019ツンデレラストーリー
四題
世界最速、圧倒的、足を引っ張る、貴族
「ツンデレラ!! おま、なめとんかぃ!! ゴミ箱の底に埃が残っとるやろうがアカンタレェェェ!!」
「すみません! おねーさま!」
「ツンデレラーー! トイレから0,3デシベルの臭いがするわ!! 致死量じゃないのいいかげんにしろボケェェェ!!」
「はいおねーさま!!」
コマネズミのように働かされてるアタシの名はツンデレラ。勘違いしないでほしいけど、働いてあげてるんだから。ちょっとかわいそう演出しておかないと、みんなが応援してくれないからやってるだけだから。
「ツンデレラ!! 何ぶつぶつ言ってるんザマス!? 庭に湧いてるシーラカンスを早く掃除するザマス!」
「は、はい!! おかーさま!!」
一瞬……、まさに一瞬だ。0,3デシベルを超えていた大おねーさまの排泄物の香りを除去したアタシの身体は、次の瞬間には庭に到着していなければならない。
シーラカンスが海もないのに庭でびちびちもがいている。ろくに食えない魚だっていうのに気が付くと庭に押しかけてくるから、たまったものじゃない。
アタシは「よっこいしょ」ってそれを抱え上げて、大きな水槽に入れた。その水槽に紐を二つ括り付けて、フタをしてからランドセルみたいに背負う。
……海まで届けてやろうというのだ。
勘違いしないで。やさしさなんかじゃないから。生ごみにして腐ったら、またおねーさまに仕事を押し付けられるだけだから。
途中、移動オービスの検問やってたけど、あんなのに写真撮られるほどアタシの足は遅くない。
サイレンを鳴らしてる白バイを圧倒的なスピード振り切ったアタシは三里離れた海に到着。釣り船屋の人のお願いして、沖合に放してくれるよう頼む。そしてなけなしのお金を払い、エサを分けてもらい、水槽を釣り船に置いて、そのエサを水槽に撒いておいた。……これでお腹いっぱいの状態で海に帰れるだろう。
勘違いしないで。こんな魚に情をかけるつもりなんてこれっぽっちもないから。ただ、お腹をすかせたまま海に放って、空腹のあまり毒のイキモノとか飲み込んだら、その毒のイキモノがかわいそうだから。
アタシは別の、空の水槽を受け取って、それを「よいしょ」って背負った。またシーラカンスが庭に湧いた時のために、水槽は必須だったりする。水槽分けてくれる釣り船屋さんに感謝。
そのまま爆速で家に戻ったけど、家を離れていたのがバレたらしい。おねーさまたちとおかーさまは家の前で腕を組んで待ち構えていて、いなかった罰として新しい拷問器具を試された。
ただ、おかーさま的にアタシがひどい目に遭っていることを誰かに知られることは絶対のNGなので、顔を傷つけられたりはしない。
なので、というべきか。新しい拷問器具はファラリスの雄牛だった。
中が空洞の真鍮製の雄牛で、閉じ込められて下から火を点けられるやつね。殺すつもりはないようで、しばらく炙られてひとしきり苦しみもがいたら解放された。
勘違いしないで。悲鳴を聞かせてあの人たちを楽しませてるわけじゃないの。アタシ、マゾだからむしろアタシが楽しんでるだけなんだから。
掃除に戻ったアタシは五十倍速で雑巾をかけながら屋敷中をはいずり回っている。
これが四十八倍速を割り込むと屋敷中を仕上げるのに一日では足りなくなってしまうから。
やらなきゃいけない事は掃除だけではない。そのすべてを完璧にこなさなければ、また新たなる拷問器具を試されてしまうので、とにかくレバレッジを上げて、ハイリスクハイリターンな自己運用でやっていくしかないのだ。
「あぁ……」
そんなお掃除タイムな昼下がり。中庭付近の屋根裏にあるものを見つけたアタシは、ついため息をついてしまった。マーブル状のくす玉のような黄土色の物体……スズメバチの巣を発見してしまったのだ。
こんなものが虫嫌いの小おねーさまの目に触れようものなら、逆恨みをされた挙句に、はちみつを全身にぶっかけられて『恥辱の樽』にぶっこまれ、蚊とヒルだらけの野山に三日間放置させられてしまうだろう。
とはいえ、殺虫剤などというものはこの時代にはない。アレを駆除するなら、肉弾戦で決着をつけるしかなかった。
しかたない……アタシはデトロイト型のヒットマンスタイルで構える。ちなみにサウスポー。……巣に二メートルまで近寄って、照準を定めた。
「よっ!」
下からめくりあげるように振りあがるアタシの右腕。手首のスナップをいかして加速したフリッカージャブの拳先がギリギリの距離でぽこんと巣を揺らす。
それに驚いてスクランブル発進してきた蜂たちが、暴力的な羽音を立ててアタシに襲い掛かった。
アタシは一つバックステップ。距離を取ったところで右手を握りこみ……
フリッカー!フリッカー!フリッカー!フリッカー!フリッカー!フリッカー!
