23 散策
ローレンツとかいう若い門番に再び睨まれた以外は特に何事もなく、私たちはシュガ村へと戻ってきた。
どうやらアレンはこのまままっすぐ孤児院に戻りたいようだったが、夕食まではまだだいぶ時間がある。私はアレンと行動を別にして、村を散策することにした。まぁ暇潰しだな。私が持っていた背負袋をアレンに預け、別れる。
昨日は通らなかった道を選んで歩いていくと、道は民家を数件通り過ぎて緩やかに下ったあと、小川へとぶつかった。法面はある程度整備されて、歩きやすくなっている。足元を流れる水は澄んでいて、泳ぐ魚の姿も見えた。
水深はそこまで深くはないようで、目算からすると大人の膝よりもやや高いぐらいか。昨夜孤児院で食べた魚の酢漬けも、ここで採れたものかもしれない。そんなことを思いながら、私はなんとなく下流へと足を向けた。
小川を右手にして少し行くと本流の他にも川から村の中へと取水している用水路があったので、そちらに逸れて歩を進める。
用水路はさほど大きくはないものの、木製の暗渠でしっかりと作られていて、蓋はなかった。その中をそれなりの量の水が流れている。
私はその涼やかな音を聞き、柔らかな陽射しを身に受けながら、用水路を下った。
行くにつれて、少しばかり自然が多くなってくる。草花は力強く伸び、こちら側には木もちらほらと生えていた。
私から見て右手側、用水路を挟んだ反対側には畑が広がっている。芋や豆類の葉が元気に青々と繁り、その上を黄色の蝶々が飛んでいた。辺りには腰をかがめて作業をしている者も数人いる。なるほど、農業用水だったか。
ふと、見知った顔が大きな木の下に座っていることに気付いた。背中を太い幹へともたれ掛からせ、美しい金髪を風でふわりと揺らしている。かわいらしい顔の上半分には、相変わらず幾重もの包帯が巻かれていた。私はゆっくりとそこへ近付き、声を掛けた。
「やあお嬢さん、こんにちは」
「ええ、こんにちは。その声は……ええと、もしかして、昨日お話しした冒険者さんですか?」
「その通り。忘れられてないようで安心したよ」
「とても楽しかったですもの。忘れませんわ」
そりゃよかった、と答えると、リリアは口元に手を当てて、くすくすと笑った。顔色はいいし、体調も悪くはなさそうだ。
「私もご一緒して構わんかね」
「喜んで! また冒険者さんとお話しできるとは思ってなかったから、とっても嬉しいです!」
そう言って、リリアは顔をほころばせる。その横へ腰を下ろし、私は続けた。
「お嬢さんは散歩かい?」
「はい、そうです。母さんに連れられてですけどね」
「サーシャさんは?」
「あそこです」
リリアが指差したほうをよく見ると、畑で作業をしている者たちの中にサーシャらしき姿が見えた。みんなで一緒に歌を歌いながら、楽しそうに作業をしている。遠目ながらも一様に笑顔なのが見て取れた。
「なるほど。のどかないい歌だな」
「野良仕事をするときはよくあるんですよ。誰かが歌い出すと、みんなが続けて歌い始めるんです」
「もしかして、お嬢さんも歌えるのかい」
「もちろん。わたしは母さんよりも上手いですよー。なんたって、自慢の娘ですから」
「そういうのは思ってても自分で言うもんじゃないと思うがね」
私は苦笑して返す。
「冒険者さんもお散歩ですか?」
「そのようなものだな。今日は早く仕事が片付いてね。夜まで暇だったので散策してたら、ここに着いたというわけだ」
「まあ! この村でお仕事だったんですね!」
「いや、近場なので寝泊まりしているだけさ。アレンに紹介してもらって、昨夜から孤児院でお世話になってるよ」
「あそこは子どもたちが賑やかでしょう。でもみんな決して悪い子ではないので、多少騒がしくても許してあげてください」
「なに、構わん。それに早速仲良くなってな。ニーナという女の子を筆頭に、今やすっかり友達だ」
「ニーナが? へえ、あの子が……」
「アレンもみんなに大人気だったぞ。今朝なんか出発前に自分の盾を隠されて、てんやわんやだった」
