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百夜一夜物語(短編百篇企画)  作者: 矢久 勝基


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21/25

021矢久勝基、ポイ活をするの巻

四題

発売、舞台裏、ポンコツ、バディ

 つい先ほど、とある小説の新人賞に応募した。

 昨今、ウェブ応募が主流となって非常に楽だ。もちろん作品をプリントアウトして端で止めて、板のようにぶ厚くなった紙の束を出版社に投稿する賞も残ってはいるが、今回のは電子データをドラッグアンドドロップするだけの簡単な仕事である。

 とはいえ、そういう作品一つ仕上げるのも一ヶ月や二か月ではない。完成しても推敲を繰り返し、要項を熟読して、奇跡を願い送信をクリックするその仕上げの部分は、気疲れが半端ない。


 茜の作ってくれた飯を食べてから書斎へと戻る。窓の外を見れば夜空が広がっていた。

 今日ぐらいは早く寝てしまおうか。……思いつつ、それでも僕はノートパソコンの電源をつけ、膝に乗せた。

 考えるべきは次の小説賞だ。次はどの賞にチャレンジしようか。何を描こうか。

 つい今しがた投稿を終えたばかりでも、受賞を期待して次を描かないというわけにはいかない。答えは簡単。受賞など、一片も期待する余地がないからだ。

 とはいえ、今まで文字であふれかえっていた原稿用紙から一転、これから結婚でもするのかと思わせる白無垢の画面を見ると、身がひるむ。

 また一からか……という徒労を感じれば、ため息しかない。そして、いつもとは違う何かを探して、書斎の天井を見上げた。

「うわっ!!」

 そして次の瞬間、小さな悲鳴を上げてしまう。

 そこには、いつもとは違う何か、が存在していたのだ。


 思わず僕はパソコンを持ち上げながら、ソファから立ち上がろうとした。が、次の瞬間僕はものすごい力で腰を引っ張られ、再びソファに押し付けられる。

「待て待て」

「何をした!?」

「ちょこ美ぱわーで座ってもらった」

「はぁ!? ちょこ美ぱわー!?」

 僕はもう一度立ち上がろうとする。しかし、立ち上がろうにも、僕の腰は斜めの引力に引かれるようにソファに戻ってきてしまう。

「誰だお前!」

「ちょこ美」

「ちょこ美ぃ!?」

 その少女は、狐のような耳にふかふかの尻尾を持っていた。それ以外は普通の人間と変わらないのだが、服装がまるでどこかの冒険ゲームの少女のそれだ。

「アンタさぁ……」

 やれやれとため息を吐く少女。

「自分が創作した乙女のことを忘れないでくれる?」

「え……?」

「まっくら森のちょこ美だよ。沖縄縦断ウルトラなんとかの時に大活躍したでしょうが」

 確かに、女狐のデザインで、〝まっくら森のちょこ美〟というのを何度か登場させたことはある。が、それが実体化して目の前に立ってると言って、誰が信じられるものか。

「いや、信じろよ」

「なんで考えてることが分かるんだ」

「いや、だからぁ、あたしはポンコツ作家としか言いようのないアンタの相棒なわけよ。バディなわけよ」

「僕は夢を見てるのか?」

「むしろ生まれてこの方夢しか見てないだろ」

「……」

 言い方きつい。だが、確かに自分が自分にツッコむならそうだろう。

「じゃあお前はホントに……?」

「あのさ、今回のこの企画は一篇につき原稿用紙三十枚前後で話まとめなきゃいけないんだから、早めに信じてもらっていいかな?」

 ナニコレ。自分のキャラクターと舞台裏トークしましょう的企画?