うなりを上げる世界最速の拳にことごとく迎撃された蜂たちをホウキとちりとりで集めて、最後に一歩踏み込んでもう一発巣を叩いて落とす。
……これで小おねーさまにどやされずに済むだろう。
おとーさまは王国に代々仕える貴族の血統で、屋敷は王城から見て北東の角。いわゆる鬼門の守護を任されるという信頼を得ていた。
なぜ過去形かというと、おとーさまは再婚後、程なく亡くなってしまったから。
アタシの本当のおかーさまを病気で亡くし、権力の都合でめっさブサイクな後妻を迎えざるを得なくなり、しかも自身もちょっとつまづいた先が崖だったって理由の転落死を迎えたおとーさま。……コレ、間違いなく鬼門の影響だよね。
跡継ぎもいない我が家からはどんどん人が離れていって、没落の一途を辿っているんだけど、ブサイクなおかーさまは、ワンチャン自分の娘に養子を迎え、再興を計ろうとしている。
もともと出自はいいので出戻ればいいのかもだけど、おかーさまも要するにバツ1未亡人。世間体的にもバツが悪いのだろう。おとーさまの家系の方が位が高いから、形さえ整えば生家よりも大きい顔ができるというのもあると思う。
そんなおかーさまにとっての〝異物〟がアタシとなる。
血筋としてはアタシが唯一の直系であり、世間の目がアタシに注目しだすことを恐れている。とはいえ、アタシを殺すほどの甲斐性もなく、もてあました挙句に、とりあえず使用人すら雇えない現状、その代わりとして使っている。……まぁ、内心では病気になってほしい、水虫になってほしいくらいに思っているのだろう。
勘違いしないで。そんな状況なのにアタシが出ていかないのは、ここ以外で生きていけないからじゃない。この家をあの三匹の子豚たちに乗っ取られるのがシャクなだけだから。
ともあれ、デス。鬼門を任されて不幸になったおとーさまの地位は高く、何が言いたいかっていうと、だからアタシたちの屋敷はものすごく広いということ。掃除が大変なのだ。
これをできるだけ手短に効率よく終えるようにするため、アタシの足や手は徐々に速くなっていった。ほら、進化論の偉い人が言ってたでしょ。キリンの首は、高いところにある葉っぱを食べたい食べたいと思った結果、伸びていったのだと。
動物というものは、必要な能力のためなら、進化ができるシロモノなのだ。
そんな我が家に舞踏会の招待状が届いた。
王の主催する舞踏会。実際は王子の嫁選びのために開かれる集団見合いのようなもの。
お城から近衛兵に囲まれた近侍の方が持ってきたそれは、アタシの分もあった。まぁ当たり前なんだけど。煙突掃除をして灰だらけでも、アタシはれっきとした令嬢なのだから。
使者の方々を見送ったおかーさまとおねーさまたち。その様を木陰からそっと見守っていたアタシは、彼らの姿が見えなくなってから、おずおずと姿を現した。
「アタシの招待状……」
「ハァ?」
小おねーさまが〝ギヌロ〟っと音がするようなメンチを切ったと思うと、
「おまーがお城に行ったりしたら、ええ恥さらしやわ」
おかーさまもアタシのことをジロジロ見定めるような目をして、言った。
「だいたい、アータの服は、ほとんどメルカリに売ったザマス。そのつぎはぎだらけの恰好でいくつもりザマスか?」
「あ、おかーさま。ちょうどよかった。それ、わたくしにいただける? 便所紙にちょうどいいわ」
「ああ、結構ザマス」
「やめて!! おねーさまの排泄物の臭いがついた招待状なんて、臭くて衛兵に渡せなくなります!!」
アタシは懇願するが、おかーさまはそれを嘲笑うかのように大おねーさまに招待状を渡してしまう。大おねーさまは含み笑い、
「今ここでしちゃう~~?」
と煽ってくる。
「やめて!! いろんな意味でひどい!!」
思わずヒットマンスタイルでこぶしを握ってしまう。でも大おねーさまのいやらしい笑みは止まらない。
