「あーもう、紛らわしい。勝手にやってて!」

 そして視線は再び墓守へ。

「なんなの、これ。説明してよ!」

「いや、だから、わしは単なる墓守で……」

「そのお墓でこんな大惨事が起きてるんだから監督責任なのよ!!」

「というか、おみしゃんは自分自身だっていうのにどっちがホンモノか分からんのかぃ」

 神子は棺桶で言い争ってる二人を一瞬目の端に留める。ほんとに死人のようで、唇には血色がなく、蒼白な顔をしているが、腐敗やガスによる膨張はない。瞳孔が開き切っているが、そんなのはまったく意に介さないハイテンションで、双方漫才を続けている。

「宿主なのにどっちがホンモノなのか分からんの、かーい!」

「分からんの、かーい!!」

「っていうことはどっちかはニセモノなのね!? てか、どっちもニセモノだよね!?」

「人格を言うとるのかの?」

 答えたのは墓守である。

「幽体が肉体から離れている間、管理のために仮の魂を入れておくんじゃ。だからそういう意味ではおみしゃんではない」

「肉体はどっちも私だっていうの!?」

 死体二つが騒ぎ出す。

「どっちか選ぶしかないんじゃないー?」

「選んで、私がホンモノよ? ホンモノなのよー?」

「言っとくけどあたし、コイツと違って胃も腸も腐ってないよ!?」

「私だって腐ってないわよ!!」

「処女だし」

「処女なの……?」

「おしりのほうは」

「疑われる嘘つかないでっっ!!」

「どっちの意味で?」

「もうっ!!」

 墓守を睨みつけて抗議する。

「監督責任!!」

「わしに言われてもな……」

「名誉棄損で訴えてやる!!」

「おみしゃん自身をか?」

 神子は頭を抱えた。なんかもはや、死神であるという設定すらどうでもいい気がしてくる。

 二つの肉体は相変わらず「死神子ってどう読むの?」とか、セリフにしてるんだから聞く必要もないことに疑問を呈しているし、このままではめまいがしそうだ。

「そもそも、わたしは生き返れるんですか!?」

「いや、だから、死んどるんじゃって、おみしゃんは」

「答えになってません!」

「死んだ者は、生き返らないんじゃって」

「そんな常識論が聞きたいんじゃないんです!!」

「じゃあ何が聞きたいんじゃ!」

「まず生き返る方法! それとわたしが修行するための手段と、倒された相手の情報とか、リベンジする方法ですかね」

「はいはーーい!」

 死体たちが手を上げる。

「あたし、倒された相手の情報知ってまーす!」

 振り向く神子に、死体は死相たっぷりの笑顔を見せた。

「相手は三人いましたー! その名も、シィ=ボゥ、リィ=エンブン、リィ=トゥブン」

「な……!!」

 墓守の、しわだらけの目元がかっと見開かれる。

「その三人組は……かつて〝ヨブン三兄弟〟と呼ばれ恐れられた伝説の悪党どもじゃ!」

「ひどかったですよー。私なんか手足を縛られて、着てる物全部はぎとられ……」

「ちょ、ちょっとまって!」

 本体が慌てて死体の声を遮った。

「な……なんかそれ、聞いちゃいけない話な気がする!!」

「自分にされたことくらい聞いときなさいよ」

「絶対ヤダ!」

「わしは聞きたい」

「このエロじじぃ!!!」

「じゃあおじいちゃんだけには教えてあげるー」

「やめなさいっ!!」

 翁はしかし、明らかにエロ目になって瞬間移動。棺桶の前に現れた彼の耳に顔を近づけた死体Aは、唇を複雑に動かした。

「XXX」

「……おお!!」

「XXXX」

「おおおおっ!!!」

「ちょ……なんなの!?」

 大げさに驚く墓守に落ち着かない神子。

「それは……不憫よのう……」

「でしょー。もう無理って言ってるのに……」

 しかし神子本体は幽体だ。飛び込んで死人の口をふさごうとしても湯気を相手にしているかのようにすり抜けてしまう。

「もう! アンタわたしの身体でしょ!! 守秘義務を保ってよ!!」

「いやぁ……おみしゃん……」

 老爺の目が、哀れな者を見る目になっていてつらい。なおさら、自分の身に何が起こったか、気になって気になって仕方がない。自分の亡骸をちらちら見つめ、

「そんな……ヒドいことされた……?」

「つらかったよー」

 喉元過ぎれば熱さを忘れるのか、死体は悲嘆の表情を浮かべず、あっけらかんと言い放つ。もし人がひとたび死ねばこのようになるのなら、理不尽な死も少しは救われるかもしれないが……。