「違うよ。今日はちょっとポイ活でもしてもらおうと思って」

「ポイ活?」

「ポイ活知らない?」

「いや、知ってるけど。なんでポイ活?」

「そーねぇ」

 ちょこ美は指を自分のあごに当てて少し考えると、

「アンタもうずーーっと小説しか書いてないでしょ。ここらでちょっと脱線して小金稼いでもいいんじゃない?って思って」

「いやいや、ポイ活なんて効率悪いだろ。かけた時間に見合わないことなんか馬鹿馬鹿しい」

「少なくともアンタの小説は一銭にもなってないんだから、それよりは効率いいだろーが」

「……」

 きつい……。

「でしょ? だから今日はポイ活なの。貧乏作家の舞台裏を描いて発売して、がっぽり儲けようっての」

「……」

 そんなのに誰が金を出すというのだ……。


 ポイ活はスマホで行うらしい。

 これまさか、うつらうつらしてる僕の横で妖精さんが語り掛けてるのか? 現実逃避をして、「作品の合間にちょっとスマホで遊んでみようか」っていう誘惑を、潜在意識が後押ししてるのかもしれない。

「どれがいい?」

 彼女が張り切ってスマホを操作する。いやしかし、僕は今、あるいはこれを一人でやってるのかもしれない。ちょこ美は人生の小休止をしたいという願望から生まれた、ただの幻なのかもしれない。

 ポイ活は現金やクーポンに交換できるポイントを集めることだ。ゲームで一定の条件を整えるものやアンケートに答えるもの、サブスクを登録すればポイントがもらえるものや、クレジットカードを作ればポイントバックのようなものがある。

 ポイントは百ポイントで一円に換算できるようだ。つまり千円稼ぎたいなら十万ポイント必要、と。

 見た感じ、十分ほどで達成できそうなものは二千ポイントとからしい。

「つまり二十円?」

「五十個やって千円だね!!」

「あほかぁぁ!!」

 五十個やったら五百分、つまり八時間強かかることになる。

「時給百二十円じゃないか! 効率が悪いにもほどがある!」

「小説の年俸〇円の人がそれを言うか?」

「あう……」

「これでぽつぽつ貯めて、茜さんをご飯とか連れてってあげたら、少なくとも小説書いてるより有意義じゃない?」

 ……何も言い返せない自分が悲しい。

「わかった。じゃあ何かをやろう」

 僕はちょこ美に後押しされながら、改めて各案件を眺め始めた。

「銀行の口座開設とかはすごいなぁ」

「でも、アンタはこういうのやらないね?」

「なんで?」

「小心だから、登録だけとはいえ、使いもしない金融機関に手を広げるみたいなことはできない」

「……」

「ついでに、七日間無料で八日目以降課金が入るみたいな案件も、抜けにくい仕掛けとかあると面倒だからやらない、だろ?」

「……お前、僕にうらみでもあるのか……」

「だから、アンタに残されてる選択肢は時給百二十円でちょっぽい案件を何百個と繰り返すか、ゲームのクリア条件をこなしていくしかないんだっての」

 ……悔しいが、わりとおっしゃる通りだ。


 僕は数ある案件の中から、パズルゲームを選んだ。『ぴよぴよ』という。

 同じ色のヒヨコを四つつなげると消える落ちゲーであり、内容もタイトルも明らかに何かのゲームのパクリな気がしてならないが、僕はそのパクリ元のゲームをやったことがあるため、新しいことを覚えずに済む点でこれにした。

 ステージを五十こなせば三万ポイントである。円換算で三百円。三百円かぁ……と思うけど、まずはあまりいかつい案件でないところで手ごたえが見たい。

「ポイ活デビュー、だね」

「好きでやるわけじゃない」

 シャクなので吐き捨てたが、彼女はニコニコしているだけだ。その笑顔はわりとかわいい。


 ダウンロードされた『ぴよぴよ』をタップしてみる。

 システムは熟知してるから、五十ステージとやらも苦ではあるまい。そう思った僕は次の瞬間、ちょこ美の方へと振り向いた。

「おい……」

「なに?」

「違うゲームが始まったんだが」

「え?」

 ゲーム紹介のところで見たのは、ヒヨコを四つつなげると消滅する落ちゲーだった。しかし今目の前に広がっているのはいくつもの、点のような小さなヒヨコの脇に小さな数字がついているもの。

「これは点つなぎじゃないか?」

 点を数字順につなげると絵が浮かび上がってくる、アレだ。

「そうだけど、何か?」

「いや、『ピヨピヨ』をやらせろよ」

「それが『ピヨピヨ』だって」

「違うだろ」

「違わない。やってみなって。点を繋ぐたびにピヨピヨってそのヒヨコたちが鳴くから」

「違うだろそれ!」

 僕が言ってるのは四つつなげて消滅する落ちゲーだ。別に点繋ぎが嫌なんじゃなくて、ダブルマックを頼んでレンコンが出てきたら、そりゃ誰だってクレームを入れるだろうというレベルの話だ。

