21 『碧岩(へきがん)の庭』
色々あって死にかけたりなんだりしてましたが、なんとか生きてます。ということで更新再開です。
と言っても以前までの更新分を一度見直して全ての話を改稿、話数によっては大幅な加筆修正をしていますので、お手数ですがご一読いただいた方も最初から一度見直ししていただけるとありがたいです。
また、それに伴って以前までの一話の前に【0】を新規追加しました。そちらも是非お楽しみください。
それと以前までと状況が変わってしまい、毎日更新が不可能になりました。むしろ更新ペースは遅くなってしまうかもしれません。新規分を書き上げ次第随時更新していきますので、よろしくお願いします。
八体の『ひかるくん』はうごうごと蠢きながら、私の意思によって所定の場所へと這っていく。
まず、私の左右の壁面に一つずつ。これは強い光を直接目にして目が眩まないよう、かつ視界を確保するために視線よりも高い位置に配置する。私が調整した『ひかるくん』は重力などものともせず、壁にぴったりとくっついて進んでいる。かわいい。
続いて、十歩先にそれぞれ左右一つずつ、ニ十歩先には一つだけを通路の中央に。手前の二つは真横に配置したものと同じ高さで揃え、先行する一つは地面を這わせた。
先行させた『ひかるくん』は視界確保のためもだが、毒物検知の斥候といった意味合いが強い。何か敵対するものがあれば、それもいち早く発見できるだろうし、囮にもなる。
後方約十五歩の地面にも真ん中へと一つ配置する。これで後方の安全も確保しやすくなった。
最後に、私たちの左右足元にも一つずつ。これは基本的には追従させて進むが、周囲を調べるのに使ったり、場合によっては気になる箇所に移動させることもある。
こうして一気に大所帯になった私たちは、周りに何かないか注意しながら、ゆっくりと進んでいた。
流石にまだ薬草があるとは考えられないが、潜んでいる危険はいくつもあるため、どれだけ周囲を注意してもやりすぎということはない。
と、先行している『ひかるくん』が早速何かの影を捉えた。
「あれは……骨、か?」
「そうだな。どこからか入り込んだ獣のものだろう。遠目でよくわからんが、やや大きいが、見た感じでは鼠の可能性が高そうだ」
「やっぱりいるんだな」
「いるさ。獣、虫、魔物、どれが入り込んでいるかわからん。お前も気を付けろ。そいつのようになりたくなかったらな」
「……ああ」
アレンは歩いたまま、腰にぶら下げた鞘から剣を抜き放ち、構えはしないものの右手へと持った。光を反射して刀身が鈍く光る。
私たちがそこから更に少し奥へ進むと、今度は地面に黄土色の何かが堆積しているのが見えた。最初はまばらだったが、奥へ行くにつれて明らかに数を増している。仄かな刺激臭も感じられた。
「おっさん、これはなんだ? あと、なんか鼻の奥がぴりぴりするけど、これって大丈夫なのか?」
「あまり嗅ぐな。喉を痛めるぞ。あと、それは蝙蝠の糞だ。ゆっくりと上を見てみろ」
アレンが恐る恐る顔を上げると、洞窟の高い天井にはみっちりと小さな蝙蝠がぶら下がっていた。活動している個体は少ないようで、時折飛び回っているものもあるが、ほとんどが翼をマントのように折りたたんで眠っている。耳を澄ますと、キィキィといった鳴き声がまばらに聞こえてきた。
「こいつらは夜行性だ。まだ本格的な活動の時間まではだいぶあるしな、無闇に起こすこともない。素通りできるならそうさせてもらおう」
「お、おう」
「こいつらに関してはそこまで警戒しなくてもいいぞ。まぁよっぽど騒ぐか何かしない限りは大丈夫だろうさ」
「わかった」
アレンはそう答えたが、それでも警戒心を滲ませたまま、私から少し離れて付いてくる。あまり緊張しすぎてもあとで大変なんだが……まあ不用意に危険へ飛び込むよりは、よっぽどいいか。私はそう思い先へと進んだ。
