24 招かれざる客
お待たせしました。今年初の更新となります。
次に予定していた話は内容的に同日にまとめて更新したほうがいいと思い、色々つらつらと書き溜めていたんですが、大幅な内容の変更をすることにしたので別の話への差し替えとなりました。ということで普通に一話分だけの更新です。
それと、今までの投稿部分にちょいちょいと加筆や修整を差し込んでます。そちらにも是非お目通しくださいませ。
こんないきあたりばったりの物語ですが、一応大幅なプロットはあるので見限らずにお付き合いいただければ幸いです。
それではどうぞ。
二日目の探索も何事もなく終えた。またもアレンが朝から子どもたちの悪戯を受けて苦しんでいたが、それはご愛嬌だろう。『碧岩の庭』については特に大きな問題はなかった。
蝙蝠たちは相変わらず頭上で大人しくしていたし、洞窟鼠の骸は私の撒いた粘液生物によって無事に分解され、おびただしい数の骨の群れへと変貌していた。それ以降に相手をした獣たちも同様だ。砂岩の雑兵の残骸はただの岩の塊であって生物ではないので捕食液を撒いてはおらず、私たちに倒されたときのままの状態でぽつんと寂しく横たわっていた。
そこから私たちは順調に探索を進めた。薬草の手掛かりは見つからないながらも、大きな怪我をすることもなく、五体満足で孤児院へと戻った。その翌日も同じように依頼をこなし続けた。
問題が起こったのは、四日目だった。
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
「申し訳ありませんが、本日の通行は許可できません」
その数日ですっかり顔見知りになった門番はそう言った。毎回私を睨みつけてくるあの若者とは違う。あのとき居たもう一人の門番の方だ。今日はローレンツとかいうあの若者の姿は見えず、代わりに別の男が共に立っている。
「おや、どうしたんだね。私たちに何か不手際でもあったのかね?」
「そういうわけではありませんが……詳しくは隊長からお聞きになってください」
そう促してきた。
ふむ。これは何か起きたな。
私たちは踵を返し、この前訪れたばかりの煉瓦造りの詰め所へと足を運んだ。建物の中に入り、人を捕まえてヴァレリーへの取り次ぎを願う。待合室で備え付けられたソファーに座り待っていると、さほど時を置かずして奥の部屋へと案内された。
そこには少し疲れた顔のヴァレリーがいた。ちらりとこちらを確認したあとは書き込んでいる書類に目を戻し、忙しそうに手を動かしている。以前来たときよりも机の上の書類が増えている気がする。やはり何かあったか。
「【黄昏】殿、アレン殿。わざわざ足を運んでもらってすまないな。今は少々立て込んでいる」
「ああ、見ていればわかる。気にすることはないさ」
「そう言ってもらえると助かる」
「いったい何があったのか聞いても?」
私がそう投げかけると、ヴァレリーは深く息を吸い、大きなため息をひとつついて答えた。
「昨夜、門の中に無理矢理侵入しようとする不審者……いや、賊と言っていいか。それが複数名現れた。ほとんどが逃走したが一名捕縛してね。今はその対応に追われている」
「賊とは穏やかではないな」
「ああ。不穏もいいところだ。何を思ったのか、奴らは火でも放とうとしたらしく多くの可燃物を持ち込んでいた。廃材や木炭、枯れ草などだな。押収した植物には有害なものも混じっているし、捕まえた賊はなかなか口を割らんし、一苦労だよ。ただでさえ書類仕事が溜まっていたのに、今回の件での各所への連絡や確認、報告書でてんやわんやだ」
「洞窟手前の森でも焼こうとしたのか?」
「まだわからんよ。それを聞き出すために、ローレンツが賊の尋問の真っ最中だ。やりすぎなければいいんだが」
またしてもため息をひとつ吐く。この男も苦労人のようだ。
そういえばあの若者の親友が賊に大怪我を負わされたと言っていたか。今回の件と関係あるかはわからないが、それでは息巻いていても仕方がないだろう。
「そんなわけで、今は『碧岩の庭』へ通すわけにはいかん。賊とお前さんたちが繋がっているとは思わんが、少なくともある程度自体が判明するまではな」
「了解した。そんな事情があるなら仕方ないさ。しばらくは村で大人しく過ごすことにしよう」
「悪いな」
「なあに、構わんさ。わざわざご丁寧に部外者へ内部事情を話してくれた礼だ」
ヴァレリーが禿げ上がった頭を撫で上げながら、ニヤリと笑う。
「わかるか」
「私たちに気を使ってくれたのだろう? 普通はそうやすやすと喋るようなことじゃない」
「まあな。ローレンツが絡んだ件の罪滅ぼしもあるし、お前さんたちと完全に無関係というわけでもないのでね」
「なるほど。まあ、ありがたく受け取っておこう」
再び通行の許可が降りるようになったときには連絡をくれるよう頼み、寝泊まりしている孤児院の場所を伝えて部屋を出る。出口に向かい歩いていると、アレンが何かを言いたそうにしている雰囲気を感じた。しかしアレンがその口を開く前に、向こうから見知った顔がやってきた。
そいつは目をぎらぎらと光らせて、口を固く引き絞っている。毎度毎度私に敵対感情を向けてくる難儀な男、ローレンツだ。
実際に何かされたのは最初の一度だけだが、実害はなくともああまであからさまに悪感情を向けられていい気はしない。だからといって多大な労力をかけてまで誤解を解こうとは思わんが。