「あら、変なことしたら、今ここでこれ、破り捨てるわよ」
「ぐ……」
くしゃくしゃで仏滅級の臭いがしても、破られていなかったら招待状としては生きてる。そう思いとどまって、構えを解いたアタシの前で、信じられないことが起きた。
「あ、やぶれちゃった」
何と大おねーさまは、そんなアタシの目の前で、招待状をびりびりに破り去ったのだ。
夜。
たぶんなけなしの金をはたいて馬車をチャーターしたおかーさまたちは、アタシを置いて道の向こうへ消えていった。
静寂のみが残る鬼門の屋敷。呆然と馬車を見送ったアタシの脇を、空っ風が吹き抜けていく。
勘違いしないで。アタシは別に舞踏会になんて行きたいわけじゃないんだから。王子なんてどうせ甘ったれのたれったれでしょ?……こっちから願い下げだわ。
「おやおや。お残りさんが泣いてるわ」
不意に……声がした。くっと振り返ると、そこには小柄な老婆が立っている。アタシはカチンときて、
「泣いてなんかないもん! 風評被害になるからやめて!!」
アタシがこんなことで泣くわけない。ほんとに、小説は起きてることがすぐにビジュアル化されないんだから、アタシが弱い女だって勘違いする人だってでてきちゃうかもしれないのに!
おばーさんは苦い笑顔を浮かべた。
「そんなに、泣きながら強がることでもないでしょう?」
「泣いてなんか……!!」
アタシは、とめどなく流れてくる涙を振り払い、
「あなたは誰?」
「はぁ。鬼門の魔女さね」
「鬼門の魔女……」
「ここから妖鬼が王宮に入り込まないよう、結界を管理してるのさ」
魔女は屋敷を見上げ、
「アンタんとこのお父上がここに防波堤を築いてくれたおかげで、仕事が本当に楽になった」
けど……と、顔を曇らせる。
「ここ数年、妖鬼たちの大攻勢があってねぇ。……アンタのお父上には悪いことをしたよ」
「え……?」
「結界を守り切るために、命を犠牲にしてくれたのさ」
「嘘。だっておとーさまは、ころんだらその先が崖だったから死んだのよ?」
「崖があると分かってて、人がそうそうころぶと思うかい」
「だって……」
「そりゃぁ、結界の強化プロセスなんて、普通は誰も知らないからねぇ。……アンタのお父上は、人知れずこの国を守った本当の英雄なんだ」
アタシは言葉を失った。死に方が死に方だけに、陰では嘲笑われていたおとーさまの死。おかーさまやおねーさまたちも、お葬式の三十分後にはゲラゲラ笑ってた。ホントに殺そうかと思ったけど、アタシ自身も、ちょっとかっこ悪いなって思ったりもしてた。
だけど本当は……
……アタシの頬が紅潮してくる。
「……」
「ハンカチ使うかい……?」
「勘違いしないで!! 月から発せられたブルーツ波が1700万ゼノを超えて目に沁みただけなんだから!!」
「ともかく、アンタの家系には本当に世話になってるし、たまにはその礼でもしなければと常々思っていたところさね」
「お礼……?」
「英雄の娘よ。舞踏会に行きたいんだろう?」
「え……?」
目が泳ぐ。
「か、勘違いしないで! あんなの……あんな舞踏会なんて茶番なんだから……!」
「今からかぼちゃと、ハツカネズミ6匹と、トカゲを6匹持っておいで。舞踏会、行けるようにしてあげるから」
「べ、別に舞踏会なんて興味ないしっっ!!」
アタシはそう言いながら、大地を蹴ってヒットマンスタイルに構え、矢継ぎ早にフリッカーを放っていた。手首をかえすタイミングを変えれば、戻ってきた手には小さなトカゲがやわらかく握られている。
「はや……」
おばーさんも引く勢いで材料を、おそらくギネスレベル(世界最速)で集めたアタシは、「これを食べるの?」と聞く。カボチャは言うに及ばず、トカゲは素揚げ。ネズミは塩ゆでにするとおいしい。ビンボー我が家では、月末の蓄えが厳しいときなど重宝している。