「ゲーム紹介の時はこんなゲームじゃなかった!」

 が、ちょこ美は平然とした顔のまま言った。

「ゲームの紹介と内容が違って何が悪いの?」

「目玉焼きハンバーグを頼んでタワシが出てくるようなものだ!!」

「タワシが出てきたら食べられないけど、これはゲームであることには変わりないだろ」

「タワシがシチューでも文句出るにきまってる!!」

「待って」

 ぴしゃりと、僕の剣幕を真顔で受け止めるちょこ美。そしてたしなめるように言った。

「スマホゲームの世界だと、わりと当たり前だからな? ハンバーグだと思ったらシチューだったみたいなことは……」

「それはおかしい!!」

「それでもゲームやってポイントもらえることには変わりないじゃん。ホレ、贅沢言ってないで早くやれって」

「……」

 ……全国のいい子たちに聞きたいんだが、これは贅沢と言えるのか。


 それからまだ舌の根も乾かないうちに、僕はゲームを中断させられた。

「おい……」

「なに?」

「ゲーム中なのに広告が入ったぞ」

「YOUTUBEだってそうじゃん」

 そういわれたら納得せざるを得ないところではあるが……。

「タダでゲームができるとでも思ってんの? いや、違うね。アンタにただでゲームをさせるための、制作側の苦肉の策なわけよ」

「やりたいゲームなら納得もいくが、やりたくもないゲームじゃ苦行でしかないだろ」

「言っとくけど、三百円でもお金が払われるんだよ? 三百円分くらい広告見たってバチは当たらないって」

「……」

「まぁ今はアンタがぼやぼやしてるから時間が経っちゃってCM入っちゃったけど、やってたらそれほど頻繁には入らないよ」

 はぁ、そうですか。僕はちょこ美の言葉を耳の端に留め、落ちゲーのはずだった点繋ぎに指を添わせ始めた。

 一つ繋ぐごとにぴよぴよぴよぴよ。ヒヨコはニコニコ微笑んで歓迎ムード満載だが、初めの二三回はともかく、これほど頻繁にぴよぴよされるとうっとうしい。

 そこで再びCMに突入。

「おい……」

「だからぁ、アンタがボヤボヤしてるからCMヒヨコをタップしちゃったんでしょう?」

 なんだCMヒヨコって。

 結局、三十五個の点を繋ぐまでにCM三つ。そして一ステージと二ステージの間にCM一つ。あまりにCM頻度が高すぎて、ゲームやってんだかCM見に来たんだかわかりゃしない。

 まぁしかし、言うてもたった五十ステージクリアだ。ノド元過ぎれば熱さ忘れる、ではないが、この勢いで何とかパパっと終わらせてしまえば熱さも忘れるだろう。


 が……五ステージを終えたところで『ピヨピヨ』からファンファーレが鳴った。

「なんだ? どうした、いったい」

 僕の動揺(?)と共に、ちょこ美の声が降ってくる。

「やったね! ボーナスステージ突入だよ!?」

「ボーナスステージ?」

「ボーナスステージは熱心なユーザーのために用意された特別なステージで、十ステージのオリジナル点繋ぎが楽しめるんだよ!!」

「え……」

「やったじゃん。点繋ぎフリークのアンタにもってこい!」

「まて、辞退させろ」

「え、なんでよ」

 そんなの当然だ。単純にやらなきゃいけないステージが十ステージ増えるってことじゃないか。

「僕はとっとと五十ステージ終わらせたい」

「ノリ悪いなぁ。そんな風に気持ちがシケてるからいつまでたってもうだつが上がらないんじゃないの?」

「うるせー!」

「それに、選ばれちゃったんだから辞退は無理だよ。あ、そうそう、この十ステージはチャレンジングステージだから通常ステージと違って制限時間があるの!」

「ちょっと待て」

 嬉々としてるちょこ美に水を差す僕。

「百三十個の点繋ぎを二分でやれと?」

「ああ、それは大丈夫! 駄目でも何度でも挑戦できるから!」

「大丈夫じゃない!」

 しかし、いくらゲームに文句を言っても、そんな声届かないのがゲームというものだ。僕は人差し指を立ててスタートがかかるのを待ち構える。

 そして開始の合図と同時に数字を目で追い始めた。1,2,3……4はどこだ!