「なに…………されたの……?」

 聞きたくないけど聞いておきたい。聞いとかないと、逆に怖い。

 二人に増殖している自分は棺桶から出てくることなく、青白い頬を小さく揺らす。

「両手足を縛られて、服を全部はぎとられて、ベッドに寝かされて無理矢理……」

「……」

 おぞましい姿を想像した神子は、思わず腹の辺りを抑えた。痛みを感じる錯覚がしたのだ。

「無理矢理……?」

「無理矢理、口と足を開かされて……」

 死体は、言った。

「牛脂を、どんどん詰め込まれた」

「え……?」

「胸やけがしても、吐きそうになっても、どんどんどんどん詰め込まれたわ」

 続いて大量の塩、大量の砂糖……次々に詰め込まれていったらしい。墓守の声は震えている。

「それこそまさに〝ヨブン三兄弟〟勢揃いアタック……。脂肪、塩分、糖分を体内に満たされ、無理矢理彼奴ら好みの身体にさせられた、不憫なおなごじゃおみしゃんは!!」

「え、そ、それで死んだの? わたし……」

「急激に塩分、糖分を摂取したことによる中毒じゃろうな……」

 実は、塩分は、体重一キロ当たり〇.五~五gで死に至る。また、糖分を急激に摂取することにより低下する血糖値が心筋梗塞や脳梗塞を招き、人を死に至らしめることもある。

「つらかったもん。そりゃ死ぬよあんなに詰め込まれたら……」

 あるいは窒息であったかもしれない。神子はとりあえず怒りで拳を震わせた。

「なんてヒドい仕打ち……絶対にゆるせなぃ!!」

 というか余分成分を詰め込むだけなのに、裸にされ足を開かされた意味がよく分からないあたりも腹立たしい。そんな辱めを受けたままではいられない。

「おじいさん!!」

 キッと意志に満ちた目を向ける神子。

「わたし! やっぱり修業します!!」

「いや、じゃから……死んどるんじゃっつーの」

「死んでても修行できますよね!? ドラ〇ンボールの修行なんて、むしろ死んでる時の方がデフォルトでしたよねっ!!」

「漫画と一緒にするでない!」

「ZZガ〇ダムのアニメのオープニングテーマなんて『アニメじゃない!アニメじゃない!』って連呼してましたよ!?」

「だからなんじゃ!」

「アニメなのにアニメじゃないんだったら、漫画もホント、アニメもホント、わたしだってホンモノってことでしょう!? 同じ土俵で話してもいいことなんだと思います!!」

「……」

 トンデモ理論が飛び出して、老爺は絶句する。

「どんな修行にも耐えます! わたしを修行させてください!!」

「そう言われてもじゃな……」

 死体は棺桶からは出られない。幽体も肉体からそれほど遠く離れることはできない。彼はそう言い、

「この墓場にいる生物を倒して経験値を獲得するくらいしかできんぞい」

「ここには何かいるんですか!?」

「蚊とかかな……」

「蚊ですか!?」

 経験値になるわけがない。

「地面掘ればミミズやモグラもおるじゃろう」

「そんなんで強くなれますかっ!!」

「たわけものが!!」

 ぴしゃり……言い放った墓守は言った。

「ミミズやモグラを侮るなかれ! ……ド〇クエの勇者たちも皆、低レベルでミミズやモグラやナメクジを狩り、やがて魔王をもしのぐ力を身に着けていったのじゃ!」

「……」

「……」

「…………」

「な、なんじゃ……」

「……よくそれで魔王を倒す実力が身につきましたよね……」

 そんなの言いだしたら、モグラを数百万匹狩れば、ホワイトハウス(アメリカ)を襲撃できる実力が身につくはずだ。

「ち、塵も積もれば山となるんじゃ。最近のユーチューバーなどはミミズやモグラのみでレベルをマックスまであげる強者もおる!!」

「そんなゲームの世界の話を持ってこられても!!」

「おみしゃん、先ほど漫画もアニメも同じ土俵じゃと言っとったじゃろうが!!」