途中、手に持ち切れなくなって、シーラカンス入れてた水槽にカボチャやらネズミやらを放り込んで帰ってきた時、ついでにナベも持参してきたのはそういう意味だったんだけど。
おばーさんは笑ってそのナベを受け取ると、魔女っぽいステッキを懐から取り出し、それを一振りした。
するとなんてこと姫。ナベはアタシに吸着して、桃色のドレスとなる。
「わぁぁ……」
「強度はプレートメール並みだよ」
「か、勘違いしないで! 行きたいのは舞踏会であって武道会じゃないんだから!」
「……やっぱり行きたいんじゃないか……」
「ぐっ……」
「アッハッハッハ。行ってくればいいさね」
すると、水槽のフタがひとりでに開く。次の瞬間にはカボチャが飛び出して、ハロウィンでインスタ映えしそうな馬車になった。
「次はネズミ」
飛び出すネズミ。たちまち鞍付きの白馬となる。
「トカゲ」
トカゲは馭者となって、たちまち白馬にまたがった。さすがにアタシもビビる。
「すごい……」
「ただし、午前12時までしかこの魔法はもたないからね」
喜び勇んで馬車に乗ろうとして、入り口に手をかけて絶望する。……アタシは乗るのをやめてうつむいた。
「どうしたの?」
「招待状……」
大おねーさまの便所紙にされかけて、挙句の果てに舞い散る桜にさせられたアタシの招待状……。
魔女は再び笑ってウィンク一つ。
「そこはアンタ。その世界最速の足で、つっきっちゃいなさい」
ここまでなんでも用意できて招待状だけ用意できないってどーゆうこと?
……って思うけど、オービスも計測不能な速度が出せるのだから、腹をくくってしまえば否やはない。門番である衛兵も気づくまい。
空と地上の境界のあやふやな闇の中を往く白馬の群れ。宵に浮かぶ星に照らされながら街道を走るその姿は、宇宙空間を移動しているかのようで美しい。アタシはその中に王子を思い浮かべて、熱っぽいため息をついた。
か、勘違いしないで。王子様っていうのは抽象的な意味だから。とりあえず、今日王宮で目にする王子とは限らないんだから。
やがて城門が見える。お堀にかかる橋の向こうに馬屋はあるけど、招待状のないアタシは元トカゲの馭者に声をかけた。
「ここで止めてくれる?」
「分かりましトカゲ」
「戻ってくるまで、ここで待てる?」
「分かりましトカゲ」
しゃべり方おかしいし、チューチュー言ってる白馬も怪しい。こんな馬車、絶対に車検は通らない。……そう思えば、先ほどおばーさんが招待状だけは渡さなかった理由がちょっとだけわかった。
アタシは身を潜めて跳ね橋を注視する。やがて別の馬車が来て門番である衛兵が招待状を確かめたようで、城壁の上に向けてカンテラを振った。
降りてくる跳ね橋。ドレスの裾を掴み、足に力を溜めていたアタシは、衛兵が入城する馬車に一瞬気を取られた隙に、一キロ近い距離を跳んで、城内に滑り込んだ。
一度城内に侵入してしまえば、物々しい警備は逆に野暮というものだった。
大理石の壁一面に花が咲き乱れたような壮麗な装飾が施されており、地上の楽園という言葉をそのまま体現している。このような場所に鉄の匂いはナンセンスに過ぎる。
軽いボディチェックはされたものの、手荷物はあらかじめ預けてしまう決まりなので招待状を携行している人もいないから大丈夫。突き抜ける程に高い天井の広間に出たアタシは、どこに行くでもないのに迷子になりそうになった。
会場にはワルツの軽やかな旋律が流れ、紳士淑女が三拍子の世界を紡いでいる。ダンスパーティは幼い頃におとーさまに連れられて行ったことはあったけど、規模が段違いだ。
アタシはつい自分の姿を窺った。桃色のドレスから伸びる腕に、泥や灰はついてない。
(大丈夫)