「焦らなくてもいいよ。やりなおしできるんだから」

「黙ってろ!」

 人生でこれほど点繋ぎに必死になったことはない。というか、本来点繋ぎというものは必死になってやるものではない。

 ともあれ全力疾走だ。47,48、49……。

「おいっっ!!!」

「なに」

「なんで時間制限あるのに広告が入るんだ!!」

「あ、大丈夫だって。広告の時はカウントされないから」

「集中力の問題だ!!」

 これほど必死に点繋ぎをしたこともないが、これほどCMにイラついたこともない。逆にこのCMの商品だけは首を絞められても買うものかと自分に誓いつつ、じりじりしながらリスタートを待つ。

 そして再開! 50,51,52!!

 点を繋いで百年目。おぼろげに見えてくる一筆書きのこれは水族館のアーチだろうか。そういう目途が立てば、次の数字も探しやすくなるものだ。

 いける! いけるか!?

 ……しかし、無情にも94で突如シャッターが閉まったかのような演出にヒヨコたちが押しつぶされる。

「あだっがーーん。残念!!」

 意味不明の擬音語でてへぺろして顔を覗き込んでくるちょこ美に殺意を抱きつつ、とりあえず気持ちを立て直し、リテイクに備えた。てかこの幕間にもCMがある。

 そのCMの、嫌に高いテンションを冷ややかに見守りながら、僕はとある恐怖に取りつかれていた。

 これ、ひょっとして、五ステージ毎に十ステージあるんじゃないか?と……。


 そのまさかは、そのまさかだった。

 というか、二十ステージ以降ボーナスステージもニ十ステージという大盤振る舞い。もちろんCMも倍倍に膨れ上がっているという……。

「おい……」

「なに」

「苦行なんだが……」

「楽して儲けられると思うなよ?」

「三百円なんだが……」

「アンタがこの案件を選ぶから」

「次は間違えない」

 そう心に誓って、決して楽しんでないゲームに向かう。

 確かに三百円。三百円を遊んで手に入れるなどありえないわけで……。

 言い聞かせながら僕は全力で苦行に立ち向かった。そしてその苦行は、二日目の夜まで続き……

「終わったぞ」

「はい、三万ポイントね。じゃあ次」

「……」

 じゃあ次と言われた瞬間の徒労感が半端ない。僕はとりあえず、闇(スマホ画面)に広がるアプリの星を追い、めぼしいものに当たりをつけてみた。

「この『トイトリス』ってブロック崩しだよな」

「懲りないな。またパズルなの?」

 どうしても何をやらされるか分からないものより、なんとなくでも見慣れたものを選んでしまう心理。

「また三万ポイントだよ? いいの?」

 案件の中には三十万とかいうシロモノもある。しかし、三万ポイントでさっきの苦行だったのだ。もはや恐ろしい。

 ちょこ美は慣れた動作で『トイトリス』をダウンロードし始める。そして起動した瞬間、僕は思わず大声をあげてしまった。

「おい!」

「なに」

「点繋ぎじゃないか!!」

「『トイトリス』は点繋ぎのゲームだよ」

「ま、て。紹介文と違うだろ!」

「アンタは懲りないなー。だからいつまでも小説にしがみつけるんだな」

 紹介文と内容が違うことに何か問題でも?……と開き直られたら僕はどうしたらいいか分からない。

「『ぴよぴよ』と同じじゃないか!」

「配信会社が一緒みたいだからね。同じシステムだと経費省けるんじゃないの?」

「そんなのが許されるのか!」

「あ、でもちょっと違うよ」

「どこがだ!」

「ヒヨコがブロックになってる」

「同じだぁぁ!」

 いや確かに、同じシステムなら開発費は抑えられるだろう。これで別のゲームとして寄ってきたカモ(僕)に改めて広告が見せられるなら、開発者側はコストを抑えて広告収入を得られるわけだ。