「……」

 とんでもないブーメランが返ってきて神子を直撃。しばらく気絶していたが、目をさましたらゾンビと化した自分(二人)が看病してくれていて、再び暗澹たる気持ちとなった。

「で、なんでわたしが二人いるのよ!」

「かわいいでしょ?」

「お得でしょ?」

「彼氏二人作れるよ?」

「二交代制で二十四時間仕事ができるよ?」

「もっとも、どっちも一緒に眠くなるけどねー!」

「もっとも、どっちも死んでるけどねー!」

「……」

 なんだろうこの大惨事……。

「だいたい、わたしはアンタたちみたいにノーミソお花畑じゃないの! 風評被害も甚だしいから黙っててくんない!?」

「おやおや、そんなこといっていいのかなー?」

「な、なによ……」

「肉体抑えてんのこっちなのよん? 顔認証で悪いことできまくり」

「ちょっ!」

「個人情報売りまくり」

「やめて!!」

「本邦初、死体でAVデビュー。題名は『死神ゾンビは快感Death』」

「ホントにありそうだからやめてっ!!」

「……うふふ、だからあたしには逆らわない方がいいと思うよ?」

「逆らってるわけじゃないもん!!」

「なら私たちの言うとおりにして。いい子だから」

「……おカネの話が出たら、詐欺だよ?」

「死んでる死神にお金が必要なわけないじゃない」

 死体の片方は一枚の紙を懐から取り出した。

「これにサインして」

 見ると、まるで保険の契約書のようにちっっっっっちゃい文字がどあーーーーっと何百行にも渡って羅列されている。

「これ……は?」

「簡単に言えば、『私は死にました。現世でのすべての契約を破棄して、以後幽世の規約に従います』ってことだねー」

 神子は思わず墓守の方を振り返った。

「極楽の方にはそんなのがあるんですか?」

 一応死神だ。少なくとも冥府へ連れていく魂にそのような手続きがないことは知っている。

「令和になって、コンプライアンス的なことをうるさく言われるようになってな……」

「それなら、あなたからわたしに渡されるべきものじゃないですか?」

「先に肉体の方に会ったんで、そっちに渡したんじゃよ」

 神子はやや怪訝な表情を浮かべ、再び死体たちの方へと目を向ける。

「……なんでアンタらがサインしないわけ?」

「あなたが本体だから、に決まってんじゃない」

「わたしがサインしないと無効ってこと?」

「そうなのよ。だから早くサインしてほしいの」

「どうして?」

「サインしてもらえば極楽に行くでしょう? あたしたちをいつまで棺桶に閉じ込めとく気よ」

「わたし、死ぬ気はないんだけど」

「言っておくが……生き返るにせよ、一度この契約が必要じゃぞ」

 そこで……神子は先ほどと同じ、怪訝な表情を浮かべた。違和感が飽和を迎え、心の振り子がすとんと静かになる。

「おじいさん……さっきあなたは『死んだ者は生き返らない』って言いましたよね」

「原則な」

「それを、わたしがあんなに懇願してた時は一言も言わなかったのに、契約書の話が出たら、そんなことを言い始めましたよね」

「……」

「あなたが一人で、始めからこの契約書を出して『これで生き返れるよ』と言わなかったのはなぜですか?」

 推測は簡単だ。〝できなかったから〟。

「だいたい、幽体のわたしより、この二人に先に会った……っていうのは、おかしいでしょう?」

「なにが」

「この二人は棺桶に入ってた時、地中にいたんですよ? 会えるはずがないでしょう?」

「……」

 神子は小さく、何度かうなずいた。確信したのだ。

「わたし、これでも本物の死神なんですよ。いろいろ心乱されて信じそうになったけど、やっぱりどう考えても、死体から魂が抜け出てるからって、仮の魂を入れることなんてないです」

