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Happiness with you 〜幸せを渇望する少年たちへ〜  作者: 漱成
第三章「Happiness with you」
18/24

Epilogue  ―御島 桜、御島 亮

音楽を作るという行為には、極度の集中が要求される。

 

 なんとしても作り始めた内に作り上げたいし。しばらく置いといたら、作りたいものが変わってることもあるからね。

 

 今もそうやって集中しまくってたからこそ、急に肩に手を置かれて、飛び上がるくらいびっくりした。

 

「び、っくりした」

 振り返ると、潤が微笑を浮かべて立っていた。

 

「ノックくらいしてよ、もう」

「したって。第一、ヘッドフォンしてて聞こえないからノックはいらないって、いつも言っていただろう?」

「あれ、そうだっけ?」

 

 首を傾げる。本当に覚えてないんだけど。

 

「そうなんだって」

 呆れたように潤が首を振る。

 

「そっかぁ。……ところで、どうしたの?」

 切り替えて尋ねる。潤は用もなく部屋に入ってきたりしないから、何か用があるのだろう。

 

「……ああ、ちょっと話があってね」

 少し間をおいて、潤が答える。

 

「え、なに、離婚話?」

「いや違くて」

 

 戯けてみせると、普通にツッコミが入った。

 

「ごめんごめん、それで、話って?」

 話を修正する。

 

「うん、えっとね桜、……前に君が刺された事件のことはもちろん覚えてるよね?」

「え?」

 

 話が予想の斜め上すぎてびっくりした。何故今更。

 

「うん、ってか忘れられないでしょ、実は夫になりすましてた快楽殺人鬼に殺されかけました、なんてさ」

「うん、で、それなんだけど」

 

 潤が無表情で言う。

 

「……それが?」

 少し間を空けて、尋ねる。



 

「……結局、()()()()()()()()()()()()って言ったら、どう思う?」

 


 *    *    *


 

『だって、おかしいだろう?そもそも設定に無理があるとは思わなかったのかい?()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてさ。いくら市でも、そんなに何人にも変装できる訳じゃない、というか、そんな訳がない』

 

 全身がガタガタと震える。俺はただ呆然と、画面を見つめる。

 

『イチを名乗って神崎くんに接触したのも、私が唆した別人、森くんや今田くんに接触していたのも同様、全員が全くの別人さ。――カネに目がくらんだ者、脅しに屈した者、弱みを握られた者……。くく、実に様々な人間が協力してくれて、なんとも愉快だったよ。無論、もう既に全員、この世にはいないがね。……私は彼らと結託して、()()()()()()()()()()()()ための策を講じていたのさ。……ああ、でも快楽殺人鬼Xは間違いなく彼だ。そこに私達は何ら関与していないし、山口くんや君達に接触したのも間違いなく彼本人だ』

 

 次々に事実が明らかになる。知りたくもなかった真実が。

 

 

 *    *    *


 

「……じゃ、じゃあ、私は……?」

 

 一歩後ずさろうとする。潤は一歩近づいてくる。後ろは壁で、これ以上下がることができない。

 

「うん?君がどうしたのかな?」

 どこか狂気的な色を孕んだ笑顔で、彼はそう問うてくる。


 

「私を、……殺すの?」


 

 絞り出すように問いかける。潤は、しばらく悩むような素振りを見せた。

 

 悩むような()()を見せた。


 

「……うん、殺すよ?」


 

 *    *    *


 

 

『そして、君はきっと、これが一番気になっているはずだ。……ズバリ、動機は何なのか?()()()()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』


 

 弾かれたように、顔を上げる。

 

 

 山口たちも、……こいつが、殺した?