自分に言い聞かせる。肩、肘、手首の関節の靭帯はフリッカーを撃ってるうちに、一瞬伸縮するようになったが、撃たなければバレまい。
レディは会場で佇んでいれば殿方がエスコートしてくれる。ダンスに関しては何を隠そうアタシも少年少女ダンス教室で七級の検定に合格した実力の持ち主。ブミプリエとか習ったから何とかなるだろう。
それより王子はどこだろう。実はアタシは王子の顔を知らない。逆に言うと、だからキョロキョロしても誰が王子なのかなんて分からないんだけど、アタシはキョロキョロした。
勘違いしないで。別に男に飢えてるわけじゃないの。王子のための舞踏会なのに王子を見られずじまいなんて、富士山を見に日本に行って、富士山を見ずに帰るようなもの。
そもそも王子と結婚しに来たんじゃないの。アタシだって貴族の娘なんだから、舞踏会にでるのも勤めかなって思っただけだから。
だいたい、王子なんて王様の息子ってだけで別にかっこいいわけでも……
え……?
アタシの視線は、ある一点で釘付けになった。視線っていうか、心臓がズッキューーンってなって、その場で目から血を吐くところだった。
広間の中でももっとも荘厳な扉が開け放たれた時、その向こうにいた青年は、目から血反吐を吐くほどに整った顔をしたイケメンだったのだ。
か……勘違いしないで!
えっと……
勘違いしないでっ!!
王子は会場にいる女たちに笑いかけて、手近な一人の手を取った。きっと目についた娘たちと順に踊り、意中の人を探すんだろう。そうなるためには、王子の視界に入らなければならない。
そう思ったアタシは、一生懸命人ごみに紛れた。王子の視線に入るまい入るまいと泳ぐ。
勘違いしないで! しり込みしたんじゃないの!
……アタシは別に……王子様と結婚しに来たんじゃないんだから。興味持たれたって迷惑なだけだから……!
だから舞踏会は、アタシのことをしらんぷりして進行していった。
アタシはちらちらと王子の姿を目に収めるけど、近寄ろうとはしない。知らないオッサンにエスコートされて、何となくノリで踊って時間を過ごす。センスがあるのか、プリエくらいしか知らないわりに、見よう見まねで卒なくこなしてしまうアタシ。
ひそひそと、みんながアタシのことを話している。あの美しいご令嬢は誰だ。あのようなご令嬢が我が国の貴族階級にあったのか、と。
正直、あまり目立ちたくない。悪目立ちしてあんな王子に気づかれたら、……もうどうしたらいいのか分からない。
そんな矢先だ。
突然、吹き抜けとなっている上階部分の窓ガラスが割れたかと思うと、何か巨大な影が降ってきた。
途端に上がる悲鳴が、その落下物によって押しつぶされた誰かとその周辺で起きる。見ればいかにも頭の悪そうな男が、巨大な鎖付きの分銅を肩に背負ってその場を占拠していた。
「ぶほ、ぶほーー。俺はこの舞踏会を狙っていたのだぁ!」
えらく幼稚なセリフに場は騒然。補足すると、政府要人が集まり、かつ武骨な空気を取り払った舞踏会の場を狙えば、一気に政権の転覆が狙えるぞーということを言いたいんじゃないだろうか。たぶん。
どう忍び込んだのかは知らないけど、確かにこんな非武装の舞踏会の真っただ中に飛び込んでこられたら近衛隊が駆けつける前に被害は出るだろうし、駆けつけても出入り口は大混乱ですぐに展開はできまい。案の定振り回された分銅の餌食となった紳士淑女が数名なぎ倒された。
会場は悲鳴で埋め尽くされ、押し合いへし合い逃げ出そうとする。そちらの方も転倒者が続出して、出入り口付近がやはりどうにもならない。
そんな……阿鼻叫喚の地獄絵図を背に、分銅男の前に立ちはだかった人がいた。何を隠そう、アタシの旦那。……あ、違った。王子だ。
「人は我が国の財産だ! 狼藉は許さない!!」
心臓ずっきゅーーーんリターンズ!!