 というか、できないようになっている。そうしないと、今回のケースのように悪用されるためだ。

 目だけがころりと動き、二人並んでる自分の死体を目じりに留めた。

「アンタたちの、目立ちたがりな性格も災いしたよね」

 わざわざ二人出てこなければ、もう少し騙されていたかもしれない。

「おじいさん。あなたが墓守というのは、嘘ですね」

 ……彼女はそう続け、

「死神が主に悪人を相手にするのは本当です。なぜなら悪人の方が運命に抵抗しようとするから。そうじゃない人は自然に向かうべき場所に向かうから、その道先案内人として、あなたみたいな人がいるんだと言われたら、そうなのかなとも思ったけど……」

 思えば冥府にて、極楽か地獄かの裁断を仰ぐのだから、道先案内人が直接極楽に連れていくという話はおかしい。

 こういうのは客観的にみられるくらい冷静になれば「誰が騙されるんだろう」となるが、渦中にいて様々な手法で判断を狂わされると分からなくなる。だからこそ、これだけ詐欺が横行していても、被害が減らないのだ。

「……つまり、今起きてることは全部嘘。この場所自体が幻覚であり、わたしは夢を見させられているということ」

「誰にじゃ」

「おじいさん。あなたです」

「そんなことができると思うてか」

「普通の人間ならできませんけど、あなた方のこの準備は、わたしを死神と知っての対策ですよね」

 死神を知って迎え撃てるなど、普通の人間のできることではない。それに、成り済ますのが極楽の墓守という設定なのも、あつらえたとしか言いようがないじゃないか。

「……なぜわしがそんなことせにゃならんのじゃ」

「簡単なことです。死を免れたいから」

 墓場の空気が、明らかに変わっていく。

「あなた方三人、今回のターゲットなんだよね? ヨブン三兄弟? ……わざわざ名前まで出しちゃうなんて……」

 死神の仕事は、名前を控えて実行するものではないから、シ=ボゥ、リィ=トウブン、リィ=エンブンと言われても知らない。だが、人数が一致しているところで推測はできる。

「三人、それぞれに使える能力が違うんだよね? ……だから、幻術を使ったあなたが、わたしに契約書を渡すことができなかった。……この契約書は、わたしを束縛するなにか別の〝能力〟が絡んでる」