「その姿が目に浮かびます。ま、今は見えないんですけど」
お、おう。そういう笑っていいのかわからない冗談は反応に困る。多分大丈夫だろうとは思うけれど。
こちらの微妙な反応に気付いたのか、あ、と呟いたあと、リリアは申し訳なさそうな顔で続けた。
「すいません、いつも母さんとかアレンに話すみたいに返しちゃいました。普通はそうなっちゃいますよね」
「いや、あまりにもあっけらかんと話すから、少し戸惑っただけだ。それに、目も見えるようになるかもしれないだろう?」
「だといいんですけど」
「サーシャさんにも聞いたが、伯父さんとやらがいろいろと動いてくれているそうじゃないか」
「そうですね。うまくいけば明日にでもいいお医者様が現れるかもしれないです。それか、それ以外の他の手が何か見つかるかもしれない。きっと大丈夫です」
そう言って、リリアは曖昧に笑った。それが希望的観測にしか過ぎないことは、自分が一番わかっているのだろう。くそっ。
出来ることなら理術の力で何とかしてやりたいが、今の私ではそれも叶わない。
『願い』が。『想い』が。何よりも『代償』が足りていない。
私はこの少女を好ましく思ってはいるが、所詮はその程度。心の底から渇望する激しい情念のような欲望を燃やし、それに見合った代償を支払わなければ《理の力》は発動しないのだ。
代償如何によって可能性は大きく変わるとはいえ、今の時点では全く希望はない。今の私に『奇跡』は遠すぎた。
「アレンの態度も私が倒れてから何か変なんですけど、また見えるようになったら元に戻ればいいなぁ」
私の考えなど知らぬリリアだが、その聡さでアレンの変化は感じていたようだ。
「目が見えないのにわかるのかね」
「目が見えないからこそ、わかるんですよ。幼馴染みだから、尚更」
「なるほど」
「それに、好きな人のことですし」
おおっと?
ぽっ、と頬を染めるリリア。私は思わず驚き、目を見開いた。当人はさらっと流すように言ったが、これはこっちがドギマギしてしまう。
「それは、その。幼馴染みとしてではなく?」
「もちろんそれもありますけど、一人の女としての『好き』です」
「それはまた……知り合って間もない私に話すとは、豪気なお嬢さんだ」
「隠すようなことでもないですし、母さんも知ってます。それに、冒険者さんなら変に言いふらしたりするようなことはないでしょう?」
これでも人を見る目はあるんですよ、とリリアは続けた。また「目」。わざとやっているのか? ……だろうなぁ。
それにしても、だからサーシャはアレンをからかっているのかね。娘の恋路を応援するために。ただ面白がっている可能性も否定はできないけれど。
「ではその期待に答えるとしようか。大した応援は出来ないが、あたたかく見守らせて貰う」
「えへへー、ありがとうございます」
「ところでアレンはお嬢さんの気持ちを知ってるのか?」
「それとなく好意は伝え続けてるんですけどねぇ。さっぱりです。どうやら妹としか思われてないみたいで」
リリアは軽くため息をつく。だろうなぁ。というか、妹としか見てないってはっきり聞いてしまっているしなぁ。流石にそれを口には出せない。
「でも、諦めません。この村の女は強いんですよ?」
脳裏にサーシャとマルグリットの姿が浮かぶ。なるほど、確かに説得力がある。
「よし、頑張り屋さんのお嬢さんには、これをあげよう」
そう言って、私は懐から小さな包みを取り出す。
「なんですか?」
「体力と魔力の回復効果がある飴玉なんだがね、砂糖と蜂蜜、薬草数種類と香草、果汁なんかを使って作った自作の飴だ。甘くてうまいし、喉にもいいぞ」
包みを開き、その中から丸い飴玉をひとつ摘む。口を開けるように言うとリリアは素直に唇を開いた。歯並びのいい白い歯と、小さくかわいらしい赤い舌が見える。どことなく扇情的である。
私は頭を軽く振ってその考えを振り払い、そこに飴玉を放り込んだ。