程なく、明かりの届かぬ暗がりの先に、何かを見つけた。私はアレンを手で制し、止める。じっくりと目を凝らす。
暗闇の中で小さな何かが光を反射し、対になっていくつもちょろちょろと動いているのが見える。あれはおそらく目だろうな。うっすらと輪郭も見えた。
「アレン、来るぞ!」
その声を合図にしたかのように、そいつらは暗がりから勢いよく飛び出してきた。こういう環境にはよく生息している獣、『洞窟鼠』だ。
お世辞にもいいとは言えない毛並みの毛を、人間の頭部ほどの体に纏って、短い手足を小刻みに動かしてこちらへと駆けてくる。やつらは「ヂッ! ヂヂッ!」と短い鳴き声を上げ、横長の口を開けて短い牙を向けていた。
「そいつらは素早いうえに跳ね回る! 気を付けろ!」
私は先走って飛び出してきた一匹を素早く剣で貫き仕留め、引き抜きながらアレンに注意を促した。そうしてる間にもやつらは次々と湧いてくる。私はもちろん応戦するが、これだけの数を一人で捌き切れるものでもない。後方へと走り抜ける洞窟鼠を尻目に、私は四体目にとどめを刺した。
洞窟鼠は駆け回り、跳ね回り、次々とこちらに殺到する。私は、ちっ、と舌打ちをした。こういう細かな敵を相手取るのには魔術のほうが圧倒的に有利なのだが、私は現在は『ひかるくん』を八体操作中。これだけの数と切り結びながら更に魔術を構築するとなると、ちと骨が折れる。
ちらりとアレンに目を向けると、彼が仕留めたらしい一体が足元に転がっていた。そして地を這うように近付く別の洞窟鼠に向かって、下方からすくい上げるように剣を跳ね上げた。しかしそいつは横に飛び、足を真横に付けて壁を駆け上って危なげなく回避する。
「嘘だろ!?」
勢いを殺さず飛び込んできた洞窟鼠をアレンは何とか小盾で弾き飛ばすと、近付いてきた別の個体に向けて剣を振るっていた。少しばかり不安だが、あの様子ならどうにか持ちこたえると信じよう。
『水の槍よ!』
急ぎ生み出した水の槍で二体の洞窟鼠を串刺しにする。そのまま振り回し、近くにいた他の個体もまとめて切り裂く。血飛沫が舞い、内臓が撒き散らされる悪臭とともに、やつらの短い断末魔が洞窟内に響いた。
そして戦い続けること数分。私の振り下ろした剣が、最後の一体の頭蓋骨を叩き割った。洞窟鼠が絶命したのを確認して、剣を軽く振るい血を飛ばす。
横を見ると、肩で息をしながら汗をかいているアレンの姿があった。あれからも注意して見ていたが、何度か危うい場面があったもののアレンはなんとか自力で切り抜けていた。存外しぶとい男である。
「つ、つかれた……」
「私もだ。いきなりの大規模戦闘だったな」
私は周りを見渡す。そこにはおびただしい数の洞窟鼠の死体があった。その中には、まだひくひくと動いているものもある。
私に襲いかかってきたのは覚えているだけで十数体。アレンの方に向かっていったものも数えると、全部で二十数体は居たのかもしれない。それらから発する、むせ返るような血の匂いが私たちを包んでいた。
「おっさんは相変わらず余裕そうだな……」
「私も疲れたと言ってるだろうが。『ひかるくん』を操作しながらあの数を相手にして、魔術まで使ったんだぞ。疲れないわけないだろう」
「そうは見えねえよ」
「お前に比べてこういう経験に慣れているぶん、余裕があるというのはあるがね。それに比べてお前はかなりつらそうだな」
「ああ。かなり焦ったぜ……」
「だが、それでも何とか切り抜けた。それなりの数も仕留めているし、初めてにしては大したものだ。よくやった」
アレンが虚を突かれたようにして固まる。
「……初めておっさんに褒められた気がする」
「む、そうだったか? こう見えて、私はアレンのことはそれなりに評価しているつもりだぞ」
「面と向かってそう言われると、なんだかむず痒いな」