めっちゃかっこええやんアタシの旦那!!……違った! 王子!!
でも相手は鉄球付きの大男。ダーリンは素手の優男。明らかに分が悪い。
「王子ぃぃ! 覚悟ぉぉ!!」
「危ない!!」
そしてアタシも、ダーリンの構え方で分かっていた。この人は別に武芸に精通しているわけではない。
振り回される鉄球がうなりを上げて王子に襲い掛かる。が、彼の対応は明らかに適当なものではなかった。
アタシは世界最速の足で戦場となった場内を駆け、王子へとダイブ。彼を突き飛ばせば、その一瞬後に、彼の頭のあったところに分銅が通り過ぎた。
突き飛ばされてころんだ王子。勢い余って一緒にころんだアタシ。二人目がけて襲い掛かる分銅の二撃目。王子を狙ったそれを何とかするには、アタシが身を挺するしかない。
「ああっ!!」
ようやく状況を察した王子が、盾になるアタシの背中で悲鳴を上げた頃には、遠心力たっぷりで加速して空気を切り裂く分銅は、アタシの心臓に近い肋骨をバラバラに粉砕していた。
……はずだった。
分銅は次の瞬間、ガンッという鈍い金属音を立てて弾かれる。アタシの方には痛みもない。
それで思い出した。この桃色のドレスは、そういえばもともとはナベだったんだった。魔法使いの老婆は言っていた。「強度はプレートメール並みだよ」と……。
動揺する大男が一歩引いたのをアタシは逃さない。すかさず立ち上がって右の拳を握り込むと、一歩踏み込んでヒットマンスタイルからの、フリッカーフリッカーフリッカーフリッカーフリッカー!!
「ひでぶ!!」
男の身体はいびつにくぼみ、血だるまとなって卒倒した。
遅ればせ、突入してくる近衛隊。大男は無事捕縛されたけど、舞踏会を再開できるような雰囲気にはない。
ケガ人も出ているから、現場はむしろ〝警察24時〟みたいなムードが漂っている。でも……
そんな空気は、〝二人〟のおよび知るところではなかった。
「ありがとう。助かったよ」
アタシはしどろもどろ……
「あ、あの!! か、勘違いしないでください! 別に助けたわけじゃありません!! アタシ、そんなことができるがさつな女じゃありませんから!!」
それに、アタシは別の心配もしなければならなかった。広間の一角にかけられた巨大な振り子時計。それが、今まさに午前12時を告げようとしていたのだ。
王子はその焦りを知らない。
「お名前をうかがってもよろしいですか?」
「個人情報だから無理です!! じゃあさよなら!!」
「あっ!! ちょっと!!」
アタシはだいぶ余裕が出てきた出入り口から、脱兎のごとく飛び出した。それを追ってくれるダーリン。超絶イケメンに求められて追われるなんてなんて僥倖かと思うけど、おばーさんは午前12時を越えると魔法が解けてしまうと言っていた。
それはつまり、カボチャの馬車もネズミも白馬もトカゲの馭者も戻ってしまって家に帰れないってこと。
いや、それよりなにより、このドレスがナベに戻ったら、アタシは真っ裸になってしまう。
さすがのツンデレラ18歳。いくら未来の旦那(妄想)の前だって、屋外でのそんな仕打ちには耐えられない。
「待ってください!!」
必死に追ってきてくれるダーリン。でも所詮温室育ちの王子の足だ。ヘクタール単位の仕事を秒でこなさなければならないアタシについてこられるはずもなく、午前12時の鐘が鳴り始めた時、圧倒的な速度差でアタシの身体はすでに城の玄関である大階段を下り切っていた。