 なぜ束縛する必要があるのか。それはつまり、死神は、やはり殺せないからだ。

 死を回避するために死神を捕らえてしまおうとした。そのために周到な準備をして、今日この日、彼女を迎え撃ったのだ。

「そういうこと、だよね?」

 沈黙が走る。それはひどく殺気立った沈黙であったが、神子にとってはそういう空気の方が性に合っていた。

 変化は棺桶で起こった。

「ぬぉぉぉぉ!!!」

 死体の一つが奇声を発したかと思うと、背を向けたままの神子に飛びかかる。

「殺されてたまるかぁぁ!!」

「あ! 馬鹿モン!!」

 老爺の声と、霞を掴むかの如く空を切った男が勢い余って地面に叩きつけられる。少女がそれを笑った。

「わたし、今は幽体設定なんでしょう?」

 彼女の足元でうつ伏せに突っ伏しているのは、筋骨隆々の男だ。それとは別の、まだ棺桶に残っているもう一人の舌打ちが聞こえる。

「もうっ!! もう少しで死なない女の胃袋いっぱいに塩を詰め込めたのに!!」

「え……」

 それに呼応したか、正面の老爺からも歯ぎしりするような声がした。

「大腸と小腸を牛脂でぱんぱんに膨らませられたのにのう……!」

 足元からも、

「口から鼻から全部の穴から砂糖を押し込みたかった……」

「やめてぇ!!」

 想像するだに悪寒の走る神子。死神を幻術にかけるほどの曲者たちなのだ。契約書の束縛が自分に効力を発揮してもおかしくはない。

「この用済み三兄弟! アンタたちのことは絶対に冥府に送り届けないとって、改めて思ったわ!」

「ヨブン三兄弟だ!」

 擦り傷だらけで立ち上がったマッチョが叫ぶ。その隣で、目の前の老爺が強がった。

「だがどうするんじゃ。この幻術からは逃れられまいて」

「わたしはそうは思わない」

「ほ……どう逃げる?」

「あなた方の意識がここにある以上、この幻術にはあなた方も囚われてるよね。……ここに一生いるつもり?」

 その幻術が途切れる時、自然、一緒に脱出することになる。と、微笑んだ神子の耳の裏で、棺桶に残っていたもう一人が思いがけないことを口走った。

「し、死ぬくらいならずっとここにいた方がマシだ!」

「ええっ!?」

 反射的に振り向けば、もうそこには神子の死体は存在せず、代わりにハリガネのような男が追い詰められたネズミのような顔で唾を飛ばしていた。その主張にのるマッチョと老爺。

「そ、そうだそうだ! こうなったら死神ねーちゃんとずっとここで同棲だ!」

「なるほど、そうすればええのか!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! アンタらニートかもしれないけど、わたしには仕事があるの!!」

「なら契約書にサインをしてもらおうか」

「絶対イヤ! だいたい、どんな契約書なのよ!」

「ただ、あたしの言うことを何でも聞くというだけの契約よ。死ぬわけじゃないんだから」

 ハリガネは、まだ神子をまねていた頃の口調が戻らない。それと容姿がちぐはぐで、気味悪がった神子は叫んだ。

「言われなくても死なないけど、死んだほうがマシだわ!」

「ここで一生わしらと暮らすのとどっちがよいのじゃ」

「どっちも嫌よ!!」

 このまま無理矢理魂の緒を斬ってしまおうかとも思ったが、幻覚の中だ。先ほどのマッチョ同様、攻撃は通らないのだろう。

「どうする? アイフル」

「神子よ!!」

 必死に頭をひねっても、良案が思い浮かばない。

 契約書にサインして、それが有効化されるのだったら、契約書自体は幻ではないのだろう。しかしだから何だというのだ。その契約書をきっかけに自身が実体化できるわけでもない。

「アンタら……ここにずっといたら現実で餓死するとか、しないの……?」

「おみしゃんには残念なことに……のう」

 ホントかどうかは知らない。しかしそれが本当だとしたら、今ここにある選択は、この幻覚の墓場で幽霊のままこの男たちの相手をするか、現実に戻ってこの男たちの相手をするかの二つに一つしかない。