「なに、嘘偽りを述べているわけでもなし、正当な評価はきちんと受け取っておけ」
特に嫌がっている様子ではないが、アレンは恥ずかしがっているのか視線を私と合わせようとしない。ふふふ、かわいいやつめ。
そんなことを考えながら、私は魔術で死体を通路の端へと追いやる。それから背負い袋から小瓶を取り出し、中身の『捕食液』を死体に振り掛けた。死体の数が多いので、風の魔術で散らせて、死体へと降らせていく。それを見て疑問に思ったのか、アレンが話しかけてきた。
「これは何をやってるんだ?」
「通るのに邪魔じゃないか。それに、ここで死体を焼くわけにもいくまい。処理上の問題だ」
「処理?」
「ああ。ダンジョンが稼働していた頃なら死体は砂となるから問題がなかったが、休止した今は違う。死んだものはその場でそのままだ。ここならおそらくさっき居た蝙蝠やら別の獣にでも食われるだろうが、そうならないことも考えられる。そんなとき、死体がそのまま腐ったら面倒だろうが。匂いだけじゃなく、衛生面の心配もある。疫病が恐ろしいからといって、ここで盛大に焼くわけにもいかんしな」
「確かに」
「さっき死体に振り掛けた液体は、死体の血に反応して獲物を捕食、分解する、一種の粘液型生物だ。『ひかるくん』の親戚みたいなものだな」
「親戚!?」
「こいつは生物としては非常に弱く、血が流れた死体でなければ十分に効果を発揮しない欠点もあるが、今回は問題ない。捕食が終わる、つまり餌がなくなれば、体が維持できなくなりその場で朽ちる。これで私たちは死体の腐敗や捕食される心配なく、安心してこの横を通ることができるわけだ」
「これもおっさんが作った魔道具かよ」
「まさか。この『捕食液』は冒険者組合の販売所や取り扱ってる商店でなら普通に売ってるぞ。一瓶で銅板一枚と大銅貨二枚ってところだな」
「……俺って、本当に何も知らないんだな」
顔をしかめながら、少し悔しそうにアレンが呟く。おそらくアレンはアレンなりに思うところもあるのだろう。
「今知らないのなら、これから知っていけばいいだけさ。それに、お前から見れば私は何でも知っているように見えるかもしれんが、私だって知らないことだらけなんだぞ」
「おっさんも?」
「ああ。だから、焦ることはないさ。お前はまだ若い。これからだ」
私は片手をアレンの頭に、ぽんぽん、と優しく乗せる。子供扱いしたことでアレンが怒るかと思ったが、その様子もなかった。気落ち気味だった鳶色の瞳に、少しずつ力が戻ってくる。
「ん。そうだよな、うん。おっさん、俺、頑張るぜ!」
「死なない程度にな。マルグレットやリリアを泣かすんじゃないぞ」
「当たり前だろ!」
「よし、その意気だ。ほら、さっさと行くぞ」
私たちは『ひかるくん』を引き連れ、『碧岩の庭』内部の探索を再開した。
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
それから私たちは『岩飛び百足』や『潜む蛇』、『礫翅虫』などの襲撃を無事に撃退し、さしたる被害もなく順調に歩を進めた。そして、少しすると丁字路へとぶつかった。敵の気配はない。
今では道横に開いた小さな穴道を除いて一本道であったが、ここで初めてのまともな分岐路だ。道の合流地点はちょっとした広場のようになっており、見通しがよかった。
ここなら具合がいいかと思い、私はアレンに話しかけた。
「ここで少し休憩するぞ」
「ん、いいのか?」
「問題ないさ。ここまで順調に行ってるし、無茶するようなものでもない。この場所なら周囲の状況も掴みやすい。昼飯にしよう」
「やったぜ。ちょうど腹が減ってきたところだったんだ」
アレンはそう言うと、丁字路の突き当たりまで移動し、早速座り込んで荷物をごそごそ漁りだした。早いなおい。もうちょっと警戒してもいいだろうに。