家についた頃、予想通りアタシは真っ裸になっていた。いや正確には、城門を突っ切ってすぐにマッパになってしまい、馬車のところに戻ってもネズミとトカゲしかいないことを確信したアタシは、そのまま真夜中の街道を全力疾走して家に戻った。職質とかされたら100パーアウトなやつだった。
おばーさんにかけてもらった魔法はすべてが解けた。思えば舞踏会それ自体が魔法のような出来事で、ひょっとしたらダーリンだって夢の中の人なんじゃないかと思える。
アタシは夢見心地のまま、屋根裏部屋に敷いてある藁の上で寝た。おかーさま、おねーさまが帰ってきたら起こされてしまうかもしれないけど、今日はそのまま夢の続きが見たい気分だった。
意外や意外。ご指名もないままに朝が来て……
……アタシは朝早くからおねーさまのふんどしのシラミ取りをしてるわけだけど、その思考には一つの疑問符が回っていた。
というのも、魔法はすべて解けた……はずなのに、朝起きたアタシは、昨日の舞踏会に履いていったガラスの靴を片方だけ……抱いて寝ていたことに気が付いたのだ。
そもそもいつから履いてたのかすらよく分からないけど、とりあえずアタシの物ではない。
でもまさか裸足で舞踏会ではなかっただろうから、きっと履いていたのだ、足にぴったりだし。
なぜこれだけがまだ残っているのかよく分からない。それがなぜ片方しか残ってないのかも、よく覚えていない。とにかく全力疾走だったのだ。アタシが全力疾走だっつーんだから、何なら音速越えてソニックブームとか発生してたかもしれない。
そんなだから、ひょっとしたらどこかで落としたのかもしれないけど、どこを探してももう片方は見つけられなかった。
とりあえず、メルカリで売られないようにソッコー隠したけど、三日経っても五日経っても、これだけは存在していた。
靴のもう片方が見つかったのは、それから二週間が経ってからだった。
外が騒がしいので様子を窺いに行ってみると、小おねーさまが、どう考えたってハマるはずのない象みたいな足を、無理やりガラスの靴にねじ込もうとしていたのだ。脇では、城からの使者が気の毒そうにそれを眺めている。
「二週間前までは入ったのよ!? 本当よ!?」
……だとしたら、進化論のサイクルって思う以上に速いことになる。犬だって木の上の葉っぱが食べたかったら、二週間でキリンになれることだろう。
「なにをしてるんですか?」
国章をつけた立派な制服に身を包む使者に聞いてみる。
それで知った。この片方の靴はお城の大階段で脱げていたこと。王子はその靴を履いていた娘を探していること。ずっと探し回ったがサイズが合う娘はいなかったこと。さすがにフシギ。
アタシが履いてたのは間違いないにしても、アタシの足は別に特別大きいわけでも小さいわけでもない。何で誰のサイズにも合わないの……?
思いながら、とりあえず最速で屋根裏部屋へ。もう片方のガラスの靴を取ってくるとそれを後ろ手に隠し、言った。
「アタシも、試してみていいですか?」
すると、履けなくて涙目な小おねーさまがメンチをくれてくる。
「ハァ? ツンデレラ。おま、ホント人生ナメてんな。この靴は舞踏会に参加した娘が落としたんや。身の程知らずもほどほどにさらせアカンタレ!」
アタシは使者に目で訴える。コレひょっとしたら王子から何らかのアプローチが受けられるチャンスなのだ。ダーリンに会えるチャンスなのだ。旦那にできるチャンスなのだ!!