 しかしこれは何かに抵触しないのか。日本にはJARO(日本広告審査機構)というのがあるが、広告の嘘や紛らわしいに関して、本来はクレームが出せるものではないのか。

「サーバーが外国だったら踏み込めないんじゃね?」

「心を読むな!」

 僕はヒステリックに声を上げ、それでも『トイトリス』という名の点繋ぎを始める。点を繋ぐたびにピヨピヨ鳴いてたうざったいヒヨコたちではなくなったが、正方形のブロックがなぜかもこっもこっという音を発しながら大きくなったり小さくなったりするのが、やはりうざったい。

「こんなんで本当に茜を外食に連れていけると思うか」

「まぁ言うても二日で三百円ゲットだったんだから、このペースを続けられれば月四千五百円にはなるだろ」

「確かに……」

 実際、『ぴよぴよ』の二日目と『トイトリス』の一日目は同じ日なんだから、もっと行ける可能性はある。ちりも積もればなんとやらだ。

 まぁ一か月の辛抱だと思えばいいか……と、茜がはしゃいでいる姿を思い浮かべながら、僕はもこもこしてるブロックを必死につなぎ始めた。

 普通ならだれもが瞬時でやめるだろうこんな欺瞞の渦中にあって、やればポイントをもらえるというエサにつられる馬鹿が仕方なくやるのだろう。え?馬鹿にするなって?

 ……僕自身のことを言ったんだから放っておいてくれ。

「おい……」

「なに」

「ボーナスステージが『ぴよぴよ』より多いぞ」

「得したじゃん」

「得してねぇーーー!」

「アンタね。製作者さんが苦労してアンタを楽しませてあげようと思ってるのに、人の心がないの?」

「せめてブロック崩しで苦労してほしいんだ!」

 CMの中には、この『トイトリス』自身の広告動画も流れるが、どう見てもブロック崩しだ。広告の時にここまでの嘘が仕込めるなら、そのゲームを作ればいいのに。

「まぁ大人の事情もあるんじゃないの? 本家ブロック崩しの会社に文句言われるとかな」

「ありえる」

 しかし、そう思うとよくそのオリジナリティのなさでゲーム会社などやろうと思ったものだ。

 そういう愚痴が言いたくなるほどの広告地獄に見舞われながら、僕はブロック崩しという名の点繋ぎに身を砕いていた。


 『トイトリス』をやっとの思いで終えると、スパルタ女神のちょこ美は満面の笑みを浮かべてこう言った。

「はい、次は何やるの?」

「ちょっとは休ませろ」

「休むのなんて死んだらいくらでも休めるよ。あと数十年の辛抱だろ」

「いい性格をしてるよなぁ。誰がお前を作ったのやら……」

「だからアンタだって。はい、ちょっと休んだでしょ。次だよ次。ボクらの旅は始まったばかりなのだ!」

「少年漫画の打ち切りか!!」

 しかたない。僕は再び闇に戻った森を仰ぎ、一つのゲームを選んだ。

「あれ、早いね」

「広告地獄に溺れながら、次はこれをやると決めてた」

「なんで?」

 そのパズルゲームは立体的を超えて四次元の世界を体現していることを謳っていたのだ。広告動画の内容を見ただけではその全貌は分からなかったが、もし四次元の世界を画面上でも表現できているなら革新的ではないだろうか。なにより……

「いいから早くやれよ」

「お、おう」

 ゲームタイトルは『4Dパズルズ』。アプリを起動した途端、目の前の闇に華やかな世界が広がってゆく。その光の渦はまるで手に触れられるように立体的だ。

 感慨の元、スタートボタンをタップした僕は、次に飛び込んできた光景に唖然となった。

「おい」

「なに」

「点繋ぎじゃないかぁぁ!!」

「点繋ぎだね」

「繰り返しのギャグは三回までって学校で習わなかったか!?」

「ギャグじゃなくて現実だろ。見てよ、まじめに立体的な点繋ぎゲームなんだから」

「広告の内容と違うじゃないか!!」

「え、まだそんなこと言ってるの?」

 いや、確かに、ゲームアプリの内容が広告や紹介文と違うことはすでに体験済みだ。しかし違うだけならまだいい。

「これのCM動画は一緒に見たよな?」

「見たよ」

「流れたテロップ覚えてるか?」

「覚えてマス」

「言ってみろ」

「『あなたはCMと実際の内容が違うゲームに騙されて憤慨した経験があるんじゃないですか? そんな人はぜひこのゲームに挑戦してください。広告通りのゲームであることを実感できるはずです!』」