「……んっ! あまくておいしいれすっ!」
「だろう? 自慢の品なんだ」
「ありがとうございます、冒険者さん!」
本当に幸せそうに飴を舐めるな、この娘は。口元は幸せそうに上がり、おそらく包帯の下で目元も綻んでいるであろう。声も弾んでいる。
サーシャが頑張って支えているとはいえ、母娘の二人暮し。ワズ伯父さんとやらの支援があっても生活は厳しいのだろう。もしかしたら甘味は久々だったのかもしれない。
「いつまでも『冒険者さん』もないだろう。【黄昏】とでも呼んでくれ。字名だがね」
「【黄昏】さん、ですね」
「さて、私はそろそろ行くよ、お嬢さん」
「あ、はい! 今日はありがとうございました!」
「こちらこそだ。ではな」
立ち上がり、軽く土を払う。リリアに別れの挨拶を告げ、私はその場を離れた。
私はそれからも散策を続けた。途中で猪に襲われるというアクシデントはあったものの、なんなく撃退。川べりで解体し、枝肉にした。余計な骨や内臓、毛皮の類は魔術で土に埋めた。この肉はあとで孤児院への宿代としてマルグリットにでも渡すとしよう。
解体が終わった時点で若干日が傾いてきていたので、私はおとなしく孤児院に戻ることにした。ここからの帰り道がよくわからないので、来た道順を遡って戻る。途中でリリアと話をした木にも差し掛かったが、姿はなかった。畑にサーシャたちもいなかったし、おそらく家に帰ったのであろう。私も早く戻らねば。
それから若干道に迷いつつも、私は何とか孤児院へと辿り着いた。それなりに時間がかかったとは思うが、たぶん夕食には間に合ったであろう。うん。
恐る恐る台所を覗くと、若い尼僧が忙しそうに料理を作っている。確か、名前はクリスとか言ったかな。
「ちょっといいかね」
「わっ! ごめんなさい、まだご飯は出来てないんですっ! 今作ってますんでもう少しお待ちいただけますか?」
「あー、それはいいんだが。差し入れを持ってきた」
「差し入れ、ですか?」
「まぁ宿代だと思ってくれ。ただで泊まるのも忍びないしな。食事も貰ってるし」
私は抱えていた猪の枝肉を台所へと置いた。大小様々な肉の塊が、ズン! と音を立てる。それとは別に運んできた、猪の内臓も横に並べた。
「つい先程、村外れで猪に襲われたのでね、返り討ちにした。鮮度がいいから内臓も処理して持って来てある。好きに使ってくれて構わない」
「えっ!? 猪っ!? 大丈夫だったんですかっ!?」
「見ての通り、問題ないさ」
「凄い! 流石、ベテランの冒険者さんです! それにこんな立派なお肉なんて久々なので、みんなも喜びます!」
「手間をかけさせて悪いが、あとは頼んだ」
深く頭を下げるクリスを背に、私は台所を後にした。
それからしばらくして夕食の時間。クリスの言っていた通り、いつもは食卓に並ばないであろう猪肉を見て、子どもたちは色めき立った。既に話を聞いていたであろうマルグリットから、私が狩ってきた旨を聞くと、大きな感謝の声が食堂に響き渡った。ふふふ、こうして礼を言われるとやはり嬉しいものである。でも私を『猪のおっさん』呼びしたやつの顔はしっかりと覚えたからな。
夕食が終わると昨日と同じく風呂の時間。申し訳なさそうな顔で浴槽の準備を私に頼むクリスに対し快諾し、これまた昨日と同じく魔術で湯を溜めた。
子どもたちを幾人か引き連れて汗を流したあと、例の談話室兼遊戯室で昨日とは違うお話しをしてやった。その中の一つに、アレンが蜘蛛から逃げ惑う話をしてやったら、思いのほかうけた。やはり身内のネタは面白いらしい。もっとも、当のアレンは苦い顔をしていたが。
そうこうしているうちにあっという間に消灯時間が訪れ、解散となった。私は、自由に使っていいと通された客間で、『光よ』で生み出した明かりを使い、装備の点検をした。そうして、『碧岩の庭』探索初日の夜はゆっくりと更けていった。
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