「か、勘違いしないで!! 望んでるのは向こうなんだから! アタシはただ、真実を解明させる義務が国民にあると思うから協力するだけだから!!」
「え、誰に言ってます?」
「あ、ごめんなさい」
とりあえずそれで、使者がみんなアタシの方を向いていることに気が付いた。
「せっかくなので履いてみていただいてもよろしいですか?」
「もしアンタにその靴が合ったらお尻出してほっかむり被って、お城の大広間でドジョウすくいしてやるわ!」
大おねーさまが自ら人生終了のフラグを立てた時、靴は、まるでアタシの身体の一部であるかのように足に吸い込まれていた。
アタシの謁見はすぐに赦された。舞踏会のことをもあったので厳戒態勢ではあるけど眺めのいいテラスのある大きな部屋で、二人は再会した。
アタシは、ボロを着てはいない。おかーさまとしてもさすがに家から娘を出すのにボロでは体裁が悪いことに気づいたらしく、メルカリで一着見繕ってきた。いや、そんなことはどうでもいい。
目の前にいる王子様は、アタシがあの日、夢の中で見た王子様と同じだった。
勘違いじゃない。勘違いじゃない。目の前にはホントのホントにヤバイくらい超絶イケメンの王子がいる。
「探しました」
あの大広間で、皆のため、弱いのに矢面に立った、超かっけー王子様。その輝きは、二週間たっても一つも失われてない。
そんな王子がアタシのことを探してくれていたのだ。これはもう、ハッピーエンドしか思い浮かばない。
実は当初、アタシは嫌われたかもしれないと思っていた。条件反射とはいえ、掃除や害虫駆除に使う手さばきで大男を倒してしまったのだ。
そんなはしたない女……なんか世界観怪しいけど、中世のファンタジー世界では許されるはずもない。
だから必死に弁解して逃げたというのもある。あるけど、あの事実を忘れてくれるはずもなく、もう駄目だと思っていた。でも……
「まさか、我が国に貴女のような方がいらっしゃるとは思いもよらず、私は今までずっと盲目であったことを恥じています」
「いえ……そんな……」
きっともう、身を委ねてもいい展開なのだ。王子がダーリンとなり、旦那となる瞬間。そして妃であるアタシは、王家の系譜に刻まれる存在となる。
か、勘違いしないで! 別に、喜んでなんていないんだから!!
「もう一度……伺ってもよろしいですか……?」
「え……?」
「貴女のお名前」
「ツンデレラです」
「よい名ですね」
でもアタシは、こんな雰囲気には全く慣れていない。待つとか……無理。
だから、先に切り出した。
「……いいですよ」
「え?」
「謹んでお受けいたします」
「誠ですかっ!?」
「……至らないところはあると思いますが、これから先……どうぞ末永くお願い申し上げます」
「よかった! 僕も実はこういうの苦手で、どう切り出そうか迷っていたところだった」
「アタシ……わりとスペックはいい方だと思います。精一杯お尽くしいたします」
「ありがとう! 貴女のような方が親衛隊長なら、僕も枕を高くして寝られそうだ!」
「はい! アタシもその高い枕の隣で……え……?」
親衛隊長……?
「親衛隊長……?」
「はい、親衛隊長です」
「親衛隊長…………?」
「親衛隊長ですが、なにか」
「アタシが、あの男を撃退したから……?」
「そうそうそう! 貴女を護衛にしたら僕はどこででもやって行けそうだよ!!」
アタシは思わず顎が外れたかと思った。まさかの人助けが、アタシの人生の足を引っ張ることになるのか。
「あ、……あの!! アタシ、魅力的じゃありませんか!?」
「うん! ものすごい魅力的だよ!!」
違う! たぶんそれ違う!!
「きれいだな、とか思いません!?」
「うん! きれいだったよ! あのパンチ、美し過ぎて芸術だった!!」
「そうじゃなくて!! 妃にしたいとか思いませんか!?」
「うん! 手先にしたいと思った!!」
「なんかもう……いろいろ勘違いしないでーーー!!」
……その声は、テラス付きの部屋を超えて、国中に響き渡りました。とさ。