 ……神子はここで、一つの賭けに出た。

「分かった……サインする……」

「おっほーーぅ!!」

 途端、勝利者じみた奇声が上がる。神子はそれに多少の屈辱を感じながら、渡されたペンを握って棺桶の場所まで下がった。棺桶を台にして、サインをするらしい。

 一か、八かだ。

 神子は顔を伏せ、さらさらと慣れた手つきでサインをすると、それを彼らの鼻先に突き付けた。

「さぁ、お願い。幻術を解いて」

「……こりゃ、何語じゃ?」

「あら、幽世の使いに扮してて、その文字を知らないの?」

 皮肉まじりの神子に老爺は一瞬不愉快そうな表情を浮かべたが、なににせよ自分たちの目的は達したのだ。気を取り直して印を結ぶ。

 ……そこは窓のない、かなり広めの地下室だった。神子は唇を噛んでここを見渡した。

 幻術から目を覚まし、すべてを思い出したのだ。ターゲットをこのワイン蔵のような部屋に追い込んだつもりだった。それが罠だった。

 閉じ込められ、いつの間にか気を失った。毒ガスのようなものだったのかと思いきや、幻術であったらしい。

「さぁて、楽しませてもらおうかのう」

 声は、階段を下りてきた。それが先ほどの三人であることを見届けた神子は、確かにこの三人が今日のターゲットであることも思い出す。

「死ぬことのない女をいたぶれるなど、なんという僥倖」

「なにするつもりなの!?」

「知れたことよ。このシィ=ボゥ、エンブン、トウブンの三兄弟好みの身体にするところからじゃ」

 彼らはそれぞれに壺を抱えている。彼らが何をしたいのか、今までの発言を考えるだに背筋が凍る。

「嫌!」

「……もうあなたはあたしの命令には逆らえないのよ?」

「やめて!」

「とりあえず、そこに座りなさい」

 途端に彼女の膝はくだけ、へちゃっと座り込む。それを満足そうに眺めた三人は彼女を取り囲んだ。

 ……やっと、射程範囲に入った。

「大股開きでもしてみる?」

 イヤらしい目で見降ろすハリガネを神子は睨みつける。

「アンタさ、神に大股開き要求して赦されると思ってる?」

「なにいってんの。さっさとしなさい!」

「しないわよ。馬鹿じゃないの?」

「え? どういうこと……?」

「さっきのサインは、わたしのサインじゃないってこと」

「ええっ!?」

 それでも、賭けだった。契約の呪術には様々なタイプがあり、書かれた名前云々ではなく、書いた本人を縛るものもある。そういった類であれば、この場は彼女にとって地獄絵図と化していたであろう。

「読めない文字でごめんね!」

「なんだとぉぉ!?」

 マッチョが逆上。どういった技か、筋肉を数倍に膨れ上がらせて神子に襲い掛かった。

 だが、肉弾戦となれば神子は神だ。

 ふわりとシルバーブロンドの髪が舞い上がった。掴みかかる男の腕をすり抜けるかのようなステップで左にかわすと、右手を突き出す。手の下に現れたのは、まるで女子高生のスマホなのかと思えるような華やかな装飾のされた大鎌だった

 その大鎌が男の頭の上を一閃。重量武器とは思えないほどの鋭い加速を見せたその一撃は、彼の魂の緒を刈り取って通り過ぎた。

「うぎゃぁぁぁ!!!」

「トウブンのアニキ!!」

 派手な音を立てて崩れ落ちるマッチョ。くるりと一度大鎌の柄を回転させて納めた神子は大きな瞳をころりと動かした。

「あのね。あなた方は死が確定してるから、放っておけば今日中に死ぬの。でもあくまで抵抗するなら、この〝トウブンのアニキ〟みたいに強制的に魂切っちゃうけど」

「……」

「……どうする? 痛いのよ? 二百キロ出してる車に乗って交通事故に遭う時より痛くてもよければ、今ここで死んでもらっちゃうけど……」

「か、勘弁してよ! どうか殺さないで! まだ生きていたいの!」

 ハリガネが一転、土下座をして懇願する。老爺もそれに倣って平伏した。

「ふふ……」

 その様を見て一瞬目を細める神子。そうなると途端に表情が慈愛に満ちてゆく。死神という名がついていても、神であった。その表情の深さは、到底人の造形ではない。

 彼女はその表情のまま、せせらぐ小川が心地よい旋律を奏でるかのような声で、そっと囁いた。

「無理」

 万物が癒される安らかな声で、囁いた。

「絶対に無理」

 さながら神の啓示の如きその言葉には、何もないのにリバーブがかかっているかのようだった。

「わたしのことこんなにいじめといて、赦すはずないじゃない」

「世の中のすべてを許しそうな声で、私怨を語っておる~~~!!」

「うふふ、忘れてたわ。やっぱりあなたたちはわたしが殺さなきゃ気が済まないんだった」

 ふわりと揺れたシルバーブロンドの三つ編み。……次の瞬間、静かに目をつむった彼女の左手には、すでに三つの魂の緒が握られていた。

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