「広告と違うじゃないかぁぁ!!」

「なに、そうとも読めるオブジェが画面に張り付いてただけで、向こうはそう読ませようとは思ってないんじゃない?」

「それ現実でやったら立派な詐欺だろ」

「詐欺っていうのは、人をだますことによって金品を搾取する行為であって、無料なうちは詐欺には当たらない」

「マジか……」

 多分ちょこ美はテキトー言ったんだと思うが、ひょっとしたらそれはあり得るかもしれない。というか、人をだますこと自体が犯罪なら、虚構を書き連ねる僕ら作家は全員刑務所行きだ。

「まぁタチは悪いと思うけどね。嫌なら辞められるうちはおあいこだと思うしか」

「タチが悪いことは認めるんだな」

「あたしが作ったんじゃないんだから、あたしを責められても困る……」

 確かにその通り。振り上げたこぶしをどこに振り下ろせばいいのか分からないのがモラルの欠如という奴だろう。

「ちなみに、こういうアプリってダウンロードさせた時点でストア側から制作側に報酬が出るんだって」

「……つまり、どうだましてもダウンロードさせれば勝ちなのか」

「別のやってもいいよ」

 さすがのスパルタ天使も気の毒そうにそう言った。


 この際思うのだが……

「パズルがいけないんじゃないか」

 そう思った僕は検索ジャンルを変えてみる。要するにパズルだからパズルなのだ。

「ジャンル変えても点繋ぎだったら?」

「いや、繰り返しのギャグは三回までだ」

 僕はクイズ、というジャンルに目を通した。RPGとかはやはり時間拘束が長いし、ルールを覚えるのに難儀する……と思える歳に僕はなっている。できることならルールを知らなくてもできるようなものを消化していきたい。それにしても……

「クイズ千問正解が条件とか、気が遠くなるな……」

「じゃあ点繋ぎにすれば?」

「すでにパズルとも言わなくなったじゃないか」

 しかしさすがに点繋ぎは飽きた。とりあえずクイズ千問を三日以内に……というのが条件のようだが、覗いてみて無理そうなら撤退すればいい。

「よし決めた。これにしよう。『千文専門一千問』」

〝せんもんせんもんいっせんもん〟と読むらしい。つまり一千問あるんだろうけど、つまり三日以内にこのゲームをコンプリートしろということだろう。

「制作側はプレイヤーをこのゲームの長いユーザーにする気がないな……」

 逆に言えば、三日以内にコンプリート出来る内容だということだ。そんな単発のゲームを出して、彼らの儲けになるんだろうか。

 そんなことを思いながら、僕は一問目に臨んだ。闇に浮かぶ文字が僕を迷わせようと踊り出す。

『一問目。赤色は、青色ですか? はい/いいえ』

「……」

 ど……どういう意味だ。新手のひっかけ問題なのか!?

 僕は思わずちょこ美の方を見た。ニコニコ……というか、にやにやしてる彼女の頬を見て僕はさらに混乱する。

 これは、何かを企んでるヒトの目だ!

「早く答えなよ」

「待て。落ち着け」

「サルでもわかる問題じゃん。アンタ、サル以下?」

「待て! 確かにサルならこれほど悩まない!」

 だから間違いに気づかないのだ。間違いに気づかないことさえ気づかない。ある意味幸せともいえる。

 赤色は青色ですかという単純かつ端的なワードに隠された深淵。それはどんな闇よりも深く、どのような果てよりも遠いメッセージとなって、僕を包み込んでいく。

「いや……」

 だがその淵に立った僕は、ふと、この問題の裏を見た気がした。

「答えは『いいえ』だ」

 画面をタップすると、『正解!!』という文字と共に、おなじみCMが流れ始めた。

 僕は「よし」と小さくこぶしを握り締める。

 考えれば簡単なことだ。一問目からそれほど難しい問いがくるはずもない。

「よく赤が青ですかってだけの問題に、そこまであれこれ考えた挙句にそこまで喜べるな」

 呆れているちょこ美。確かにもっともかもしれないが、そこがサルと人間の差なのだ!!