この男はヴァレリーの居た部屋の方へと向かっている。となれば、例の賊から新たに引き出した情報の報告に行くのであろうか。
ローレンツとは一言も交わさずにすれ違った。その瞬間にぎろりと睨まれはしたものの、それだけだ。
だが、その瞳の中にじっとりとした何か濁ったよくないものが混じっているような気がして、私には少しだけ気になった。足早に去っていくローレンツを見送り、私たちは、煉瓦作りの建物を出た。
それから私たちはシュガ村へと戻り、孤児院の作業の手伝いをして過ごした。アレンは子どもたちと一緒に森に入って野草や果物を探している。私は畑仕事だ。
マルグリットから借りた野良着に袖を通したが、少し大きかった。手伝いの人員が増えたときのために予備の野良着はあるものの、流石にそこまで数多くあるわけでもなく、私に丁度いいサイズのものはなかったらしい。少しだぼついた服に身を包み、部屋を出て孤児院の裏手に向かう。
「おやおや、色男に磨きがかかったじゃないか。あたしがあと三十年若ければほっとかなかったんだがねぇ」
「五十年の間違いじゃないのか?」
「そんなもんでいいのかい。この歳になると二十年なんて誤差の範疇さね」
「誤差」
この婆さんは一体いくつなんだよ。しわくちゃの癖にえらく元気だし。女性に年齢を聞くのは良くないが、気になって仕方がない。
私の考えをよそに、額に滲む汗を首にかけた手拭いで拭きながら軽口を飛ばして、マルグリットは快活に笑った。
私たちはこの数日で打ち解け、彼女からの「堅苦しいのは苦手だよ」との言葉を受けて敬語は廃止した。それからはすっかりこんな調子である。私としては非常に付き合いやすいけれど、本当に神に仕えている者とは思えない婆さんだな。
「ともあれ、あんたが手伝ってくれて助かるよ。ウチでは男手はいくつあっても足りないのさ」
「それで、私は何をすればいいのかね」
「表の方には新しく芋やらなんやらを植えた畑があるんだがね。こっからあそこまで水を運ぶのは少しばかり骨が折れる。そっちに水をやってもらえると助かるよ。あんたの魔術でチョチョイっとね」
チョチョイっとか。軽く言うなぁこの婆さん。実際に大した負担でもないし、全く問題はないけれど。それに確かに畑ほどの広い場所に対し、井戸と何度も往復して水を撒くのはかなりの重労働だ。私はマルグリットの頼みを快諾した。
「どの程度の範囲まで撒けばいいんだ。特に指定や問題がないのならば適当に撒くが」
「一気に塊で水を降らせて辺り一面を水没させるような馬鹿な真似をしなきゃあ、別に問題はないよ。だけどまあ、一応誰かしら付けとこうかね」
マルグリットがそう言うと、近くで様子を見ていたニーナがテトテトと走って近寄ってくる。くすんだ金の髪が跳ねるように揺れた。
「あのねー、わたし、あんないできるのー」
ニーナはにこにこと言いながら、小さな手で私のスボンの端をぎゅっと握ってくる。ん、今日も相変わらずかわいいなぁ、この子は。
初日に懐かれてからは、私はたびたびニーナのこうしたいじましいアピールを受けていた。年相応の微笑ましくかわいらしい好意を受けて、私の頬も思わず綻んだ。マルグリットの目も優しく細められている。
「それじゃあ、この人の相手はニーナに頼もうかねぇ」
「ほんと!? いんちょーっ!」
「ああ、そのかわりにしっかりと監督を頼むよ」
「うんっ!」
嬉しい気持ちを微塵も隠しもせずにニーナは両腕を上げてぴょんぴょん飛び跳ね、全身で喜びを表現している。よっぽど嬉しかったのか、歯を剥き出しにして笑い、その顔は赤く上気していた。うん、かわいい。
「まっ、まてよっ!」
そのときだった。幼さの残る、というか、むしろ幼さしかない声が私たちに掛けられた。そちらを見ると、子どもがひとり、小さな目を見開いて立っている。どことなく鼻息も荒い。
確か……オットーとかいったか。この孤児院の子だ。初日に私を睨んできた子でもある。私がやった夜のお話し会にも顔は出していたけれど、警戒しているのかまだ直接話をしたことはなかったはずだ。
「お…おれも……おれもいくっ!」
ほほう? これはどういった風の吹き回しかな?
とは言ったものの、目的は明らかだ。その鋭いとは言えない目で私をキッと睨みながらも、視線は落ち着きがなく、時折ちらちらとニーナを見ている。
うん、これはあれだな。ニーナが気に入ってる私のことが気に入らないとか、こんな怪しいおっさんに近付けちゃいけないとか、そういう感じのやつだろう、きっと。幼い恋心に突如生まれた庇護欲や義侠心、嫉妬心の発露、というところかな。
それにしても今日は随分と睨まれる日だ。あのローレンツならまだしも、こんな小さな子どもにとって私のような怪しい男はあまり関わりたいものでもなかろうに。
なりは小さくとも、惚れた女のことに関しては捨て置けないのだろう。こっちとしてはなるべく平穏に過ごしたいものなんだがね。
そんなことを思いながらも、幼き勇者オットーの瞳をじっと見る。すると、向こうも負けじとこちらの目を見つめ返してきた。
オットーは体の横に下げた手を固く握り、唇をぷるぷると噛み締めている。顔色は赤だの青だの目まぐるしく変化していた。けれど、その幼い瞳を決して逸らすことはなかった。
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