 

 

『きっと、君は絶望しただろう。ようやく手に入れた幸せが、次から次に自分のもとを離れていったから。――ああそうだ、全員分、しっかり写真を撮っておいたんだ。君のためにね。見せてあげようか、ほらこれだ』

 

 そこで言葉が切れ、動画の中の父さんは画面の前に五枚の写真を映し出した。

 

 1つは、炎に包まれ、苦しそうに絶叫しながらのたうち回る山口の写真。

 1つは、頭から大量のどす黒い血を流し、暗闇の中で恐怖に顔を歪め、這いずる森の写真。

 1つは、ビルの下で脳漿を撒き散らし、四肢があらぬ方向に曲がった今田の写真。

 1つは、四肢に杭を打ち込まれて壁に磔にされ、服も身体もあちこちがボロボロで、虚ろな目に少しの涙を浮かべる西宮の写真。

 そして最後の一枚は、俺達家族の写真。


 ……ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 

 気づけば大雨が降り注いでいて、容赦なく体温を奪っていく。

『今まさに、君は絶望のどん底にいるだろう。ここで、私のこの動機を話そう。それはね、亮。……』


 

 *    *    *



 

「私はね、桜。……君のことを、愛しているんだよ。これ以上無いくらい。狂おしいほど、君を愛している」

 

 ねっとりとした言い草に、背筋がぞくりと寒くなる。

 

「じゃあ、なんで……?」

「だからこそだ、桜。私には、亮が邪魔だったんだよ。いや、それ以上に、すべてが邪魔だった」

 

 顔を歪めて、潤は語る。

 

「特に亮は、桜、君のことを母としてこれ以上無いくらいに愛していた。だから私は、この世の何よりも、亮のことが大嫌いだったんだよ。……それこそ、顔を見るだけで、殺したくなるくらいにね」

 

 憎しみを超えたなにかを、狂気としか表しきれない何かを湛えた表情を浮かべ、叫ぶように潤は語る。


 

 *    *    *


 

『だから、私は桜と死ぬことにしたんだ。ただ、その前に、亮、お前に限りない絶望を与えてからね』

 

 がくり、と膝が折れる。どうにか立ち上がり、震える脚で家を目指す。

 

『これを貴様が見る頃には、私は凛も殺し、桜とふたりきりで会話をしているだろう。もう何もかも手遅れなんだよ、亮。――お前のせいで、皆は死んだ。お前の、せいだ。すべてお前のせいだ!お前のせいで皆が死んだんだ!そして私も、いまから桜と共に逝く!!……あぁ、あぁ、あぁ!』

 

 恍惚とした表情で、叫ぶように父さんが言う。


 

 *    *    *


 

 喉が焼けるように痛い。

 貫かれたんだ、と理解した瞬間、口から大量の血が噴き出る。


 

 そのまま、ナイフで斬りつけられた。

 何度も、何度も、何度も。


 

 血飛沫と朦朧とする意識でぼやける視界に最後に映ったのは、自らの喉に、血に濡れたナイフを突き立てる潤の姿だった。

 

 ナイフが刺さる寸前、潤が何かを呟いた。

 その内容が聞こえるより前に、私の意識は暗転した。


 

 そして、二度と覚めることはなかった。


 

 *    *    *


 

『……じゃあまた、地獄で逢おうね、亮?』

 

 哄笑とともに、動画が終わる。

 

 震える手で、ドアを開ける。

 

 

 玄関には、全身を血で紅く染め、目から光を失った凛の姿があった。

 

 

「り……ん」

 

 その肌にそっと指を這わせる。ひんやりとした感触と、まるでゴムのような質感。目覚めることはもう無い。

 靴を脱ぐのも忘れ、二階にゆっくりと上がる。

 

 母さんの部屋のドアを開く。

 

 ――大量の血溜まり。倒れる二人の男女。


 

 それは確実に、()()()()()()に重なっていた。


 

「かあさん」

 

 掠れた声で、母さんのところに這い寄る。

 その肌に、同じように指を這わせる。

 

 ――まだ少し温かい。しかし、確実に覚めることはないのだと本能でわかる。

 

 瞬間、あの日の父さんの言葉が、脳裏に蘇る。

 


『……次こそは、共に逝こう』

 

 

 

 遠くで雷鳴が鳴り響く。


 





 

 俺の大切な人たちが、目覚めることは、もう、ない。

 

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