私は『ひかるくん』を二体ずつそれぞれの通路へと移動させ、残り二体を周りに配置した。そして背負い袋を地面に置き、小瓶を一つ取り出した。
「おっ。今度はいったい何をやるんだ、おっさん」
人を大道芸人みたいに言うんじゃない、全く。一連の私の行動を見ていたアレンが干し肉を咥えたまま聞いてくる。
「目印作りだよ。道に迷わないようにするためのちょっとした小細工だ」
アレンは口を挟まずにじっと見てくる。あ、いやあれは違うな。たぶん干し肉を食うほうを優先しているだけだこいつは。顎がせわしなく動いてる。そこまで腹が減ってたのか。
瓶の蓋を開けて、手のひらに少し乗せてから通路の中心に円を描くようにして撒く。それから来た方角の地面にも軽く振り掛けた。
「この粉は光と魔力を吸収する苔を乾燥させ、加工したものでな。来た方向や向かう先、他にも情報を残すときに使う。一度撒けばひと月ほどは効果があるから、この依頼の間は充分にもつだろう」
「目印っつっても、俺には何も見えないんだけど」
「そうか?」
そう言って、私は『ひかるくん』の全ての明かりを消した。先程までとは一転して、辺りが闇に包まれる。がちゃがちゃっと音が聞こえた。
「うおっ! なんだっ!?」
慌てふためくアレンの声が闇に響く。さっきまで非常に明るかったせいか、この暗闇がとても濃く感じる。
「アレン。落ち着いて下を見てみろ」
「下!? ……あ!」
そこでは、さっき私が撒いた粉が淡く緑色に輝き、確かな存在感を放っていた。それをぼーっと見ていたアレンが口を開く。
「あー、なるほど。こういうことか。わかった、うん」
「便利だろう?」
「ああ。それに綺麗だ」
まだ見ていたそうな雰囲気のアレンを無視して、再び『ひかるくん』を全点灯させる。私の目に、煌々と照らされた空間が戻ってきた。それにしても、自分でやったことだがいきなり明るくなると目が痛くなる。
「これも売ってるのか?」
「こっちは自作だ。普通の者なら墨が何かで地面に書いたほうが早いだろう」
「なるほど、確かにそうかもなあ。でも何でおっさんはそうしないんだ?」
「組合管理の元ダンジョンに落書きをするのは流石にまずいと思ってね。以前手の空いたときに作ってみた。これでも私は気遣いのできるほうなんだ」
「気遣い、ねぇ」
「何やら意義がありそうな雰囲気だが」
「さあな」
ふん、と鼻を鳴らして、私も座り込んで昼飯を食べ始める。
慣れてはいるが、やはり干し肉はうまいものではない。それでも、水分を完全に飛ばして石のようにカチカチになった長旅用干し肉ではなく、私は幾分か乾燥を控えめにした柔らかめの干し肉を用意しただけ、まだましである。飲み水とともに口の中で咀嚼し、胃の中へと収めていく。
そうして軽い昼食を済ませたあと、密かに持ってきた焼き菓子をアレンにも渡して二人で食う。流石にあれだけでは私の食欲は満たされない。最低限の準備は万全である。
ん、何だアレンその複雑そうな目は。もしかして菓子を持ち込んだことを非難しているのか。冒険者にとって食事の楽しみは重要なんだぞ。文句があるなら食うな。
軽く食休みを挟んでから、私たちは、探索を再開することにした。とりあえずは丁字路を右へ向かうことにする。
例の粉を地面へと、矢印を描くように撒く。これで問題ない。
荷物を持ち、忘れ物がないか確認をする。よし、大丈夫だ。
「もし迷ったら、ここで集合だ。もっとも、そのときは明かりがないだろうから、アレンが無事に辿り着けるかわからんがね」
「言ってろ」
私とアレンが軽口を叩き、さて行くかと思った瞬間。何かが視界にちらりと映ったような気がして──
アレンの体が弾け、遥か後方へと吹っ飛んでいった。
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