 たぶん……。


 それから百問。

「おい……」

「なに」

「もう限界なんだが」

「根性ない」

「誰でもそうなると思う」

「そうとは限らない」

「今まで費やしてきた時間の九十九パーセントがCMの視聴時間だぞ!」

 クイズとクイズの間はすべて三十秒のCM動画なのだ。

「そういうゲームなんだから仕方ないだろ」

「そういうのをゲームとは言わないんだよ!」

「ほう。ゲームというものの定義を決めるのはアンタだっていうの?」

「……」

 僕がこれはゲームじゃないと言いたい理由はほかにもある。

「まじめにクイズ作ってないだろ、この会社!」

 そう。赤は青ですか?……から始まったこの千問クイズの他の問題ときたら、

『スマホは何の略ですか? 1ぱゆぱゆ 2ぽゆぽゆ 3スマートフォン』

『「体育」←この漢字を読みなさい』

『()内の言葉を答えなさい。「犬も歩けば棒にあた()」』

「普通、()で空けるなら犬とか棒だろ!!」

「はぁ……そうやって自分の常識を他人に押し付けるの?」

「……」

「まぁ、問題が簡単ならいいんじゃない? 一問一時間かかったら三日で千問答えらんないわけだし」

 確かにその通りだ。しかしするとこんなゲームとも言えないゲームを作った意図はいったい何なのか。……それこそ猿でも分かる答えがすぐに弾き出され、げんなりしてしまった。

 つまり、制作側はゲームを楽しませるつもりなどないのだ。誰でも解けるような簡単な問題を解き進めてもらえれば、それだけCMが再生されることになる。広告収入さえ得られればいいのだから、問題の質などどうでもいいのだろう。これなら千問はおろか、万でも十万でも簡単に作れるはず。

 そういうアプリを無限に創って、数で稼いでいると思うと辟易する。

「いやいや、それはブーメランだろ」

 しかし、当たり前のように心情を読んでくるちょこ美が笑い出した。

「だって、アンタだってポイント目的で、そのゲームを我慢してやってるんだろ。ゲーム楽しもうとしてないよね」

「……」

 僕は二の句も告げなくなった。

 ゲームを楽しませる気のない制作側。ゲームを楽しむ気のないユーザーが、互いの利益のためにゲームという媒体で繋がっている。

「確かに……ゲームからしてみたら辟易されるいわれもないな……」

 なんだろう。これは、何が犠牲になって、こんな滑稽な状況が出来上がっているんだろう。僕はなんだか、これは小説の世界や僕の作品にも話が繋がっている気がして、心の底が身震いするようなうすら寒さに襲われたような気になった。


「終わっ……たぞ!!」

「おつかれー」

 初めの『ぴよぴよ』から早六日……。

 もはや、「おつかれー」の一言で済まされるなら警察はいらないレベルまできている。

「九十円ゲッツ!」

 もはや、「九十円ゲッツ」の二言目で済まされるなら(以下略)。

「いくらたまった?」

「六万九千ポイント」

 聞けば一瞬すごそうだが、六百九十円である。二人で食いに行ったとしても牛丼並盛ですら頼めないじゃないか。

「先は長い……」

「ところがところが、ザンネンなことに、この原稿、三十枚超えちゃったんだよね」

「え、じゃあ終わりなのか?」

「いやいや、アンタは続けろよ。これじゃ牛丼並盛も頼めないでしょうが」

「僕と同じ発想すんなよ……」

「とりあえず、この続編はまたいつかってことで」

「マジで終わりなのか!!」

「いいや、ボクらの旅はまだ始まったばかりなのだ!!」

「打ち切りじゃねーーかぁぁぁ!!!」


 To be continued....


「この原稿、どこかで発売したら売れるかな!」

「売れるわけねぇーーーーー!!!」


 To be continued....

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